Some Like It Hot

お熱いのがお好きな映画ファンtakのつぶやき。
キネマ旬報社主催映画検定2級合格。

すばらしき世界

2022-01-15 | 映画(さ行)





◼️「すばらしき世界」(2021年・日本)

監督=西川美和
主演=役所広司 仲野太賀 六角精児 橋爪功 梶芽衣子

「幸せの黄色いハンカチ」を初めて観たのは中学生の時。刑務所を出た高倉健が郵便局でハガキを買う場面が出てくる。
「ハガキをください。いくらですか。」
ハガキ1枚の値段を健さんは尋ねる。この人がいかに長いことシャバにいなかったかを、このひと言が表現しているのだと思った。

「すばらしき世界」の主人公三上正夫も人生の大半を刑務所で過ごしてきた男。出所して社会に順応しようともがく姿と、彼をめぐる様々な人々の関わりを綴ったヒューマンドラマ。不勉強なもので、西川美和監督脚本の作品を観たのはこれが初めて。短い時間で登場するキャラクターを印象づけるのに長けた人だと思った。短い台詞のひと言が心境や人柄、置かれた状況を端的に表現している。健さんのハガキの場面を思い出した。さらに「すばらしき世界」の台詞がすごいのは、観ているこっち側の心にも響く言葉なのだ。

三上が更生する姿をドキュメンタリー番組にしようとする若手テレビ制作者の津乃田と吉澤。表向き三上の母親探しを手伝うとは言っているが、実際は視聴者が感動できるネタとして三上を利用したいのが本音だ。チンピラとトラブルになった三上が、若造をボコボコにする様子を見て、津乃田はカメラで追うことをやめる。
「撮らないなら割って入って止めなさいよ。止めないなら撮って伝えなさいよ。」
長澤まさみのひと言は、テレビマンとしてのジレンマにも聞こえるし、一方的にそれを押し付けるだけのズルいひと言にも聞こえる。テレビ業界を離れて文筆で仕事をしたいと考えていた津乃田は、再び三上と向き合おうとする。この映画は三上の成長物語ではなく、津乃田の成長物語でもあるのだ。

三上が向き合う厳しい現実。生活保護の手続きでは冷淡に対応され、働き口を探したいが医師からは安静を勧められる。運転免許の再取得もなかなか進まない。地元福岡にいるヤクザ時代の兄弟分に連絡した三上は歓待を受けるが、そこでも"反社"とされる人々が以前のように威勢よくいられる時代ではなくなっていることを思い知らされる。兄弟分の妻を演じたキムラ緑子が三上に言うひと言。
「シャバは我慢の連続です。大して面白うもなか。でも空が広いっち聞きますよ。」
このひと言。三上に向けられただけでなく、そうだよ、生きるって我慢の連続。何故か自分に向けても言われているように感じられて、涙があふれた。

彼を支援してくれる弁護士夫婦の温かさ。梶芽衣子が人の世話を焼く様子を見るとホッとしてしまうのは、ドラマ「昨日何たべた?」のせいかも(笑)。
「私たち、いい加減に生きてるんですよ。」
このひと言も泣けた。時々ズルく生きてる自分を嫌になることがある。スクリーンのこっち側の自分の気持ちを、この奥さんに見透かされて、励まされているような気がして。声をかけてくれる近所のスーパーの店長役、六角精児もいい。伝えるべきことをきちんと伝えようと向き合うことの大切さを教えてくれる。

それでも厳しい現実がある。就職先での出来事で、直情的な三上がどう行動に出るのかハラハラした。言いたいことが言えない現実を感じて、世の中を窮屈に感じたのではないかとも思った。迎える悲しい結末。裏社会に染まってはいたけれども、三上が人間として染まっていない部分。それが白いランニングシャツに象徴されてるようで、とても切なかった。





映画『すばらしき世界』本予告 2021年2月11日(木・祝)公開


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