一週間ぶりに予備校に行く。お茶の水の橋の上で三十分もバスを待っているうちに骨の中心まで凍ってしまったらしい。翌朝目が醒めたら起き上がれない。額は火傷しそうに手のひらを焦がす。いつまでも起きてこない三四郎の様子を見に母が上がって来てほとんど人事不省に陥っている彼を見て驚いてしまった。病院に行くことも出来ない。一歩も蒲団から離れられない状態が三日続いた。四日目に嘘の様に熱が引いた。しかしからだの自由がきかない。ぎこちない。紐の先で操られる人形芝居の登場人物の様にぎくしゃくしてのろのろとしか動けない。首がスムースに回らない。鳥みたいに30度ごとにギクッギクッ動く。
這う様にしてトイレに行くとびっくりするくらい大量に小便が出てきた。昨日あたりから食事が出来る様になった。席につくとベレー帽がよってきた。「どうしたの、病気?」と聞いた。きっとまだ真っ青な顔をしていたのだろう。ところで彼女の名前は足立洋子というそうだ。その日に始めて名前を聞いた。階段を下りる時も手すりにつかまっていないと怖くて歩けない。その後は結構回復が早かった。それから更に十日したころには彼女の部屋に誘われて彼女が作った食事をごちそうしてもらい、気が付いたら彼女と一緒にベッドにいた。
なんなんだ、こういうものなのか、と彼はいささかあっけにとられた。山もなければ谷もない淡々としたものだった。「週間特ダネ」のヌード写真を相手に大暴れするのとは全然違っていた。
「もう大丈夫だよ。完全に回復したみたい」と彼女は彼の髪のなかに手を突っ込むともしゃもしゃと彼の髪をもてあそびながら彼の耳にささやいた。
そうか、もう操り人形みたいなギクシャクしたところが無くなったらしい。
そういうものか、と憮然として彼は考えていると、どうしたの、急に黙っちゃってというと、彼女は蒲団を撥ね除けてベッドの上に立つた。そして彼を跨ぐと床の上に飛び降りた。からだに何もつけていない。彼はぼんやりと感心した様に彼女の後ろ姿を見ていた。彼女はバスルームに入ると何をしているのかなかなか出てこなかった。