左側の窓が明るくなった。天気が良ければゴールデンウィーク頃には5時前に明るくなる。まだ少し早いと鱒添は考えた。しかし尿意はすでに起床を促している。彼は部屋の中が明るくなると必ず眼が覚める。これは時差のあるアメリカやヨーロッパにいっても同じである。しかしホテルによっては分厚い荘重な感じのする古めかしい緞帳のようなカーテンの部屋がある。遮光性が高くていつ夜があけたのか彼には分からなくて寝過ごしてしまう。
彼は出張で外国に行くと寝る前にカーテンを調べて遮光性が高そうだと思うと少し隙間を空けておくのである。同時に窓の外の様子をうかがう。安ホテルですぐ前に高いビルがあったり、西向きだったりするとそれだけではなくてモーニングコールも頼んでから寝る。
彼の朝は三点セットで始まる。部屋が薄明るくなる。眼が覚める。膀胱が排出を促すまでに活動を開始している。だから二度寝をしたいと思っても一度膀胱をからにするために床を出る必要がある。枕元の時計を見ると4時45分である。トイレから戻ると再び床に入った。目覚ましを6時半にセットする。二度寝をすると外が明るくなっていても思わず7時過ぎまで寝過ごすことがあるのだ。
二度ほどアラームが鳴ると手を伸ばして時計のセットを解除した。横になったまましばらく天井を眺めていた。出来合いのマンションの芸のない、無愛想な白いだけの天井である。いつもは天井に視線を止めることはない。今日は父親の13回忌に行かなくてはならない。
彼が育った家は日本家屋で天井も出来合いのマンションよりは高くて装飾的だった。老人のための部屋として父が祖母のために作った部屋であとに彼の部屋になった。天井には網代格子で、当時彼は東側の窓から差し込む朝日の中でだんだんとはっきりしてくる天井をぼんやりと半時間ほども毎朝眺めていたものである。
起き上がると喉が痛い。亡宗の女流詩人李清照の「たちまち暖かくまた寒き時候 もっとも将息に難し」と嘆く様に気温の変化の激しいこの時機は体調を崩しやすい。風邪を引いたかどうかは半日ほどしないと判然としない。
コーヒーをいれる。勿論インスタントコーヒーである。大きなマグカップにスプーン山盛り三杯、砂糖10グラムを加えて熱湯をそそぐ。ひところに比べると随分コーヒーを飲まなくなった。大体朝の一杯だけである。高校の頃はいつも頭がぼんやりしていて、朝昼晩の食後にコーヒー山盛り五杯入れていた。その他に10時の間食の時と午後2、3回は飲む。夜も寝るまでに何回か飲んでいた。
コーヒーが減った理由は体力の衰えがあるのだろう。それほど身体が要求しなくなった。高校の頃に比べると多少は頭がはっきりして来たのかも知れない。よく分からない。それに、外でうまいコーヒーや濃いコーヒーが飲める機会が皆無になったことが大きい。このごろではどんぶりの様に大きいマグカップ一杯のコーヒーを2、30分かけて飲む。そのころに漸くエンジンが温まりだす。