萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第56話 潮汐act.4―another,side story「陽はまた昇る」

2012-10-02 23:30:30 | 陽はまた昇るanother,side story
祖国、約束の海に



第56話 潮汐act.4―another,side story「陽はまた昇る」

青空に深紅の花は咲き誇る。

白い雲と青空を仰がす梢、やわらかな朱赤ゆらいで陽光ひるがえす。
深い緑の葉も濃やかに輝いて、海辺の風光きらめく木洩陽ふらせてくれる。
大らかに広げる枝に深紅と緑は繁り、艶やかな樹肌を潮風吹かせて百日紅は佇んでいた。

「きれい…」

深紅の翳に微笑み零れてしまう、見事な花木に嬉しくなる。
潮風ゆれる陽光の影絵が頬に額にふりそそぐ、その膝元を優しい毛並がすり寄った。

「あ…海、ごめんね?」

笑いかけた視界にキャメルブラウンの毛並が光きらめく。
かがみこみ撫でる顎はやわらかで、嬉しげに黒い瞳をが見つめてくれる。
こんな可愛い犬と毎日一緒に居られたら良いな?そう素直な想い微笑んだ周太に、アルトヴォイスが笑いかけてくれた。

「見事な花でしょう?あざやかな深紅で、朱色に近いでしょうか?」
「はい…きれいな色ですね、房になってて…ワーズワスのみたい、」

想ったまま素直に言って、周太は笑いかけた。
言葉に菫は微笑んで、楽しそうに尋ねてくれた。

「Wordsworth、どの詩ですか?」
「たしか『The Thorn』っていう題です、And cups,the darlings of the eye… So deep is their vermilion dye…ってありますよね」

And cups,the darlings of the eye 見るも愛らしい房の花
So deep is their vermilion dye  目に鮮やかな花々の朱いろ

懐かしい詩の一節。
小さい頃に父が読み聞かせてくれて、それから自分でも読んだ。
あれは茨の花についての詩、けれど頭上の百日紅は鮮やかに赤い「房の花」にふさわしい。

「その一節、この花とピッタリですね?What lovely tints are tehre.Ofolive-green and scarlet breight、」

アルトヴォイスが楽しげに微笑んで、続けてくれる。
同じ詩をこの不思議なナニーも知っていた、嬉しくて微笑んだ周太に彼女は笑いかけてくれた。

「この道にはね、Wordsworthのような花がたくさんあります。ここは花の道なのです、」
「花の道…すてきですね、」

優しいアルトの声に笑いかけ、キャメルの犬とまた歩き出す。
明るい青空のした、木蔭を縫うよう歩いていく道は潮風が涼を贈ってくれる。
その道沿いに並んでいく家々の、やさしい花の姿に周太は笑いかけた。

「菫さん。あの紫陽花、瑠璃色が素敵ですね?」
「あの色は私も好きです。家の庭にも植えたいのですが、苗と出会っていなくて」

花の話と歩いていく道、緑に花に陽光きらめき咲き誇る。
朱鷺色の撫子、露草の青、薄紅やさしい立葵。鶏頭の赤と黄色に、白粉花の赤紫。
純白の梔子は芳香ゆれて、柘榴の朱色は青空映える。デュランタの紫に潮風ゆれて、朝顔は蔓のびやかに清々しい。
優しい花たちの輝く道、キャメルの犬と歩く周太に青紫の瞳が微笑んだ。

「海は周太さんが大好きみたいですね?ほら、浜辺へと誘っています。自分が一番好きな場所を、教えたいのでしょうね」

アルトの声にキャメルの犬は、嬉しそうに周太を見上げてくれる。
つぶらな黒い瞳が可愛くて、嬉しくて周太は笑いかけた。

「そうなの?海…俺に、好きな場所を教えてくれるの?」
「くん、」

優しく鼻を鳴らして、浜と周太を見比べてくれる。
そんな様子に銀髪の老婦人は、楽しげに提案してくれた。

「海のリクエストに応えて、寄り道しましょうか?」
「はい、」

素直に頷いて周太は、青いリードを引くと犬と菫が示す方へ歩き出した。
うれしげに振られるキャメルの尻尾、その向こうから潮騒の響き近づいていく。
夏の花咲く道から木洩陽を抜けて、太陽ふりそそぐ通りにでる、ふわり、潮風が頬撫でて漣まばゆい。
光と風に瞳細めてしまう、その隣からアルトヴォイスは楽しげに笑ってくれた。

「あの草地です、あそこから海を眺めるのが気持ちいいんですよ、」
「あ…昼顔が咲いていますね、」

まるいラッパの花が海の草地にゆれている。
浜辺を這う緑と薄桃のコントラストが綺麗で、波の青に映え美しい。
砂の中あざやかな緑はオアシスのよう?そんな感想に微笑んで、潮騒やさしい草地のなかへ連れ立った。

「この岩に腰掛けるのが、おきまりなのよ、」

黒岩を白い指に示し勧めてくれる、素直に腰を下すと菫も傍らの岩に腰掛けた。
吹きぬける潮風に前髪ゆれる、あまく濃い香のむこう瞳は青色に充たされた。

「…きれい、」

ため息に微笑んだ視界には、遥かな遠くから様々な青色がうちよせる。
白藍、翡翠、縹、紺碧、瑠璃色、美しい名前のブルーたちが豊かに広がらす。
その色彩に、大切な人の浴衣を思い出して首筋が熱くなりだした。

…鰹縞の浴衣、すごく似合ってた、ね?

