萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第56話 潮汐act.6―another,side story「陽はまた昇る」

2012-10-05 23:15:57 | 陽はまた昇るanother,side story
潮汐、時充ちて約束を



第56話 潮汐act.6―another,side story「陽はまた昇る」

潮騒のきらめきが、カトラリーに照りかえす。
日曜の午後、遅めのランチタイムは静かで個室の席は寛げる。
ゆったりと青い海ひろやかな窓を眺めながら、周太はフォークに口つけて微笑んだ。

「ん…おいし、」

なめらかな平目の甘みにトマトの風味が合う。
かすかな佳酒の香に上質な味が醸される、きっとシェフの手腕が良い。
付け合せの緑も綺麗で盛付の勉強になる、味と見た目と両方を楽しみながら周太は婚約者に笑いかけた。

「英二、おばあさまと菫さんと話せて楽しかった…お父さん達のことも聴かせてくれて、嬉しかったよ?ありがとう、」
「よかった。祖母たちも喜んでたよ、周太のこと可愛いってさ。また会いに行こうな、」

楽しげに笑いかけてくれる恋人は、優雅にナイフとフォークを使っている。
そんな様子は似合っていて綺麗、そう見惚れながらも改めて育ちの違いを想ってしまう。

…このお店すごく佳いみたいだけど…英二、常連なんだね

白い調度品と磨き抜かれたオークの床、美しい器たちと上質な食事。
さわやかな海辺の雰囲気やさしい空間は、さりげなく置かれたアンティークにも高級店と解かる。
それもプライベートな個室を当然のよう案内された、この席は青い海のロケーションも良い。
こういう場所に英二は来馴れている、そんな様子に数日前の新宿の風景が思い出された。

―…なんか宮田って、良い店が似合いそうだから?そういうとこ連れて行きそうだなって思って

飲み会の席で内山に言われた言葉は、その通りだと思う。
こういう英二がノンキャリアの警察官として、山岳救助隊員を務め山に生きている。
いま銀器を操っていく美しい白皙の手、この掌を血と泥に塗れさせ遭難救助の前線に英二は立つ。
それが今、こうした場所で向かい合っていると不思議になってしまう。そして誇らしい。

…こういう場所より英二は、尊厳と命を護る世界を選んで、最高峰の夢を見つけて…そういうところがすき

与えられた安全と贅沢より、求める情熱と夢のため危険にも駈けだしていく。
そういう真直ぐな情熱は眩しくて、憧れに見惚れて恋は募り、愛しさは深くなる。
英二が立つ危険は不安で怖い、それでも誇らしい想いに見つめて、いつも信じて帰りを待っている。

…いつも誇らしい、でも…この不安をもうじき英二にも味あわせてしまう…ごめんね

そっと溜息に見つめる恋人の手には、クライマーウォッチが時を刻む。
この腕時計は英二の時計と交換に贈ったもの、あのときの祈りは今も変わらない。
もうじき「あの扉」の向こうに行く、そう告げられた今日だから尚更に祈り見つめている。

どうか、最高峰でも自分のこと、少し思い出して?
あなたの夢の場所で、自分のことを少しでも想ってもらえたら、幸せだから。
もうじき自分は自由を奪われる場所へ行く、その道へ進むことを今はもう心定めている。
この定めに後悔はしない、けれど恋する自由だけは抱き続けたままで、その場所でも生きていたい。
この自由を与えてくれるのは、あなたの笑顔だけ。あなたが最高峰で笑っていることが、自分にも自由の夢を見せてくれる。

…だから英二、笑っていて?ずっと、いつまでも夢に笑って輝いて…最高峰へと、山へと光一に攫われていて?

そっと祈る想いに幼馴染の俤が微笑む。
あの笑顔にも会いに行きたいな?そんな考え想いながら周太は最愛の人へ笑いかけた。

「お祖母さんと似てるんだって、俺…きれいな人だったって言うから、なんか申し訳なかったよ?」

似ている人がきれいと言われたら、烏滸がましくて申し訳なくなる。
本当はがっかりさせていなかったかな?そんな心配と羞んだ向かいから、さらり綺麗な低い声が笑ってくれた。

「周太と似ていたら、きれいだろな?周太は誰より、一番に綺麗だよ、」

…個室でよかった、

ほっと心に呟いてしまう、人目が無いことに安堵する。
こんな美青年が口説く相手がこんな自分では、見た人には「がっかり」だろうから。
こんなふうに言われたら気恥ずかしい、けれど嬉しくて羞みながら周太は微笑んだ。

「ありがと…あとね、やっぱり湯原博士が、お祖父さんだったよ?…お祖母さんは教え子で、すてきな恋愛結婚だったって教えてくれて」
「お祖父さんとお祖母さん、学者だったんだな。周太に似合ってる、そういうの、」

穏やかな笑顔で見つめて、ナイフとフォークを英二は置いた。
周太も同じに食べ終えてナプキンで少し口許をぬぐうと、静かに現われたギャルソンが皿を下げてくれた。
タイミングをきちんと計った給仕は店の格を想わせて、幼い日に父と母と楽しんだ記憶に微笑んだ。

「お父さん、偶に行くビストロのシェフとフランス語でお喋りしてたんだ…お祖父さんとお祖母さんに教わってたから話せたのかな、」
「きっとそうだな。そのシェフ、フランスの人なんだ?今でもある店?」

