2003年初版 金原瑞人/訳 中村悦子/絵
母を亡くした姉弟の心情がストレートに描かれていて、鼻がツンとする
子どもって、なんでも自分のせいにして、トラウマにしがちなんだよね
サラは自分のことを「のっぽで醜い」と自己紹介しているけれども、一体どんな風貌なんだろう?
挿絵ではフツーに若くて、美しい姿で描かれているから分からない
金原瑞人さんはロバート・ウェストール『ブラッカムの爆撃機』や『かかし』を訳した方だ/驚
徳間書店の児童書はハズレなし
本書は映像化されて、調べてみたら、クリストファー・ウォーケンが主演だ!驚×5000
『潮風のサラ』で3作もある! テレビ映画だから観てなかったのか
※「クリストファー・ウォーケン出演作まとめ」参照
正直、貧しい農夫とはイメージが違いすぎるし
サラ役がグレン・クローズはちょっと冷たすぎやしないか?
英語でならYouTubeにあった
・Sarah, Plain And Tall Trailer 1991
【内容抜粋メモ】
登場人物
ジェイコブ・ウィッティング 父
アンナ 長女
ケイレブ 弟
犬ロッティ、ニック
馬ジャック
隣人マシュー、マギー
娘ローズ、ヴァイオレット
サラ・エリザベス・ウィートン
兄ウィリアム 漁師
猫アザラシちゃん
ケイレブは姉アンナに自分が生まれた時
母が「かわいいでしょう」と言った話を何度も繰り返し聞く
母はその翌日亡くなった
父は新聞に「助け、求む」と再婚相手を探す広告を出したと子どもに話す
隣人のマシューさんも広告を出して子どもたちの世話をしてくれるマギーが来たように
サラという女性から手紙が来て、メイン州に漁師の兄と住んでいて
兄が結婚するから家を出なくてはならないという事情があり
1か月ほど一緒に暮らしてみたいと書かれている
“黄色の帽子をかぶっていきます
私はのっぽで不細工です”
*
春にサラがやってくる
海のお土産にケイレブにはムーン・スネイル、アンナには海の石をあげる
実家のある海の話をすると寂しそうなサラ
♪夏は遠からじ という歌を歌ってくれる
母が亡くなってから歌わなくなった父も一緒に歌う
父は家畜小屋の干し草が「うちの砂浜だ」と言って
サラたちは山を滑って遊ぶ
サラが“うちの砂浜”と言ったのを喜ぶ子どもたち
暑い日は、牛が水を飲む池で一緒に泳ぐ
マシューとマギーが畑の手伝いに来る
マギー:私も時々テネシー州の山が恋しくなる
サラ:私は海が恋しいわ
マギー:いつだって恋しいものはあるものよ
この会話を聞いていたアンナは悲しくなる
アンナ:私はママが恋しい・・・
マギー:どこに住むにしても花壇だけは作らなきゃダメ
マギーはサラにニワトリをプレゼントする
サラは1人で馬車に乗る練習を始める
ケイレブはサラが海へ帰ってしまうのではないかと思って泣く
嵐が近づいてきて、サラは父とともに屋根を修理する
家畜小屋にヒツジ、馬を入れて、家族も避難する
サラが「私のニワトリ」と言ったことも嬉しくなる子どもたち
大嵐とヒョウが過ぎ去ると、太陽と草原はまるで海のように見える
嵐で荒れた畑をすきかえし、苗を植え直す
サラは馬車に乗って町に出かける
ケイレブはもう帰ってこないんじゃないかと思い
アンナは母が亡くなり、馬車で連れて行かれた日を思い出す
ケイレブ:
僕がいけないんだ うるさくてしょうがないから
このウチが小さすぎたんだ
海の色が足りないんだ
日が沈み、サラが帰ってくると、ケイレブは泣いてドレスにしがみつく
サラは青、緑、灰色の色鉛筆を買ってきた
ケイレブ:サラが海を持ってきてくれたよ!
■作者あとがき
私は子どもの頃、朝から晩まで本ばかり読んでいた
そして、いつも物語の「その後」を想像していた
私はずっと「本は生きている」と信じてきた
読者の手紙には、自分でつづきを書いてくれる子もたくさんいた
私も大草原で生まれ育ち、突然の嵐が作物をいっぺんにダメにしてしまうことを知っている
続編では干ばつについて書くことにした
本書は『やっとアーサーとよんでくれたね』がきっかけになってできた
『おじいちゃんのカメラ』とも重なるところがたくさんある
私が書くのは、ほとんど自分の子ども時代のこと
「作家になって一番いいことは何ですか?」という質問に
物事を自分の好きなように動かすことができることと答える
私とサラたちとの間には、家族のような絆がある
■訳者あとがき
ここには夫や子どもと一緒に逞しく生きたアメリカの女性が描かれている
母を亡くした姉弟の心情がストレートに描かれていて、鼻がツンとする
子どもって、なんでも自分のせいにして、トラウマにしがちなんだよね
サラは自分のことを「のっぽで醜い」と自己紹介しているけれども、一体どんな風貌なんだろう?