先月に母が誂えてくれた、英二の夏衣。
白皙の肌に映える青のグラデーションが美しかった、あの姿を思い出してしまう。
ほら、こんなふうに自分はすぐ、大好きな俤探して見つめている。そんな想い微笑んで周太は勇気ひとつと菫に尋ねた。

「あの、菫さんは英二の婚約者が僕で…男が相手なことは、嫌じゃないんですか?」

言葉に、青紫の瞳が見つめてくれる。
潮風に銀髪ゆらせながら、優しいアルトヴォイスは微笑んだ。

「昔、イギリスでゲイは罪に問われました。けれど私は罪と思いません、心から結ばれ幸福な姿は、周りも幸せにするのですから、」

…心から結ばれ幸福な姿は、周りも幸せに…

そっと心に言葉を反芻して、青紫の瞳を見つめる。
この言葉の温もりが優しくて嬉しくて、素直に周太は笑いかけた。

「ありがとうございます…今の日本でも、男同士だと差別もあります。だから、そう言って頂くのうれしいです、」
「よかった、そう言われたら私も嬉しいですよ?」

楽しげにアルトヴォイスが応えてくれる。
その声に嬉しい気持ち微笑んで、周太はキャメルの背中を撫でながら口を開いた。

「英二を幸せにしたいです、僕も、」
「大丈夫、きっと出来るわ。周太さんは Flidais ですから、」

朗らかに笑ってくれる、その笑顔が温かい。
青紫の瞳をした不思議なナニー、そんな彼女はどうして英二の祖母の許へ来たのだろう?
そんな疑問に50年遡らす時を想いながら、周太は尋ねた。

「あの…菫さんは、どうして宮田のお家に来たのですか?」

問いかけに、青紫の瞳が穏やかに微笑んだ。
そして秘密の魔法を明かすよう、静かなアルトが答えてくれた。

「母を、探すために来たのです、」

やわらかな声に、潮騒の音が重なった。
青紫の瞳が笑いかけてくれる、その瞳へと海の色が映りこむ。
遠く近く引きよせる波のさざめきに、時の記憶が呼ばれるよう声は綴りだした。

「さっきお話ししたように、私の父はイギリス人です。父は外交官として日本に来て、母と出会い、恋に墜ちて結婚しました。
そして生まれたのが私です、でも戦争が起きて父は帰国することになりました。けれど、母は一緒にはイギリスに行けなかったのです」

銀髪が縁どる面長の顔が温かく微笑んでくれる。
けれど聡明な白い額の寂しさは隠せないまま、穏やかなアルトは潮騒のなか続けてくれた。

「あの戦争は、イギリスと日本は敵対しましたね?だから母は残ると決めたのです、そして父は私だけを連れて国に帰りました。
もう今は白髪になっていますが、私の髪は茶色だったのです。それに、この目の色でしょう?この姿で日本にいることは危険でした。
敵の国の子供であること、それが私の日本での立場だからです。それはイギリスでも同じでした、だから母のことは秘密になりました」

第二次世界大戦、もう70年以上前の哀しい現実。
それを生きてきた人が隣にいる、想い佇んだ周太に菫は訊いてくれた。

「イギリスの貴族制度について、周太さんはご存知ですか?」
「少しなら…世襲貴族と一代貴族があるんですよね?世襲も、爵位を継承した人以外は平民だと聞きました、」

小さい頃に父から聴いたことが、言葉になって出てくれる。
これを聴いたのは『円卓の騎士』を一緒に読んだ時だった?そんな記憶と首傾げた周太に、優しい声は話してくれた。

「その世襲貴族なのです、父の家は。でも次男だった父は外交官になりました、これは貴族の息子には多い職業の1つなのです。
父は学生時代に『源氏物語』を読んで日本を好きになってね、それで外交官になって日本に来ました。休暇はあちこちに行ってね、
富士山にも登ったそうです。そして大和撫子に恋をしました、父は心から日本を愛したのです。だから帰国後も私に言ってくれました、」

遠く近くよせる潮騒に、アルトヴォイスは流麗な日本語で語る。
その青紫の瞳に陽光きらめいて、誇らしい笑顔が綺麗にほころんだ。

「おまえの血に流れる日本を誇りに思いなさい、たとえ今は敵の国と言われても、自分に与えられた日本の心と命を恥じてはいけない。
母が日本人だとは誰にも言ってはいけない、けれど、私のもう1つの祖国と母を愛する誇りを、どんな時も絶対に否定してはいけない。
そう言って父は母への想いと、私の誇りを護ってくれました。だから私は戦争の間も、この国も母も大切に想い続けていられたのです」

父と母の祖国が敵対すること。
それは自分の心身を2つに裂かれる想いだろう、その哀しみに瞳へ熱が生まれだす。
ゆっくり瞬いて涙を納めて、周太は誇らかな青紫の瞳へ微笑んだ。

「菫さんのお父さん、とても素敵な方ですね、」
「でしょう?」

明るい青紫の瞳が周太に笑ってくれる。
ゆるやかな海風に銀髪ゆらせながら、菫は口を開いた。

「noble obligationというものがイギリスの貴族にはあります。『高貴な義務』と言って、社会の責任を担う誇りのことです。
この責務のために伯父は従軍して亡くなりました、そして父が爵位継承者になったのです。それでも父は母を諦めなかったの。
戦争が終わると父は母を迎えに行きました、けれど、母の実家は町ごと空襲で燃えてしまって…もう、行方が解からなかったのです」

かすかな溜息が潮風に流れて、菫は海を見た。
空と海を映す瞳のいろが深くなる、長い睫ひとつ瞬いて視線を戻すと、彼女は続けてくれた。

「祖父が亡くなって爵位を継承した父は、noble obligationの為に再婚しました。同じような家柄の出身で、優しいひとでした。
弟たちが生まれても、彼女は私に良くしてくれたのよ。けれど私は母に会いたくて、日本に行く方法を考えるようになりました。
日本に行っても出来る仕事は何だろう?そう考えて思いついたのが、私の面倒を見てくれた governess のようになることでした、」