運ばれてきた次の皿をはさんで、綺麗な低い声が訊いてくれる。
その笑顔と芳ばしい湯気の幸せに微笑んで、周太は記憶と答えた。

「ん、今もあると思うよ?…そのシェフ、お父さんと同じくらいだから…そのひと3代目でね、お祖父さんとも行ってたみたい、」
「家族で行き続ける店って良いな、今度一緒に行こうよ、」

楽しそうに笑いかけて、長い指が銀のフォークとナイフを手に取った。
そんな仕草もごく自然に優雅で見惚れてしまう、そして言ってくれた言葉が嬉しい。
家族で行き続ける店に一緒に行きたい、その意味が素直に嬉しくて周太は綺麗に笑いかけた。

「ん、行きたいな。俺もずっと行ってないんだ…このお店、英二は良く来るの?」
「うん、お祖父さんが元々は好きだったんだ。お祖母さんとのデートコースだったんだよ、月一位でふたりは来てたらしいよ、」

綺麗な低い声が教えてくれることに、嬉しくなる。
だから顕子は葉山に住んでいるのかな?そんな優しい想いに周太は綺麗に笑いかけた。

「御仏壇お参りしたとき、写真見させてもらったけど、かっこいい人だね?…すこし英二と似てるね?」
「よくそう言われるよ。だから俺の顔、お祖母さんのストライクゾーンなんだってさ、」

可笑しそうに笑って白皙の指はグラスを持つと、端正な口に含んだ。
金色ゆれるノンアルコールのワインに海の陽きらめく、綺麗で、また見惚れながら周太は微笑んだ。

「おばあさま、すごく素敵なひとだね?…お父さんの小さい頃のこと教えてくれて、謝ってくれたの。ずっと音信不通だったって。
お父さん亡くなったこと、知らなくてごめんなさいって。何も出来なくてごめんねって言ってくれて…嬉しかったよ、本当に優しい人だね?」

抱きしめて涙ひとすじ見せてくれた、あの真摯な眼差しが嬉しかった。
そして、あの眼差しに見つめた懐旧と愛惜に「所縁」が、朧げでも確かに感じられたころが嬉しい。
何も知らずにいても廻り会えて、名乗り合えなくても所縁を見つめ合えた、それが嬉しかった。
この喜びに微笑んだ周太を父と似た目は見つめて、穏やかに微笑んだ。

「そっか、お祖母さん、そんなふうに話してくれたんだ?」
「ん、」

頷いて笑いかけながら、周太は婚約者の目を見つめた。
その目は穏やかに優しくて、深い想いが温かく見守ってくれている。
その深みに優しい秘密の気配を見つけて、静かに確信が肚に落ちた。

…やっぱり英二は知ってるんだね…きっと真相を知ってる、でも何か理由があって言わないでくれてる

なぜ英二が言わないのか?その理由は何も解からない。
けれど、あの聡明な老婦人も沈黙を守っているのなら、ふたり共通する誠実な理由がある。
父と似た目を持つふたり、どちらの目も周太を真直ぐ見つめてくれる、だから信じられる。
いつか時がくれば話してくれる?そう信頼を見つめながら周太は、青紫の瞳やさしいナニーのことを口にした。

「菫さん、俺の英語は、お父さんとそっくりって教えてくれて…英二とお姉さんと、お父さんの英語は菫さんが先生なんでしょう?」
「そうだよ、姉ちゃんは菫さんの影響で英文学科に行ったんだ。父さんが外資系に行ったのも、その辺あるみたいだよ」

きれいにフォークを運びながら教えてくれる、その話題が嬉しくなる。
こんなふうに家族の事を教えてもらえる、それが温かくて周太は微笑んだ。

「そうなんだ?…それでね、お父さん、英二のお父さんと一度だけ会ったことあるんだって…今日のケーキも一緒に食べたんだって、」
「オレンジのガトーショコラ?あれ旨いよな、でも父さん何も言ってなかったけど、」

すこしだけ考えるよう切長い目が細められる。
けれどすぐ微笑んだ眼差しに、周太は素直に笑いかけた。

「ん、そうなの…たぶん忘れちゃってるって、おばあさま達も言ってて…まだ7歳と9歳の時だから、って、」
「父さん、9歳か?それくらい小さいと忘れても仕方ないかもな。ごめんな、周太」
「ううん、謝らないで?…でも、ありがとう、」
「可愛い、周太。このあと浜に降りような、貝殻のとこ連れてくよ?」

きれいな笑顔を見せてくれながら、楽しげな会話で食事してくれる。
ふたり囲んだ美しい皿は、芳ばしい魚の匂いと甘い野菜の香が優しい。このひと時の幸せを周太は大切に見つめた。



波打際、潮ひく跡に耀きこぼれる。
洗われて濡れる浜辺の砂は、瑞々しい陽光ふくんで照りかえす。
潮騒が曳いていく、そして顕われた小さな貝殻たちに周太は微笑んだ。

「見て、桜貝、」

声、はずんで砂に指を伸ばす。
そっと拾いあげた指先には、薄紅の花と似た姿が空に透けた。
この時期に拾えるなんて?嬉しくて微笑んだとき、ふわり抱きあげられた。

「ほら、周太。裾が降りてる、」

綺麗な笑顔ほころんで、すこし波から離れた場所に立たせくれる。
見上げた笑顔は端正な華やぎまばゆくて、海の太陽に透ける髪は金色に輝く。
ほんとうに「美青年」な婚約者に見惚れながらも想ってしまう、この隣が自分だなんて見た人には「がっかり」されそう?
けれど大好きな人に構ってもらえることが嬉しくて、それでも気恥ずかしいまま周太は微笑んだ。

