もう一週間以上前になってしまったが DVDで話題になっている映画 フラガールとかもめ食堂を見た。一晩で二本は私にとっては珍しいことだったがこの二本とも期待以上によかったので 忘れないうちに(もうかなり細かいことは忘れかけているけど)印象を書いておくことにしよう。
まず フラガール について
弟は邦画を殆ど見ない、というか受け入れないというガンコな奴である。この前実家に帰った時も フラガールって面白かったよ と 言っただけで
「常磐ハワイアンセンターの話だろ 炭鉱がつぶれて ああいう施設ができて、そこで働く女の子たちがフラやってって最後盛り上がってってストーリー見え見えだろうが。見なくてもわかるけど 何が面白いわけ?」とけなされた。
あのねえ弟よ、そりゃあベタなストーリーだけど 人生の感動どころって案外ベタなもんなのよね。予想がつくから感動できない、予想がつくからつまらないと言い切るなら 寅さんなんて見る人は居なかったであろう。
人が踊るっていうのは独特な高揚感をよぶものである。古くは天照大神の天岩戸の話(古すぎかしら) フラも踊ることで神と向き合うという点では共通である。
また 自分の心だけに収まらない喜怒哀楽の感情の動きを表現するには 踊る という行為は最も適したものではないだろうかと思う。
と、一気に卑近な話になるけど・・・
家の娘は幼稚園の時から踊っていた。クラシック、ジャズ、ヒップホップと種類も色々だけどいつも生活の中にダンスがあった。それを専門とするまではいかなかったけれど、中高一貫校での部活は6年通じてダンス部だった。80人ほどの大所帯の部で 文化祭の舞台では毎年結構本格的なダンス公演をするわけだけど (ウエストサイドストーリー カルメン ライオンキング オペラ座の怪人など)最初はその他大勢の役からはじまり学年がすすんでいくにつれて重要な役をもらえるようになっていった。ただし主役級は最高学年である高校三年生。その秋の公演で主役を踊り引退するのがダンス部員の花道だった。しかしそれは受験をしないでそのまま上に続く大学に進学する子たちが殆どで 他校受験組は四月公演で引退というのがまたお約束だった。
しかし娘は 「大学は美大を受験する、しかも秋の公演は出演する。」と言い張り、「どっちかにせーよ、そこまでダンスをやりたいのならそのまま上の大学行けよ」と主張する私とバトルを繰り返した。
結果的には第二志望の大学に入れ、秋の公演の準主役として舞台を全うできたわけだけど、予備校に行っているふりをして居残り部活をしていた とか 図書館で勉強するといって浅草橋の布問屋に行って衣装の材料の買出しに行ったとか それがバレてバトルを繰り返したあの高三の夏は暑かった(ため息)結果オーライではあるが、半分以上さぼりやがった予備校代を返せと今も言いたいと思う
しかし、10月の文化祭の公演。一日目に生徒たちだけが見た舞台が大評判で二日目の一般公開の日には、父母や他校の生徒たちが、学校の何千人とはいるホールに入りきれず、外まで行列ができて大騒ぎになるといった事態になっていた。私たち夫婦はもちろん見に行き、最後だからと二人の祖母と自分の友人やダンス教室の先生も招いてあったのだけど、その方たちが入れるかどうか心配するほどだった。本公演も熱狂的な拍手の中で終わり、エンディングの曲で高三生の6人のセンターで 自分の振り付けのダンスを踊る娘を見て、またその後の鳴り止まない拍手を聞いて、心底 「こんなに感動させてくれてありがとう」と娘に感謝した。招いてあった私の友人や 他の知り合いのお母様たちもみんな目に涙をためて 「本当によかった」と心から褒めてくれた。本当にひいきめでなく高校生離れした技術と、高校生のフレッシュさを兼ね備えた感動を呼ぶ舞台だったと思う。家の夫は帰ってから連続で8回ほどビデオを見て(普段そんなことしないのに)さすがに私も呆れたけど・・・
その公演の前は進学と部活のハザマで不安とあせりから最悪の親子関係を展開していたけど すべてをチャラにしてもいいやと思った。そして、無理やりに部活を引退させていて この舞台に立てないことになっていたら(実際四月に引退した子が四人ほどいた)どれほど中途半端な気持ちで彼女の高校生活が終わってしまっていただろうと思ってぞっとしてしまった。
と、私事を長々書いたけど、こういう経験があったから、最初は娘が踊るということに反対していた富司純子扮する母親役の気持ちが痛いほどわかったのよね。
一生懸命踊る娘の姿を見て 細かいせりふは忘れたけど 「今まで 地の底で苦しんでやることだけが仕事だと思っていた。 でも人を感動させる仕事っていうのもあるんだ」と言った母親の気持ち。
苦しい練習も長い下積みも耐えそれがあって華やかな舞台に立てるわけであるが、花開いて 自己表現で人を感動させられるというのは表現者としてどれほど幸せなことだろうか。
常磐炭鉱の事業の縮小、働き口がなくなった労働者の生き残り対策としてのハワイアンセンターの話と しょせんおじょーちゃん学校の中での進学問題と深刻さで考えれば比べ物にならないけれども 我が家の親子の葛藤と娘のダンスで得られた感動という点では少なからず共通する心境はあったと思う。
また、私のような個人的事情がなくても、確かに予想がつくストーリー展開ではあるけれど、廃れ行く炭鉱の人々の暮らしの中、よんどころのない賭けのような事情の中から生まれてきたフラには心をゆさぶられると思う。
