殿がいなくなってから、手続きに奔走し、65歳になる前になくなって年金も貰えなかったことを残念に思い、本当にあれこれと書類に名前と住所を書きまくり、葬儀からこっち泣いている暇がない。おまけに、爺さんの手続きもかぶってきた。
頭のどこかをロックしたようになっていた。殿をしっかり介抱できたからか悔いを残さないようにと日々を過ごしたから大丈夫かと思っていた。外へ出たり、誰かと話していると大丈夫なのだが、一人になると落ち込む。
婆さんが、爺さんの遺品や寝具を全部車庫に出していた。素早い対応だ。まるで待っていたかのような手際の良さに感服。
わたしは、2階の窓から白山を眺め、この借景がいいと言っていた殿の言葉を思い出し、手帳に「久しぶりに日光浴」と、書いてあるのを思い出し、この太陽を浴びることができないと思ったとたん、涙がセキを切ったように流れ出した。
外が明るくなればなるほど、気持ちが暗くなるような気がする。入院中、余命宣告のあと心残りがないように頑張ってきたが、割り切れるはずがない。
伯母から電話があり、遺品整理は49日が過ぎてからにしたらいいよと言われた。伯母も伴侶を60歳で亡くしたのだ。今でも思い出として取ってあるとのこと。ゆっくりと時間が流れるのを待つしかないんだろうか。