目が醒めたあとしばらく三四郎は蒲団のなかでFM放送を聞いていた。男性のボーカルがけだるそうな声でうたっている。
I was fifteen. It was a VERY good
year.
『たしかに、去年の夏までは』と思った。身体の上になにか巨大な肉塊のような大女にのしかかられた様で起き上がれない。心配した母の声が下から呼びかけている。
そのとき以来、その夏の夜以来彼のたましいは夜の徘徊放浪に出かけたまま、主を見失った様に散歩から帰還していないのだ。なにか別のものが代わりに彼の身体に寄生し始めたような気がした。どうもしっくりと折り合いがつかない。
とにかく彼は自分から逃れたかった。消えてしまいたかった。満州にわたって匪賊の頭目になって暴れ回った孤児の冒険小説を読んだ。未成年の例にもれず彼はすっかり主人公のつもりになったのだが、なにしろ何十年も前の話だ。
そうかと思うと、フランスの外人部隊に憧れたりした。世間の子供はこう言う時に自殺願望を抱くものらしいが、三四郎はまったくそのことに思い及ばなかった。げんに中学の同級生の女の子が電車に飛び込んで自殺したときも驚きはしたが同情もできず理解も出来なかった。その線はまったく思いつかなかったのである。
第一死んでも魂は無傷で後にのこるという話を彼は信じていたのである。それなら前よりもっとひどくなるかも知れない、と彼は怖れたのであるた。
男性ボーカルは終わり一転して陽気で騒々しいメキシコのマリアッチの音楽が流れた。ディスクジョッキーの女性が曲名を紹介している。「アドンデ ヴァ」という曲らしい。彼女の解説によると「どこへいくの」という意味という。「まったく
俺にぴったりの曲だ」と三四郎は思った。
だるさが体の隅々に充満した身体を蒲団から引きちぎる様にして起き上がると彼は階下の食堂におりていった。