「…ありがとう、捲ったつもりだったんだけど、」
「俺がやってあげるよ、」

笑いかけながら片膝ついて、黒藍の裾を捲りあげてくれる。
サンダル履きの素足が風に晒されて心地いい、このサンダルも英二がさっき買ってくれた。
優しいキャメルブラウンのサンダルは足に添い履きやすい、嬉しくて、けれど切なさにそっと溜息こぼれた。

…プレゼント嬉しいな、でも…次はいつ履けるんだろう?

また海に一緒に来られる日は、いつ来るのだろう?
もう既に告げられた現実に緊張と心軋んで、ひとつ呼吸する。
呼気に潮風ゆるりと吹いて唇に潮がふれる、ほっと息吐きながら周太は薄紅の貝殻を見た。

…ん、好きな桜貝が拾えて嬉しいな?

桜貝は1月が拾えるシーズンだから、今日は無理かなと思っていた。
だから今日は幸運だな?嬉しくて微笑んだ足元から長身が立ち上がり、優しい婚約者は笑いかけてくれた。

「周太、袖も捲った方がいいな?濡れたら困るから、」
「ん、ありがとう…いろいろ、ごめんね?」

微笑んで見上げた先、切長い目が笑いかけてくれる。
父よりも睫あざやかに華やかな目、綺麗で見惚れながら周太は笑いかけた。

「桜貝、今日は無理かなって思ってたんだ…冬に拾える貝だから、」
「貝殻にも季節があるんだ?」

綺麗な低い声で話しながら袖を捲ってくれる。
きれいに折りあげて貰って、お礼を言おうと笑いかけた顎に長い指が掛けられた。

「周太、」

名前を呼ばれて見上げた、その唇に唇が重ねられる。
ほろ苦く甘い香が温かい、ふれる吐息に熱が昇って幸せが浸しだす。
けれど人もいる外では恥ずかしい、切長い目に瞳覗きこまれて周太は睫を伏せた。

「…こんなとこでだめです…はずかしいですひとがいるのに?」
「キス、デザートの味だったよ。周太、さっきの店は気に入ってくれた?」

嬉しそうな笑顔ほころんで、優しく訊いてくれる。
こんな笑顔されたら嬉しくて、けれど恥ずかしくて俯いたまま微笑んだ。

「ん、はい…おいしかったです」
「気に入ってくれたなら良かった、また連れて行ってあげるな、」

笑いかけて長い指が掌くるんでくれる。
言ってくれる言葉が嬉しくて、けれど切なくなってしまう。
また海に来れる時間があるのか解らない、それでも「いつか」を信じて周太は微笑んだ。

「ん、ありがとう…何かのお祝いとか、そういう時に行きたいな、」

英二は周太と同じ警察官で公務員だから、堅実に家計は考えた方が良い。
なにより良いお店だから、特別な時だけと決めた方が楽しくなる。そんな考えに英二は綺麗に笑いかけてくれた。

「じゃあ、9月の終わりは行かないとな?」
「ん?…どうして?」

何げなく訊いて見上げた先、端正な貌が「がっかり」した。
それでも微笑んで、けれど少し素っ気ないトーンで英二は言った。

「忘れちゃったんだ、周太?なら良いよ、」

微笑んでくれている、けれど寂しげな貌と口調に気付かされる。
9月の終わり、あの日を英二も大切にしてくれている?
そう気がついて周太は隣の長身へと腕を伸ばした。

「英二、ごめんなさい、」

ひろやかな肩に腕を回して背伸びする。
抱きついた胸からカーディガン透かして熱ふれる、愛しいひとの体温が幸せで微笑んだ体が抱きしめられた。

「俺こそ、ごめんな」

綺麗な低い声が謝ってくれる、その声に哀しいトーンが見えてしまう。
この哀しみは「秘密」だろうか?そう見つめながら周太は微笑んだ。

「9月30日のこと、忘れていたわけじゃないよ?…」

あの日を、忘れられる訳がないのに?
あの日の寂しさも哀しみも、あの夜の傷みも喜びも、すべて忘れられる訳がない。
初めてこの腕に抱きしめられた、あの瞬間の想いをどうしたら忘れられると言うの?

