萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

深夜日記:秋野

2012-10-30 23:28:47 | 雑談
野辺に煌めく



こんばんわ、めっきり冷えこんだ今日の神奈川でした。
秋を飛越して冬?のような白い空、雪の季節が近づきますね。

写真は近場の川にて撮影したものです。
尾花の若い穂に光る午後の陽、まぶしい秋の瞬き。
これから冬になったら、それもまた良い瞬間があるんだろなあと。

今夜UP予定の続きは、ちょっと遅くなりそうです。
ここんとこ調べながら書くことが多くて、進みが遅いですね。
ほんとは話、早く進めたいのになあと思うこのごろです。

取り急ぎ、
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第57話 共鳴act.4―another,side story「陽はまた昇る」

2012-10-30 04:28:05 | 陽はまた昇るanother,side story
夢、森の思索



第57話 共鳴act.4―another,side story「陽はまた昇る」

森は、光に呼吸する。
ブナの梢は木洩陽やさしい、あわい緑ふる静謐が林に充ちる。
やわらかな下草萌える林床を注意しながら歩く、その隣で美代が微笑んだ。

「このブナ林は元気ね?中木と若木がたくさん生えて、みんなきれい。先生の資料にあった通りね、」
「そうだね…堂平は丹沢のブナ林の代表ってあったけど、本当にきれいな純林だね…」

答えながらキャップのつば透かし見上げて、周太は溜息と微笑んだ。
いま仰ぐ視界には、黒と白が彩らす枝から翡翠の葉はあふれ、穏やかな青い光に肌も染める。
こんなふうに豊かな梢を繁らすため、ブナだけが形成する林は地表へ届く陽光が弱くて大きな下草は生えない。
その通りに堂平の純林も短い下草だけが芝生のよう青々と地表をくるんで、美しい林野の光景を広がらす。
まだ若いブナ林の空気は深い静穏にも清々しい、この慕わしい香に微笑んで周太は静かに口を開いた。

「ここ本当に若い林だね?こういうとこ普通は入れないから…今日は連れて来てもらえて、良かったね?」

本来こうした若い林床には生育を害する恐れがあるため入林を避けなくてはいけない。
けれど研究目的なら別になる、今回は青木樹医のフィールドワークだから入林が出来た。
この幸運に美代も先を行く准教授の背中を見ながら、嬉しそうに微笑んだ。

「ね、普通なら若い林床を歩くのは、木の迷惑になっちゃうものね?でも樹医なら別ね、」
「そうだね、樹医になると森を傷付けない方法が解かるようになれるね…素敵だね、」

笑い合いながら足元は気を付けて、また林を見る。
この美しい林を護る手伝いが自分にも出来たら、どんなに嬉しいだろう?
そんな想いに歩いていく森は、瑞々しい樹木の吐息に充ちて大好きな香を想いだす。

…英二の香とにてる、森の匂いは

奥多摩の雲取山下部、美しい林の奥にブナの巨樹がある。
そのブナが護る不思議な空間を英二は大切にして、周太も連れて行ってくれた。
あの巨樹を見上げるとき、今と同じことを感じてしまう。

…英二の香とか、目とか、謎みたいに深くてきれいで…森もそう、

想いながら、そっと呼吸した唇に香は忍びこんで胸に充ちていく。
そんな森の息吹は幽かに甘く深く、謎のように樹木が廻らす普遍のリンクを想わせる。
樹木は腕のよう広げた梢に雨を抱きとめて、葉に受けた水を地下へ眠らせ湧水へと変えていく。
そうして水は生命を潤しながら蒸発して、風に昇り空に還って再び雨降り、樹木に抱かれて大地に眠る。
水の生命を廻らすリンク、その一環を護る樹木という存在は唯ひとりの俤に重なってしまう。

…水にとっての森と、俺にとっての英二は似てるかも、ね…

そっと心つぶやいた想いに首筋が熱くなりだす。
いつもなら真赤になって恥ずかしい、けれど今日はタオルを巻いてキャップも被っている。
これはヤマビル防御のだけれど紅潮を隠すのにもちょうどいい、そんな安心と微笑んだ周太に美代が笑いかけた。