“governess” ガヴァネス
イギリス上流階級の家庭教師、昔は良家の娘の唯一の仕事だった。そう父が教えてくれた。
菫のようなアッパークラスの女性が仕事を持つことは当時、職業選択の自由が少なかったろう。
それでも自分の道を見出して菫は日本に戻ってきた、その想いは美しく切なくて、逞しい。そう見つめる先で菫は微笑んだ。

「戦争が終わるまで私は屋敷の中でgovernessに育てられました、彼女はnannyも兼ねて私の面倒を全て見てくれたのよ。
父の再婚後は弟達の面倒も見て、その後は lady's companionとして家に居てくれました。彼女のように3役を務めるプロを目指そう、
そう思って、Norland College で勉強してイギリスの家庭で1年経験を積んでから、父の伝手で日本の家庭を紹介して頂いたのです、」

戦争が終わるまで、屋敷のなかで。
この言葉に当時、菫が置かれた「英国と日本の混血」の立場が見えてしまう。
彼女の外見は青紫の目、白い肌、周太より少し高い身長に細身で、英国の血を想わせる。
けれど華奢な骨格と顔立ちはオリエンタルで日本に馴染む、それが懸念になって父は娘を隠したのだろう。

…きっと哀しかったよね菫さん、でも、明るいんだ…すてきだね?

きっと哀しい想いもしたはず、それでも青紫の瞳は明るい。
そして気付かされる、なぜ彼女が英二と周太の関係を差別的に見ないでくれるのか?その理由が解かる。
こういう人は自分は好きだ、そんな想いと見つめた老婦人は、優しい笑顔で教えてくれた。

「それで宮田のお家に私は来たのです、nannyをしながら顕子さんのご主人にも助けてもらって、母を探し続けました、」
「…お母さんに、会えたんですか?」

そっと訊いた隣、青紫の瞳は綺麗に笑った。

「はい、会えました。母は再婚していて弟と妹がいたのです。日本で十年間を探して、一年間を一緒に暮らすことが出来ました、」

いま、一年間と時間を区切った。
その時限にまた瞳へ熱が昇りだす、その向こうからアルトヴォイスは優しく微笑んだ。

「再会したとき、もう母は余命宣告をされていました。会いに行った私を母は喜んで、私と暮らしたいと望んでくれたんです。
もう残り少ない時間しかないからワガママを言わせてほしい、そう言ってくれて。私は1年間お暇を戴いて母と暮らしました、
その一年間を過ごしたのが、この葉山の海でした。母の希望で海の見える家を探してね、大学生だった妹も一緒に3人で暮らしたの」

語る言葉に潮騒が響いて、遠くの海へとひいていく。
海が見える家と言った菫の母の想いが、もう自分は解かっているかもしれない?そんな想いに穏かな声はもの語りした。

「毎日を母と散歩して、一緒に食事して、何でもない日を一緒に笑って。一緒に写真も撮ったわ、ちいさな喧嘩もしてね、幸せでした。
会えなかった二十数年分を一緒に見つめて、ゆっくり時間が流れてね。母娘三人、静かな普通の、何でもない毎日で四季を一巡りしたわ、」

優しい声の語る想い出は温かで、切ない。
限られた時間の宣告、そのなか見つめる「何でもない日」が、どんなに幸せで哀しくて、愛しいか?
それを自分は初任総合の2ヶ月間に見つめてきた、だから菫たち母娘の想いが解かってしまう。
そして菫の父のことが想われる、ちいさな呼吸に涙のみこんで周太はそっと訊いてみた。

「…お父さんは、お母さんに逢えたんですか?」
「ええ、逢えたわ、」

うれしそうに青紫の瞳が笑ってくれる。
本当に嬉しそうで切ない笑顔は、秘密の物語のよう周太にそっと教えてくれた。

「イギリスから葉山まで父は逢いに来たの。母を散歩に連れ出して、いつもの浜辺に父を呼びだしてね、ふたりにはサプライズよ?
離れて二十年以上が過ぎていたわ、でも、ふたりはお互いがすぐ解かったのよ?顔を見た瞬間に、お互いすぐに歩み寄って行って。
父は母を抱き寄せたわ、本当に幸せそうに見つめて『私の大和撫子』って笑ってキスしたの。母は真赤な頬をして、幸せに笑ったわ」

微笑んだ青紫の瞳が海へと向けられる。
ゆっくり長い睫は瞬いて、アルトヴォイスは幸せに微笑んだ。

「ふたりは本当に幸せそうに笑い合ってね、見ている私が幸せでした。諦めないで良かった、日本に来て良かった、そう思ったわ。
再会の後、ふたり逢うことは出来ませんでした。けれど父は母に花を贈り続けたの。母が亡くなってからも、父が亡くなる日までずっと。
普通、イギリスのGentlemanなら、こんなふうには感情を露わにしません。けれど父は精一杯の愛情表現を母にしてくれて、嬉しかったわ、」

微笑んだ言葉も海を見つめる眼差しも、静かな明るさに温かい。
この温もりに唇が開かれて、さっき思ったことを周太は口にした。

「菫さん?お母さんが海の見える家に住みたかったのは…海の向こうに好きな人がいるから、でしょう?」
「そうですよ、やっぱり周太さんは解かるんですね?」

嬉しそうにアルトヴォイスが笑ってくれる。
海を映した瞳は周太を見、そして綺麗に微笑んだ。

「父も母も再婚していました、それでも愛し合う二人だったの。それを背徳と言う人もいるわ、でも、私を幸せにしてくれました。
再会は3時間で、離れた歳月には短すぎるわ。それでも幸福な時間が与えられた事は、ふたりの恋への祝福だと私は信じています。
だから私は両親を、ふたつの祖国を愛せます。ふたりを引裂いた戦争は憎んでも、私を幸せにした恋を生んだ2つの国とも愛しいです、」