…忘れられる訳がない、生まれ変わっても忘れないかもしれない…あの夜のこと

あの日あの夜、あの瞬間。
初めて恋愛を知った、この心が忘れない。
初めて抱きしめられ肌で想い交した、この体が覚えている。
あの瞬間まで自分は何も知らなかった、恋愛が自分に有ることすら知らなくて、その全てをあの日に教えられた。

「英二がそう想ってくれてたのが解からなくて…ごめんね、ありがとう、」

このひとが教えてくれた、あの日に全て。
それを同じよう特別な日だと思ってくれている、その喜びだけ見つめた先、幸せな笑顔がほころんだ。

「憶えていてくれたんだ、」

切長い目は嬉しそうに笑って見つめてくれる。
その笑顔に恋慕が切り裂かれて痛い、今朝もう告げられた現実に心軋みあげる。

…8月に異動して、次はきっと10月…だから9月30日はもう

9月30日はもう、あの扉の向こうに自分はいる。
新木場の術科センター射撃場にある分厚い扉、あの向う側へ行くだろう。
だから約束が出来ない、あの日をふたり一緒に見つめる事は、きっと難しい。
それでも忘れるわけがない、ずっと憶えている、ずっと想い続けている、あの扉を潜っても想いは変わらない。
どこにいても、なにがあっても、この愛しい記憶は欠片も失わない、大切な人を、大切な想いを自分は忘れたくない。

…もう14年前のようには記憶を捨てない、約束を忘れない…辛くても哀しくても、絶対に護ってみせる

14年前、自分は大切な約束も記憶も、笑顔まで眠らせた。
父を喪った現実に心壊して、唯ひとつの事だけ見つめて他を捨てたまま生きてきた。
そのために自分はどれだけ周りを哀しませてきたのか、自分自身も傷つけてきたのか?

…お母さんごめんなさい、ごめんなさい光一、お父さんごめんね…大切なこと13年も忘れてごめんね

忘却は罪、そんな言葉を前に小説で見た。
その罪を自分は背負っている、この後悔と懺悔は尽きることは無い。
母を光一を哀しませた、この哀しみを無駄にしない為にも自分は二度と忘れない。その想いのまま周太は綺麗に笑いかけた。

「ん、憶えてるよ?きっと、ずっと憶えてる…なにがあっても忘れないよ、」

告げた想いに今、心は明るく穏やかに澄んでいる。
心には勇気ひとつ抱いている、泣かない涙を微笑に変えて生きる決意をした、この想いが温かい。
この目の前の人を護るためにも泣かない、この想いに佇んだ周太の瞳を切長い目は真直ぐ見つめた。

「周太、本当のことを教えて?今朝、新宿署で何かあったのか?」

ほら、言わないでも気づいてくれた。
こんなふうに心は繋がっている、だからきっと大丈夫。
この信頼を真直ぐ見つめて周太は、最愛の人へ綺麗に微笑んだ。

「俺ね、8月に異動するんだ。今朝その内示を教えてもらったの、第七機動隊の銃器レンジャーだよ、」

時充ちて、運命の時は姿を現した。

告げた向こう側、切長い目に亀裂が走っていく。
端正な唇から呼吸が消える、時の停止が婚約者を染めていく。
その哀しみに自責が深く熱くなる、けれど切長い目は瞬きひとつで綺麗に微笑んだ。

「じゃあ調布に移るんだ、奥多摩に近くなるな、」

英二も笑ってくれた、その眼差しに覚悟がみえる。
きっと何度も見つめて覚悟してきてくれた、そう解る想いが切ないまま温かい。
そして、お互いの覚悟から心繋がれていると信じられる、その喜びに周太は綺麗に笑った。

「ん、そうだね?…あ、」

笑って指を波打際へと伸ばす、その視界がゆらいで瞳を閉じる。
すこし屈みこんで、それでも繋いだ手は離さないまま瞳を披いて、ひとつの桜貝を拾いあげた。

「見て?ふたつ離れてないよ、この桜貝…こういうの、なかなか拾えないんだ、」

拾いあげた桜貝は、元のまま対の貝殻はふたつ繋がれている。
きれいな貝殻が嬉しくて微笑んだ周太に、英二は綺麗に笑いかけてくれた。

「俺たちみたいだね、周太、」
「え、…」

どういう意味?
そう見つめた眼差しに、幸せそうに英二は明るく微笑んだ。

「この桜貝、海の底からずっと離れないで、ここまで来たんだろ?俺たちも離れないで、ここまで一緒に来たよ。だから似ている、」

この掌に載った、薄紅の桜貝。
いま言葉を紡ぐ唇と似た薄紅いろ、ふたつ合さる姿も似ている。
そんな想い見上げた先で、端正な唇は強く綺麗に微笑んだ。

「周太、こんなふうに俺たち、ずっと一緒に離れないでいよう?何があっても、ずっとだ、」

この掌に載った貝殻は、もう命は無い。
それでも二枚の貝殻は繋がれたまま、波に洗われても離れず寄りそって浜辺に辿り着いた。
こんなふうに永遠に繋がれ寄添って、ずっと離れずこの美しい人と居たい。

「周太、約束だよ?俺は何があっても、君から離れない。ずっと、永遠にだ、」

きれいな低い声に告げて、そっと瞳を覗きこんでくれる。
きれいな切長い目は真直ぐに見つめて、約束を求めてくれた。

「約束して、周太?何があっても、どんなことも、全て俺には話してほしい。俺のこと、少しでも愛してくれるなら約束して、」

どうかこの約束に頷いて?
そう願ってくれる想い心へ響いて視界は紗があわくふる、その想い透かせて周太は微笑んだ。

「ん、約束する…英二、愛してる、」

見上げて笑いかけて、サンダル履きの爪先で背伸びする。
そっと唇ふれあわせて重なる唇から、ほろ苦い甘い香が温かい。
ふれるだけ、けれど幸せな温もりを記憶して、静かに離れると婚約者に笑いかけた。

