日常、逢瀬の夜を
secret talk10 七夕月act.1―dead of night
ランプの灯が穏やかな洗面室、ブルーの壁紙も温かい。
オレンジ色の明りに首筋が染まりゆく、薄紅が恋人の肌に咲く。
この色彩に今夜ふたり幸福がある、そんな兆しに見つめる黒目がちの瞳が、羞んだ。
「…おふろでせなかながしてほしい?」
風呂で背中、流してほしい?
「あ、」
かすかな感覚に掌で鼻から口許をおさえ、そっと見る。
そこに赤い鮮血が一滴だけ、洗面室のランプに輝いた。
「周太、鼻血でちゃった、」
「え、」
笑って示した掌を、驚いたよう覗きこんでくれる。
黒目がちの瞳ひとつ瞬いて、すぐティシュペーパーで顔と手を拭ってくれた。
「もう血は止まったかな?シャツに染み作らなくて良かった…おふろは後の方がいいかな?」
こんなかいがいしい事されると、余計にときめきます。
こんなの本当に夫婦みたい?
こんなの幸せで嬉しくて、英二は綺麗に笑いかけた。
「このまま風呂、入ってもいい?それで背中を流してくれたら嬉しいな、」
「はい…いいよ?」
気恥ずかしげに微笑んで、後ろに回ってくれる。
何をするのかな?そう思った肩に背伸びして手を掛け、スーツのジャケットを脱がせてくれた。
「あの…腕、抜いて?」
こんなの本当に夫婦だよね?
どうしよう、幸せすぎてまた鼻血噴くかも?
ここで鼻血だしてばかりいたら馬鹿みたい、さすがにそれは困る。
こんな幸せな困惑に笑って英二は、袖から腕を抜いた。
「ありがとう、周太、」
「スーツ、部屋に掛けておくね?…それで着替え持ってくるから、先に入ってて?」
こんな会話、幸せで嬉しい。
こんな会話はごく普通の当たり前の日常、そう誰もが言うのだろう。
けれど、こんな「日常」が、自分にとっては何より温かくて、幸せで愛おしい。
―こういう時を毎日したいな、
こんな「普通」の時が、自分たちには難しい。
男同士だということだけでも、今の日本では普通と言えない。
お互いに警察官なことだけでも危険が多い、そのなかでも「死線」と言われる部署に周太は行ってしまう。
その死線の束縛が終わっても、自分が山岳レスキューに立ち続けることは変わらない。
いま周太を縛る「50年の束縛」畸形化した連鎖が終わっても「2人の普通」は難しい。
それでも、周太は「英二の妻」であること以外は普通になれる。
けれど自分は世間一般の「普通」とは、より遠い世界に向かって生きていく。
―そのときは周太にばかり、不安な思いさせるんだな
いつか、普通の日常が周太の生活になったとき。
そのときは英二の山岳レスキューとクライマーとして立つ危険が、より生活のウェイトを占めていく。
そうしたら自分は周太に一方的な心配を懸けてしまう、そして、その心配は終わり尽きることは無い。
そう思ったときに気付かされる、結局は自分の方が周太に掛ける負担は大きくなっていく。
―だったら今、俺がいっぱい心配するのも公平かな?
そんな自覚と開き直りに笑いながら靴下を脱ぎ、それから脱いだスラックスを周太に渡した。
長い指でワイシャツのボタンを外し始める、その隣から周太がそっと扉へと踵を返した。
いま恥ずかしいから早く出よう、そんな淑やかな背中へと英二は笑いかけた。
「周太、このワイシャツも一緒に持って行ってくれる?ちょっとしか着ていないからさ、このまま明日も着るから」
「あ…はい、」
恥ずかしげに俯いて、スーツ抱え込んで待っていてくれる。
カットソーの首筋は薄紅に羞んでしまう、そんな初々しい様子に困らされそう?
