花好き・旅好き80代北国女性の日記(ブログ開設18年目)

趣味はガーデニングと家庭菜園、外国旅行だが、新型コロナ禍と膝の不調、円安が重なり、今は外国行きは見合わせている。

「三回目のインド旅行」(14)

2014年03月05日 | 海外旅行「南アジアⅠ」インド

《インドの課題を考える》

国境を接する国々との外交問題を抱える一方で、一旅行者の目から見ても、人口11.5億人の貧富の格差は拡大し、道路、電気、水道といったインフラ整備は遅れ、産業の発展の遅れ、教育機会の不平等などが目に付いた。

特に男性優位の社会体制は深刻な女性差別を生み、統計上の子どもの出生数すら女児はかなり少ない。
これは結婚時に女性は男性側から多額な持参金や品物(車、家、金銀、家財道具、バイク、家畜など)を要求される習慣があるが、持参金が少ないと暴力を振るわれたり、中には殺されたりもする(男性は次の結婚でまた持参金を得られるから)ので、女児を持ちたくないという親の考えに基づくらしい。
女性に比べ、良い教育を受けたり、公的な仕事に就いている将来性がある男性は、多額の持参金や高額な品を持参する女性と結婚できるそうだ。

大半の結婚は、同じカースト内で親同士が決める事が多い。
(不可触民や最低カーストに所属する男性は、結婚相手を見つけることが難しい。ヒンズー教の「結婚のきまり」によると、昔からそんな男性には「レイプ」を奨励している。「レイプ」の被害女性は、結果的に誰とも結婚できなくなってしまい、加害男性と結婚するしかなくなるからだという)

また中流階級以下の家庭の女性は、教育もされず、経済的な自立の道が閉ざされているので、結婚しないと生きて行けない。だから親は、娘がまだ思春期にならないうちに急いで結婚先を決めてしまいがちだという。かっては5~6歳の「幼児婚」も多かったが、現在では法律で禁じられたらしい。極端に年齢が異なる高齢男性に嫁がされる女性もまだ多いのだという。結婚時に親は結婚相手から娘の持参金を貰うが、そてはほとんどが親の借金返済や生活費で消えるらしい。

離婚した男性は再婚できるが、女性には再婚は認められない。

経済的には工学系大学の教育水準が高く、イギリスの植民地だった歴史から英語教育も進んでいるため、インドではIT産業が発展していると言われるが、インドに詳しい門倉貴史氏は著書で、「IT産業が発展しても、一部の富裕層が生まれるだけだ。経済的発展を裾野にまで広げて行くには、第2次産業を興す必要がある。」と書いている。

また、インドの歴史に詳しい山崎元一氏は著書で、「不可触民」は、ヒンズー教が維持して来た「カースト制」によって、ヒンズー教寺院内にも入れてもらえず、きれいな井戸水を汲むことも、貯水池を使う事もできない最下層に置かれて来た」と書いている。
そして、「アンベードカル」という人物の事を紹介している。

「アンベードカル」は、村の雑用をするカーストの「不可触民」に生まれたが、例外的に高等教育を受けた。
彼は独立後のネルー内閣で法務大臣に迎えられ、憲法起草委員会の委員長を務めた。1950年1月に施行された憲法17条では、「不可触民」を廃止し、「不可触民」差別は犯罪だと規定された。

また、彼はヒンズー教から仏教へ改宗する運動を起こしたという。
彼によると、仏教は「自由、平等、友愛に立つ宗教で、カースト差別を認めるヒンズー教に対抗して来た宗教だ」という。その時、改宗運動に賛同した「不可触民」が沢山出て、一時、急激に仏教徒が増えた。

ところが改宗した人たちは、ヒンズー教が行う地域の行事に参加しないため、様々な嫌がらせを受けたりして、改宗者はその後、増えなかった。
しかし、改宗した人たちは、「不可触民」の汚名がなくなったという意識を持ち、その後子どもの教育に力を入れているという。
現在インドの仏教徒は0.7%だが、教育を受けた低位カーストに生まれた若者の中で、現在仏教へ改宗する人が見られるらしい。

インドを3回旅行した一旅行者の私から見て、インドに生まれた全ての人々が安心して生きて行ける国になるための方策を、彼ら自身の手で一日も早く切り開いて行って欲しいと願うばかりだ。

(参考文献 「地球の歩き方 インド」、門倉貴史著 かんき出版「手にとるようにわかるインド」、辛島 昇著 朝日新聞社「南アジア」、中央公論社 世界の歴史3 山崎元一著「古代インドの文明と社会」)

  




今回は全部で12の世界遺産の観光を終えて、「アウランガバード」に戻った。
昼食を食べてから「デリー」行きの飛行機に乗り、「デリー」発21;15の「成田空港」行きに乗り継いで帰路に就いた。

出発は1時間半遅れたが、予定通り翌朝無事に「成田」に着き、そこからまた「新千歳空港」行きに乗り継いで無事に自宅に帰った。
帰宅したらインドの気温とは余りにも違う当地の気温だったが、数日で寒さにも慣れ、こうして何とか旅行記をまとめる事ができホッとしている。

多分、インドにはもう行くことはないと思うが、今回も宗教芸術の凄さ、信仰の力を感じた旅だった。
一方で垣間見たインドだが、伝えたい事が沢山あって、何をどの様に書くべきか悩んだ。
その結果としての今回のインド報告は、すっきりしないまとめ方になったが、如何だっただろうか。インドの世界遺産と現状を少し知って貰えただろうか。

長文の旅行記を読んでコメントをいただいた皆さんには、コメントが書く励みになり、とてもあり難かった。
勉強不足のため、記事に誤りがあるかも知れないが、気づいた方はどうか指摘して欲しい。 (完)

コメント (8)
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