先月中旬に帰省中の娘に手伝って貰い親子三人でジャガイモの収穫をした際、「今日の収穫分を売ったらどれぐらいになるの?」と娘から訊かれた。
娘としては暑い中で腰を痛くしながら「死ぬ思い」で掘ったジャガイモだから余程高い金額で売れるだろうことを期待しての質問だった。
しかし、それに対しては「あまりにも少ない金額にガッカリするから知らない方がいい」とだけ答えて金額の明言は避けた。
オジサンも脱サラ当初は稼働時間見合いの「働き度」に注目する習性が残っていて、その都度士気を減退させていたが、今はそのような見方を封印している。
以前「農業はお金だけでは測れない」という本を紹介したことがあったが、お金で測るとしてもサラリーマンとは全く別の測り方をしないと農業の本質を見誤るような気がしてならない。
残念ながらその違いを上手く説明できるほど解明できていないが、個々の作業だけではなく全体の成果或いは生活全般をも含めた捉え方をする必要があるように思っている。

夏日三日目を迎え、気がついたら景色を変えるほど穂を出している田んぼもあった。
穂が出揃うのを見るたび何故かこの俳句を思い出す。
「新緑の中 吾子の歯 生えそむる」
娘としては暑い中で腰を痛くしながら「死ぬ思い」で掘ったジャガイモだから余程高い金額で売れるだろうことを期待しての質問だった。
しかし、それに対しては「あまりにも少ない金額にガッカリするから知らない方がいい」とだけ答えて金額の明言は避けた。
オジサンも脱サラ当初は稼働時間見合いの「働き度」に注目する習性が残っていて、その都度士気を減退させていたが、今はそのような見方を封印している。
以前「農業はお金だけでは測れない」という本を紹介したことがあったが、お金で測るとしてもサラリーマンとは全く別の測り方をしないと農業の本質を見誤るような気がしてならない。
残念ながらその違いを上手く説明できるほど解明できていないが、個々の作業だけではなく全体の成果或いは生活全般をも含めた捉え方をする必要があるように思っている。

夏日三日目を迎え、気がついたら景色を変えるほど穂を出している田んぼもあった。
穂が出揃うのを見るたび何故かこの俳句を思い出す。
「新緑の中 吾子の歯 生えそむる」