萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第57話 鳴動act.4―side story「陽はまた昇る」

2012-10-15 23:52:20 | 陽はまた昇るside story
Coming closer 風の行方



第57話 鳴動act.4―side story「陽はまた昇る」

蛍光灯の照らす廊下に、靴音が響いていく。
制服姿に履いた登山靴の踵が鳴る、その規則正しい音を聞きながら思考は廻る。

―先生は、なんて想われているだろう?

きっと自分がしたことに、吉村医師なら気付いている。
吉村医師は元、新宿署近くの医大附属病院でER担当教授だった。その経歴から新宿署に知人も多い。
そして警視庁警察医を代表する立場に今はある、そんな吉村医師に昨夜の事件が知らされない筈がない。
きっと今日の内に新宿署警察医は吉村に相談している、その予想を呼吸ひとつに飲みこんで、英二は靴音を扉に止めた。

「失礼します、」

ノックと声をかけて扉を開く、その手がいつもより重い。
それでも押し開いた扉の内側で、ロマンスグレーの白衣姿がデスクから振向いた。

「おかえりなさい、後藤さんから連絡頂きましたよ、」

いつもの穏かな笑顔で吉村医師は迎えてくれる。
その眼差しは温かで微塵も英二を責めていない、安堵と自責に浸されながら英二はザックを下した。

「遅くなって申し訳ありません、いまコーヒー淹れますね、」
「宮田くん、私にも淹れ方を教えて下さいますか?」

笑って席を立つと、吉村は一緒に流し台に立ってくれた。
この言葉と行動に、吉村医師も異動の件を聴いたのだと解かる。
後藤副隊長からも話すとは聴いている、それは警察医助手も務めてきた英二の異動だから当然だろう。
吉村の提案に笑って頷きながらマグカップを出し、英二は尋ねた。

「先生、異動のことを聴かれたんですか?」
「はい、火曜日にはご相談を戴いていたんです。それでさっきも来られてね、愚痴って行きましたよ?寂しいなあって、」

可笑しそうに笑いながら吉村医師は、片方のマグカップに英二と同じようセットしてくれる。
その手も英二のように指が長い、この共通点を初めて気がついた時は何だか嬉しかった。
あれから一年も経たないうちに自分は異動する、その寂寥に英二は微笑んだ。

「急な異動で申し訳ありません、ご迷惑をおかけします、」
「謝ることは無いですよ?私の方こそずっと宮田くんの好意に甘えて、申し訳ありませんでした。警察官である君の業務じゃないのにね、」

言ってくれる言葉も笑顔も温かい、この温もりに自分はどれだけ救われ支えられただろう?
この温もりとも9月には離れることになる、この来たるべき現実への想いを正直に口にした。

「いいえ、俺のほうこそ先生のご厚意に甘えていました。俺に救急法や法医学を教えることは、先生の警察医の仕事ではありません。
ERの権威である先生から個人的に授業戴くことは、本当ならあり得ないことです。奥多摩の山と遭難現場の知識も教えて下さって。
周太のことも、俺の事情も全部、先生は受けとめて下さいます。本当に感謝しています、だからお手伝いすることは当然の事なんです、」

これは本音、だけど本当は「手伝い」には意図も目的もある。
この感謝はどれも正直な真実、それでも自分は「利用した」ことも真実で自責も痛い。
どちらの真実も自分が選んだこと、だから後悔なんてしていない、それでもこの医師の厚意への想いはあふれてしまう。

―先生、すみません

音の無い声が叫んで、心が泣いている。
この感謝と贖罪をどうしたら、この篤実な医師に報いつくすことが出来るだろう?
こんな想いをすることは解かっていたと、心が泣いても覚悟は微笑んでいる、その横から穏やかな声は応えてくれた。

「ありがとう、そんなふうに言ってくれて。でもね、私の方こそ甘え切っています、だって私は君に雅樹を見ているんだから。
死んだ息子が帰ってきたと今も思ってるんです。だから信じて下さい、君がどんな選択をしても何があっても、私は君の味方です、」

こととっ…ことっ

フィルターを透る湯の音が、止まった息に響く。
今、吉村医師は「君がどんな選択をしても何があっても」と言った。
今、この医師から告げられた言葉に呼吸は止まる、もう気づいているのだと知らされる。