“心から結ばれ幸福な姿は、周りも幸せにするのですから”

さっき菫が周太に贈ってくれた言葉の意味が、今、瞳の底を温める。
あの言葉は、青紫の瞳が見つめた願いと希望、両親への深い愛と祈りが温かい。
このひとを自分は好き、そう見つめた想いの真中で、高貴な老婦人は朗らかな哀惜に微笑んだ。

「母の遺灰の一部は、父の棺で眠っています。この海で再会したとき父が、母にそう願ったのです。その約束は私が叶えました。
母の遺灰を入れた小さなガラス瓶を、父の掌に持たせてあげたんです。このことは誰も知りません、私の子供達にも言っていないの、」

告げて、微笑んだ青紫の瞳から光がこぼれた。
白い頬を伝い潮風にさらわれて、涙は海へと散っていく。
長い睫ゆっくり瞬いて、ふたつの祖国に愛される人は綺麗に微笑んだ。

「本当はね、イギリスではこんなふうに感情を露にしたり、初対面から自分のことを話すことは、あまり良くないって考えなの。
でも周太さんに話してしまったわ、ずっと内緒にしていたことまで話して、目の前で涙までこぼして。お行儀悪くてごめんなさいね、」

潮風に銀髪ゆらいで、瞳を陽光に煌めかす。
その笑顔は明るく穏やかで、温かい。その温もりへと周太は率直に笑いかけた。

「菫さんは日本人でもあるでしょう?…日本の人はね、打ち明け話で仲良くなるのが上手です。だからこれで良いんです、」
「そう?…そうね、私は日本人だわ、」

そっとアルトヴォイスが呟くようこぼれた。
その声に青紫の瞳に陽光きらめいて、菫は綺麗に微笑んだ。

「日本の国籍は戦争で失ったの、でも、私の半分はこの国の心と命ね?…もう、日本で生きた時間の方が長いし、夫も日本人よ」

青紫の瞳が微笑んで見つめてくれる。
見つめる瞳の奥深く、ふり積った涙の気配がそっと心を響かす。
その気配に笑いかけて、周太は立ち上がるとブルーのストライプシャツの肩にそっと腕を回した。

「急にすみません、でも父と母はいつもこうしてくれるんです。こうすると楽になれて…僕、こうして英二とも仲良くなれたんです、」

こんなことしたら失礼だろうか?
文化の違いに心配もすこしある、けれど、この優しい人の涙を受けとめたい。
そんな願いにふれた温もりは、ふわり菫の花香らせて優しい掌を背中に回してくれた。

「ありがとう、周太さん。きっと、私とも仲良くなれますね?…ありがとう」

アルトヴォイスは微笑んで、青紫の瞳から涙はあふれだした。
きらきら海の光に雫は頬つたう、周太はポケットからハンカチを出して、そっと拭った。
その掌に青紫の瞳は微笑んで、優しい声は楽しそうに言ってくれた。

「私はね“Letitia Violet”が親からもらった名前なのよ、“菫”は父が付けた愛称なのです、」

どちらも素敵な名前だな?
そう思った心に記憶がまた1つ蘇えって、そのままを周太は素直に口にした。

「リティシア…ローマ神話の喜びの女神さまですね。ご両親の約束を叶えた菫さんは、おふたりにとって本当にLetitiaですね」

告げた言葉に青紫の瞳が笑って、涙が消えていく。
その脚元にキャメルの犬は静かに寄添って、つぶらな瞳が2人を見つめてくれた。

海をテーマにした関する創作文学ブログトーナメント

【引用詩文:William Wordsworth『ワーズワス詩集』The Thorn】

(to be continued)


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secret talk9 愛逢月act.4―dead of night

2012-10-02 01:36:28 | dead of night 陽はまた昇る
※R18(露骨な表現はありません)

約束、愛であわせて



secret talk9 愛逢月act.4―dead of night

帯解けの色、こぼれだす。

瑠璃色の帯はやわらかに解かれ、床に川が流れおちる。
うつくしい青紫の色彩は木目を流れ、掌から絹は落ちていく。
解かれた帯に白い衿ゆるまれて、そっと淑やかな手が衣のあわせ押えてしまう。
その掌をふたつながら捉えると、長い指に絡めながら英二は羞む瞳に微笑んだ。

「隠さないで、周太…絶対の約束を結ぶんだろ?」
「…はい」

素直に答えて長い睫が伏せられる。
気恥ずかしげな睫にあわい光きらめく、まばゆい貞淑が目を奪う。
自分と同じ23歳の男、それなのに初々しい清楚が見つめる貌から立ち昇る。

―狂わされる、こんなのは

心の本音に、ひそやかな溜息こぼれてしまう。
薄紅そめあげる肌は艶めいて、血潮から羞んでいる純潔が輝きだす。
洗練された筋肉のラインは華奢な骨格にしなやかで、少年のままの肢体が衣透かして見惚れてしまう。
見つめる視線に気恥ずかしがる心と体を白い薄絹に隠す、その清楚な艶に長い指をのばした。

「…あ、」

かすかな躊躇いの声、けれど指は白い衿にかけられ衣は肌すべる。
くつろげられ肩からおとされる薄絹、なめらかな素肌がランプ映して淡く光りだす。
白いベッドの上、しなやかな裸身が夜に晒されていく、恥らう吐息が唇こぼれて血潮は肌を染めあげる。
絡めとる白い衣をぬきとり、艶やかな床に薄絹の雲ひろがりゆく。そこに高峰の雲海を見つめて英二は微笑んだ。

