※「作家別」カテゴリー内「酒井駒子」に追加します
2004年初版
本文初出「どんぐりのたわごと」第7号 1960年12月
これは原画展にはなかったかも
シンプルなタイトルと可愛い男の子の絵の表紙から
この男の子の可愛い物語だと想像して読んでみたら、全く違った
全くとらえどころのない不思議な不思議な散文詩
夏から春にかけて
日本とも海外とも言えないいろんな場所で
私とこうちゃんのやりとりが書かれているけれども
一体何の話をしているのかさっぱり分からない
言葉の選び方も独特で、少し昔の言い方もあって
最近お気に入りの小川未明さんのような魅力も感じるけれども
それにしてもどんなに読んでも
どんな状況なのか、風景を思い浮かべたり
共感するのが難しい
こうちゃんはインナーチャイルド的なものなのか
そんな一括りにはできない
須賀さんの中の深い深いところにいる男の子なのか
酒井駒子さんの絵はいつも通りとても癒されて可愛いけれども
だからなおさら文章とのギャップが大きくて
読めば読むほど迷子になるようで
ちょっと切ない感じ
須賀敦子
1929年 兵庫県生まれ
パリ、ローマに留学後、ミラノに在住
1971年に帰国 上智大学教授などを務める
N .ギンズブルグなどの訳書も多数
1998年没
1、2と区切られていて
物語が季節でつながっているようで
つながっていないようで
【内容抜粋メモ】
あなたは こうちゃんに 会ったことがありますか
こうちゃんがどこの子か 誰一人知りません
ある夏の朝、太い鉄の鎖をひきずって
西から東へ歩いていくのです
どこまでも、どこまでも
(この最初の文章ですでにびっくりする
なんでこんな可愛い男の子がそんな鉄の鎖をひきずって歩いているのか
人間なのかもわからない
こうちゃんは寂しがりやで
夕焼けが暮れていくときなど
後ろから藁草履の音を立ててついてきて
振り向いて目が合うと
一晩中膝の上で泣き続けるでしょう
(なんだか怖い
酒井さんの絵はいつも西欧風な子供の絵だから
藁草履は似合わなそうだし
秋になるとこうちゃんは帰りたがっています
どこへ?
それはこうちゃん自身知らないでしょう
9月の月の夜
自分に言い聞かせてもするように 何度も繰り返していました
僕眠れない 僕眠れない
こうちゃんは帰りたがっているのです
どこへ?
さあそれは こうちゃん自身知らないでしょう
洪水の後の村を 私は一人歩いていました
冬が来るというのに 稲は跡形もなく流されてしまって
誰一人どう生きていっていいのか わからなかったのです
その時 こうちゃんの声が繰り返し聞こえてきました
ああ 本当にあなたは一体どこにいるのですか
貧しい鉱夫が川べりの大岩まで行ったら
小さな子供が泣いていて
どうすればいいんだろうと言っていた
それを見てなんでか知らぬが
やっぱり生きようと思って山に戻った
11
何十年かぶりで雪が降り積もり
こうちゃんがただじっと見とれているので
雪好き?と聞くと
頬を真っ赤にして木の陰に隠れてしまった
ごめんなさい
本当に美しいものを見ていて
人に話しかけられた時の
あの悲しいような 恥ずかしいような気持ちを
私だってよく知っているはずだったのに
ジャンナの眼は美しいと思いませんか
ジャンナはアメリカへ行かなければいけないかもしれないのです
1月の夜があんまり寒かったら
ジャンナを訪ねてこう言ってあげてください
早くお帰りよ みんな待ってるよ
ボロを着た男の子が
冷たくなった子羊を抱えて
慰めようもないほど激しく泣いている
私は声をかけることもできず
また元の道に戻りました
その子は焼け落ちた家のあとに 一人立っていました
どこを見ているのか分からない目は大きく見開かれ
あどけない口元と両の頬は 草ぼけの花びらでした
大きな絵本を読んでいると
こうちゃんはじっと私を見上げて ポツリとこう言いました
ね、どこから来たの?
