≪世界遺産・「トマールのキリスト修道院」≫
「コインブラ」を出たバスは、南方106km離れた町「トマール」に向かって走った。その町の世界遺産「キリスト修道院」を見学するためだ。
この修道院は、1147年にリスボンの北東、サンタレンをキリスト教の「テンプル騎士団」が戦ってイスラム教徒から奪還したレコンキスタの功績に対し、アフォンソ一世から与えられた土地に「テンプル騎士団」が建てた城砦と聖堂が始まりだった。
しかしその後、「テンプル騎士団」が禁止されると、建物は「キリスト騎士団」が引き継ぐことになり、エンリケ航海王子他王室から団長を迎えたという。
ここはポルトガル国内最大の規模を誇る修道院で、12世紀から16世紀まで5世紀にも渡って次々と増改築された。そのため建物には、各時代の建築様式が見られる。
バスを降りて歩いて行くと、オレンジ色のアロエの花の向こうに大きな石造建造物が見えて来た。これが「キリスト修道院」なのだった。私達は南門から中に入った。
木が植えられた中庭を囲んで大きな回廊が作られていた。エンリケ航海王子が増築したもので、修道士達の墓が作られているそうだ。
次に絢爛豪華な聖堂に入った。そこが最初に造営された「テンプル騎士団聖堂」なのだった。歴代聖人の絵が額に入って壁に並べられていた。
次いで天井が高く質素な細長い部屋に入った。そこが「テンプル騎士団」が禁止されてから、この修道院を受け継いだ「キリスト騎士団」の「聖堂」だった。
壁には飾りは少なかったが、天井が見事だった。良く見ると赤い十字架が書いてあった。
二階に広い場所があったが、かってはパイプオルガンが置かれていたらしい。
暫く長い廊下を歩いて行くと、修道士達の食堂があった。その傍に大きい鍋が幾つも乗ったかまどがある調理室があった。ここで最高200人近い修道士が生活していたそうだ。
小さな庭に出た。正面に今まで見た事が無いような凝った装飾を施した外壁があった。これが「マヌエル様式」で飾られた場所だった。
透かし彫りの大きい窓が造られているが、その周囲の装飾が「マヌエル様式」だと言うのだ。
上部に「キリスト騎士団」の「マルタ十字」と国の紋章が施してあり、窓の周りに船のロープ、鎖、海中の珊瑚、海草などを飾りつけてあるのだ。
また他の装飾を見ると、水の泡や南方にいる動物や植物も装飾として付け加えられているのだ。正に大航海時代に起こった建築芸術なのだろう。
この修道院の一部には、エンリケ航海王子が1420年から40年間も暮らした建物もあったそうである。
外に出て下を眺めたら、「トマール」の静かな佇まいと夕方の景色が見えた。
最後に言うと、ポルトガルでは1910~1926年の第一共和制の時期にカトリック教会と国家は分離され、1976年の共和国憲法でも政教分離を確認している。
しかし実生活では国民の90%がカトリックの信者であって、社会や文化にローマ・カトリック教会の影響は大きいらしい。本によると、近年では若者の宗教離れが進んでいると言われている。