このまま風呂に連れ込んだらスーツが濡れて困る、そう思って自分を押えながらワイシャツから腕を抜くと手渡した。
「はい、周太。よろしくな、」
「ん、」
赤い貌のまま頷いて受けとると、スーツ一式を抱えて廊下に出て行った。
その後ろ姿がなんだか従容と可愛くて、本当は引留めたかったけれど今は我慢する。
だってこの後に「背中流してくれる」って約束をくれた、だから「この後」の為にも今は引き下がるほうがいい。
いま我慢した分だけ早く戻ってほしいな?そんな希望と浴室に入ると体を流してから湯舟に浸かった。
「…は、」
湯にほぐれて溜息こぼれる、ちょうど良い湯加減が心地良い。
帰ってくる時間に合わせて湯を沸かしてくれた、そんな配慮に嬉しくなる。
こんな事からも、自分を待っていてくれたと解かるのが幸せになってしまう。
「こういうの良いな…」
ふっとこぼれた本音に微笑んで、両手で髪をかきあげる。
温かな湯に疲れがほどけて、今日の緊張感への考え廻らせていく。
―周太、昨夜のこと訊いてくるかな…
今のところは何も訊いて来ない、気配も見せてはいない。
それとも、昨夜の事件を周太はまだ知らない可能性も高いだろう。
所轄の署長が倒れた、そんな機密を一署員にまで知らせることは無いだろうから。
―このまま何も知らないでいてほしい、今夜はただ幸せに過ごしてほしいな
ぼんやり見上げる天井の、青い模様のタイルに願ってしまう。
ふたり過ごす夜を見つめて、明日に行く大学の実地研究に心向けていてほしい。
そういう普通の日常に今夜を過ごしたい、そう考え廻らす向こうで扉開く音がした。
かたん、
廊下の扉が閉じて、衣擦れの音かすかに聞こえる。
いま来てくれた、その気配に縁のタイル張りで頬杖ついて扉を見る。
どんな顔して入ってきてくれるかな?楽しみで見つめた向こう、扉が開いた。
「英二、」
名前を呼んで微笑んでくれる、恥ずかしげな笑顔が可愛くて嬉しい。
でも、嬉しさが予想の半分になるのは、ちょっと許してほしいと思う。
―なんで周太、服着てるんだ?
腕の素肌はランプに艶めいて、素足も伸びやかに可愛い。
けれどカットソーは着たまま、コットンパンツも履いたままでいる。
きちんと袖を捲り裾も折り上げてある、でも服を着ている事は変わらない。
―背中を流してくれるって、一緒に風呂に入るって意味じゃないんだ?
ほんとに背中を流すだけなんですね?
ほんとに一緒には入ってくれないの?
そんなこと考えながらシャワーの前、風呂椅子に座る。
その背後に小柄な恋人はしゃがみこんで、タオルに丁寧な泡を立ててくれた。
「あの、洗うね?…痛いとかあったら言ってね?」
「うん、ありがとう周太、」
鏡越しに笑いかけると、羞んだ笑顔が応えてくれる。
背中ふれる泡とタオルの感触が心地良い、力加減もちょうどよく擦っていく。
周太は家事全般が上手だけれど、こういうことも巧いんだ?
そんな感心に英二は微笑んだ。
「初めて洗ってもらうけど、巧いな、周太。気持いいよ、」
「ほんと?…よかった、」
嬉しそうに目を上げて、鏡越しに視線が合さる。
その眼差しまた羞んで背中へと視線を落とす、そうして磨き上げるとシャワーで流してくれた。
この時間をもう少し続けたくて、肩越し振向くと英二は綺麗に笑いかけた。
「周太、髪も洗ってくれる?」
「あ…ん、いいよ?」
優しい笑顔で頷いてくれる、その頬が紅潮に赤い。
湯気にあたり火照り始めた、そんな肌の艶に惹きこまれそう。
でも今そんなことしたら逃げられてしまうな?そう考えているうち髪は濡らされていく。
「目、つむっていてね、」
「うん、」
言われた通り素直に目を閉じて委ねる。
シャワーの湯音が頭から頬伝い、髪に泡が絡まりだす。
優しい指が洗ってくれる、そんな感覚に心が微笑む、こういうの良いなと素直に想う。
―俺も洗ってあげたいな?
というよりも、洗わせて頂きたい。
もう何度か英二が周太を洗ったことはある。
髪からつま先まで英二が洗い上げてベッドに連れて行く、そんな夜は嬉しい。
いつも「おふろはけっこんしてからです」と逃げてしまうことも多くて、それでも時折は言うことを聴いてくれる。
だから今夜も一緒に入ってくれる、そう期待していたのに?
―やっぱり一緒に入って「あれ」したかったな?
つい本音が残念がってしまう、本当はしたいことがあるから。
どうしたら実現できるかな?なんとか今もしたいんだけど出来ないかな?