―尋問が始まる、

そっと心に自分が始まりを告げて、それでも手はコーヒーに湯を注いでいく。
手元を見つめる視線を上げて振向く、その視線を篤実な眼差しが受けとめてくれる。
この眼差しを自分は裏切れない、だからこそ言えないことは多すぎて切ない。それでも今、伝えられる想いに英二は微笑んだ。

「ありがとうございます、吉村先生。俺も先生のことを父以上に想っています。だから異動しても、お手伝いに来てよろしいですか?」

純粋に手伝いたい気持ち、そして「利用」したい目的。
この相反する本音と意志の狭間に佇んだ英二へと、穏やかな笑顔は頷いてくれた。

「はい、いつでも来て下さい。むしろね、私からお願いすることもあると思います。宮田くんは私にとって、最高の助手ですからね?
そして雅樹にしてやりたかったことを叶えてくれる存在が、君でもあります。だから遠慮なんかしないでほしい、何でも甘えて下さい、」

ほら、こんなに真直ぐ想ってくれる。
ただ素直に厚意が嬉しくて、そして利用できると喜んでいる自分が哀しい。
この「哀しい」を生涯ずっと自分は忘れてはいけない、また1つ決めたことに微笑んで英二は医師に願った。

「じゃあ先生、秀介のことをお願いしても良いですか?この診察室に見学に来たいらしくて、」
「はい、お安いご用ですよ?今も時おり、病院の方へ来てくれてますし。医者を目指すなら、現場の現実を知るのは良いことです、」

気さくに笑って吉村医師はマグカップをサイドテーブルに置いた。
英二も自分が淹れたものを置くと、その手を見つめて医師は穏やかに微笑んだ。

「宮田くんの手は指が長いですね?雅樹もそうでした、私もそうです。こんなふうに指が長いとね、向いているんです」
「何に向いているんですか?」

何げなく訊きながら、いつものよう椅子を出して据える。
その手元を眺め、そして穏やかな眼差しは英二を真直ぐ見つめて笑った。

「手術に向いているんです、レスキューをやるのにも向いているでしょうね?命を救う事に向いている、君の手はそういう手です、」

―命を救う事に向いている手

言葉に、昨夜の事件と月曜の夜が突き刺さる。
月曜日の夜に自分が犯した事、それを今から問われていく。
その予感と見つめた白衣姿は、いつもの穏かなままに英二を見つめて口を開いた。

「今日、新宿署の警察医がここに会いに来ました。昨夜、新宿署長が倒れたそうです、そのカウンセリングの相談でした、」

話しながら、いつものようデスクの椅子をこちらに向けて座ってくれる。
その斜め前に英二も普段どおり座ると、吉村は言葉を続けた。

「倒れた場所は本庁の自販機近くです、居合わせたのは地域部長とその部下の方でした。部長と部下の方は休憩していたそうです。
そこにね、新宿署長が通りかかって部長が声をかけました。部長は自販機で冷たい缶ジュースを買ってね、署長に渡したそうです。
それを受けとった途端に、署長は過呼吸を起こして倒れてしまったんです。すぐに部長たちが応急処置をしたので、命は無事ですが」

―地域部長、蒔田さんが?

地域部長、蒔田警視長がそこに居合わせた。この事実に英二は軽く息を呑んだ。
この事実から蒔田の意志が見える、蒔田が渡した「冷たい缶ジュース」が何か、もう解ってしまう。
突き付けられる蒔田の意志に廻らす向こう、警視庁随一の警察医で最高のER専門医は事実を英二に告げた。

「患者が受け取った缶ジュースは、ココアでした。ごく普通の製品で、警視庁の署ならどこでも入っている自販機のものです、」

蒔田は、月曜の事件を知っている?

可能性が心掠めて、ゆっくりと英二は瞬いた。
この可能性は大いに有り得ることだと、蒔田の役職を考えれば納得が出来る。
地域部長は警視庁管轄の警察署を統べる立場、そこにあれば新宿署の情報を把握する手段など幾らでもあるだろう。
そうして手にした情報から蒔田は、昨夜「冷たいココアの缶」を新宿署長に手渡したのだろうか。

蒔田は、英二が何をやったか気づいているだろうか?