「英二、来年の夏は北岳に連れて行って?…北岳草を俺も見てみたいんだ、お願い、約束して?」

北岳草、世界で唯一ケ所だけ北岳に咲く花。
この大好きな人と似ている「哲人」北岳、その懐に抱かれて悠久の時を咲いている。
あの花を見に行きたい、このひとに連れられて高峰の空を自分も見てみたい、恋人が愛する世界に自分も立ちたい。
この想い全てを来年の約束に詰め込んで、大好きな笑顔の幸せを祈って約束を結ばせて?
そんな想いに見上げた切長い目は痛みを隠して、ただ綺麗に笑いかけてくれた。

「約束するよ、周太。来年の夏は花を見に行こう、」

ほんとうは約束なんて出来ない、そう解っているけれど約束したい。
あと1カ月も経たず銃器レンジャーに異動する、そこは狙撃手のチームになる。
そこで最も優秀と認められたら、次に行く先は「あの扉」の向こうしか無いと知っている。
その場所は「死線」でしかない。けれど自分は必ず無事に帰る、その希望を隣の笑顔に見つめて周太は微笑んだ。

「ん、ありがとう、英二…楽しみにしてるね、」
「楽しみにしてて、周太。必ず花を見せてあげる、約束するよ?」

見つめて、願いに微笑んだ笑顔が近づいて、薄紅の唇がキスふれた。
必ず約束を叶える、そんな祈りが潮騒に響いて、あまく温かく想いをくれる。
唇の硲に潮は香り、ほろ苦い甘さが忍び入る。この香と味に涙の気配を見てしまう。
いま自分は心に涙しても泣かない、それなら今、泣いているのは抱きしめてくれる人?
その涙をキスで拭ってあげたい、そう瞳を披いて見つめた向う、潤んでも泣かない目が見つめてくれた。

…英二も涙、こらえてくれてるね?

ほら、また同じ。こんなふうに心は繋がっている。
だから大丈夫、離れていても心までは離れない。きっと最高峰にも心だけは一緒に行ける。
そうして心だけは自由に生きられる、ただ信じて周太は大好きな瞳へ綺麗に微笑んだ。

「約束、ありがとう。英二、」

ほんとうは、泣いて甘えたら良い?
そうも思う、ワガママな本音に素直になって、泣けたら楽だろう。
けれど泣いたら後が苦しくなる、それより今一緒の瞬間を少しでも幸せにしたい、だから泣くより笑っていたい。
そんな想い見つめた婚約者は、優しい低い声で聴いてくれた。

「周太、このあと何したい?」

なんでも言ってほしい、我儘を言って?
もう泣いてもらえないのなら、せめて我儘を言って頼ってよ?
そんなふう切長い目は望んでくれながら、綺麗な低い声は続けてくれた。

「鎌倉の寺で花を見て、茶室に寄るつもりなんだけど。でも桜貝の方がいい?どこか行きたい所ある?周太がしたいこと何でも言って?」

少しでも頼ってほしい、自分を必要としていてほしい、どうか置いて行かないで?
そんな願いのまま見つめて笑いかけてくれる、その想いが嬉しいままに周太は微笑んだ。

「ここで夕焼けを見たい、それまで貝殻拾いしたいな?…それから買物して、家に帰って、一緒に夕飯作って?お願い、英二…」

今朝、新宿で思った「海の夕焼けを一緒に見たい」それを叶えて欲しい。
そして薄紅の桜貝を見つけたい、他にも綺麗な貝殻を見つけて、今日という瞬間の形見にしたい。
それから家に帰っていつものように、ふたり食事を共にして何でもない日を過ごしたい。
どれも「なんでもないこと」そんな普通の時間を今、このひとと見つめていたい。
そう見つめた先で端正な笑顔は、優しく笑ってくれた。

「どれも楽しそうだな、周太。お願い聴くよ?」

なんでもないこと、楽しそうって言ってくれた。
それが嬉しくて幸せで、周太は大好きな笑顔に笑いかけた。

「ん、ありがとう…ね、夕飯、何食べたい?…あ、見つけた、」

幸せが熱になって瞳にじませる。
顔を俯けて波打際に伸ばした指先に、薄紅の貝殻ひとつ拾いあげる。
その貝殻へと涙ひとつ零れおちる、一瞬の嗚咽は潮騒の風に抱きとめられ、ただ笑顔だけが灯された。







(to be continued)

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secret talk9 愛逢月act.6―dead of night

2012-10-05 03:07:50 | dead of night 陽はまた昇る
※R18(露骨な表現は有りません)


波潮、さらわれて約束を



secret talk9 愛逢月act.6―dead of night

体が、波に攫われる。

抱きしめてくれる熱の肌は、波のよう。
この身を覆ってすべり、満潮に近よせ引潮に攫いこむ。
波うつ熱は体内に穿ち責めあげ、あまやかに芯に凝らせ、操らす手綱に苛み離さない。

「…っは…ぁ…っ、しゅぅ、た…」

吐息、名前よんで見上げる肩、あわく光る汗の向こうは薄闇の天井。
呼んだ名前に黒髪ゆらいで肩ふれる、やわらかな熱が胸元をなぞり、一点が吸われだす。
すわれるキスの甘さが肌にじんでいく、その狭間に歯の感触がふれた。