「ね、今、宮田くんのこと考えてた?」
「…え、」

図星を言われて、熱が頬まで昇ってしまう。
タオルで隠れているのに、どうして解かってしまうのだろう?
気恥ずかしくて口籠っていると、ちょうど青木准教授が立ち止った。

「ここで少し、説明をします。足元の実生と根を踏まないよう気を付けて、こちらに来て下さい、」

明朗な声に集まる学生たちと一緒に、周太も美代と歩み寄った。
そこに佇む1本のブナの幹を見上げ、青木准教授は10名ほどの生徒たちに微笑んだ。

「ブナは寒さや雪にも強い落葉広葉樹です、だから豪雪地帯ではブナの純林が形成されやすい。その例が東北の白神山地です。
この丹沢では標高800m以上にブナは生えます、今いる堂平はブナの純林ですが、温暖な丹沢では水楢などとの混林が多いです。
なので、丹沢でブナが純林を形成するのは珍しいのですが、この堂平は成長中のブナが多い活発な状態で、ブナ林本来の姿と言えます、」

話を聴きながら周太は右手の軍手を外し、手帳へのメモを始めた。
いま説明のあった寒気と雪の関係、それから標高と水楢という言葉に奥多摩のブナ林が思い出される。
奥多摩は寒く雪も降り、標高と緯度も丹沢より高い。そして水楢との混林があると後藤からも聴いたことがある。
たしかに英二と歩いたブナ林は他種の広葉樹も多く見た、その記憶と今聴く講義へと思考が動き出す。

…そうすると丹沢の条件と白神山地の条件をミックスした感じかな…だとしたら生育と衰退の条件については…

既知の場所との比較を考えながらも、手は正確な筆記に動いていく。
小さなノートに奔らすペン先の向こう、楽しげな樹医の声は続けられた。

「堂平のブナ林の特徴としては、樹齢50年以下の花を付けない若木や中木で構成され、下草は芝生状に短く青々と豊かであることです。
まず若木や中木が多いのは成長中の生きた状態であること、下草が青々としているのは土壌の保水能力が旺盛である証拠となります。
ブナの個体について特徴的なのは、どの木も途中の枝分かれが無いこと、そして樹皮が全体的に黒っぽい斑模様になっている点ですね?
この枝分かれが無い状態は地形的な影響です、樹皮の状態については気候条件が現われたものとなります。地形と気温がポイントです、」

地形と気温、これは植物の育成条件には重要になる。
それは英二と見つけた山の自然学の本にも書いてあった、あの本には北岳が地質の例として書かれていた。
いつものベンチで6月、ふたり並んで一緒に本を読んだ時間が懐かしい。あのとき結んだ約束を想い周太は微笑んだ。

…英二の北岳に、いつかきっと連れて行ってもらえる、ね?

今年の夏に行こう、そうあのとき約束してくれた。
けれど現実の今夏は異動が決まった、もう連休を取ることは暫く難しいだろう。
それでも「楽しみが延びた」だけ。そんな明るい解釈に決意を見つめながら、周太はペンを止めずに説明を聴いた。

「ブナの樹皮は本来は滑らかな灰白色で、シロブナとも呼ばれます。白神山地は寒冷地なので灰白色の樹肌が見られます。
温暖な地域では地衣類やコケが繁殖し易くなりますね、なので温暖な丹沢のブナはコケ類の繁殖のために黒っぽい斑模様になります。
次に地形ですが、堂平は丹沢山の北東なので、南風や冬の北西風などの強風を受けません。山が屏風になり風の影響を減らすわけです。
そうして幹は曲がらす真直ぐ伸びます。木は太陽を求めて梢を広げますが、真直ぐ並んで成長すると太陽が得られるスペースは狭い。
ようするに太陽光は上からだけしか得られないので、枝分かれせずに真直ぐな幹で育っていくわけです。これは杉の植林地も同じです、」

言われたように堂平のブナは枝分かれが無い。
真直ぐ上へと伸びやかに幹は育ち、ただ天を目指して佇んでいる。
こんな真直ぐな姿もどこか英二と似ていて、奥多摩のブナの俤と白皙の貌が慕わしい。

…もう、なんでもむすびつけちゃってるね?