その可能性と、今回の異動人事への蒔田の態度を考え廻らす。
新宿署の「亡霊」について蒔田が知っているなら、その正体を当然考えるだろう。
それは蒔田と同じよう馨の同期で親しかった安本も同じだった、それを先月に食事を共にした席で告げられている。

―…あいつは変な質問をした『湯原さんには息子さんが何人いるんですか』ってな。こんなこと新宿署長が訊くのは変だろう?
 新宿署には湯原の息子の周太くんがいる、署長なら署員の履歴書を閲覧することは出来るはずだ、それで解かるはずなのに訊いてきた
 だから俺は訊き返してやったよ、『湯原に似たヤツでも見たのか?』ってな。そうしたら署長の目は一瞬だが泳いで、変に竦んだ
 俺が知っている『湯原に似たヤツ』は、1人しかいない。そうだろう?

第八・九方面の射撃練習場である武蔵野署、そこの射撃指導員である安本とは何度も英二は顔を合わせている。
冬2月の射撃大会で青梅署正選手に光一は選ばれ、その練習で2人通うようになった。あれ以来も練習に通っている。
だから安本なら英二と馨の容貌に共通点を見出すことも可能だろう、けれど蒔田はまだ2度しか面識がない。
それとも後藤副隊長から馨と英二の類似について聴いているだろうか?

―副隊長はそういうこと、簡単には言わないだろうな

後藤の穏健で慎重な性格なら、アンザイレンパートナーに対しても安易なことは言わない。
同じように安本も蒔田には言わない、そう考えると蒔田が英二と「亡霊」を同一視する可能性は、低いだろう。
廻っていく思考に頭脳を動かせながら座る、コーヒーの湯気の向こうで吉村医師は微笑んだ。

「ココアの缶を手にして倒れた彼は、新宿署に勤務する湯原くんの上司ですね?そしてココアは、湯原くんとお父さまが好きなものです。
この『ココア』という符号が私は気になります。でも新宿署の警察医は気づいていません、そしてね、気になる事を教えてくれました。
署長は月曜からの数日間、本庁に用事を作っては新宿署に出勤していなかったそうです。今は過労という事で入院中ではありますが、」

穏やかなトーンの声が事実を教えてくれる。
この情報を得られることは自分にとって有り難い、それを吉村医師は解かっているのだろう。
だから「月曜から」の話もしてくれた、そんな気付きのなか佇んでいる英二へと、すこし低めた声で吉村は穏やかに言った。

「湯原くんに聴いたことがあります、宮田くんは湯原くんのお父さんと似ているから安心できる、そんなふうに教えてくれました。
そして月曜日は宮田くん、川崎からの帰りに湯原くんを新宿まで送ってきたのでしょう?それも車の移動なら、時間は幾らでも出来る、」

やっぱり吉村医師は、気がついた。
この予想通りに心の底が不安を見つめる、この医師の反応が気になってしまう。
それでも数分前に告げてくれた言葉の信頼に微笑んで、いつものトーンのまま英二は医師に笑いかけた。

「吉村先生、先生が淹れた方のコーヒー、俺が戴いても良いですか?」
「はい、どうぞ、」

気さくなまま笑って医師は、英二が淹れた方に手を伸ばしてくれる。
芳香の湯気を吹き、マグカップの縁に口付けて啜りこむ。その笑顔が嬉しそうにほころんだ。

「ああ、やっぱり宮田くんのコーヒーはおいしいですね。異動しても淹れに来て下さいよ、いつでも待ってます、」

いつでも帰っておいで?
そんな想いに医師の眼差しは温かい、この温もり見つめて英二もカップに口を付けた。
そっと啜りこむ深い暗色の液体は香り高く、熱い感触が優しく喉をおりていく。
その温もりが、不意に瞳の奥からひとすじ奔り落ちた。

「…あ、」

頬伝う気配に、声が出た。
ただ涙ひとすじだけ頬から顎に伝い落ちていく。
そんな英二の貌を見つめる眼差しは、穏やかに微笑んでくれた。

「良いんだ、ここでは泣いたらいい、何も言わなくていい。君が信じることを私も信じてる、だから必ず無事で、いつでも帰っておいで?
そして忘れないでいてほしい、君のその手は生命を護ることが相応しい手だ。だから私も医師として親として、君に医術を教えたかったんだ、」

