穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

第N(6)章 消えた週間特ダネ2

2016-06-13 08:26:37 | 反復と忘却

翌日三四郎は学校の帰りに家の近くの小さな本屋に立ち寄った。大通りから脇に反れてだんだら下りの坂道で車がようやくすれ違えるような狭い道にある米粒の様に小さな本屋である。売り場はせいぜい三畳か四畳くらいで古本屋のような黴臭い臭いが何時も漂っている。すぐ後ろには薄暗い茶の間が覗ける帳場には影の薄い脂っ気のない白髪あたまの老人が意地悪そうな顔をして汚い座布団の上に座っている。狭い売り場の平台の上にはエロ週刊誌や女性雑誌しか置いていない。彼がときどきマスターベーション用のピンナップ・ガールの写真の効果が薄れてくると新しいのを買いにくるのである。「週間特ダネ」を取り上げると、さっそく「おたよりください」欄を探してかれは立ち読みを始めた。小さな活字で四頁をぎっしりと埋めている。これに全部目を通すのは大変である。まして三四郎は強度の近視である。店内は薄暗い。彼の投稿はないようだ。もう一度見直していると親父がわざとらしくゴボゴボと咳払いをした。

すると先週号だろうか。とうとう老人が土間に降りて来てかれの隣で嫌がらせをするように、ぱたぱたと帚をかけはじめた。彼は老人に聞いた。「この雑誌の古い号はとってありますか」

老人はびっくりしたような、探るような眼つきで彼を見た。

「どうだったかな、何日のだい」と老人は疑わしそうな眼をしてぞんざいに訊いた。

「さあ、わからないんですが、この前のじゃないかと思うんですが」

老人は彼の持っている雑誌を覗き込み「おたよりください」欄を見とがめる様にみていたが、「ちょうと待ちな、まだあるかもしれない」というと帳場の近くに積み上げてあった雑誌の山を調べ始めた。その間に彼は手にもっている雑誌の欄を二回読み終わった。やはり彼の名前はない。

老人が声をかけた。「もうないな、そいつは人気があって、いつも売り切れてしまうからな」というと訳知り顔に三四郎を見て、にたりと笑った。

三四郎はとぼとぼと坂を登りながら、やはりショウコに違いないようだと思った。まだ白いあじさいの花が咲いている寺の脇を通りながら、彼はふと思い出したことがあった。彼の家は二回泥棒に入られている。そとから侵入するのに、お誂え向きに出来ている家なのである。家は二階建で全面にベランダがある。そしてベランダの近くにところどころに樹が植えてある。その枝に脚をかけて登るとちょうどベランダに乗り移るのに具合がいい所が何カ所かあるのである。彼自身が遅く帰宅した時にそこから直接自分の部屋に戻ったこともあるから、随分不用心な家だと思っていたのである。

一回目は本職の泥棒に入られた。一家が一階の食堂で夕食後テレビを見ている間に入られたのである。