ほら、今だってそう。
頭脳と手は樹医の説明に動きながら、心は恋愛一色に羞んでいる。
これは「むっつりすけべ」というのだろう、そんな自分が恥ずかしいのに幸せだと想えてしまう。
やっぱりタオルを首に巻いてあって良かった、隠される首筋の紅潮に安心しながら周太はメモを続けた。

「いま見上げると解るようにブナは背が高く、梢が良く繁るために地表に届く陽射しが弱くて、大きな下草が生えることができません。
なので堂平の純林も芝生状に下草が短い。この太陽光が独占できる状況、ブナ林から離れ一本立ちになると大木へと成長しやすい訳です。
そして丹沢は水楢や朴の木などの混林が多いために、ブナは他の木を抑えて樹齢二、三百年の直径1m以上になる大木が多くあります。
他の広葉樹を抑えて太陽光を独占する性質がブナにはある、そんな所からもブナは落葉広葉樹の王様とも言えますが、特筆は保水力です」

保水力、これが水源林としてブナが優秀な特性になる。
きっと今日のフィールドワークは、水源林の研究をしたい美代にも大切な時間だろうな?
そんな想いに隣をすこし見ると、美代も華奢な手にペンを止めることなくメモを取り続けていた。
こんなふうに、同じことを好きで一緒に努力できる友達が自分の隣に居てくれる、この今の瞬間が嬉しい。

…いま、すごく幸せだな

大好きな友達と一緒に大切な夢に努力する、そして時おり大切なひとの俤を想う。
そんな時間に今こうして自分は立っている、その幸せに感謝しながら目を上げた先で、樹医は地面を指さし微笑んだ。

「ブナ林が衰退し太陽光が多くなると、ブナが貯めた腐葉土の養分と豊かな水脈で様々な草木が繁茂されていきます。
まず背高のスズタケ、標高の高い地域では深山熊笹が生えます。それからシロヤシオやミツバツツジ、ヤマボウシ等の低木が増えます。
そして山鳥兜やホソエノアザミなど大きな下草が生えて、森が形成されます。こうした土壌生成の点でもブナは、樹木の王様と言えます」

…樹木の王さま

そっと心つぶやいて、周太は樹医が佇むブナの木を見上げた。
ブナは山の土を豊かにし水を蓄える、その命が尽きた後は遺した土に森を育てていく。
そうしてブナは悠久の時に生命を育んでいく、そんな樹木の姿を見上げた周太に、あわい緑の光が頬ふれていく。

…英二が大切にしてるブナも王さまなんだね

ふっと想うことに納得が心に降りてくる。
あのブナの巨樹が立つ場所は、ぽっかりと広やかな空間を成していた。
短く豊かな下草を青々と絨毯に敷いて、大らかな梢に天を抱いて佇むブナの巨樹。
あの木はまさに森の王、荘厳で優しい懐のふとやかな幹を流れる水音の鼓動が、今も記憶に響く。
そして、その幹に凭れている白皙の貌の、遠く夢みるような切長い目の眼差しが今、この林から慕わしい。

…あのブナの木を、俺が護れるようになりたいな

慕わしい記憶と想いに、そっと願いが夢を示してくれる。
この自分が大切なひとの宝物を護ることが出来たら、そうしたら自信がすこし抱ける?
この夢への想いに今、ペンと手帳を持つ掌に意識が移り、青木樹医に贈られた本の詞書が心へ蘇える。

 ひとりの掌を救ってくれた君へ
 樹木は水を抱きます、その水は多くの生命を生かし心を潤しています。
 そうした樹木の生命を手助けする為に、君が救ったこの掌は使われ生きています。
 この本には樹木と水に廻る生命の連鎖が記されています、この一環を担うため樹医の掌は生きています。
 いまこれを記すこの掌は小さい、けれど君が掌を救った事実には生命の一環を救った真実があります。
 この掌を君が救ってくれた、この事実にこもる真実の姿と想いを伝えたくて、この本を贈ります。
 この掌を信じてくれた君の行いと心に、心から感謝します。どうか君に誇りを持ってください。 

あの詞書を自分は、もう何度、読んだのだろう?
いつも本を開くたび最初に読んで、いつも勇気と励ましを貰ってきた。
この詞書から自分の掌に想ったことを2月、英二のブナへと祈りを籠めてある。
あの大切なブナの木を、この自分の掌で護り生きられるのなら、どんなに誇らしく幸せだろう?
詞書を書いてくれた掌のように、この自分の掌も生命を護る樹医の掌に育てることが出来たなら?

…そうしたら英二のこと幸せに出来るかもしれない、そうしたら想えるかな

自分は英二の隣に相応しい、そう少しは想えるかもしれない。
自分の夢を懸けた仕事を通して、大切なひとを愛する自信を持てることは誇らしい。
そうなったら、この自分が抱え込んでしまうコンプレックスも超えられるかもしれない。
そうしたら、もっと英二を真直ぐに見つめて受けとめて、幸せに出来ると想える。

いつか、父の軌跡を辿り終えたとき。
その瞬間から自分は、英二のために生きようと決めている。
そのとき自分が樹医として生きたなら、英二の大切なブナを護ることが出来るかもしれない。
もし「植物の魔法使い」樹医になれたら、大好きな樹木たちを護りながら大切な笑顔を護る、そんな生き方が自分にも出来る?

…樹医になりたい、

ぽつん、心が本音をつぶやいた。
その聲に導かれるよう、静かな意識の底が動き出す。
なにか解からない、けれど意識のどこかに知っている温もりが目覚めだす。

…なんだろう、懐かしいかんじ…こんな気持ちに前にもなったことある

それが何か、まだ何も解からない。
それでも温もりに微笑んで周太はペンを走らせた。
その頭上へとブナの木洩陽は、密やかに輝きふらせて光の梯子をかける。



15時にチェックインした山荘は、きれいな木造の山小屋だった。
いったん談話スペースで荷物をおろし落ち着く、座って見まわす館内は木目も清潔に温かい。
居心地良さそうな空気を嬉しく思っていると、青木准教授が部屋割りの指示をしてくれた。

「今日は空いているので2人一組の個室を頂けました、研究パートナー同士で1室使って下さい。部屋を確認したら荷物を置いて、
またこのスペースに戻ってください。今日の観察記録について発表して頂きます、そのあと18時の夕食までは自由時間にしましょう、」

自分の先生の言葉に、周太は瞳ひとつ瞬いた。
周太のパートナーは当然のこと美代でいる、そうすると美代と同室になる。

…男と女で同じ部屋って、いいのかな?

疑問に首傾げてしまう、だって修学旅行とかでも男女は別室なのに?
そんな様子の周太に気がついて、准教授はふたりに笑いかけた。

「おふたりは同室だと困りますか?それなら湯原くんが私たちの部屋で3人で遣う、ってことも出来ますけど、」
「いいえ、全然困りません、」

笑って美代が即答して、周太は隣を見た。
すぐ周太に気がついて明るい綺麗な目が笑いかけてくれる、そして美代は明朗に答えた。

「湯原くんと一緒の方が、私の家族が安心するんです。だから同室にして下さい、」
「それなら良かった、この角部屋にお願いしますね、」

安心したよう微笑んで青木准教授は図面を示し、部屋の場所を教えてくれる。
その場所をチェックすると美代は周太の手を取って、いつものよう朗らかに微笑んだ。

「行こ?湯原くん、」
「あ、ん…」

ちょっと驚いたまま手を繋がれて、周太はザックを持った。
そのまま階段の上に引っ張られていく、その背中に大学生たちの声が聞えた。

「やっぱり付きあってるんだ、あのふたり?」
「まだ高校生だよな?でも家族公認って幼馴染カップルかな、いいよなあ、」

羨ましそうな声を背負わされて、気恥ずかしくなってしまう。
もう首筋が熱くなってくる、いまタオルは外してあるから赤いうなじは丸見えだろう。
同行の学生たちに見られたら、からかわれてしまうかもしれない?そう困っているうちに割り当ての部屋に辿り着いた。

「見て、窓から街が見えるね、あれって横浜とかかな?」

嬉しそうなトーンで美代が笑ってくれる。
いつもの笑顔にすぐ嬉しくなって、周太も荷物を置くと大きな窓を見た。
木々の向こうに街が見える、その彼方に自分の家が建つ川崎の街があるだろう。

…英二と光一、今夜はどんなふうに過ごすのだろう、

ふっと心に浮んだ想いに、家の客間と母の想いが改めて心に映りだす。
この1年ほど前に英二は初めて家に来てくれて、初めて周太のベッドで一緒に眠ってくれた。
あのとき周太のベッドに並べて母は客用布団を1組敷いてくれた、けれど結局は遣わなかった。
そして母は今回、光一の為に客間のセッティングを母はしてくれた、その仕上げを周太自身もしてきてある。
そのことに、母にとっての英二という存在が最初の時から他とは違っていると気付かされた。

…お母さん、光一は友達でお客だけれど、英二はもっと近いひとだって考えてたんだ

北岳の帰りに初めて光一が来てくれた時は、周太の部屋で3人一緒に眠った。
けれど周太も母も留守の今夜は、光一を客室に案内して英二には周太の部屋を使わせてくれる。
こんなふうに英二は「家族」として母は認めている、そのことが嬉しくて温かい。

…ごはんとかお風呂とか、英二ちゃんと1人でも出来るかな?でも光一が一緒だから大丈夫かな、

英二が出来る家事のレパートリーは限られている。
それでも周太と一緒にいるようになって、料理もすこしずつ憶えてくれている。
それもあって母は今回、家事が得意な光一に来てもらうことを提案してくれたのだろう。
そんなふうに母は光一のことも信頼している、こうして頼れる相手が母にあることが嬉しい。

…ふたりで楽しいと良いな、今夜…すこし寂しいけど、でもこれで良いんだ

そっと微笑んで周太はザックの前に座ると、筆記用具と今回の資料たちを出した。
その隣に美代も座りこんで一緒に支度する、その手を止めずに可愛い声は楽しげに笑った。

「ね、いつもの逆ね?光ちゃんが湯原くんのお家で宮田くんといて、私と湯原くんが一緒に山に泊まるなんて、ね?」
「あ、そうだね?美代さんも泊まった部屋に光一もだし、逆だね?…なんか楽しいね、」

言われて楽しい気持ちになって、周太は綺麗に笑った。
その笑顔を見つめて美代は、内緒話のよう楽しげに訊いてくれた。

「朝も思ったんだけど湯原くん、また綺麗になったよね?宮田くんと良いことあったのでしょ?」

そのしつもんはいまこたえにくいです。

この「綺麗になった」の原因なんて、自分でよく解かっている。
美代と会った先週の土曜日の後にあったこと、それが原因に決まっているのだから。
その原因は幸せな分だけ恥ずかしい、面映ゆさに額まで熱くなりながら周太は、なんとか答えた。

「ん、あったよ?…でもくわしいはなしはいまはきかないで」
「あ…うん、」

素直に頷いてくれながら、美代も一緒になって頬が赤くなりだした。
どんな理由か美代も見当ついたのかな?それも気恥ずかしくて頬撫でながら、一緒に階下へと降りた。
談話室には4人の大学生がもう席についている、周太たちも並んでノートや資料を広げると美代が提案してくれた。

「ね、フィールドワークのメモ見せっこしない?お互いの補足をしてね、今のうちに観察記録のこと話しあっちゃうの、」
「ん、それいいね…はい、」

いい考えに頷いて周太は手帳を広げて、美代に差し出した。
美代もページを出して渡してくれる、受けとってお互いに読み始めた。

…あ、美代さんも奥多摩との比較を書いてる、

奥多摩育ちの美代らしく相違が目に付いたのだろう。
その鋭く詳細な観点が面白い、感心しながら周太は美代に尋ねた。

「美代さん、このメモ写させてもらって良い?」
「もちろん。ごめんね、私、もう写させてもらってて」

すでにペンを奔らせながら、気恥ずかしげに美代が微笑んだ。
そんな友達の様子に安心して、周太もノートへと記録を写し始めた。






(to be continued)

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