伝っていく涙の向こう、篤実な眼差しが真直ぐ笑いかけてくれる。
どこまでも温かい懐の笑顔、この笑顔への敬意を見つめた英二へと吉村医師は言ってくれた。

「だから私は信じるよ?君が手をつかう時、その目的は生命の尊厳を護るためだ。どこにあっても、どんな手段を遣うことになってもね、」

この信頼が温かい。
本当に温かくて、この胸の罪悪感まで溶かしてくれる。
どうしてこんな自分を想ってくれるのか、その理由が「雅樹」山ヤの医学生だった優しい男のためだと知っている。
だから今、真実の全ては言えなくても想いだけは伝えたい。そっと涙を払うと英二は綺麗に笑った。

「ありがとうございます、また帰ってきます。先生、俺もいつか、雅樹さんみたいなレスキューが出来る男になります、」

本当にいつか雅樹のように、ただ純粋に山とレスキューへ命を懸けたい。
何の目的も意図も無く、山を愛する1人の男として単純に生きたい、ただ生命と尊厳を護る手に誇りを見つめたい。
かつて雅樹がその為だけに生きて、将来のアンザイレンパートナーである少年との約束に夢を見ていたように。

そして願っていいのなら、そのとき自分が帰る場所は最愛の人が待つ家であってほしい。
そして叶えていいのなら、最高峰の夢に駈ける道を、唯ひとりのアンザイレンパートナーと共に奔り続けたい。

―雅樹さん、あなたみたいに俺は生きたい。こんな俺にでもいつか出来ますか?

そっと祈り見つめる向う、机の写真で雅樹は綺麗に笑ってくれる。



20時10分過ぎ、河辺駅改札を英二はスーツ姿で走り抜けた。
ちょうど入線してきた列車に飛び乗り、すぐ背後で扉が閉まる。
なんとか予定より早く乗れた。ほっと息吐きながら、がらんとしたシートに座りiPodをセットする。
ネクタイの無いワイシャツの衿を寛げ、こもる熱気を逃がす。その耳元からギターは響き歌は始まった。



Coming closer

Hurry on,hurry on time it's going so fast
Hurry on,I can't save you
Can't slow it down You know this is your fate Are you feeling lonely? 
So lonely,lonely Cry to the wind

降り注ぐ光を浴び 手を伸ばすどこまでも高く
ただ君は風に揺られて 見つめては儚く微笑む 眠りの時を 知ってるの?
Coming closer



激しくて、どこか切ないトーンの曲と歌詞。
いま聴いているヴォーカルの声に透明なテノールの声が重なっていく。

―…会いに来てよ!一度きりで良いから、大人の俺とアンザイレン組んでよ!俺との約束を果たしてよぉ…っ、雅樹さん!

槍ヶ岳、北鎌尾根。
雅樹がナイフリッジの風に攫われ、山の眠りについた場所。
あの場所で氷壁の風に叫んだ聲が今、鮮やかに心響きだす。

―…雅樹さんのアンザイレンパートナーは、今、最高の山ヤって、言われてるよ!…同じレスキューもやってる!だから会いに来てよっ…
  約束どおり、ちゃんと大人の山ヤになったよ!だから会いに来てよっ、約束を果たしてよ、俺と山を登ってよ!雅樹さんっ、
  槍ヶ岳!雅樹さんはミスなんかしていない!おまえが変な風で、無理矢理に攫ったんだっ…返せよぉっ、俺のパートナーを返せ!
  槍ヶ岳っ!俺の大好きな人を返せ!愛しているんだ、尊敬してるんだ、大切なひとなんだよぉっ…雅樹さんを返せよっ!かえせ!

冷厳の尾根に響き渡った、悲痛な叫び声。
いつも明るい光一が哀しみと怒りに哭き叫んで、15年間の全てを吐きだした。
あのとき山っ子は生まれて初めて「山」を罵倒した、その想いに雅樹への深い思慕が、透明な無垢にまばゆかった。

―…槍ヶ岳っ、雅樹さんを返せ!約束を果たしてよ、雅樹さん!大人になった俺と、山に登ってよ!会いに来てよ、雅樹さん!