あれが妹と一緒に過ごした 最後の夏だったような気がします
こうちゃんはくつくつ笑いながら
明るくて 丸くて まるで帽子だよね
こうちゃんは本気でお日様のことを
帽子に似ていると考えているらしいのです
3月半ば
教会の大きな時計も
時間など本当はどうでもいいのだと言うように
のんびりと時を刻んでいました
こうちゃんは私を振り向いて 笑いながらゆっくり言いました
僕、待ってるんだ
仕事が終わってから ある哲学者に会いました
「こうちゃんという存在は面白い
何時間もにもわたって議論したが
ことごとく俺の意見に賛成しておった」
と満足げに笑うのでした
こうちゃんとあの哲学者の関係がどうしても腑に落ちない
存在、理論、意見、賛成
どれもおよそ こうちゃんとは縁のない言葉のように思えたのです
あなたはもう私には分からない
ずっと遠くの方へ行ってしまったのだろうか
それでも私たちはまだ力を出して
地にひざまずき
明るく燃える炎の小花をつまねばならぬのではないだろうかと
はっきりとそう思えたのでした
私は白い着物を着た 小さな女の子でした
裸足の男の子と一日中遊び
暮れはじめると真面目に言います
僕、行かなくちゃ
こうちゃん、あなたが行ってしまった後
私はいつまでもいつまでも 泣いていました
あなたには見えなくても聞こえなくても
きっとこうちゃんは どこかで聞いているのです
小さくくつくつ明るく笑いながら
2004年初版
本文初出「どんぐりのたわごと」第7号 1960年12月
これは原画展にはなかったかも
シンプルなタイトルと可愛い男の子の絵の表紙から
この男の子の可愛い物語だと想像して読んでみたら、全く違った
全くとらえどころのない不思議な不思議な散文詩
夏から春にかけて
日本とも海外とも言えないいろんな場所で
私とこうちゃんのやりとりが書かれているけれども
一体何の話をしているのかさっぱり分からない
言葉の選び方も独特で、少し昔の言い方もあって
最近お気に入りの小川未明さんのような魅力も感じるけれども
それにしてもどんなに読んでも
どんな状況なのか、風景を思い浮かべたり
共感するのが難しい
こうちゃんはインナーチャイルド的なものなのか
そんな一括りにはできない
須賀さんの中の深い深いところにいる男の子なのか
酒井駒子さんの絵はいつも通りとても癒されて可愛いけれども
だからなおさら文章とのギャップが大きくて
読めば読むほど迷子になるようで
ちょっと切ない感じ
須賀敦子
1929年 兵庫県生まれ
パリ、ローマに留学後、ミラノに在住
1971年に帰国 上智大学教授などを務める
N .ギンズブルグなどの訳書も多数
1998年没
1、2と区切られていて
物語が季節でつながっているようで
つながっていないようで
【内容抜粋メモ】
あなたは こうちゃんに 会ったことがありますか
こうちゃんがどこの子か 誰一人知りません
ある夏の朝、太い鉄の鎖をひきずって
西から東へ歩いていくのです
どこまでも、どこまでも
(この最初の文章ですでにびっくりする
なんでこんな可愛い男の子がそんな鉄の鎖をひきずって歩いているのか
人間なのかもわからない
こうちゃんは寂しがりやで
夕焼けが暮れていくときなど
後ろから藁草履の音を立ててついてきて
振り向いて目が合うと
一晩中膝の上で泣き続けるでしょう
(なんだか怖い
酒井さんの絵はいつも西欧風な子供の絵だから
藁草履は似合わなそうだし
秋になるとこうちゃんは帰りたがっています
どこへ?
それはこうちゃん自身知らないでしょう
9月の月の夜
自分に言い聞かせてもするように 何度も繰り返していました
僕眠れない 僕眠れない
こうちゃんは帰りたがっているのです
どこへ?
さあそれは こうちゃん自身知らないでしょう
洪水の後の村を 私は一人歩いていました
冬が来るというのに 稲は跡形もなく流されてしまって
誰一人どう生きていっていいのか わからなかったのです
その時 こうちゃんの声が繰り返し聞こえてきました
ああ 本当にあなたは一体どこにいるのですか
貧しい鉱夫が川べりの大岩まで行ったら
小さな子供が泣いていて
どうすればいいんだろうと言っていた
それを見てなんでか知らぬが
やっぱり生きようと思って山に戻った
11
何十年かぶりで雪が降り積もり
こうちゃんがただじっと見とれているので
雪好き?と聞くと
頬を真っ赤にして木の陰に隠れてしまった
ごめんなさい
本当に美しいものを見ていて
人に話しかけられた時の
あの悲しいような 恥ずかしいような気持ちを
私だってよく知っているはずだったのに
ジャンナの眼は美しいと思いませんか
ジャンナはアメリカへ行かなければいけないかもしれないのです
1月の夜があんまり寒かったら
ジャンナを訪ねてこう言ってあげてください
早くお帰りよ みんな待ってるよ
ボロを着た男の子が
冷たくなった子羊を抱えて
慰めようもないほど激しく泣いている
私は声をかけることもできず
また元の道に戻りました
その子は焼け落ちた家のあとに 一人立っていました
どこを見ているのか分からない目は大きく見開かれ
あどけない口元と両の頬は 草ぼけの花びらでした
大きな絵本を読んでいると
こうちゃんはじっと私を見上げて ポツリとこう言いました
ね、どこから来たの?
あれが妹と一緒に過ごした 最後の夏だったような気がします
こうちゃんはくつくつ笑いながら
明るくて 丸くて まるで帽子だよね
こうちゃんは本気でお日様のことを
帽子に似ていると考えているらしいのです
3月半ば
教会の大きな時計も
時間など本当はどうでもいいのだと言うように
のんびりと時を刻んでいました
こうちゃんは私を振り向いて 笑いながらゆっくり言いました
僕、待ってるんだ
仕事が終わってから ある哲学者に会いました
「こうちゃんという存在は面白い
何時間もにもわたって議論したが
ことごとく俺の意見に賛成しておった」
と満足げに笑うのでした
こうちゃんとあの哲学者の関係がどうしても腑に落ちない
存在、理論、意見、賛成
どれもおよそ こうちゃんとは縁のない言葉のように思えたのです
あなたはもう私には分からない
ずっと遠くの方へ行ってしまったのだろうか
それでも私たちはまだ力を出して
地にひざまずき
明るく燃える炎の小花をつまねばならぬのではないだろうかと
はっきりとそう思えたのでした
私は白い着物を着た 小さな女の子でした
裸足の男の子と一日中遊び
暮れはじめると真面目に言います
僕、行かなくちゃ
こうちゃん、あなたが行ってしまった後
私はいつまでもいつまでも 泣いていました
あなたには見えなくても聞こえなくても
きっとこうちゃんは どこかで聞いているのです
小さくくつくつ明るく笑いながら