「…っあ、…っ、周太…ぅ、」

肌食いこむ熱に声こぼれだす、こんなことされたこと無いのに?
こんなふうに肌へ歯をたてるなんて許さなかった、けれどこの少年には許してしまいたい。
この願いのまま肌に熱きざまれる、熱い鼓動が素肌ふれる胸に伝わって、胸は噛まれる熱から放された。

「えいじ…ここ、あかくなっちゃった…、っ、」

可愛いトーンに言われながら、体内すりあげる熱は波おしよせる。
されるがまま犯される体に震えが浪うち、唇から声はあふれた。

「っ、…ぁぁっ、も、いきそ…っ、しゅ、うた…っ」

呼びかけた名前に、そっと肌を掌が撫でる。
そのまま芯に触れてくれる、その指がそっと根元を締め上げ捉えた。

「…っ、」

声にならない喘ぎこぼれて、芯に集まる熱が逃げ場を失う。
いま自分を締めるのは、この少年の指なのだろうか?そんな信じられない想いに黒目がちの瞳が微笑んだ。

「…まだだめ…えいじ、だめ、…もっとされていて?」

切ない眼差しが見つめてくれる、けれど締める指は離れない。
解放できない熱が体を廻らされ、逃げ場のない快楽が全身を浸しだした。

「…ぁ、し、ゅう…っぁ、ぁぁっ……ぅぁ、あ、」
「えいじ、すごくきれいな貌してる…だいすきえいじ…」

穏やかに声は告げて、深くへ楔が穿たれる。
その灼熱に喉逸らされて、背中を感覚が奔りだす。

「ぁ…っ、しゅ、うた…っぁ、」
「えいじ、…っ、」

愛しい声が重ねられて、芯を締める指ほどかれる。
腰に腕まわされる、挿しこみ退いていく律動が速められる、離れて合さる隠された肌は熱い。
幾度も幾度も楔は挿しこまれ続ける、退いては寄せる感覚が心に波の姿を映し出す。
朝に昼に黄昏に見つめた潮騒と波、それから愛しい指が拾いあげた薄紅いろ。
あの貝殻にこめた祈りが今、この瞬間にも見つめて繋がれた熱が愛しく切ない。

―…見て?ふたつ離れてないよ、この桜貝…こういうの、なかなか拾えないんだ
  周太、こんなふうに俺たち、ずっと一緒に離れないでいよう?何があっても、ずっとだ

海辺で交わした約束が今、体内に廻る熱の律動に結ばれる。
離れてまた合わされる肌の熱、繋がれたままの体に潮騒の約束が今、交わされていく。
その熱が昇らされて瞳の底に届いてしまうまま、眦から熱はこぼれおちた。

「…っ、」

ほら、泣いてしまった。

もう泣かないと決めていた、それなのに涙はこぼれだす。
この涙は快楽?それとも愛惜?それすらも解からなくなる感覚が大波に襲う。

「あぁっ」
「っ、えいじ…っ、」

上げた声に名前の声は重ねられ、灼かれる熱が迸った。

「…っ、ぅ、っ…ぁ、は…はぁ、っ…」

肩に吐息が波打ち、力が脱け出していく。
これで今夜は3度めの交情、ゆるめられた体は操られ余韻が甘く熱い。
この身の奥に愛しいひとを含んだまま、その熱がひどく幸せで微笑んだ英二を、黒目がちの瞳が見つめた。

「…えいじ、いっぱいかんじた?」
「…っ、ぁ…ん…もう無理ってくらい、きもちよかった…」

答えて見つめる先、幸せそうに笑ってくれる。
こんな貌を見せてくれるなら良かった、そう微笑んだ英二に、すこし我儘なトーンでねだってくれた。

「ね、えいじ?…このまま眠ってもいい?英二の中に入っていたい
「うん…いいよ、」

頷いて微笑んで、長い腕に体被さる肢体を抱き寄せる。
体内を微熱に挿しこまれたまま吐息こぼれだす、こんな今は夢だろうか?
そんな途惑いが気怠い体の浮遊感に尚更こみあげてしまう。

―俺が、誰かを体に受け入れたまま眠るなんて…他なら許せないだろうな

この自分が、体の支配を他に委ねることを許すなんて?
この自我は絶対にそんなことを許せない、けれど今、この時間は充足に微笑んでいる。
この体を覆う少年の肌は甘い熱に充ち、それが体内も充たしてくれる幸福は酷く甘くて、うれしい。

「…英二、今、つながれてるね」

そっと愛しい声がつぶやいて、胸元から顔をあげてくれる。
潤んだ黒目がちの瞳は微熱のまま見つめて、透けるような笑顔で囁いた。

「あったかい…つながれてるね、英二のなかに俺が入れてもらって…離れていても、こうして繋がれてるね…」

―離れる。

告げられる言葉の現実が、心引っ叩く。
もう2週間すこしで訪れる現実、その跫が鼓動のよう聴こえだす。
この告げられる別離の言葉に息が止められる。

「周太…」

ただ愛しい、その名前を呼んで抱き寄せる。
別離の言葉を今、このときは聴きたくない、今は現実から離れて夢、夢なら夢で構わない。
この夢のまま繋がれる楔の熱うかされて、無垢な少年の肌に抱かれて覚めない夢を見ていたい。

―だから今は、現実を言わないでよ?