いま聴いている曲をiPodにダビングしてくれた光一は、診察室の写真に映る笑顔を今も愛している。
あの笑顔の俤を重ねながらも「英二」を見つめて選び、その為に今日も運命の分岐を決めてしまった。

―…雅樹さんと似てるけど、それだけじゃない。今度こそ生涯のアンザイレンパートナーになる相手、そう思って俺、嬉しかったんだ 

槍ヶ岳の夜に告げてくれた、光一の真実の想い。
この想いを自分は素直に嬉しい、けれど、嬉しい分だけ自責が傷みだす。
光一が英二を本気で慕ってくれる、その気持ちを利用していないと自分は言い切れるのか?

―俺だって本気だ、でも俺は、

でも俺は、結局は光一の気持を利用している、周太を救けるために光一を利用している。

「…ごめん、」

ぽつんと本音がこぼれて、ゆっくり瞳を瞑る。

本当に自分は光一に憧れ恋している、その気持ちが光一を危険に惹きこんでいく。
この想いは真実、光一への約束も全ては本音、けれど結局は自分は光一を利用してしまう。
そして吉村医師の告げてくれた想いにも、同じように自責は酷く疼いて痛い。

―…死んだ息子が帰ってきたと今も思ってるんです。だから信じて下さい、君がどんな選択をしても何があっても、私は君の味方です

警察医診察室の写真、山ヤの医学生が遺した美しい笑顔。
あの笑顔が愛した山っ子に、敬愛した父親に、自分はどれだけのものを背負わせているのだろう?
今から16年前に亡くなった、唯ひたむきに山と医学を愛して夢を駈けた男の想いに今、自責が胸を噛む。

―雅樹さん、俺のこと怒っていますか?

自分とよく似ていて、正反対の生き方をした男。
そんな彼に自分は憧れて、そして今の自分が狡猾だと思い知らされる。
光一にも吉村医師にも自分はいつも正直に接してきた、けれど結果は「利用」になっている。
そんな自分と「あの男」は似ている、その自覚が今日の異動の決定にまた痛みが強まっていく。

―俺は雅樹さんと似ていない、こんなに俺は狡い

大切な人と心を繋ぐ、その結果に自分の危険に巻き込み「利用」する。
そんな狡い自分の現実がこんなに痛い、それでも後悔も出来ない、周太を救えるのならそれで良い。
救える為ならもっと痛くても良い、どうしても救いたい、そんな身勝手な願いに歌が聴こえる。



目を閉じた君が奇麗で 運命に僕は叫んだ
あふれ出す流れに呑まれ 立ち尽くす 成す術も無くて
この手は君を癒せない?

Coming closer

Hurry on,hurry on time  it's going so fast
Hurry on,I can't save you
Can't slow it down You know  this is  your fate Are you feeling lonely?
So lonely,lonely Cry to the wind



この歌は光一の雅樹への想い、そして今も周太と英二に懸ける想い。
この詞と同じ想いを自分は周太に懸け、そのために光一も巻き込んだ。
こんなお互いの共鳴とかすかな擦違いが哀しい、そして雅樹への憧憬と自責が痛い。

こんな身勝手な自分が、本当に、誰かを救け癒すことが許される?
大切な人を護ることが、この自分に許される?



Hurry on,I can't save you
Can't slow it down You know this is your fate Are you feeling lonely?
So lonely,lonely,lonely,

No  one hears,no one hears you
No one cares what you do
Can't slow it down You know this is your fate Are you feeling lonely?
So lonely,lonely 

Cry to the wind



閉じたままの瞳の奥が熱い、けれど涙はもう出ない。

もう泣いている暇はない、だから泣けない。
もう涙で視界を曇らせないと決めた、それでも吉村医師の前で涙ひとつ零れた。
もう、あれが本当に最後の涙。次に泣く瞬間は全てが終わった時、その喜びの涙で良い。

“Coming closer” 時は近い今、涙は要らない。




【歌詞引用:L’Arc~en~Ciel「Coming Croser」】

(to be continued)

blogramランキング参加中!

