希望したらタダ! 奈良のトンカツ「無料食堂」が繁盛する深い訳
『 奈良にある飲食店が2018年5月から始めた取り組みに私はひきつけられました。それは「どうしてもお腹がすいて、それでもお金がなくて困ったら、お店の店長に相談してください。無料でお腹いっぱい食べていいですよ」というものです。
無料です。半額キャンペーンなどではありません。代わりにお店で働いてもらうわけでもありません。週末だけの限定企画でも、周年祭でもない。純粋に毎日やっている取り組みです。こんな店が世の中にあるのかと驚きました。
このトンカツ店「まるかつ」(奈良市神殿町)はなぜこんな取り組みを始めたのか。みんなが無料で食べたい!とはならないのか。有料で食べている人は常に社会貢献で食べに来ているのか。この目で確かめたくなって実際に行ってきました。
あくまで「純粋な善意」から同店の金子友則店長が店のWebサイトで載せている文章を、一部抜粋して紹介します。
私は、お金で困っている人に頼まれてお弁当を差し上げていたことがあります。その人は、甘えてしまったのか要求が少しずつエスカレートしていったので、さすがに注意したら、お店にほとんど来なくなりました。別の人で、後日きちんとお金を払ってくれた人もいました。本当に意味のあること、その人の役に立つことができたのか、今でも私にはわかりません。もっと私が勉強していたら、別の方法でその人を助けることができたかもしれません。
今の私は、正直、自分のお店のことで精一杯です。2店舗目も、3店舗目も出していきたいという夢もありますので、これからもしばらくは余裕などないと思います。でも、それを理由にあまり負担にならない範囲での出来ることすらしないのもどうかな、といろいろ考えましたので、とりあえず、自分が出来る範囲のことをやらせていただきます。
「まるかつ無料食堂」を実施するにあたっては、私の一人よがりにならないように信頼できる人に相談しました。もしかしたら、私の想像力を超えた迷惑がどなたかにかかるかもしれませんので。たとえば、ほかの飲食店さんに無料で食事させろ、とか。もちろん、そういう風潮になることも望んでいません。
各地の「子ども食堂」の現実、孤食が原因のさまざまな社会問題などがあることなど、まだまだ浅いですが私なりに勉強しました。子どもだけではなく、大人、高齢者の貧困なども問題視されています。自助努力が足りないと切り捨てるほど社会はまだちゃんとは出来ていないはずです。どうにかしようと本当にたくさんの人が努力されています。こんな私でも、きっと何もしないよりはいいかもしれないと思いました。今ある社会のセーフティーネットで拾いきれないことが、無料食堂で拾えるかもしれませんし。
料理人としては、食べていただけることは掛け値なしにうれしいことです。お腹が落ち着けば元気も出るかもしれませんし、少しは前向きな気分になれるかもしれません。他人を信頼して頼ってみようという気持ちになるかもしれません。その最初の一歩になったりできたらうれしいです。
(ここまで抜粋)
純粋にただ善意で、困っている人にトンカツを食べさせたいという思いでやっているのです。
困窮した親子や学生が利用きっかけは18年2月に北陸を襲った豪雪。北陸のとある地域の人々向けに「もし雪が解けて奈良に来ることがあったらトンカツを半額で提供する」という取り組みをしたところ、その人たちに大変喜ばれたのだそうです。
その後、金子店長が日本の貧困実態について調べたところ、数十円の食費すら支払えない人や、こども食堂などに毎日通ってご飯を食べている子どもがたくさんいることを知りました。
そこでスタートさせたのが「無料食堂」の企画でした。「18年5月に始めて19年3月までに160人ほどが利用されています」(金子店長)。月に15〜6人、2日に1人程度の頻度です。
金子店長によると、例えば次のような人々が利用していったとのことです。
「18年の秋頃、病気で働けなくなった父親が3人の子どもたちと奥様を連れて食事にこられた。久しぶりの外食と、本当に喜んでいらっしゃいました。2回来店されています」
「18年の夏、『子どもが5人いるが、自分が急に会社の都合で失業し、せめて子供たちに』とお弁当をお持ち帰りされた。そのあとも何度かご利用されている」
「生活に困窮していた学生さんがご利用されて、後日、ご家族で御礼にとお食事にきてくださった」
大切なのは、この取り組みは金子店長が店の知名度アップではなく、「純粋に世の中の役に立てれば」という思いで始めた点です。トンカツの繁盛店になって利益が出るようになった上で、困っている人や地域のために貢献したいと考えて仕事をますます頑張っているのです。
その思いに共感した人々が、「有料」で(というか普通にお金を払って)トンカツを食べたいと次々にリピートするようになっている、と言えるでしょう。まさに応援の輪です。お客さんの気持ちとしては、まるかつに行ってトンカツをお金を支払って食べることで、店を応援しているわけです。