「周太、見て?…周太の浴衣、雲海みたいだよ。帯は海と似てる…きれいだ、」
「…ん…」

言葉に短く答えて、薄紅の微笑が見つめてくれる。
もう何も纏わぬ裸身があわいランプに艶めかせて、自分の腕のなか横たわす。
これから望むまま、この肌に心に想い刻みこむ時間は始まっていく。それが幸せで英二は綺麗に笑いかけた。

「周太、絶対の約束をするよ?…来年の夏は北岳草を一緒に見に行く、その約束だよ?」

北岳草、世界に一ケ所にしか咲かない花。

北岳、この国の第二峰「哲人」の名を持つ高潔な山。
そこに氷河期から悠久の時に抱き続ける、白い小さな花が咲く。
冷厳の時代を超えても可憐に咲いた純白は、この恋人とよく似て愛しかった。
あの花を抱く山懐を、自分も備えて恋人を永遠に抱き続けていきたい。そんな願いに恋人の唇は、そっと披かれた。

「北岳草…必ず、見せて?お願い、英二」

穏やかな声が約束を告げて、黒目がちの瞳が微笑んだ。
この瞳に恋して自分の全ては始まった、この恋愛への想い綺麗に微笑んで、英二は誓いのキスをした。

「約束する、周太…だから離れないで、」

想い籠めて重ねた唇に、オレンジの吐息あまやかに触れる。
やわらかな温もり優しくて、愛しいまま唇を深く重ねて想いの熱を唇の奥へと注ぎ込む。
ためらう羞みに熱からめて恋し愛する想いを伝えてしまう、この心ごと繋ぎ留めたくて、自分の帯に指を掛ける。
直ぐ解かれていく結び目に、抱きしめる肌を求めて口づけるごと、浴衣の衿とけて肩が露になっていく。

「きれいだね、周太は…全部、キスしたい」
「…っ、あ…え、いじ…」

言葉と触れる唇に、愛しい唇から吐息こぼれだす。
耳元、首筋、鎖骨、胸元なめらかな素肌をたどり、腰へと唇を辿らせる。
そして若草の繁みにふれて、やわらかな花芯を唇と舌とでふくんだ。

「…あっ」

声が上がり、のけぞる喉がむこうに見える。
咥えこみふくむ肌はふるえて、それでも少しずつ固く存在を増す。
抱き寄せた腰は怯えたよう竦んで、それでも逃げずに唇と舌を受けとめ、委ねて動じない。
この信頼と想い幸せに微笑んだまま、もういちど唇に含んでキスすると静かに解放した。

「周太、気持ち良かった?…こういう口でするのはね、フェラって言うんだよ?俺以外にさせたら、絶対ダメだよ?」
「…はい、」

気恥ずかしげに答えて、黒目がちの瞳が見つめてくれる。
すこし潤んだ瞳が愛しくて可愛い、見つめながらサイドテーブルに長い指伸ばして英二は、冷たいコップを手に取った。
ガラスの縁につけた唇に水滴ふれて、冷たいレモンの香が喉をおりていく。
飲みこんでほっと息つくと、愛しい声がちいさくつぶやいた。

「…えいじもしてほしい?」

いま、なんとおっしゃいました?

今の言葉は幻聴だろうか?
この自分が求める望みが生んだ、幻が喋ったのかも?
そんな想いと見つめた視界の真中で、潤んだ黒目がちの瞳が見つめて訊いてくれた。

「あの…えいじもいまの、してほしい?」
「…してくれるの?」

ほんとうに?

そんな信じられない想いに訊き返す、その先で長い睫が恥ずかしげに伏せられる。
すこし厚い唇かみしめ羞んだ薄紅が少年の肢体を染めあげて、吐息のあと言葉は伝えられた。

「ん…えいじがそうしたかったら…ね」
「周太、」

名前を呼んで抱き寄せて、愛しい瞳を覗きこむ。
ゆるく長い睫はあげられて、見つめ返す黒目がちの瞳は恥らいにも熱ふくむ。
ひどく恥ずかしそうな瞳は貞淑まばゆい、こんな綺麗な目に自分の快楽へ奉仕させてしまう?
それが酷く背徳的で罪悪感を見てしまうのに、甘すぎる誘惑に堕ちたくて仕方ない。

―なんか、すごくいけない感じだけど。でも、してほしいな

それはしてもらったら、さぞ嬉しくて堪らない。
きっと興奮してしまう、ちょっと鼻血噴かないか心配だな?
そんな色々を考えながらも微笑んで、少年のままの恋人へと英二は問いかけた。

「すごく嬉しいよ、周太?でも本当に良いの?」
「ん…うれしいって思ってくれるなら…してあげたい、」

恥ずかしそうなトーンが答えて、赤い貌が微笑んでくれる。
こんな貌されたら嬉しくて仕方ないのに?