人気ブログランキングへ

にほんブログ村 小説ブログ 純文学小説へにほんブログ村
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

secret talk9 愛逢月act.9―dead of night

2012-10-15 08:26:29 | dead of night 陽はまた昇る
夜、独り占めしたくて



secret talk9 愛逢月act.9―dead of night

横顔が、すぐ隣。

肩ふれそうに近く座って、隣でマグカップ抱えてくれる。
普段ここまで近くに座ってくれることは少なくて、このカフェに連れてきて良かったなと思ってしまう。

―こんなにカップルシートが良いって思ったこと、初めてだな

初めての感想に微笑んで、英二は自分のカップに口付けた。
ほろ苦い芳香が喉をおりて、苦みの奥の甘みが広がらす。
こんなふうにブラックコーヒーを飲めるようになったのは、いつが最初だったろう?

そんな想いと眺める夜景の窓に、穏やかな隣の笑顔が映りこんでいる。
だから本当は今、夜景なんか見ていない。
ずっとさっきから見つめているのはガラスの笑顔か、肩のすぐ隣にある横顔。
この大好きな顔をこちらに向けたくて、英二は綺麗に笑いかけた。

「周太、うまい?」

笑いかけながら少し肩寄せて、隣の掌のカップを覗きこむ。
こうすると少しまた距離が近くなる、そんな至近で恋人は綺麗に笑ってくれた。

「ん、おいしい…ちゃんとココアを練ってくれてあるみたい、良い香する」

ほら、嬉しそうな可愛い笑顔。この笑顔は今、自分が独り占めしている。
だってこのソファは窓に向かっていて、カフェの店内には背を向けたプライベートな席だから。
こういう席に本当に一緒に座りたいと思ったこと無かった、この隣に出逢うまで。
この2人きりの空間が嬉しくて、もっと近づきたくて、隣の恋人にねだってみた。

「ひとくち、俺にもくれる?」
「ん…どうぞ?」

なにげなくマグカップを渡してくれる、その手にさりげなく触れながらカップを受ける。
掌のなか、くるり180度カップを回して縁を見つめる、そこに微かな跡が見てとれた。

―ほら、見つけた

殆ど見えない、けれど確実にある唇のなごり。
白い陶器の肌に残された恋人の跡に、そっと英二は口づけた。
啜りこむ温もりは甘くほろ苦くて、こっくりとしたブラウンの色も香も優しい。
この味と香を恋人の唇も楽しんだ跡、そこに自分の唇の跡を重ねて見つめると英二は隣へ肩を寄せた。

―ほんとにキス、したいな

至近距離になった唇見つめて、思ってしまう。
そんな自分を「どうしたのかな?」というふう黒目がちの瞳は見つめてくれる。
たぶんこの席の意味もなんにも気づいていない、そんな稚いほどの無垢が可愛くて幸せに英二は笑いかけた。

「周太が口付けたとこ、キスしちゃった、」

笑いかけた囁きに、目の前の首筋へと薄紅が昇りだす。
ほら、こんな間接キス1つで羞んでしまう、そんな貞淑な恥らいが愛しくなる。
自分と同じ23歳の男、それなのに俯いた貌は優に可憐で、性別もなくただ「きれいだ」と見惚れてしまう。
こんなことに恥ずかしがる中性的な横顔、それでも昨夜のベッドはこの自分を初めて抱いて求めてくれた。

―初々しいけど大胆で色っぽかったのに、もう「大胆」はどっかいっちゃったな?

いつも英二の体を羨望と憧憬に見つめてくれる、少年のままの周太。
その初々しい心も体も自分は大好きで愛しい、けれど周太自身は引け目に思う面があると知っている。
同じ23歳で男、そんな英二の体と自分を比較して「未熟」を恥じてしまう、そんな男っぽい考えに少年は悩ます。
そういう悩み方自体が少年らしくて、この恋人の記憶喪失と精神年齢のことに至った思考へと、熾火が爆ぜた。

―赦せない、

静かに熾火がつぶやいて、古いアルバムの記憶を捲りだす。
もう50年前の写真に写る俤は、今はもう90歳を超えた老人になっているだろう。
その貌への怒りはたぶん、一生ずっと消えない。

―俺って、執念深かったんだな、

ふっと自問が起きて、すこし英二は笑った。
去年の春まで自分は、こんなふうに誰かへ怒り憎悪することを知らなかった。
そして、戦うことの意味も理由も、意志すらもない自分だった。でも今は、違う。

―周太、君が教えてくれたよ?恋する幸せと痛みも、愛する意味も、それから戦うことの誇りも

そっと心に告げる想いの長け、その隣で恋人は薄紅の頬で窓を見つめ、羞んで微笑む。
こんなふうに自分に全てを与えてくれたひと、その存在が愛しくて傍にいられる今が幸せになる。
もっと近づきたくて触れたくて、脚を組み直しながら腰をずらせ触れさす。その腰に隣のポケットの振動がふれた。

―あ、ちょっと刺激的?

