温もり、待ってくれる居場所

secret talk10 七夕月act.5―dead of night
透明なオレンジ色ふくんだ光が、窓の小さな緑たちを温める。
キッチンの出窓にならんだ陶器の鉢たちは、香さわやかに昇らせ葉を煌めかす。
朝の水を与えられ瑞々しい緑、その幾つかを優しい指が摘みとり籠に乗せ、水洗いしていく。
「周太、これは何て言うんだ?」
明るい緑の葉を指さして、エプロン姿の恋人に尋ねてみる。
藍色と白のストライプが爽やかなコットンは、淡いブルーのカットソーにも映えて優しい。
よく似合うな?そう見惚れて笑いかけた先、雫光る掌に洗った緑を示して答えてくれた。
「ん、バジルだよ…トマトやチーズにすごく合うの、このサラダに入れるね?ちぎると、こんな香だよ」
「あ、この匂い、イタリアンだとよくあるな?」
「でしょ?…魚や肉の料理にも合うし、パスタのソースにも使うんだ」
うれしそうに説明しながら、手際よく料理してくれる。
その手元からは朝食と、もう一食分の献立が同時に作られていく。
本当に手際が良い、感心しながら隣でボールの中身を和えながら、また他の葉を訊いてみる。
「周太、こっちの細かい葉っぱのは?」
「それはディル、魚料理にすごく合うよ?…鯵の南蛮漬けに使うから、夜に食べてみてね、」
今夜、恋人はここに居ない。
だから今、夜の食事の分まで支度してくれている、その気遣いが温かい。
けれど夜にはもう、このエプロン姿を見ることが出来ない寂しさが募ってしまう。
―寂しい、今すこし想っただけでもう…苦しい
ほら、苦しい。
今夜は帰ってきてもこの人は居ない、そう想うだけで苦しくて。
こんなふうに、誰かが居ないことが苦しいなんて、この人以外には知らなかった。
そして心射すように、昨夜ずっと待ってくれていたことが幸せだったと思い知らされてしまう。
昨夜の自分が今、羨ましい。
昨夜は帰ってきた家には灯が付いていた。
その明りは温かくて、愛しい人の体温のまま優しい気配に充ちていた。
あの温もりに迎えてもらえる幸せを、もう今夜には見つめることが出来ない。
「英二、お味噌汁はこの鍋だから…温めて食べてね?ガスには気を付けて、あと献立のことメモ貼っておいたから、」
穏やかな声に笑いかけられて、意識が戻される。
その視線に見つめた恋人の笑顔が、温かくて優しくて、泣きたい。
「周太、」
名前を呼んで抱きしめる、その肩に藍色と白のストライプが横切らす。
藍と白のエプロン、これを今は自分の食事の為に着てくれる。
この姿を今夜は見られない、今夜は此処に居てくれない。
「…どうしたの、英二?」
抱きしめた懐から黒目がちの瞳が見上げてくれる。
穏やかで幸せな笑顔の周太、その明るい微笑みにふっと肩の力が抜けた。
ほら、また笑顔で心寛がさせてくれる、こういう温もりが大好きで離れられないのに?
離れてほしくなくて、構ってほしくなる。その気持ち素直に英二は婚約者に笑いかけた。
「周太、キスして?」
「…え、」
小さく声を出した首筋が赤くなっていく。
見上げてくれる瞳の長い睫が途惑い伏せられる、その陰翳に清楚は艶めいて優しい。
あわくそまる薄紅の頬、ためらっている唇、それでも睫はあげられて微笑んでくれた。
「ん…英二、」
名前を呼んで、そっと肩に掌かけて、綺麗な笑顔が近寄せられる。
長い睫はまた伏せられて、やわらかな唇ふれあう幸せが生まれだす。
―あまい、
あまいオレンジの香、唇の温もりは優しくて心ほどかれる。
このまま抱きしめて離したくない、ずっとこうしていたい、そんな気持ちに腕の力が籠められかかる。
けれど、かすかな沸騰の音に肩から掌は静かに外された。
「…お鍋、沸いちゃう、」
赤い貌できれいに微笑んで、恋人は腕から脱け出してしまう。
ガス台のスイッチを止め、また料理へと優しい掌は動かされていく。
その首筋も頬もまだ薄紅あざやかで、今この窓にゆれる梢の花と色が似ていた。
この次はいつ、この姿が見られるのだろう?
