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お熱いのがお好きな映画ファンtakのつぶやき。
キネマ旬報社主催映画検定2級合格。

イニシェリン島の精霊

2023-01-28 | 映画(あ行)

◼️「イニシェリン島の精霊/The Banshees Of Inisherin」(2022年・アイルランド=イギリス=アメリカ)

監督=マーティン・マクドナー
主演=コリン・ファレル ブレンダン・グリーソン ケリー・コンドン バリー・コーガン

「お前が嫌いになった。話しかけるな。」
「お前が退屈だからだ。くだらない話に費やす時間はない。」

そんなことを親友と思っていた人から突然言われたらどんな気持ちになるだろう。主人公パードリックの身になってこの映画を考えると辛さしかない。パブで呑んで語るくらいしか娯楽のない島の生活、人の噂ばかりがニュース。そんな中でコルムは数少ない友人だ。突然の絶交宣言に戸惑ってしまうし、「話しかけたら指を一本ずつ切り落とす」とまで凄まれる。自分ならどうするだろう。

人と人が関わる中で、家族以外の人間関係は昔考えていたよりも大切だと感じる。家族だから言えないことって結構ある。だからつまらないことでも相談できる、遠慮なくものが言える相手がいるって幸せだと思うのだ。そんな関係を失いたくないと思える相手が僕にもいる。親しい友人がいない状況を「フレンドシップ・リセッション」と呼び、解決を考えることも話題になっている昨今。この映画を観ても、パードリックの辛さをまず考えてしまう。

しかし。友人関係を整理したい、こんな話題の飲み会早く終わっちまえばいいのに、この時間人生の無駄遣いだよな、と思った瞬間はこれまでに何度もある。だからコルムが自分がやりたいことの為に無駄と思える関係を断ち切りたいと考えることは、決して間違いじゃない。いい歳こいた大人になると、人脈を開拓しようなんて気力も必要もだんだんなくなってくる。ましてやコルムのように、好きな音楽で自分がいた証を遺したいと言う気持ちも理解できる。だからと言って、相手に凄んでまで、自傷行為までしてやり遂げなければならないことなのか。一人でやりたいことがあるからしばらくパブ通いはやめるよ、と優しく伝えることはできなかったんだろうか。こうした不器用さは年齢ゆえの焦りなんだろうか。

二人のすれ違いがどんどんエスカレートして、周囲の人間関係までもが崩れていく様子は痛々しい。だけどそこから目を離さずにはいられない自分もいる。賛否がわかれる映画だ。こんな胸が苦しくなるような思いを、なんで映画館で金払ってまでしなきゃならないのかという感想もあると思う。正直繰り返し観たくはない。

彼らが住む島から見える本土では、同じ国民がある日突然殺し合うアイルランド内戦がまさに起きている。二人の諍いは内戦と重ねられている。戦争の理由も一方的で互いが理解し合えないものだ。監督がここに込めた反戦への気持ちを思うと、これを多くの人に理解して欲しいと思える。そしてそんな二人の気持ちを少しでも汲み取ろうと真剣になれるなら、この映画は単に後味の悪い映画じゃなく、その人には秀作だと映るに違いない。二度と観たくないけど秀作。この映画はまさにそれなんだろう。

僕らは登場人物の誰にもなり得るのかも。映画の観客としての僕らは、ゴシップ好きで悪意をもった島の住民の一人になって、二人のイザコザを眺めているのかもしれない。いやもしかしたら、起きる悲劇を傍観してニヤついている精霊こそ、観客の目線なのかな。対岸の戦争を遠巻きに見ているみたいに。




コメント (2)
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