今は言わないで、解かっているからもう言わないで?
この今の幸福な夢も現実、この現実に地続きなのは「別離」そして「死線」そう解っている。
解かっているからこそ自分は、この体を君に与えて自信を贈りたかった、その自信を抱いて生き貫き帰ってほしいから。
もう解っている、だから今は言葉を封じてしまいたい。その願いに抱きあげて唇ふれかけて、体内の熱が抜け落ちた。

「…っ、あっ」

抱きあげ近寄せる唇、けれど穿たれた楔は抜かれていく。
この唇をキスで繋ぎたい、その願いを叶えるなら交合の楔は外れてしまう。
この唇から現実の言葉を奪いたい、その見返りは繋がれた体を離されることだと言うの?

「周太、」

名前を呼んで抱きしめ、唇ふれ重ね合す。
そのまま反転して腕を伸ばし、小さなプラスチックのパッケージを指に掴む。
キス繋いだままプラスチックを掌に開け、自分の中心へと薄く纏わせ液に濡らす。
体ずらして伸ばした長い指、ふれる窄まりなぞり押入れ、ゆっくり撫でながら深めだす。

「…っぁ、え、いじ」

交わす唇のはざま愛しい声こぼれて、キスを深くする。
重ねた唇に熱を交わす、オレンジの香あまやかに舌からまり恋慕が心を裂いていく。
この香もキスも遠くなる?その予兆の跫が哀しくて、解かっているけれど耳を塞ぎたくて、キスのまま抱きしめた。

「周太、…っ、」

名前を呼んで、唇キスに塞いで、指を抜き取り腰を重ねる。
ゆっくり挿し入れる尖端から熱は絡みだす、抱きよせた腰にふるえ奔って少年の背が仰け反らす。
愛しいまま腰も背も抱きしめ、唇も繋ぎとめたまま体深く結んで、言葉ごと今この瞬間の夢へと攫いこんだ。

―俺が抱くなら出来るんだ、キスとファックを同時に…でも周太には出来ない

さっきは出来なかった、唇と体を同じ瞬間に繋ぐこと。
自分の方が大きい体、その体格差から恋人には出来ないことがある。
この可能と不可能も現実、この現実のまま自分は愛しいひとを包んで、護りたい。

「周太、愛してる…離れないで、…っ、離さない…」

想いを告げてキスをする、その唇をやさしい温もりは受けとめてくれる。
深く挿しこむ自分の体を熱はやわらかく甘く受けとめ、包んでくれる。
ほら、こんなふうに自分はいつも受けとめられ、赦されてきた。

―いつも俺の方なんだ、本当は…受けとめられて、ゆるされて…愛されて、

交わす想いに本音が泣きだす。
もう泣かないと決めた、けれど眦から涙ひとすじ零れて頬つたっていく。
尽きない涙は唯ひとすじだけ、伝い落ちて止まることなく零れだす。

「周太、…っ、しゅうた、お願いだ…そばにいて、はなれないで…っぅ、ぁ…」

吐息のはざま名前呼んで、我儘を告げてしまう。
こんな願いは不可能だと解っている、けれど想いを吐きだしたい。

もう今夜の瞬間は訪れない、時間は二度と戻らない。
それでもこの先に同じよう、幸福な熱に溺れて愛しむ瞬間はある?
もう今夜は3度この体を委ねて犯された、その幸福な贖罪の罰は何度も与えられる?

―それとも、抱かれることを知った体が、離されることが罰なのか?

気付かされる現実が心を引っ叩く。
この傷みの現実が自分への罰?そう込みあげる哀切と自責に唯ひとすじの涙は止まらない。
止まらない涙に体、突き動かされるまま熱昂ぶって、脊髄ふるわせ芯は灼かれた。

「…ぁぁっ…あ、」
「…っ、」

ふたつの喘ぎが重ねられて、肌のはざまに鼓動が生まれる。
愛しい体内に脈打つ自分の鼓動、愛しい肌と重ねた肌のはざまを濡らす鼓動と体液。
体液の熱は肌に絡まり、繋ぎあわすよう熱に濡らして二つの肌を密に重ねさせていく。

「ほら…周太、こんなに繋がってる、だから…はなれるなんて、できな…」

言いかけた言葉が、消える。
この言葉の先にある現実は、そんなことを赦してくれない。そう解るから、言えない。

「…っ、あ…」

嗚咽が、熱の塊が喉を突きあげ息が止まる。
苦しくて、縋るよう少年の体を抱いて、優しい肩に顔を埋めて堪える。
その頭をやわらかな掌が抱いて、愛しい吐息が静かに言葉を囁いてくれた。

「そうだね、英二…はなれるなんて出来ない、だから…離れても、今みたいに繋がれていて?」

穏やかな声の言葉に、黒目がちの瞳を見つめる。
見つめた瞳はひとすじの涙を見、微笑んで涙にキスふれてくれる。
優しいキスに涙すわれて、見つめ合う瞳は微笑んで、約束をねだってくれた。

「忘れないで?…ずっと繋がれていて?心だけは離れないで、ずっと一緒にいたい…約束して、英二?」

どうかお願い、約束をして?