今の時代は、「純粋に世の中の役に立ちたい」という思いが分かると、それを支持するニュースがSNSを通じて一気に広がります。もちろん逆もあります。この取り組みについても、あれこれ言う人がでないとも限りません。
ただ実際には、同店のTwitter公式アカウントが「無料食堂」スタートの告知をしたツイートには3万5000以上の「いいね」と、1万8000以上のリツイートが集まりました。「張り紙見たら泣けてきた」「嫌みな感じも無くすごくすてき」など、共感する書き込みばかり。まるかつさんの取り組みをメディアが紹介したことも大きいですが、SNSを通じて支持が全国にまで広がったと言えます。
もともと「有料で食べたくなる」繁盛店筆者は18年12月に同店を訪れました。行ってみて驚きました。なぜならまるかつさんは、「本当の繁盛店」だったからです。この日、私はお昼ごはんを午後2時まで我慢して店に向かいました。仮に混んでいたとしても、この時間ならさっと入れるだろうと思ったからです。
奈良駅からバスで10分ほどの場所にありました。店は外から見ると普通のロードサイド型の飲食店という雰囲気。特別な店という感じではではありませんでした。
着くと、午後2時を過ぎているのに行列ができています。私は30分待ってようやく席に着くことができました。
私が驚いたのは、トンカツのおいしさに加えて従業員のサービスレベルも高かった点です。一人一人に丁寧に接客をしていてとても気持ちがいい。きちんとあいさつし、丁寧に注文をとり、レジ対応時に次回来店のクーポンを渡す。飲食店のルーティンの接客サービスをまじめにきちんとやっていました。店の外までお客さんを見送ることもありました。
私の座った席がレジの横だったため、支払いをずっと見ていたのですが、その時は全員がお金を支払って帰っていました。やはり、無料食堂があくまで生活や食事に困っている人向けの活動として成立していることも分かりました。
実は高めな日本の相対的貧困率内閣府が相対的貧困率を国際比較した10年のデータによると、日本の相対的貧困率はOECD加盟国の平均を上回り、先進国の中では米国などに次いで高い貧困率(16.0%、日本は09年のデータ)となっています。
日本の子どもの相対的貧困率は1990年代から上昇傾向にあり、2009年には15.7%になっています。子どもがいる現役世帯の相対的貧困率は14.6%であり,そのうち大人が1人の世帯の相対的貧困率が50.8%と、大人が2人以上いる世帯に比べて非常に高い水準です。一人親家庭など、大人1人で子どもを養育している家庭で特に経済的に困窮している実態が明らかなのです。
日本は豊かな国のように見えますが、食べたくても食べられない、お腹が空いても食べるお金が1円もない。そんな家庭がたくさんあるのが日本のもう1つの現実です。このような実態の解決に少しでも役立てるなら……と考えてまるかつさんは無料食堂の取り組みを始めたのです。
純粋に始めた取り組みですから、そこに悪意をもったユーザーはほとんど来ないのです。来店するのは、「だったら俺たちは普通にお金を支払って、おいしいとんかつを食べて、無料食堂が続けられるようにリピーターになって応援しよう」という人ばかりなのでしょう。
店内はツッコミ待ちの“小ネタ”満載ですから同店では、来店するお客さんたちにさらに喜んでもらおうと「クスっと笑える小ネタ満載」の店にもしています。「『ちょっとカレー』が諸般の事情(店長の気まぐれ)で20円だけ値引きとなりました!」といった壁に貼られているユニークな告知。店内で販売されている「まるかつ缶バッヂ」には、「だれが買うねん!?」「3億円のところ、なんと本日限り300円」との宣伝文句が。同店はツッコミたくなるネタ満載(笑)の店でもあるのです。
だから固定客が多く来店しているのでしょう。私は東京から行きましたが、また来たいと思える店でした。いいお店とは提供する商品が本物であり、気持ちのいい接客がある店なのです。
顧客と共有の価値を作る「マーケティング4.0」以前、日本で開催されたマーケティングの国際会議「ワールドマーケティングサミット」で、世界的なマーケティング学の権威、ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院のフィリップ・コトラー特別教授がこう述べたことがあります。
「これからはマーケティング4.0の時代に入ります。1.0 はユーザーの要望に応えるマーケティング。2.0はユーザーの心に響くマーケティング。3.0はユーザーのスピリット、精神性をくすぐるようなマーケティング(哲学や理念に共感)。そして、4.0は共有の価値を作る、世界に認められるような提案をすることが日本企業にとってはとても大切です」