本能的な本音が内心こぼれて、笑ってしまう。
いくらカップルシートに座っているからって、そんなことまで感じる自分が可笑しい。
これじゃ幾らなんでも変態だろう?けれど恋の奴隷だと自覚がまた起きて楽しくなる。
そんな廻らす想いに内心で笑う隣で、周太は携帯を取り出し画面を開くと首傾げこんだ。

「…ん、関根?」

友人であり姉の恋人の名前に、英二も画面を覗きこんだ。
それを口実に恋人へ肩もたれこむ、爽やかで穏やかな香ふれて嬉しいまま笑いかけた。

「関根からメール?開けてみたら、」
「あ…はい、」

素直に頷いてくれる頬が薄紅へ染まっていく。
その頬が可愛くて頬ふれ合わせる、くっついた肌がすこし熱いのが愛おしい。
もう唇がすぐ傍、このままキスしたくなる想い幸せに微笑んで、英二は画面のメールを読んだ。


From :関根尚光
T o  :瀬尾泰正
Subject:無題
本 文 :今、内山とサシで飲んでるんだけどさ。内山がマジ泣きし始めたんだけど?
    もう15分位ずっと泣いてんだけど、なんも言ってくれねえの。ちょっと俺マジお手上げ、どうしたらいい?
    


また内山、おまえかよ?

そんな声、心にこぼれて笑ってしまう。
それは内山なにも言えないよな?こんなの関根は困り果てるだろ?

「あ、関根たち今、飲んでるんだ?」

言葉を口にしながら、内山の意図と関根の配慮を考えだす。
宛先Toに瀬尾も入っている上に「サシで飲んで」とある、関根ひとりでは救助要請も出すだろう。
でも英二宛には無いところが、関根なりに朧げでも内山が泣く理由が解かっているのかもしれない。
今日、英二が周太と一緒にいることを関根は知っている、昨日は成城で顔を合わせているから。
もし今、英二が周太と一緒にいれば周太の携帯で読むだろう、そうでは無いなら英二の隣には光一がいる可能性が高い。

―光一には知られたくないよな、泣いたなんて

やっぱり困った事になりそうだな?
そんな感想に微笑んで凭れた肩がすこし動いて、困ったよう優しい声がつぶやいた。

「…どうして内山泣いてるの?」

あの内山が訳も分からず15分も泣いている、それは周太に限らず不思議だろう。
プライドが高く自信家の内山が、親しい関根だとしても人前で泣きじゃくるなんて普通は無い。
常に理論的で弁も立つ有能な男、けれど恋愛の前には途方に暮れて、酒を呑んで泣いている。

―あいつ、泣き上戸だったんだな?

そんな意外な一面がなんだか憎めない。
どうも周太に構うところは気に入らない、この間の飲み会でも周太に嬉しそうに話しかけていた。
そして光一に見惚れてはひとり赤くなっていたのも知っている、それは光一と英二の意図した「テスト」の所為ではあるけれど。
それでも独占欲の強い自分は苛立って、この間なんか本気で光一を襲いそうになってしまった。

―襲わなくても、告白はしちゃったけどな

ずっと気付かないフリしていようと思ったのに、言ってしまった。
あの「バージンメアリー」は光一の冗談めかした悪戯だしテスト、それが内山のドツボに嵌っただけ。
そう解かっている。それなのに英二まで嵌って、万が一にも内山に盗られるのが嫌で手を出しかけた。

―それもこれも内山の所為だ、

そう自分が思うのは理不尽な身勝手だ。
だとしても思ってしまう、自分が大切な二人ともに構うなんて?
けれどこんな、15分も泣きじゃくっていると聴かされたら放っておけなくなる。

