まともな教育学者は「道徳退廃論」は唱えません。
江戸、明治、大正、昭和、平成と、いつの時代も、
必ず「道徳退廃論」はあり、嘆く人はいます。
江戸時代の儒者も、徳富蘇峰も、和辻哲郎も、
道徳の退廃を嘆いている事実があります。
上流階級の人ほどそう思う傾向があるようです。
身分制や男女差別が厳然と存在した時代に比較し、
現在が道徳的に退廃しているとは思いません。
道徳自体が、時代により変化する相対的なものです。
また、まともな教育学者は社会学的な視点を持ち、
「家庭の教育力が低下している」などと考えず、
道徳教育の教科化や「親学」を推奨したりしません。
少年非行の増加や少年犯罪の凶悪化は起きてないし、
いじめの増加を実証的に示すデータはありません。
おそらくいじめはいつの時代にも起きていたものの、
今ほどテレビ等で報道されなかっただけでしょう。
ところが、驚くべきことに日本の政治の世界では、
道徳の退廃を嘆く総理や文科大臣がいます。
この手の政治家は、わかっててやっているのか、
それとも本当にわかっていないのか不明です。
犯罪統計や教育の実態や歴史的経緯を知りながら、
それでも政治的人気取りのために「わかってて」
この手の「道徳退廃論」を叫ぶのかもしれません。
だとすれば、戦略的・政治的な言動だと言えます。
ずるいけれども、上手なやり方だと思います。
政治的行動として理解できます(非道徳的ですが)。
他方、もし本当にわかっていないとすれば深刻です。
わかっていないとすれば、統計学的な素養に欠けて、
歴史的視点や社会学的視点を欠くことになります。
統計学、社会学、教育学等の基礎のない政治家が、
子どもたちの学力低下を叫ぶのは悪い冗談です。
まず「政治家の学力低下」を嘆く必要があります。
どちらが真実かはわかりません。
政界では一見正しそうでわかりやすい言説が受けて、
複雑でわかりにくい事実が無視されるのが現状です。
私には後者の方が、真実のように思えてなりません。
*ご参考:広田照幸「教育論議の作法」時事通信社、2011年
引用元http://yamauchi-koichi.cocolog-nifty.com/blog/