そう考え廻らす頭上、シャワーの音が止んで穏やかな声が訊いてくれた。
「はい、おしまい…洗い足りないとかある?」
ある、君を洗い足りません。
「周太、」
笑いかけて振り向きざま抱きしめる、その腕にカットソーが濡れる。
そのまま抱え上げて浴槽に脚をおろすと、湯の中に英二は腰を下した。
「え…」
黒目がちの瞳が、湯と英二の腕のなか1つ瞬いた。
青と白の美しいタイル張りの浴槽、その中でカットソーとコットンパンツの体は湯に浸される。
しっとり濡れたカットソーに肌が透ける、それが逆に艶っぽくて惹かれてしまう。
「きれいだ、周太。水も滴る美少年だな、」
思ったままを言って、キスをする。
ふれた唇に湯が瑞々しくて、なんだか幸せで嬉しい。
嬉しくて黒目がちの瞳を覗きこむ、その瞳が困ったよう見つめて拗ねた。
「ばかっ、えいじのばかばかなにしてるのっ」
あ、やっぱり怒っちゃうんだ?
でも怒った顔も可愛くて見つめてしまう。
こんな貌も好き、そう笑いかける英二に婚約者は叱りだした。
「だ、だめでしょっふくきたままはいっちゃ!ふくいたんじゃうでしょばかっ、」
「大丈夫だよ、周太?そのカットソーもパンツも綿だから湯で洗えるよ、」
それくらい考えてやったのにな?
そう笑いかけたけれど、困り顔で拗ねたまま婚約者は叱ってくれた。
「でもだめっえいじのばか、おゆだってよごれちゃうでしょばかばかっ、」
「周太だったら平気だよ?周太は全部綺麗だから、」
「なにいってるのばかっ、そういうもんだいじゃないでしょ?」
「そういう問題だろ?周太の汗だって何だって、俺は全部舐めてるし、」
「…っ、ばかっ!えいじのばかばかなんでそんなこというのっ、へんたいちかんっ」
叱りながら浴槽から出ようとする、その肢体に濡れた服は絡みつく。
からんだ布に透ける紅潮の肌が、あわいオレンジの光に映えて艶めかしい。
湯気に濡れた髪も艶やかで、濡れた衿元しなやかな首筋に薄紅のぼらす。
こんな姿を見たら逃がせなくて、英二は後ろから抱きしめた。
「周太、言うこと聴いて?」
笑いかけ唇重ねて、湯の中でコットンパンツのボタンを外す。
抱き寄せキスのままウェストを下し、伸びやかな素肌を晒していく。
濡れた服を浴槽の縁へ置きカットソーも脱がせて、小柄な裸身を抱きしめた。
「周太、一緒に風呂入ろ?」
笑いかけた腕のなか、困ったよう見上げてくれる。
その頬から額も紅潮そまらせ、けれど唇は拗ねた口調でそっぽを向いた。
「もうはいっちゃってるでしょばか…」
ツンデレの「ツン」ですか、女王さま?
ツンデレ可愛い、こういう貌も大好き。
このあとは甘えてくれるかな?幸せな予想と英二は笑いかけた。
「周太、こんどは俺が周太を洗ってあげるね?」
どうか素直に頷いて?
これをしたいって思っていたんだから。
こんなこと普通のいわゆる「いちゃつく」ってやつだ?
こんなの馬鹿みたいかもしれない?だけど、そういうの全部を君とやってみたい。
ごく普通の日常的な幸福を、君と一緒に確かめながらいつか、自分たちの幸せに毎日を過ごせるように。
(to be continued)
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secret talk10 七夕月act.1―dead of night
ランプの灯が穏やかな洗面室、ブルーの壁紙も温かい。
オレンジ色の明りに首筋が染まりゆく、薄紅が恋人の肌に咲く。
この色彩に今夜ふたり幸福がある、そんな兆しに見つめる黒目がちの瞳が、羞んだ。
「…おふろでせなかながしてほしい?」
風呂で背中、流してほしい?
「あ、」
かすかな感覚に掌で鼻から口許をおさえ、そっと見る。
そこに赤い鮮血が一滴だけ、洗面室のランプに輝いた。
「周太、鼻血でちゃった、」
「え、」
笑って示した掌を、驚いたよう覗きこんでくれる。
黒目がちの瞳ひとつ瞬いて、すぐティシュペーパーで顔と手を拭ってくれた。
「もう血は止まったかな?シャツに染み作らなくて良かった…おふろは後の方がいいかな?」
こんなかいがいしい事されると、余計にときめきます。
こんなの本当に夫婦みたい?
こんなの幸せで嬉しくて、英二は綺麗に笑いかけた。
「このまま風呂、入ってもいい?それで背中を流してくれたら嬉しいな、」
「はい…いいよ?」
気恥ずかしげに微笑んで、後ろに回ってくれる。
何をするのかな?そう思った肩に背伸びして手を掛け、スーツのジャケットを脱がせてくれた。
「あの…腕、抜いて?」
こんなの本当に夫婦だよね?
