住民投票の結果を覆す暴走 今度は府市統合の条例化企む維新 430の事務権限と財源を府に一元化
大阪市では「大阪市廃止・特別区設置」(都構想)の協定書が二度にわたって住民投票で否決されたが、大阪維新の会の松井一郎市長、吉村洋文府知事は「今回の民意は大阪市を残して、府市の対立と二重行政を解消してほしいというものだ」(松井)、「賛成と反対の差は一ポイント。約半数は大阪市を廃止、都構想移行に賛成」(吉村)という独自の解釈を披露し、大阪市の430の事務権限と財源を対象にして府に一元化する条例案を来年2月の府・市議会に提出する考えを明らかにした。未曾有のコロナ禍に公費約100億円を費やして強行実施し、138万人もの市民が投票した住民投票の結果を尊重するどころか、否決された内容をそのまま条例化して議会採決に委ねるという直接民主主義を冒涜する姿勢を見せている。
大阪市の松井市長は5日の会見で、「今回の住民投票を受けて、広域一元化、府市の対立、二重行政をなくすこと、これまで僕らのやってきた“バーチャル都構想”については、今回の結果、7割の方が理解してくれて賛成してくれている。そのなかで大阪市を残しなさいよ、というのが今回の結果だから、来年に向けて、人(首長)が変わっても広域一元化で大阪の成長が担えるような体制、ルールづくりをやっていきたい」と主張。
住民投票で否決された「特別区設置協定書」(都構想)の制度設計で府に移管するとしていた成長戦略、病院、港湾、大学、高校、水道、消防など約430におよぶ大阪市の事務を対象に、その権限と財源を大阪府に移管する条例案をつくり、来年の2月議会に提出する考えを明かした。
大阪府の吉村府知事も6日、「大阪市民の反対理由は“大阪市をなくすな”であり、大阪市をなくすことに対する不安だったと思う。そこが反対の大きな理由で否決になった。ただ、賛成派のみなさんもやっぱりいたわけで、その差は1㌽。結果は否決だが、中身を見れば約半数が賛成派で、二重行政はよくない、府市一体でやっていくべきだという意見が強かったと思う。それを鑑みれば、大阪市は残すが、府市の二重行政、広域については一本化して、バラバラになるべきじゃない。これが僕は大阪市民の判断じゃないかなと思う」と持論をのべ、「否決されて都構想はなくなったが、賛成派の意見を尊重することも重要」として、2月府議会に市と同じく条例案を提出する考えを示した。
さらに「都構想の中身は、ずいぶん議論して完成版ができている。否決ではあるが、現在大阪市がやっている430の“広域事務”は大阪府が一本化してやっていくという整理ができている。それを大阪市を残したうえで具体的に実現する、そのような条例案を都構想の対案として提案したい」と真顔でのべた。
そのうえで「都構想」を推進するための暫定的機関である副首都推進本部会議を条例上の組織として固定化し、「(条例であるため)将来の大阪市がこんなの(一元化)はダメだといって廃止することもありうるが、それができにくいような制度案」のとりまとめを目指すとし、「反対派には、僅差であったことを尊重してもらい、賛成派の意も汲んでもらいたい」とくり返した。
ところが、住民投票で全有権者に問われたのは唯一、「大阪市を廃止して特別区に分割すること」への賛否であり、「二重行政の解消」「バーチャル都構想の評価」などをめぐる設問は一言もない。住民投票の結果において「住民投票で7割がバーチャル都構想に賛成した」(松井)、「二重行政はなくすべきだ、府市一体でやっていくべきだという意見が強かった」(吉村)といえる根拠はなにもなく、一部メディアの世論調査を恣意的に持ち出したものに過ぎない。しかも、大都市設置法に基づく住民投票の結果は、法的拘束力をともなうものであり、そのため賛成多数ならば票差にかかわらず大阪市は2025年1月に廃止されることが規定されていた。
いわゆる「都構想」の行政文書である「特別区設置協定書」(大阪市・大阪市大都市制度協議会作成)に明記された「大阪市廃止」の具体的な中身は、大阪市が政令指定都市として持っている成長戦略、都市計画、港湾、交通基盤整備、公共上下水道、消防、大学、高校、公園、河川にいたる430の事務権限と財源約2000億円を府に移譲することが含まれており、「大阪市の存続」という有権者の判断は、その権限と財源を大阪市に留めるという意味以外のなにものでもない。その自治権の大幅な切り離しが市民にとって大きなリスクをともなうからこそ住民投票が義務づけられているのであり、これを議会判断のみに委ねることができるのならば、住民投票を義務づけた大都市設置法は空文に等しい。
権限移譲の対象となっている大阪市の事務は、地方自治法で政令指定都市として処理することが定められており、財源である市税収や国の地方交付税交付金も「広域行政財源」と色分けしておりてくるものではない。そのための人員をどのように確保し、その予算額を誰が決定し、財源をどこから調達するのかの論議を突き詰めれば、二度にわたって否決された「都構想=大阪市廃止」の中身そのものにならざるを得ない。「対案」どころか、その決定権を市民から議会にすり替えただけであり、住民投票で「市民が悩みに悩み抜いて」(松井)出した民意を踏みにじるものにほかならない。
維新が主張してきた「ニアイズベター(より住民意志が届きやすい仕組み)」とは裏腹な住民意志の無視であり、あくまで大阪市の手足をもぎとることが維新のいう「二重行政の解消」「府市一元化」であることを改めて浮き彫りにしている。
市民からは「住民の決定を無視して議会多数で好き放題をするのなら国政における自民党と何ら変わらない」「一政党の横暴に何の歯止めも掛からないのなら、そんな“一重行政”こそ解消すべきだ」と語られている。
議会への監視の目を 高まる市民世論
両首長が発した条例化案は、市民の間で「詐欺に失敗した居直り強盗そのものではないか」と波紋を呼ぶと同時に、その「炎上商法」ともいえる手法を冷静に見極めつつ、自民・公明も含む議会に対する市民、府民の監視の目は強まっている。
大阪市民の男性は「住民投票から1週間もたたないタイミングで、公明党と一緒に総合区(24区を8区に合区する)を目指すといったかと思えば、今度は広域事務の府への一元化を条例化するといいはじめた。それぞれに整合性がとれるものなのか、法的根拠があるのかも不明で、内容も煮詰まってもいないのにメディア各社が既成事実としてそれを垂れ流している。否決された都構想の検証をさせないように目先をごまかし、自分たちの主導権を維持するために打ち上げ花火を上げているようにしか見えない」と語る。
「まさに米大統領選で敗北したトランプと同じ炎上商法でもあり、プロ球団や日本放送の買収計画などを派手にぶち上げて話題にし、自社株の時価総額を上げるために粉飾決算をやっていたホリエモンのやり方にも似ている。住民投票の二度の敗北がそれほど彼らの痛手だったということの裏返しで、都構想なしには空中分解してしまう維新の“最後っ屁”ではないかとすら感じる。必要なのは、彼らの口八丁に踊らされることではなく、10年の維新行政やコロナ禍に100億円もかけて実施した住民投票が何だったのかを市民の側から冷静に検証することではないか」と指摘した。
また、別の市民は「住民投票のために膨大な行政コストをかけて市民の判断を仰いだ直後に、同じ内容を議会で通そうとするなど、道義的にありえない。対案を出せというが、都構想の否決こそが対案であるし、市民にとって必要な“二重行政”は残すべきだというのが市民が下した判断だ」としたうえで、「ただ府議会では過半数(88議席のうち49議席)を維新が握っており、大阪市議会では83議席のうち40議席を維新が独占しているのが現状だ。それだけ野党勢力がとるに足らない存在と見なされているということだ。市議会においては、フラついている公明(18議席)や自民(19議席)がどのように動くかを注意して見ておかなければいけないし、議会内の政争でごまかさないように市民が監視を強めなければいけない」とのべた。
商店主の女性は「賛成・反対にかかわらず投票したすべての市民を冒涜する行為だと思う。そこまでして大阪市をなくしたいのだろうか。今回の住民投票では、公明党が都構想に賛成したが、いつも選挙前になったら買い物がてらに投票依頼に来る創価学会員が今回はまったく姿を見せなかった。“これで大阪市がなくなったら創価学会のせいになるんやで!”と公明市議に詰め寄る学会員もいたし、婦人部を中心に“もう選挙応援はできない”と公明離れが始まっているとも聞いている。公明党も誰のおかげで議員になっているかを忘れていると、墓穴を掘ることになると思う」とのべた。
また「都構想の否決後、各地の親戚や友人からも“よかったね”と喜びの電話がかかってきて、大阪府は大阪市以外の42市町村を含むものなのに、その行政のあり方がまるで大阪市だけの問題であるかのように切り縮められていることに違和感を語っていた。維新政治になってから商売の業績も悪くなる一方で、今回の住民投票で目を覚ました人もたくさんいる。市役所を解体することを優先し、コロナ対策が後回しになっていることの方が問題だ。このままズルズルとカジノ誘致などをやるために、大阪市の財源を奪うことが必要なのだろうが、抜本的な行政の方向転換が必要だと思う」と話した。
行政学の専門家は「5年前の住民投票後も、大阪会議(大阪市と大阪府の首長と各党議員が広域行政課題を論議する大阪戦略調整会議)を“提案を呑まない野党が悪い”といって決裂させ、2回目の住民投票をやる口実にした。今回も住民投票で否決されたので、自分たちに有利な議会に土俵を移し、紛糾して決裂すれば3回目の住民投票をやるための布石にするためではないか。まさに民意の冒涜だし、行政を弄んでいる。行政の仕組みをいじり回すだけの不毛な議論をこれ以上長引かせれば、コロナで苦しんでいる市民の生活や経済の下支えなど、行政がやるべき政策の中身は手つかずのまま、大阪の衰退がさらに加速するだけだ」と警鐘を鳴らしている。