それにしても蒼井優はよかった。演技も、踊りも・・・
かもめ食堂も書こうと思ったけど長書き疲れたのでまた今度にします。
まず フラガール について
弟は邦画を殆ど見ない、というか受け入れないというガンコな奴である。この前実家に帰った時も フラガールって面白かったよ と 言っただけで
「常磐ハワイアンセンターの話だろ 炭鉱がつぶれて ああいう施設ができて、そこで働く女の子たちがフラやってって最後盛り上がってってストーリー見え見えだろうが。見なくてもわかるけど 何が面白いわけ?」とけなされた。
あのねえ弟よ、そりゃあベタなストーリーだけど 人生の感動どころって案外ベタなもんなのよね。予想がつくから感動できない、予想がつくからつまらないと言い切るなら 寅さんなんて見る人は居なかったであろう。
人が踊るっていうのは独特な高揚感をよぶものである。古くは天照大神の天岩戸の話(古すぎかしら) フラも踊ることで神と向き合うという点では共通である。
また 自分の心だけに収まらない喜怒哀楽の感情の動きを表現するには 踊る という行為は最も適したものではないだろうかと思う。
と、一気に卑近な話になるけど・・・
家の娘は幼稚園の時から踊っていた。クラシック、ジャズ、ヒップホップと種類も色々だけどいつも生活の中にダンスがあった。それを専門とするまではいかなかったけれど、中高一貫校での部活は6年通じてダンス部だった。80人ほどの大所帯の部で 文化祭の舞台では毎年結構本格的なダンス公演をするわけだけど (ウエストサイドストーリー カルメン ライオンキング オペラ座の怪人など)最初はその他大勢の役からはじまり学年がすすんでいくにつれて重要な役をもらえるようになっていった。ただし主役級は最高学年である高校三年生。その秋の公演で主役を踊り引退するのがダンス部員の花道だった。しかしそれは受験をしないでそのまま上に続く大学に進学する子たちが殆どで 他校受験組は四月公演で引退というのがまたお約束だった。
しかし娘は 「大学は美大を受験する、しかも秋の公演は出演する。」と言い張り、「どっちかにせーよ、そこまでダンスをやりたいのならそのまま上の大学行けよ」と主張する私とバトルを繰り返した。
結果的には第二志望の大学に入れ、秋の公演の準主役として舞台を全うできたわけだけど、予備校に行っているふりをして居残り部活をしていた とか 図書館で勉強するといって浅草橋の布問屋に行って衣装の材料の買出しに行ったとか それがバレてバトルを繰り返したあの高三の夏は暑かった(ため息)結果オーライではあるが、半分以上さぼりやがった予備校代を返せと今も言いたいと思う
しかし、10月の文化祭の公演。一日目に生徒たちだけが見た舞台が大評判で二日目の一般公開の日には、父母や他校の生徒たちが、学校の何千人とはいるホールに入りきれず、外まで行列ができて大騒ぎになるといった事態になっていた。私たち夫婦はもちろん見に行き、最後だからと二人の祖母と自分の友人やダンス教室の先生も招いてあったのだけど、その方たちが入れるかどうか心配するほどだった。本公演も熱狂的な拍手の中で終わり、エンディングの曲で高三生の6人のセンターで 自分の振り付けのダンスを踊る娘を見て、またその後の鳴り止まない拍手を聞いて、心底 「こんなに感動させてくれてありがとう」と娘に感謝した。招いてあった私の友人や 他の知り合いのお母様たちもみんな目に涙をためて 「本当によかった」と心から褒めてくれた。本当にひいきめでなく高校生離れした技術と、高校生のフレッシュさを兼ね備えた感動を呼ぶ舞台だったと思う。家の夫は帰ってから連続で8回ほどビデオを見て(普段そんなことしないのに)さすがに私も呆れたけど・・・
その公演の前は進学と部活のハザマで不安とあせりから最悪の親子関係を展開していたけど すべてをチャラにしてもいいやと思った。そして、無理やりに部活を引退させていて この舞台に立てないことになっていたら(実際四月に引退した子が四人ほどいた)どれほど中途半端な気持ちで彼女の高校生活が終わってしまっていただろうと思ってぞっとしてしまった。
と、私事を長々書いたけど、こういう経験があったから、最初は娘が踊るということに反対していた富司純子扮する母親役の気持ちが痛いほどわかったのよね。
一生懸命踊る娘の姿を見て 細かいせりふは忘れたけど 「今まで 地の底で苦しんでやることだけが仕事だと思っていた。 でも人を感動させる仕事っていうのもあるんだ」と言った母親の気持ち。
苦しい練習も長い下積みも耐えそれがあって華やかな舞台に立てるわけであるが、花開いて 自己表現で人を感動させられるというのは表現者としてどれほど幸せなことだろうか。
常磐炭鉱の事業の縮小、働き口がなくなった労働者の生き残り対策としてのハワイアンセンターの話と しょせんおじょーちゃん学校の中での進学問題と深刻さで考えれば比べ物にならないけれども 我が家の親子の葛藤と娘のダンスで得られた感動という点では少なからず共通する心境はあったと思う。
また、私のような個人的事情がなくても、確かに予想がつくストーリー展開ではあるけれど、廃れ行く炭鉱の人々の暮らしの中、よんどころのない賭けのような事情の中から生まれてきたフラには心をゆさぶられると思う。
それにしても蒼井優はよかった。演技も、踊りも・・・
かもめ食堂も書こうと思ったけど長書き疲れたのでまた今度にします。