「うれしいよ、でも、周太は仕方とか解かるの?」
「ん、…わからないけど、でも…」

質問に長い睫が恥ずかしそうに伏せられる。
すこし言いよどんだ唇、そっと開かれると羞んだまま言ってくれた。

「おしえて?…どうしたら英二がきもちよくなるか、おしえて?」

そんなお願いうれしすぎます。

こんなこと「おしえて?」なんて言ってもらえるなんて?
こんなの本当に「美少年に性のレッスン」本番って感じだろう?
こんな幸せなことあっていいのかな?そんな想いに鼻から口許に手を当て、その掌を見ると血痕は無かった。
掌に笑って少年の肢体を抱きしめると、そのまま反転して英二は下から恋人を見上げて笑いかけた。

「教えるよ、周太、」
「…はい、」

恥ずかしげな微笑が上から見おろしてくれる。
この視点は初めてになる、いつも英二が上から覆い被さっているから。
こんなことも幸せで嬉しくなる、きれいに笑いかけた英二に黒目がちの瞳は微笑んで、そっと首筋にキスしてくれた。

「…ぁ、」

吐息こぼれて、首筋に感覚が滲みだす。
ぎこちない唇はゆっくり肌すべっていく、その初々しいキスに、萌える。
見つめる先でやわらかい黒髪ゆれて肌ふれる、その表情を見たくて長い指からませ前髪をかきあげた。

「…ん?」

かきあげた前髪に顔をあげて、黒目がちの瞳がこちらを見た。
その瞳は貞淑な恥らい滲んで頬は赤い、清楚な色香と深い艶がまばゆく見つめてくれる。
あまりに初々しい貌、無垢のまばゆさに自制心が半分折られて心ときめいた。

―こんな貌でしてくれてるんだ?

かわいい、どうにかなりそうに可愛い。
こんな貌は絶対に他には見せられない、こんな無意識の誘惑は強すぎる。
そんな思いに心配がまた大きくなる、こんな貌は他ではどうか見せないでいて?

「可愛いね、周太…こんなこと、他のヤツには絶対しちゃダメだよ?」
「…はい」

恥ずかしげに頷くと俯いて、そっと唇が肌ふれる。
やわらかな温もり肌おりていく、ゆらめく髪くすぐらす皮膚に血が逆流しそう?
すこしの感触にも悦びが肌ふるわす、ぎこちない唇の熱を見つめ、幼けない愛撫に身を委ねていく。

―こんな子供みたいな相手に、感じるなんて

吐息まじりに思う本音に、心が喜んでいる。
途惑うような掌が肌ふれて、拙くて優しい唇と舌が肌をなぞっていく、その全てが嬉しい。
初々しい純潔が自分を求めて、無垢な性愛が懸命に与えようとする快楽に支配されていく。
悦ぶまま見つめる想いの真中で、やわらかい黒髪が腰の下へとふれて鼓動が心を打った。

「…っ、ぁ、」

こぼれた吐息の向こう、体の芯が温もりに呑まれた。
あまい熱が包みこむ、やわらかに舐められていく感覚が背すじを奔らす。
ぎこちない愛撫、けれど甘やかな悦楽こみあげる溜息に英二は微笑んだ。

「…周太、きもちいいよ…きもちよくて変になりそうだ」
「…ん…」

唇ふれさせるまま答えて、あまく絡まる熱が心奪う。
この無垢な恋人が今、自分の体を悦ばせようと唇を動かしてくれる。
ぎこちない唇が愛しくて幸せなまま、ふれる黒髪を長い指に絡めて掻きあげた。

「しゅうた…っ、ぅ…かわいいね、…もっときもちいいこと、してくれる?」
「ん…はい…」

そっと唇離れて、黒目がちの瞳が見つめてくれる。
自分の腰を抱きしめて首傾げさす薄紅の貌、無垢のまま羞んだ眼差しが愛しくて、求めたい。
そして自分も与えてあげたい、その願い微笑んで英二は無垢な恋人を見上げた。

「おいで、」

笑いかけて身を起こし、長い腕伸ばして初々しい体を抱き寄せる。
見上げてくれる唇が濡れて扇情させられる、そのままに唇キス重ねながら、そっと恋人の中心を掌にくるんだ。

「…っ、」

キスのはざま吐息こぼれて、掌のなか震えてしまう。
やさしく握って動かす、その掌に張りが伝わって英二はサイドテーブルから小さなパッケージをとった。
キス離れて、薄いプラスチックを唇くわえて封を切る、またキスに唇かさねながら指に中身とりだした。
それを掌のなかへ纏わせて、ボトルの液体を掌に温めてから丁寧に塗り付けた。

「…っぁ、」

キスの唇から吐息こぼれて、しなやかな肢体が身悶える。
長い睫ふるえ披いて黒目がちの瞳が見つめる、これから何が始まるの?そんな不安の眼差しに微笑みかけた。

「周太、俺のこと気持ちよくしてくれる?」
「…はい、」

素直に頷いてくれる頬は薄紅はなやいで、恥らう瞳は潤んでいる。
初々しい貌に惹かれて「教えたい」想い強くなる、そのままに自分の長い脚を開き、その狭間へと細やかな腰を導いた。
ふれあう互いに恋人の長い睫が伏せられる、その瞳へと英二は綺麗に笑いかけた。

「周太、俺に入って?…俺のこと周太が抱いて、気持よくしてよ?」

言葉に黒目がちの瞳が大きくなって、額まで薄紅昇らせる。
そんなのはずかしい、そう声が聞えそうな含羞の貌は、けれど素直に頷いてくれた。

「…はい……おねがいします」

おねがいします、だなんて可愛い。

いつもは自分が周太の上に乗って体内に導き入れる、でも今回は周太が英二を抱いていく。
もう周太を受入れることは初めてじゃない、けれど身を委ねて「抱かれる」ことは初めて、そして周太も「抱く」ことは初めて。
この「初めて」は自分と周太と両方の初体験、この共にする瞬間への喜びに英二は綺麗に笑いかけた。

「もう準備してあるから、入れてみて?」
「…はい、」

恥ずかしげに頷いて、そっと細い腰を寄せてくれる。
ぎこちない指が奥の窄まりなぞり、微かにふるえる熱が門に当てられる。
ふれる熱の感触に肩で吐息こぼれだす、すこし速い鼓動が心叩いて、英二は唾を飲んだ。

―抱かれるの、こんなに緊張するんだ…

初めての緊張に、体へ力が入りそう?
けれど稚い恋人のため体を緩めておきたい、その想いに深呼吸ひとつで英二は力を抜いた。
自分の体が脱力に和らいでいく、弛緩した筋肉を感じて英二は無垢な恋人に微笑んだ。