「ね、英二?…どうして内山、何も言わないで泣いてるのかな?」

優しい困惑の声に尋ねながら、黒目がちの瞳が見つめてくれる。
純粋な眼差しが綺麗で見惚れて、けれど「内山になんか構わないでよ?」と本音が拗ねてしまう。
そんな本音のまま正直に英二は、恋人を見つめて微笑んだ。

「キスしてくれたら、教えてあげる、」

さっきからずっとキスしたい、それが叶うなら内山を援けてやってもいいかな?
そんな傲慢なワガママと切ない恋慕に見つめた唇は、真赤な貌のまま抗議した。

「そんなのだめです、ここおみせのなかでしょ?ばしょとかちゃんとわきまえて」

場所、弁えてるから強請っているのにな?
けれどこの純粋な少年は、この場所の意味も知らない。そんな初心が嬉しくなって英二は微笑んだ。

「ここ、そういう場所だよ、周太?」

答えに、黒目がちの瞳が不思議そうに考え込む。
そんな様子が可愛くて惹きこまれる、その引力に素直なまま英二はすこし顎を上向けた。

「…周太、」

名前を呼んで、受けくちな厚めの唇にキスふれる。
やわらかな唇にオレンジとココアが香らす、そっと離れると幸せに微笑んだ。

「この席、窓際で他の席には背を向けてるだろ?こういうの、カップルシートって言うんだよ、」
「…かっぷるしーと?」

恥ずかしそうに俯きながら、言葉を繰り返すトーンが可愛い。
可愛くて触れたくて、携帯電話を握りしめる両手を長い指に包みながら英二は恋人に笑いかけた。

「そう、恋人同士が座るための席だよ?ふたりきりで、デートの時間を楽しんでくださいって席、」

言われて少し驚いたよう、恋人がこちらを見た。
その貌がますます赤くなって、遠慮がちに周太は尋ねてくれた。

「…あの、今ってでーとしてるの?おれたち、」

他に何だと思っていたのですか?あなたさまは

予想外の台詞に驚かされる、けれど可愛くて嬉しい。
こんな天然なところ可愛くて好きだな、嬉しいまま恋人に笑いかけた。

「そうだよ?他に何だと思ってたんだ、周太?」

何て答えてくれるかな?
頬ふれながら楽しみで見つめた貌は、気恥ずかしげに小さく答えてくれた。

「ん…うんてんのきゅうけいだっておもってた」
「休憩?」

それって、あの「休憩」って意味ですか?

そう思いかけて、すぐ我に返る。
あの「休憩」だったら嬉しいけれど可能性は0%だ、そんな意味を周太が知っているわけがない。
それなのについ期待したくなる自分が可笑しくて、英二は笑ってしまった。

「確かに休憩だな?でも別の意味の休憩、本当はしたいけどな、」
「ん?…別の意味?」

休憩に別の意味ってあるの?
そんな問いかけが純粋な瞳からされて楽しい、こんな23歳が可愛くて仕方ない。
やっぱり周太はまだ少年、昨夜一夜で急に大人になれるわけがない、そんな納得と笑って英二は周太の携帯電話を見た。

「内山も、そういうことばっかり考え出したのかもな?」

あいつも多分、艶っぽいことは縁遠かったクチだろうな?
そんな予想をしながら周太の手から電話を取り上げ、肩に凭れたまま片手で操作する。
内山は知識としては豊富に知っているだろう、学校でも夜の会話を赤い貌ながら楽しんでいたから。
それに初任科教養の時は同期の女性警官と騒ぎを起こした事もある、生真面目な分だけ本当は興味も強いのだろう。

―でも、あの噂の彼女の後が、いきなり今回のケースって?

随分と両極端なことに、呆れながらも微笑ましくなる。
本当に内山は純情で単純、ある意味で男らしい。そんな性格は同じ男として憎めない。
そして心配にもなる、だから今ここで引寄せておきたい。そんな想いに電話を耳元にあてながら恋人の瞳に笑いかける。
その耳元でコール2で通話が繋がって、英二は微笑んだ。

「おつかれ、関根?」






(to be continued)

blogramランキング参加中!

人気ブログランキングへ

にほんブログ村 小説ブログ 純文学小説へにほんブログ村
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする