生後間もない息子を抱えた30代の母親は、福井県坂井市の東尋坊の売店で酒を飲み、3歳の娘の手を引き、岩場へ向かった。大人用のスリッパを履いていた娘は「かーかー(お母さん)帰ろう」と泣きじゃくっていた。
 
 パトロール中に異変に気付いたNPO法人「心に響く文集・編集局」の茂幸雄代表(75)は、親子に駆け寄り、強引に事務所に連れ戻した。母親は「関係ないやろ」と爪を立てて暴れた。茂さんは「お前だけの命じゃない」としかりつけた。
 
 警察に保護され東尋坊を離れるとき、女児は茂さんに笑顔で手を振った。「ありがとう、帰るね」
 
 母子3人は翌朝、マンションの10階から飛び降りた。手を振る女児の姿を思い出すたび、茂さんは「あの親子を一時的に保護するシェルター(避難所)があれば…」と、苦い思いがこみ上げる。
 
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 同NPOは2004年からパトロールしており、ことし3月29日現在、643人の自殺志願者を保護した。自殺を引き留められた後、生きる希望を見いだし、毎年東尋坊を訪れるようになった人も少なくない。
 
 その一人、20代女性が同NPOにあてた手紙には「(女性のスタッフが)『もう一人のお母さんと思えばいいよ』と言ってくれたのが心の支え。強くたくましく、感謝の心を忘れない人になります」と記されている。事務所には、この女性が描いた茂さんの笑顔の絵が飾られている。
 
 茂さんは「ここに来る人の多くは、家庭にも職場にも味方がいない。彼らの居場所をつくってあげないといけない。2、3日でもいいからプチ家出ができる場所があれば、救える命がある」
 
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 06年に自殺対策基本法が施行された。近年、自殺者数は減り続けているが、それでも年間2万人超。県内でも100人を超える。自殺防止だけでなく、増え続ける遺族のケアも課題として指摘されている。
 
 「残された私は、人生の端っこをずっと歩いてきた」。親を自殺で亡くした福井市の60代女性は話す。福井県内の自死遺族でつくる「アルメリアの会」の梅林厚子会長(62)は「遺族は眠れない、食べられない、働けないという状況になる。5年10年たっても、現実を受け入れられない遺族もいる。社会にとって、それはプラスにならない」
 
 専門医や保健師らが応対するこころの悩み相談、弁護士らが法的トラブルや経済的に余裕がない人をサポートする法テラス福井など「自殺防止の支援体制は少しずつ整ってきている」と梅林会長。ただ情報の共有がどこまでできているのかは疑問だという。
 
 「例えば自殺未遂を繰り返す人の情報を持っているのは消防署や警察、病院だが、どこまで連携できているだろうか。当事者が自宅に帰った後の追跡調査はできていない。もっと当事者に寄り添える仕組みが必要」
 
 茂さんは「現場の声を聞き、真剣に考えてほしい。自殺の原因は一つや二つではない。教育、地域のコミュニティー、家族の形などいろいろな社会の問題が見えてくるはず」と訴える。』 核家族化の定着と人間疎外による社会の個の分断も要因の一つです。 自殺しょうとしていた人の社会的背景と矛盾を考えないと自殺者も減りません。心の病で苦しむ人と共通点が皆あると言うことです。