「おいで、周太、」
「はい…、っ、」

素直な頷きと同時に、熱が押し入った。

「…っぁ、」

押し入られる感覚に喉が逸らされ、息吐かれる。
吐息の向こうから遠慮がちに熱は入りこむ、押し開かれる鈍痛が這い上る。
ぎこちない腕に腰を抱きあげられて、ゆっくり細い腰ふれる腿に沿うまま近よせられ、深み挿しこむ。
熱くて、ひどく甘い痛覚のなか見上げる恋人は、眉間に快楽の途惑い香らせて黒目がちの瞳が潤みだす。

「…ぁ…えいじ、…っ、」

求めるような困惑の声に、甘く蕩かされる。
こんな声をされたら狂わされる、そんな想い微笑んで指を伸ばし、細い腰を両掌で抱え込んだ。

「ほら周太…うごかしてみて、ゆっくりひいて、挿して?…っ、ぁ、」

両掌で動かした細い腰に、思わず吐息こぼされる。
ぎこちない動きの腰、けれど初々しい律動に逆に奪われてしまう。
全身の上をなめらかな肌が動く、無垢な少年の不慣れな責めあげに脊髄から快楽が奔りだす。

「…っぁ…、し、ゅうた、きもちいいよ…っ…ぁ、ん…」

零れだす声が、自分の声より甘い。
こんな声を自分が出すなんて?そんな途惑いのなか体内に膨らみを感じだす。
その感覚に両掌の細い腰を、すこし速いトーンに動かさせた。

「…ぁ、っえいじ、」
「きもちいい?周太…ほら、こうして速くすると…ね…きもちよくなれる…、っ」

恋人の体が自分のなかで動いていく。
脹らんだ熱が深奥を擦りあげ、感覚が内から意識を犯させ浸しだす。
すこしずつ自主的に動き出す細い腰に身を委ね、そっと英二は体に力を入れた。

「…ぅぁ…っ、」

自分で入れた力に感覚が鋭くなって、吐息こぼれだす。
吐く息が深くなる、体の中から突き上げられて快楽に呼吸が乱れていく。
体内の熱に翻弄されだす、責められる淫靡のまま唇からは、あまやかな声が零れだした。

「ぁ…っぅ…しゅ、うた…っぁ、ぁ…っ、ん…」

こんな声が自分の唇から零れる?
こんな感覚が自分の体を支配する?それが信じられない。
そして身を持って思い知らされる、同じに受容れる事も「抱く」と「抱かれる」の差は大きい。
こんなこと自分が赦すだなんて考えたことがなかった、誰かに自分の体を任せるなど嫌忌だった。
それなのに今、稚い少年のような体に全てゆるして、させるがまま感覚に恋を見つめて吐息こぼれだす。

「…え、いじ…きもちい、い?」

聴いてくれる声が煩悶に愛おしい。
可愛くて愛しくて、やわらかな黒髪を見上げて華奢な肩に腕をまわした。

「…っ、きもちいいよ、しゅうた…っ、ぁ、」
「ほんとにきもちいい?…ちゃん、と…できてる?」

見つめて訊いてくれる貌が一生懸命で、無垢のまま艶めかしくて、愛しくなる。
こんな純粋なセックスが自分に施されていく、その現実が体の芯を貫いて溺れだす。

「できてるよ?…っぅ…おいで周太、おれを、だきしめて…」

しがみつくよう少年の肩を惹きこんで、腰から腹に素肌ふれあい温もり交わされる。
ふたつの体温のはざま中心がくるまれ、なめらかな肌に揺らされるまま雫こぼれる自覚が襲う。
ぎこちない腕が肩を腰を抱いてくれる、体の芯が熱く甘く蕩かされて、深く快楽が滲みだす。
少年の吐息と微熱に揺らがされる視界、頬ふれる黒髪ゆらめく彼方に薄闇の天井が映りこむ。

―こんな景色をいつも、周太は見ている…

今、この瞬間を抱かれて見上げる天井、すこしずつ強くなる抱擁の腕、艶めいていく吐息の聲。
ゆらぐ熱に犯され溺れていく体と心、今、初めての感情に染めあげられ血潮の熱がめぐりだす。
こんな景色をいつも見て、こんな感覚を奔らせて、いつも恋人は自分に抱かれてくれていた?
そんな思考にまたひとつ理解と想いが生まれだす、身を委ねる意味と祈りと感情が解かりだす。
こんな想いを自分は知らなかった。愛しさに狂わされそうな想いごと、英二は自分を抱く愛しい体を抱きしめた。

「っぁ…しゅうた、おれをだいてるよ?…おれをあじわって、かんじて?…っ、」

感じてほしい、自分のこと。
そして抱くことを感じてほしい、大人の男としての体験を与えたい。
本当なら女性で経験することだろう、けれど周太は英二としか体交わさない。
それが嬉しくて、だから敢えて女性の代わりに抱かれることすら歓びになってしまう。

「えいじ……ぁ、」

呼んでくれる名前、オレンジの吐息が熱い。
見おろしてくれる悩乱の貌に恥らい揺れて、その瞳の熱に貫かれる。
うかされる熱愛しいまま唇ふれて、求めてくれる眼差しに微笑んだ。

「かわいい、しゅうた…ぁ…だくの、も…きもちいい、だろ…?」
「ん…っ、きもちい……」

素直に応えてくれる声、微熱に艶めく。
見つめてくれる瞳の深みから、大人びた熱情が愛でるよう自分を映す。
こんな瞳は初めて見る、少年の羽化するような眼差しに熔かされていく、意識ほどかれ熱くなる。
こんなふうに抱かれて無垢から愛される、その酷く甘すぎる幸福に微笑んだ向こう、微熱の声が問いかけた。

