穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

13:葵生物化学研究所

2021-01-19 08:29:15 | 小説みたいなもの

AD22α 

業界三位の大手製薬会社北国製薬の応接室で研究開発部長の河野太郎は若い白面の貴公子然とした男性と相対していた。差し出された名刺には株式会社葵生物化学研究所代表 徳川寅之介とある。

「それで2145年型コロナウイルスのワクチンの開発と言うお話でしたが」河野は客に問うた。昨年AD2145年の初めから流行し始めた新型コロナウイルスの猛威はすさまじくすでに世界の人口の3パーセントに当たる3億人が死亡している。感染者は地球全体で60億人に達している。「貴社でもワクチンを開発していらっしゃるのですか」と甲は疑わしそうに聞いた。この頃はどの製薬会社も大学などの研究機関でも躍起になって特効薬やワクチンの開発に夢中で一番乗りを目指している。彼はしげしげと相手を見た。初対面の挨拶をしたときにはその背の高いのに驚いた。180センチはある河野より頭半分高い。190センチは超えているだろう。そして顔色がまるで大理石のような光沢を放つ異様な白さで、蝋人形か彫刻のような印象を与えた。

 ソファに座った徳川は長い足を持て余すように動かしていたが、

「ええ、私共でも研究しております。小さな会社ですのでもっぱらコロナが中心でして」

葵研究所と言うのは初めて聞いた。おそらくどこにも上場していない会社だろう「で、どのような」

「このコロナは自然発生的なものでしょうか」

「そうではないという意見もありますね。生物兵器という説もあるようです」

「私共は小さな機関ですから大規模な実験は出来ません。まず状況を分析して仮説をたてます。そうしてそれを検証する段取りになりますね。ところがそれには莫大な資金と大規模な研究施設が必要となります」

なるほど、と河野は合点がいった。それでウチに資金を出させ、研究施設を利用しようという考えらしい。

「それでどんな仮説を立てられたのですか」

「部長はバカ爆弾というのをご存じでしょうか」と徳川は聞いた。河野はその時に気が付いたのだが、徳川氏の白目は異常に面積が小さい。その代わり黒目は目全体の7、8割を占めている。

「馬鹿爆弾? さあ」

「時限爆弾の一種でして、二十世紀の第二次世界大戦中各国で開発されたものです。航空機からでもあるいは砲撃でもいいが、弾頭が地面に落下しますよね。だけど爆発しない。そういうことはよくありますが、それは誤作動でしてね。ところがこの種の爆弾では意図的に落下直後は爆発しないように設計されている。それで不発弾かと思って近づくと爆発するという仕掛けです」

「ははあ」何しろ二百年以上も前の話である。河野が知っているわけがない。初めて聞く話である。

「それそれが今度のコロナと関係があるんですか」

 徳川は出された茶を一口含んだが、なにか毒物を検知したかのように慌てて口を離してポケットから出したハンカチで唇をぬぐった。