Pensee de la memoire 記憶の思案
Pensee de la memoire 初霜月
9月が終わり10月を迎える、秋の時。
夏の暑さも過ぎて寒い冬へと季節は移ろう、けれど、去年の秋は温かかった。
―…お前が、好きだ
ずっと孤独だった13年間に冷え切っていた。
あの冷たい季節に終わりを告げたのは、9月と10月の境界線、あの一夜。
―…湯原の隣で俺は今を大切にしたい、湯原の為に何が出来るかを見つけたい…少しでも多く、湯原の笑顔を隣で見ていたい
初めて素肌の体を抱きしめられて、この体にもう1つの体を受容れた、初めての夜。
あの微熱と灼熱に織りなされた夜は、ひどく甘い温もりに体から心が解けて、もう独りに戻れなくなった。
『周太、』
初めて呼ばれた名前に震えた。
両親以外に名前だけ呼ばれたのは初めてだった、そして初めてのキスを交わした。
綺麗な笑顔は眼差しにも「愛している」と囁いて、視線に想い結わえ微笑んだ。
―…周太は、きれいだ
服を全て脱がされて、素肌も髪も唇も、この体の全てに唇が指が触れて、奥深くを繋がれる。
不安で、解からなくて怖くて、痛くて灼熱のなか意識が幾度も途絶えて、また痛みに目が覚める。
なんども何度も熱が体に穿たれて、奥深くから焼かれる痛みはいつしか甘く変わって、初めての感覚に囚われた。
―…周太、愛してる…傍にいたい、周太
知らなかった感覚に声も奪われ、涙あふれる。
その涙を拭う唇の囁きは綺麗な低い声、あの声が切なくて愛しくて、記憶の底に音を刻んだ。
甘い切ない声への愛、ふれて穿たれる熱への恋、その全てが痛みと温もりに裏打ちされて、深く心身に刻印された。
『愛している』
囁きの言葉は、心の氷壁を熔かしてくれた。
冷たい孤独に凍えた涙は自由にあふれ、圧縮された不安はふくよかな甘えに変わる。
ずっと黙殺していた「自分」が瞳を披いて、素直に泣きながら微笑んだ。
もう、このひとを愛して良いの?
このひとを見つめて、その隣を望んで、傍にいれる?
もし今宵一夜の夢だとしても「愛している」と言われた真実を信じ続けても良い?
そんな想い廻らす瞬間たちは、たとえ夢でも幸せだった。
いつか夢と覚めて現実の冷気に戻されても、心も体も刻まれた熱に醒めないと信じられた。
あの夜に見つめた眼差しも、想いも、ふれあう肌の温もりも融けあいも、すべてが夢でも真実だった。
―…信じて?どこにいても、いつでも、君を愛してる…周太、俺を見てよ?俺を愛して、恋して…
熱い甘い囁き、切なくて幸せな、長く短い夜。
果てない肌の交わりに夢を見た、そして迎えた朝は裂傷のような哀しみに涙こぼれた。
もう朝が来た、もう離れなくてはいけない、そして二度と逢えなくなるかもしれない?
その現実に竦むまま夜の部屋から出たくなかった、それでも扉を開いて英二と一緒に外へ出た。
さよならも言えなくて、再会の約束も出来ないまま別れて公園に向かい、このベンチで母に話した。
それが去年の夏の終わりで、秋の始まりだった。
そしてあの夜が、この自分が生きる世界全ての始まりだった。
…あの夜が俺の誕生日、だね
ふっと記憶に微笑んでしまう、この季節の時に。
いま甘く香るオレンジ色の小花、木洩陽のベンチに記憶と恋慕の時は繰りかえす。
あわい黄葉ふる光、きらめく明滅あわい季節の冷たい空気、この切ない気温に温もりは恋い慕う。
「…逢いたい、」
そっと心つぶやく声、この想いと涙を、静かな微笑に変わらせて。
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