穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

大衆的ではないチャンドラー

2015-04-28 09:26:07 | チャンドラー

ヤフーの知恵袋の質問だったと思うが、チャンドラーを読もうと思って村上春樹訳の「大いなる眠り」を買ったが、よく分からない、どういう風に読めばいいのか教えて欲しい、という質問があった。

意外な気がしたが、よく考えてみればこの質問者は極めてまともな、かつ平均的な読者だろう。チャンドラーは大衆的なベストセラー作家ではない。高踏的という部分も有る。スジを端折るという点ではイメージ、行間の余韻を多用する詩的な部分も有る。チャンドラーは若い頃(イギリス時代)は詩作を試みている。

 どういう反応(解答)が知恵袋であったかは忘れたが、私ならまず「ロング・グッドバイ」を薦める。「大いなる眠り」はひとまず脇に置いておく。「ロング・グッドバイ」は彼の一番平易な作品である。かつ代表作とみなされている。そして、色々な評価(私だけだったりして)はあるものの、名作である。

次に分かりやすさの点で言えば「さよなら、愛しい人(村上訳邦題)」であろう。あと難易度を付けるのは難しいが、プレイバック、高い窓、湖中の女であろうか。一番読者を混乱させる(スジに限ってだが)のは「リトル・シスター」だろう。スジを追うのがミステリーの読み方だとするならばリトル・シスターが一番「破綻をきたしている」。

ただ、村上春樹氏があとがきで書いている様にこの中で出てくるオマフェイ・クエストというカマトト娘の描写だけでも読む価値は大きい。ただ村上氏はオマフェイの描写は最後まですばらしいというが、私の印象では読む価値が有るのは中盤までで、実は彼女が犯人の主役のひとりだと持って行く当たりは、スジの展開の是非はともかくとして、人物描写としては無味乾燥になっていく。

ハードボイルドの定石の一つは(その後のハードボイルド亜流ではそうでもないが)、チャンドラー、ハメット、スピレーンあたりでは無害に見える美女が実は犯人というのがハードボイルドの定石である。ロンググッドバイのアイリーンを観よ。大いなる眠りのカーメンを観よ、高い窓のマードック夫人を観よ、さよなら愛しい人のヴェルマを見よ。

 ハメットのマルタの鷹のオーショネシーをみよ。スピレーンの裁くのは俺だを見よ(名前は忘れた)。