企業のマーケティングを取り巻く環境は激変しています。ユーザーに長く支持を得る企業で居続けるためには、自社の利益だけ、自社のエゴだけを考えていたら生き残れない世の中になり始めています。大企業ではCSR(企業の社会的責任)に基づいて、事業で得た利益の1%程度を社会貢献に回そうという取り組みも一般化し始めています。
またCSV(Creating Shared Value:共通価値の創造)経営という言葉も広がっています。11年にハーバード大学経営大学院のマイケル・ポーター教授らによって提唱された概念です。企業は「利潤という経済的価値」だけではなく、「社会への貢献度という社会的価値」を同時に追求することで、イノベーションを生み、新たな事業創造につなげられる、という考え方です。このような概念を追求する企業をソーシャル企業(社会にとって必要な企業)とも呼びます。
これからは中小企業と言えども、単なる自社の利益、自社の成長だけを考えていてはだめで、社会課題の解決や地域問題の解決などに事業を通じて取り組むことが新たなマーケティングトレンドです。
例えば、寒天のブランド「かんてんぱぱ」で知られる伊那食品工業(長野県伊那市)は朝の掃除が有名です。
本社でも東京事務所でも、社員は自主的に始業前に出勤し、会社だけでなく近所も竹ぼうきで掃除しています。筆者もたまたま同社の東京事務所前を通ることが多いのですが、社員がスタッフジャンパーを着て掃除をする姿をよく見かけます。
会社と関係ない公園や緑道、近隣の小学校の方まで掃除をしています。特に当番が決まっているわけでも担当場所が決まっているわけでもないそうです。社員一人ひとりが考え、必要だと思う場所を掃除しているのです。これがほぼ毎日行われています。これは同社の理念である「いい会社をつくりたい」という考え方が表れている地域貢献活動です。
「掃除をするからもうかる」というような短絡的な考え方ではなく、「この地域で仕事をさせていただいている企業」として当たり前の活動、という認識なのです。社会や地域への貢献は掃除だけでもできるのです。
令和は「ソーシャル企業」の時代13年に厚生労働省が行ったミレニアル世代(一般的には1980年代〜2000年代初頭までに生まれた人)向けの「若者の意識に関する調査」で、企業の社会貢献に関する質問では、実に約80%の人が「企業は利潤追求だけではなく、社会的責任も果たすべき」と答えています。この傾向は特に女性に強く、社会的責任を追求できない企業は存続できないと考えているのです。今の10〜30代の人たちの感覚の実態です。
これは働きたい企業選択の際の基準にもなり始めており、あらゆる意味で企業における社会性がますます求められる時代になってきたと言えるのです。
まるかつさんには商品力や良いサービスといった、繁盛店としての条件が既に備わっています。ただ今後、同店のようなユーザーからの厚い支持を日本企業が受けるには、「誰かの応援をしているかどうか=社会性」が求められていく、と言えます。
地域で暮らす人々や社会的弱者、世の中で困っている人、高齢者、子どもたち、立場の弱い人などを事業を通して守り、応援し支援する。まさに企業としての社会貢献が事業を行う上で必須の活動になる時代です。
しかし、まるかつさんはこの無料食堂の取り組みを単なる「マーケティングの手段」としてやっているわけではありません。地域でがんばって商売をしている1人の人間として何か地域のためにできることはないかと考えた結果、取り組んでいることです。
このような発想だからこそ、顧客に応援されているのです。そして、このような発想で社会貢献や地域活動をできる企業が本当の意味でのソーシャル企業であり、共感される企業と言えます。
「企業は社会性>教育性>収益性の順番が大事だ」と、私は舩井幸雄・船井総合研究所創業者から教えられました。令和時代に必要な経営のキーワードは、まさにこの「社会性」です。
PR的な取り組みではなく、社会性をいかに自然体で、無理なく取り入れることができるかがこれからの繁盛店の条件です。
令和時代。本当のソーシャル企業を目指して経営をしていきましょう。
著者プロフィール 岩崎剛幸(いわさき たけゆき)
ムガマエ株式会社 代表取締役社長/経営コンサルタント
1969年、静岡市生まれ。船井総合研究所にて28年間、上席コンサルタントとして従事したのち、同社創業。ファッションを専門分野とした流通小売業界のコンサルティングのスペシャリスト。「面白い会社をつくる」をコンセプトに各業界でNo.1の成長率を誇る新業態店や専門店を数多く輩出させている。街歩きと店舗視察による消費トレンド分析と予測に定評があり、最近ではテレビ、ラジオ、新聞、雑誌でのコメンテーターとしての出演も数多い。
岩崎剛幸の変転自在の仕事術
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今の日本の庶民の生活の縮図です。景気が、回復していない事実です。
大阪商人の存して得取れと言う商いの実践です。
庶民が、豊に暮らせる日本になって欲しいと思います。