挿絵ではフツーに若くて、美しい姿で描かれているから分からない
金原瑞人さんはロバート・ウェストール『ブラッカムの爆撃機』や『かかし』を訳した方だ/驚
徳間書店の児童書はハズレなし
本書は映像化されて、調べてみたら、クリストファー・ウォーケンが主演だ!驚×5000
『潮風のサラ』で3作もある! テレビ映画だから観てなかったのか
※「クリストファー・ウォーケン出演作まとめ」参照
正直、貧しい農夫とはイメージが違いすぎるし
サラ役がグレン・クローズはちょっと冷たすぎやしないか?
英語でならYouTubeにあった
・Sarah, Plain And Tall Trailer 1991
【内容抜粋メモ】
登場人物
ジェイコブ・ウィッティング 父
アンナ 長女
ケイレブ 弟
犬ロッティ、ニック
馬ジャック
隣人マシュー、マギー
娘ローズ、ヴァイオレット
サラ・エリザベス・ウィートン
兄ウィリアム 漁師
猫アザラシちゃん
ケイレブは姉アンナに自分が生まれた時
母が「かわいいでしょう」と言った話を何度も繰り返し聞く
母はその翌日亡くなった
父は新聞に「助け、求む」と再婚相手を探す広告を出したと子どもに話す
隣人のマシューさんも広告を出して子どもたちの世話をしてくれるマギーが来たように
サラという女性から手紙が来て、メイン州に漁師の兄と住んでいて
兄が結婚するから家を出なくてはならないという事情があり
1か月ほど一緒に暮らしてみたいと書かれている
“黄色の帽子をかぶっていきます
私はのっぽで不細工です”
*
春にサラがやってくる
海のお土産にケイレブにはムーン・スネイル、アンナには海の石をあげる
実家のある海の話をすると寂しそうなサラ
♪夏は遠からじ という歌を歌ってくれる
母が亡くなってから歌わなくなった父も一緒に歌う
父は家畜小屋の干し草が「うちの砂浜だ」と言って
サラたちは山を滑って遊ぶ
サラが“うちの砂浜”と言ったのを喜ぶ子どもたち
暑い日は、牛が水を飲む池で一緒に泳ぐ
マシューとマギーが畑の手伝いに来る
マギー:私も時々テネシー州の山が恋しくなる
サラ:私は海が恋しいわ
マギー:いつだって恋しいものはあるものよ
この会話を聞いていたアンナは悲しくなる
アンナ:私はママが恋しい・・・
マギー:どこに住むにしても花壇だけは作らなきゃダメ
マギーはサラにニワトリをプレゼントする
サラは1人で馬車に乗る練習を始める
ケイレブはサラが海へ帰ってしまうのではないかと思って泣く
嵐が近づいてきて、サラは父とともに屋根を修理する
家畜小屋にヒツジ、馬を入れて、家族も避難する
サラが「私のニワトリ」と言ったことも嬉しくなる子どもたち
大嵐とヒョウが過ぎ去ると、太陽と草原はまるで海のように見える
嵐で荒れた畑をすきかえし、苗を植え直す
サラは馬車に乗って町に出かける
ケイレブはもう帰ってこないんじゃないかと思い
アンナは母が亡くなり、馬車で連れて行かれた日を思い出す
ケイレブ:
僕がいけないんだ うるさくてしょうがないから
このウチが小さすぎたんだ
海の色が足りないんだ
日が沈み、サラが帰ってくると、ケイレブは泣いてドレスにしがみつく
サラは青、緑、灰色の色鉛筆を買ってきた
ケイレブ:サラが海を持ってきてくれたよ!
■作者あとがき
私は子どもの頃、朝から晩まで本ばかり読んでいた
そして、いつも物語の「その後」を想像していた
私はずっと「本は生きている」と信じてきた
読者の手紙には、自分でつづきを書いてくれる子もたくさんいた
私も大草原で生まれ育ち、突然の嵐が作物をいっぺんにダメにしてしまうことを知っている
続編では干ばつについて書くことにした
本書は『やっとアーサーとよんでくれたね』がきっかけになってできた
『おじいちゃんのカメラ』とも重なるところがたくさんある
私が書くのは、ほとんど自分の子ども時代のこと
「作家になって一番いいことは何ですか?」という質問に
物事を自分の好きなように動かすことができることと答える
私とサラたちとの間には、家族のような絆がある
■訳者あとがき
ここには夫や子どもと一緒に逞しく生きたアメリカの女性が描かれている