Fsの独り言・つぶやき

1951年生。2012年3月定年、仕事を退く。俳句、写真、美術館巡り、クラシック音楽等自由気儘に綴る。労組退職者会役員。

社会の行き詰り

2022年11月25日 13時34分40秒 | 思いつき・エッセイ・・・

 2014年3月2日付のこのブログに私は次のように記している。8年半たった今もこの私の思いは変わらない。変えなくてはならない点があるとすれば、現在の日本は経済的にも政治的にも「衰退途上国」になり、「経済的反映」がまだ続いているかのような幻想に浸りきっている社会になったという現状認識であろう。
 「国家」や政府、そして「企業」が国民や社員一人一人の経済的保障も、さらに政治的・法的な平等すらも平然と忘却し、あらゆる場面で格差社会が当たり前となったのがこの8年半であった。
 そして国家の論理が強まり、個人の生きづらさが増大し、若い世代のいじめから社会全体のいじめ構造へ、そして排他的な政治思想が横行し、閉塞的な社会になってしまった。文化的にも社会全体としても、他者を受け入れる柔軟性を喪失してしまった。
 ますます悲観的になっている昨今の私である。

 世界も、日本を取り巻く情勢も私の思いとはまるで正反対の方向に向いている。自国の制度がもっともすぐれているという思い込みの激しい国が、国力に物を言わせて他国をねじ伏せる力学が、新しい国も加わっていつまでたっても続く。
 「国家」を解体止揚しなければならない、という基本を踏まえた政治思想が大切だと私は今でも思っている。1960年代のあの問題提起はどこに消えてしまったのだろうか。戦後の日本の国家体制の中で、あの戦争に突入していったことへの根源的な批判・反省、そして戦争を遂行したものも、「終わらせた」という者も共に犯した戦争犯罪が、いつの間にか有耶無耶のうちに忘却されようとしている。
 政治というものが、あたかも市民社会全体の価値観を規定できるものだという錯覚を振りまいている政治家ばかりが大手を振っている。とても危険なことだ。過去への回帰を危ぶむ声が大きい。また日本の現政権のトップは過去についてあまりに無知である。しかし問題は、政治が社会全体を「導く」という大いなる錯覚を政治家が抱いていることである。またそれを当然であると支持する世論も怖い。経済的な繁栄、そして「国家の論理」に踊らされては道を誤ることは確かだ。
 「国境」という概念、「国家」という観念、ここから自由にならない限り、今の国際関係の止揚・解決はないように思っている。
 いたずらに危機を煽る政治家たち、とくに日・中・韓の現政権は国家内部の矛盾をそこで逸らそうとしている。実に古い手法である。経済がグローバル化している現在ではそれが手法として成立してほしくないのだが、私の甘い願望だろうか。
 他国を力で抑えようとすること、自国の価値観を押し付けること。このことは日本がかつて行い、アメリカ・ソビエトが戦後も行い今も実施し、そして日本はそのことを忘却しようとしている。
 他国を押さえつける国は、必ず自国の中で「国家の存続のため」という理由で国民を押さえつけている。これは間違いのない教訓である。
 私は1960年代に学んだことで今の政治状況に欠けていると思うことがもう一つある。それは戦後の秩序を形作った、保守-革新という対立構造を止揚するという志向が無いということである。
 「革新」の側からすれば「戦争の元凶は保守」であり、「アメリカという軍事力を背景に国民を押さえつけている」という。「保守」の側からすれば、「革新」はソビエト・中国の手先であり革命・戦争を画策しているという。
 そしてアメリカの強引な基地拡張や騒音問題に対する生活や命をかけた抵抗運動、反原爆・反核運動は「革新」の領分で、戦勝国による東京裁判への批判や天皇制の死守は「保守」の領分であった。
 もっと不思議なのは戦後の国際連合秩序という「戦勝国」による秩序、東西冷戦構造の妥協の産物に率先して参画したのが、A級戦犯を抱えた「保守」政権である。戦後の国際秩序の前提である戦後憲法を「アメリカの押しつけ」として否定しようとしているのが、国連加盟を推進した「保守」。その憲法を守れといっているのは「革新」である。
 このような不思議な捩れを私たちはずっと当然のように受け入れてきた。このような不毛であいまいで、不思議な構造を超える政治思想を模索しようとしたのが、1960年代に台頭した政治思想ではなかったのだろうか。残念ながらそれは日の目を見なかったが、忘却の彼方に追いやってしまっていいのだろうか。
 私は政治に関わることを断念した人間である。政治の非情を前にたじろいだ人間である。その私が偉そうなことは言えないかもしれないが、逆に政治の醜さの止揚と危うさへの警鐘は言い続けなければいけないと思っている。

 



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