そう見つめてくれる瞳は優しくて、明るんだ勇気が綺麗に笑ってくれる。
この笑顔と瞳に心ほどかれていく、この凛とした瞳なら信じられると温かな信頼が灯りだす。
この今を見つめている瞬間に微笑んで、英二は約束を結んだ。

「うん、ずっと一緒にいる…いつも傍にいる、約束するよ?来年も、その先も」

その先もずっと、君と約束を。
その永遠への願いに思い出す、ナイフリッジの懐に抱いた純白の花。
遥か遠い過去から抱き続ける可憐な花、花の姿は優しい、けれど氷河の時代も生き抜いた。

「周太?来年は北岳草を見に行こうな、約束だよ、一緒に山に登ろう…俺と一緒に空の点を見てよ?来年もその先も、」

どうか、約束を永遠に。

この願いを叶えてほしい、君だけに。
この願いの為に自分は今夜、この体も与えて君に自信を贈った。
この体も心も全て君にあげる、この約束も、この願いも、すべては君のもの。

だからお願い、約束を俺に与えて?

そんな願いと見つめた恋人は、薄紅に頬を染めていく。
幸せそうに微笑んで、けれど気恥ずかしくて堪らないトーンで応えてくれた。

「…ん、約束…そのためにおれもえいじにしたんだから…やくそくのためっていったでしょ?」

ほら、約束をくれるね?
うれしくて英二は恋する婚約者にキスをした。

「約束のために周太、俺に3回もセックスしてくれたんだ?だけど最初から3度も抱くなんて、そんなに気持ち良かった?」

今夜は3度もしたよね?
うれしくなって笑いかけた先、愛しい貌は真赤になって羞んだ。

「…そんなにかいすういわないではずかしいから…でも、そう…ね、えいじは?」

恥ずかしいトーンが困ったよう訊いてくれる。
こんな初々しい所が自分は大好き、嬉しくてキスをすると英二は笑いかけた。

「すごく気持ち良かった、こんなに疲れるまで感じたセックスなんて、俺、初めてだよ?」
「…そんないいかたはずかしいけど、…でもよかった」

気恥ずかしげに言って、黒目がちの瞳が微笑んだ。

「英二に、きもちよくなってほしかったんだ…いつも俺にしてくれるから、英二にもしてあげたかったの」

ほら、君はいつもそう。

いつも考えてくれる、俺のこと。
だから今も泣かないで傍にいてくれる、君の涙が俺を哀しませるって思ってるから。
でも本当は泣いてほしい、もっと頼って甘えて、ワガママ言って振り回してほしいのに?

「ありがとう、周太。お返しに俺にも、いっぱいさせてよ。周太の気持ちいい顔、好きなだけ見させて?」

もっと振り回してほしい、だから言ってしまう、こんなこと。
何て応えてくれるかな?ワガママ言って困らせてくれるかな、ツンデレも良いな?
そんな願いと幸せを見つめた先、薔薇色になった貌は困ったよう、けれど幸せに微笑んだ。

「ん…絶対の約束するんでしょ?だから…して?おねがい、英二…からだごとやくそく、して?」

こんなお願い、うれしすぎる。

うれしくて鼻血噴くかも?そんな心配に鼻から口許をふれた掌には、血痕は無かった。
安心して笑いかけた向こう側、恥ずかしそうに見つめてくれる瞳は穏かな自信が温かい。
この瞳の信頼と想いにずっと、永遠に応えていたい。その願いだけ見つめて英二は綺麗に笑った。

「うん、約束する。心と約束は何があっても離れない、ずっと繋がれてる、永遠に一緒だよ?」

ずっと繋がれてる、君とは。

この体をめぐる血潮は、君と同じ所縁に辿れる。
この体を作る遺伝子、この心に繋がる縁、その全てが君と繋がっている。
この所縁に過去から繋がれて、唯ひとりの人間から君と分かれて今、こうして結ばれている。

「周太、キスするよ?…君を、抱かせて?」

そっと始まりを告げて、恋交わす時間へのキスをする。
ふれるオレンジの香に夏蜜柑の馥郁かさなる、あの美しい庭の風が映りだす。
そして今日の黄昏に見た、薄紅いろ透ける貝殻の繋がれた姿へと、今、繋げる体に想い重なっていく。

「…ぁっ、英二…、っ、あ…」
「かわいい周太…俺を感じて?…」

百年前、唯ひとりの人間だった。
そこから分かれて一世紀が流れて、それでも今こうして体ごと想い繋がれる。
だから信じられる、この身が遠く離れてしまっても、きっと再び寄添い繋がれることが出来る。
百年の血潮の所縁に、柑橘の香の記憶に、薄紅の貝殻に祈りを見つめて、君を想い続けて心は繋がれていく。

「あいしてる、周太…ずっと愛してる、ずっと」

過去も、今も、未来も。永遠に繋がれて、ずっと君の傍にいたい。



交わす想いの涯、微睡む夢は黄金に輝く潮騒の音。

足元へ寄せる波は白く金色に引いていく、その音が山風にも似て懐かしい。
潮の洗う軌跡は滑らかに黄昏を映す、その光に薄紅が黄金ふくんで指に拾われる。
拾いあげられる薄紅の貝殻は2つ繋がれたまま、優しい掌に載せられた。

黄昏ふる潮騒の記憶、その幸せが贈る夢に愛しい声は微笑んだ。


―…忘れないで?ずっと繋がれていて?心だけは離れないで、ずっと一緒にいたい





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