「えいじ…これでだいじょ、ぶ?」

心配そうな質問に、瞳の幼さが映される。
やっぱりまだ少年、同じ齢でも心は稚い恋人が切なくて、愛しいまま綺麗に笑いかけた。

「っ…だいじょうぶ、しゅうた…じょうずだよ、かんじすぎてへんになりそ……おいで?」

吐息の硲に微笑んで、誘うよう体を濃く添わせて腰をゆらす。
その声に縋るよう愛しい声が、切なげに訴えてくれた。

「えいじ、…っ、ぁ、もう…」

黒目がちの瞳が潤んで見つめてくれる、その貌は羞恥と快楽に薄紅そまる。
この稚い恋人が、この自分の体で「大人の男」がする行為を覚えてくれる。
こんなことまで自分が全て教えてあげられた、その悦びに英二は綺麗に微笑んだ。

「おいで、周太?…ひいて、深く、いれて?…」
「はい…」

素直に頷いて、言われた通りに細い腰は動く。
大きくスライドする熱に責められて吐息こぼれる、犯される感覚が背すじ震わす。
この体の奥深くに愛しい少年を受けとめ、受容れて、ずっと永遠に抱いていたい。
そんな願いのまま委ねる体の上、求めるよう細い腰は動き、しなやかな体が大きく震えた。

「あっ…ぁ、ぁ…っ、」

切ない声あがって、恋人の体は動きを止める。
その腰を深く惹きこんで、英二は体に力を入れた。

「ぁああ…っ、ぁ、え、いじ…」

力尽きるよう少年の体ゆらいで、なめらかな肌から力が抜ける。
しなだれる熱に全身が覆われる、深く入れられた内に熱の鼓動が波打っていく。
肌ふれる熱と内こみあげる熱に、芯から膨れあがる熱が重なる肌のはざま、迸った。

「っ、あぁっ…っ」

声、喉つきあげて脊髄を奔る。
重ねた肌に滴らす熱が、少年と自分に絡まり肌繋ぎあわす。
身の内に納めたままの熱と自分の芯に拍動が熱い、肌から蕩かされ奪われる。

「…ぁ、しゅうた…、っ」

すがるよう抱きしめた背中、あわい雫の気配が温もりに濡らす。
抱きしめてくれる肩は吐息にゆらいで、快楽の名残り波打つまま熱と凭れこむ。
初々しい肩に唇よせてキスの刻印をする、舌ふれる汗の甘さに薄紅の痕を残して、愛しい顔に頬よせた。
まだ溺れたままの快楽に乱される吐息のまま、英二は綺麗に微笑んだ。

「…っは……ぁ…、しゅうた…っ、…きもち、よかったよ…」
「ぁ…ほんとう?」

吐息に訊いてくれる、潤んだ瞳には瑞々しい羽化の自信が明るく羞んでいる。
この自分を抱いて「大人の男」としての体に自信を抱いた、そんな喜びが明るく見つめてくれる。
そんな瞳うれしく見つめて、自分の肌覆う少年の背中を静かに撫でた。

「…ほんとうだよ、…周太に抱かれて、おかしくなりそうだった…こんなこと初めてだよ、周太?」

撫でる背中を滲ます汗を、ランプの光が濡らして淡い。
見つめてくれる瞳は無垢なまま微笑んで、そっと唇を重ねてくれた。
くるんでくれる唇はオレンジ香らせて、ついばむようなキスから熱すべりこみ、恋がふるえた。

―キスが…熱くなってる

あまやかな熱は静かなままに、けれど前より鮮烈な微熱が唇ふさいでくれる。
どこか大人びたような熱に蕩かされる、こんなに自分の体が恋人を大人に近づけた?
そんな想い目映いままキスは離れて、黒目がちの瞳が気恥ずかしげに微笑んだ。

「英二…すごくきれいだった、よ?」

キスの唇が微笑んで、羞みながら自分を見つめてくれる。
無垢な恋慕は変わらない、けれど抱いた相手へ求める微熱の気配に、大人の男は艶まばゆい。
こんな瞳で見つめてくれる、ずっと求めてほしかった願いが充たされた?この喜びに英二は綺麗に微笑んだ。

「周太…犯されるのは俺、これが初めてだよ…?」

この自分が誰かに犯される。
そんなこと誰にも許さなかった、この自分の体に相手を入れるなんて許せない。
それはパートナーの光一にすら拒む、この先、光一を抱くことはあっても抱かれることは無い。
けれど、この少年のまま無垢な恋人には自分を与えたかった、この身で「大人の男」の経験をさせてあげたかった。
その願いを今遂げられた、嬉しくて英二は綺麗に笑いかけた。

「俺のこと抱いたのは、周太が初めてだよ?…これだけは他の誰にもさせない、周太だけだ、」

これは本当だよ?
この身この心を抱かせて犯させるのは唯ひとり、君だけ。
そう見つめた先、潤んだ黒目がちの瞳から涙ひとすじ伝う。
ほら、こういうときなら涙見せてくれるんだ?嬉しくて笑いかけた英二に、愛しい声は微笑んだ。

「ん…ありがとう、英二?」

気恥ずかしげな瞳が見つめて、すこし微笑んでくれる。
やさしい無垢な笑顔うれしくて、抱きしめて英二は綺麗に笑いかけた。

「初めてをあげたよ、周太。だから約束してよ、来年の夏は一緒に北岳に登る約束を、絶対に守ってよ?」

来年の夏、一年後への約束。
この一年後にも幸せな時間を共にする、その約束をどうか結んで?



(to be continued)

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