(to be continued)
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secret talk10 七夕月act.5―dead of night
透明なオレンジ色ふくんだ光が、窓の小さな緑たちを温める。
キッチンの出窓にならんだ陶器の鉢たちは、香さわやかに昇らせ葉を煌めかす。
朝の水を与えられ瑞々しい緑、その幾つかを優しい指が摘みとり籠に乗せ、水洗いしていく。
「周太、これは何て言うんだ?」
明るい緑の葉を指さして、エプロン姿の恋人に尋ねてみる。
藍色と白のストライプが爽やかなコットンは、淡いブルーのカットソーにも映えて優しい。
よく似合うな?そう見惚れて笑いかけた先、雫光る掌に洗った緑を示して答えてくれた。
「ん、バジルだよ…トマトやチーズにすごく合うの、このサラダに入れるね?ちぎると、こんな香だよ」
「あ、この匂い、イタリアンだとよくあるな?」
「でしょ?…魚や肉の料理にも合うし、パスタのソースにも使うんだ」
うれしそうに説明しながら、手際よく料理してくれる。
その手元からは朝食と、もう一食分の献立が同時に作られていく。
本当に手際が良い、感心しながら隣でボールの中身を和えながら、また他の葉を訊いてみる。
「周太、こっちの細かい葉っぱのは?」
「それはディル、魚料理にすごく合うよ?…鯵の南蛮漬けに使うから、夜に食べてみてね、」
今夜、恋人はここに居ない。
だから今、夜の食事の分まで支度してくれている、その気遣いが温かい。
けれど夜にはもう、このエプロン姿を見ることが出来ない寂しさが募ってしまう。
―寂しい、今すこし想っただけでもう…苦しい
ほら、苦しい。
今夜は帰ってきてもこの人は居ない、そう想うだけで苦しくて。
こんなふうに、誰かが居ないことが苦しいなんて、この人以外には知らなかった。
そして心射すように、昨夜ずっと待ってくれていたことが幸せだったと思い知らされてしまう。
昨夜の自分が今、羨ましい。
昨夜は帰ってきた家には灯が付いていた。
その明りは温かくて、愛しい人の体温のまま優しい気配に充ちていた。
あの温もりに迎えてもらえる幸せを、もう今夜には見つめることが出来ない。
「英二、お味噌汁はこの鍋だから…温めて食べてね?ガスには気を付けて、あと献立のことメモ貼っておいたから、」
穏やかな声に笑いかけられて、意識が戻される。
その視線に見つめた恋人の笑顔が、温かくて優しくて、泣きたい。
「周太、」
名前を呼んで抱きしめる、その肩に藍色と白のストライプが横切らす。
藍と白のエプロン、これを今は自分の食事の為に着てくれる。
この姿を今夜は見られない、今夜は此処に居てくれない。
「…どうしたの、英二?」
抱きしめた懐から黒目がちの瞳が見上げてくれる。
穏やかで幸せな笑顔の周太、その明るい微笑みにふっと肩の力が抜けた。
ほら、また笑顔で心寛がさせてくれる、こういう温もりが大好きで離れられないのに?
離れてほしくなくて、構ってほしくなる。その気持ち素直に英二は婚約者に笑いかけた。
「周太、キスして?」
「…え、」
小さく声を出した首筋が赤くなっていく。
見上げてくれる瞳の長い睫が途惑い伏せられる、その陰翳に清楚は艶めいて優しい。
あわくそまる薄紅の頬、ためらっている唇、それでも睫はあげられて微笑んでくれた。
「ん…英二、」
名前を呼んで、そっと肩に掌かけて、綺麗な笑顔が近寄せられる。
長い睫はまた伏せられて、やわらかな唇ふれあう幸せが生まれだす。
―あまい、
あまいオレンジの香、唇の温もりは優しくて心ほどかれる。
このまま抱きしめて離したくない、ずっとこうしていたい、そんな気持ちに腕の力が籠められかかる。
けれど、かすかな沸騰の音に肩から掌は静かに外された。
「…お鍋、沸いちゃう、」
赤い貌できれいに微笑んで、恋人は腕から脱け出してしまう。
ガス台のスイッチを止め、また料理へと優しい掌は動かされていく。
その首筋も頬もまだ薄紅あざやかで、今この窓にゆれる梢の花と色が似ていた。
この次はいつ、この姿が見られるのだろう?
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