2019/04/19 06:00
【次代へ 平成から令和】ひきこもり中年息子と暮らす79歳母
(西日本新聞)
真新しいスーツに身を包む新入社員が、はつらつと行き交う春のオフィス街。家族に知られないようにと取材場所に指定された福岡市中心部のビルの一室で、白髪交じりの女性(79)はため息をついた。
「私が生きているうち、何とか息子を社会につなげないと…」
女性は自宅で、50歳近くになった息子と暮らしている。息子は定職に就いておらず、生活の頼りは両親の年金だ。
息子は幼少時から引っ込み思案で、人付き合いが苦手だった。学校で孤立し、いじめられることもあった。高校で不登校になり、受験に失敗してからは家族との会話も減った。浪人して私立大に進学した後も、サークル活動やアルバイトはせず、キャンパスと自宅を往復するばかりだった。
卒業当時は、平成初期のバブル崩壊を機に始まった就職氷河期の真っただ中。息子は気後れして、企業の説明会に行くこともできなかった。
弟が先に就職した春。家族が喜んでいると、家中に「ガー」とうめき声が響いた。2階の部屋で布団にうずくまり、震える息子が叫んでいた。父や他の兄弟は有名国立大出身で、プレッシャーや負い目があったのかもしれない。「気持ちを分かってあげられず、ごめんね」。女性は息子に寄り添い、涙ながらに謝った。
それから20年ほどの間、息子は仕事に就かず「ひきこもり」となった。知人のつてで携わった事務の仕事は、人間関係をこじらせて1年余りで辞めた。近所に買い物で外出しても、家族以外との交流はほとんどない。
「兄弟には迷惑をかけられない。息子が1人で生きられるようにするのが、親の最後の責任です」。女性は支援団体に通い、相談を続けている。
平成の終わり、ひきこもりの中高年化が叫ばれるようになった。80代の親がひきこもりの50代の子を養う状況も増え、「8050問題」と呼ばれる。
内閣府は3月末、初めて40〜64歳を対象にしたひきこもりに関する調査結果を公表。ひきこもり状態にある中高年の人が全国で61万3千人いると推計した。
専門家は言う。「実際には、200万人を超えている可能性がある」−。
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隔絶長期化、老いる親子 職探し困難、介護にも直面
学校や仕事に行かず、家にこもって過ごす人を指して「ひきこもり」という言葉が使われ始めたのは、平成が始まって間もない1990年代初頭のこと。98年に精神科医の斎藤環さんの著書「社会的ひきこもり 終わらない思春期」がベストセラーとなり、一般的に知られるようになった。
不登校とも結びつけ、若者特有の問題ととらえられる中、年月は過ぎ、ひきこもり状態から脱することができない人の中高年化は確実に進んだ。
「このままでは、親の死後に残された子どもが困窮して孤独死したり、老衰した親が一家心中を図ったりと、最悪の事態が相次ぎかねない」
ひきこもり当事者の社会復帰支援を続けるNPO法人「青少年サポートセンターひまわりの会」(福岡市博多区)の村上友利代表(74)は心配している。
少年や若者の場合、職探しもしやすいし、転校、進学など社会につながり直すきっかけをつかみやすい。
中高年となると、ハードルは高くなる。「働いていなかった人が50代から急に職に就いても、続けるのは難しい」と村上さん。ひきこもり期間が長期化するほど、社会に出る恐怖心は強くなる。社会復帰には、ひきこもった歳月の倍以上の期間をかけ、ボランティア活動から仕事経験へと段階的に支援していくことが不可欠という。
サポートする親も高齢化する。最近は、継続的に相談に訪れていた親自身が介護の必要な体調になり、解決しないまま退会したケースもある。村上さんは「いずれ、90歳の親が60歳の子を養う『9060』も現実になる」と話す。
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行政の支援はどうか。
政府は2009年度以降、「ひきこもり地域支援センター」を都道府県や政令市ごとに整備した。全国75カ所(昨年4月現在)に上り、相談員として精神保健福祉士などを配置する。既存の精神保健福祉センターに窓口を置き、そのスタッフが業務を兼任するケースも多い。
「現状の限られた人員で、どこまで丁寧に対応できるだろうか」。KHJ全国ひきこもり家族会連合会の伊藤正俊共同代表(66)は首をかしげる。
KHJが実施した家族調査では、ひきこもり当事者の平均年齢は02年度に26・6歳だったが、18年度には35・2歳と高年齢化。ひきこもりの平均期間も7・5年(02年度)から12・2年(18年度)に伸びている。
厚生労働省の集計によると、センターの継続的な利用者は約7500人(昨年3月時点)。支援を受ける期間をみると、約4千人は「1年未満」、約2千人が「1〜3年未満」にとどまる。継続的な支援ができているとは言い難い。
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バブル崩壊を経て「失われた20年」と呼ばれる経済低迷が続いた平成の時代。日本社会がなお経済成長を追い求める陰で、ひきこもりという問題は令和へと持ち越されようとしている。
世間体を気にし、ひきこもりの子を隠そうとする親もおり、実態は見えない。「自治体の調査を踏まえると、実際には200万人を超えている可能性もある」。精神科医の斎藤環さんはそう指摘し、行政の支援充実を訴えている。
「昭和から引きずる価値観を問い直す時期に来ている」。そう指摘するのは、福岡県立大の四戸智昭准教授(嗜癖(しへき)行動学)。「学歴や年収を重視する世間のレールに乗れず、企業の就労に合わない人がひきこもりになる。現実には終身雇用は既に崩れ、働き方、生き方も多様化しつつある。強引に社会に引き戻すのではなく、地域貢献活動など、ひきこもりの人の居場所を見つける必要があるのでは」と話した。
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平成が間もなく、終わろうとしている。「内外、天地とも平和が達成される」という願いが込められた時代は、東西冷戦の終結、バブル崩壊に始まる政治経済の混迷、相次ぐ大災害、少子高齢化に伴う人口減少、価値観の多様化に直面した30年余だった。近代では唯一、戦争のない時代でもあった。
天皇陛下の退位に伴い、いよいよ5月1日から令和が始まる。平成に起きた出来事、残された課題を振り返りながら、次代への道筋を探る。
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【ワードBOX】ひきこもり調査
内閣府は「ひきこもり」について、就学や就労、家庭外での交遊などの社会的参加が半年以上なく、趣味の用事や近所のコンビニに行くほかに自宅から出ない人と定義する。2009年度、15年度は15〜39歳の若年層を対象に調査し、それぞれ全国で69・6万人、54・1万人と推計した。初めて40〜64歳を対象にした18年度調査の61・3万人と合わせ、「全体で100万人以上がひきこもり状態にある」という分析もある。ひきこもり状態になったきっかけ(複数回答)は「退職」「人間関係がうまくいかなかった」「病気」などの回答が上位を占めた。
=2019/04/19付 西日本新聞朝刊=
引きこもり心の病や精神疾患と断定するだけで解決するでしょうか。
日本のバブル経済崩壊後失われた30年で、新自由主義経済の競争主義にはじき飛ばされ引き籠もりの人達が悪いとは言えません。社会の競争に勝った勝ち組と負け組の
区分だけでは、改善されない日本の深刻な社会問題です。
社会的弱者は、ほったらかしにされている現実です。両親の高齢化による介護で仕事を辞めて、健康を害して仕事に復帰出来なくなり、鬱病になった女性もいます。
核家族化による人間疎外社会で個の分断が定着した今の日本の病める社会構造の実相です。年取った両親の介護でも昔のように親戚も皆助けてくれません。
人情も薄れた荒んだ世相です。"
誰もが、直面する身近な現実です。
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