どうしよう、幸せすぎてまた鼻血噴くかも?
ここで鼻血だしてばかりいたら馬鹿みたい、さすがにそれは困る。
こんな幸せな困惑に笑って英二は、袖から腕を抜いた。
「ありがとう、周太、」
「スーツ、部屋に掛けておくね?…それで着替え持ってくるから、先に入ってて?」
こんな会話、幸せで嬉しい。
こんな会話はごく普通の当たり前の日常、そう誰もが言うのだろう。
けれど、こんな「日常」が、自分にとっては何より温かくて、幸せで愛おしい。
―こういう時を毎日したいな、
こんな「普通」の時が、自分たちには難しい。
男同士だということだけでも、今の日本では普通と言えない。
お互いに警察官なことだけでも危険が多い、そのなかでも「死線」と言われる部署に周太は行ってしまう。
その死線の束縛が終わっても、自分が山岳レスキューに立ち続けることは変わらない。
いま周太を縛る「50年の束縛」畸形化した連鎖が終わっても「2人の普通」は難しい。
それでも、周太は「英二の妻」であること以外は普通になれる。
けれど自分は世間一般の「普通」とは、より遠い世界に向かって生きていく。
―そのときは周太にばかり、不安な思いさせるんだな
いつか、普通の日常が周太の生活になったとき。
そのときは英二の山岳レスキューとクライマーとして立つ危険が、より生活のウェイトを占めていく。
そうしたら自分は周太に一方的な心配を懸けてしまう、そして、その心配は終わり尽きることは無い。
そう思ったときに気付かされる、結局は自分の方が周太に掛ける負担は大きくなっていく。
―だったら今、俺がいっぱい心配するのも公平かな?
そんな自覚と開き直りに笑いながら靴下を脱ぎ、それから脱いだスラックスを周太に渡した。
長い指でワイシャツのボタンを外し始める、その隣から周太がそっと扉へと踵を返した。
いま恥ずかしいから早く出よう、そんな淑やかな背中へと英二は笑いかけた。
「周太、このワイシャツも一緒に持って行ってくれる?ちょっとしか着ていないからさ、このまま明日も着るから」
「あ…はい、」
恥ずかしげに俯いて、スーツ抱え込んで待っていてくれる。
カットソーの首筋は薄紅に羞んでしまう、そんな初々しい様子に困らされそう?
このまま風呂に連れ込んだらスーツが濡れて困る、そう思って自分を押えながらワイシャツから腕を抜くと手渡した。
「はい、周太。よろしくな、」
「ん、」
赤い貌のまま頷いて受けとると、スーツ一式を抱えて廊下に出て行った。
その後ろ姿がなんだか従容と可愛くて、本当は引留めたかったけれど今は我慢する。
だってこの後に「背中流してくれる」って約束をくれた、だから「この後」の為にも今は引き下がるほうがいい。
いま我慢した分だけ早く戻ってほしいな?そんな希望と浴室に入ると体を流してから湯舟に浸かった。
「…は、」
湯にほぐれて溜息こぼれる、ちょうど良い湯加減が心地良い。
帰ってくる時間に合わせて湯を沸かしてくれた、そんな配慮に嬉しくなる。
こんな事からも、自分を待っていてくれたと解かるのが幸せになってしまう。
「こういうの良いな…」
ふっとこぼれた本音に微笑んで、両手で髪をかきあげる。
温かな湯に疲れがほどけて、今日の緊張感への考え廻らせていく。
―周太、昨夜のこと訊いてくるかな…
今のところは何も訊いて来ない、気配も見せてはいない。
それとも、昨夜の事件を周太はまだ知らない可能性も高いだろう。
所轄の署長が倒れた、そんな機密を一署員にまで知らせることは無いだろうから。
―このまま何も知らないでいてほしい、今夜はただ幸せに過ごしてほしいな
ぼんやり見上げる天井の、青い模様のタイルに願ってしまう。
ふたり過ごす夜を見つめて、明日に行く大学の実地研究に心向けていてほしい。
そういう普通の日常に今夜を過ごしたい、そう考え廻らす向こうで扉開く音がした。
かたん、
廊下の扉が閉じて、衣擦れの音かすかに聞こえる。
いま来てくれた、その気配に縁のタイル張りで頬杖ついて扉を見る。
どんな顔して入ってきてくれるかな?楽しみで見つめた向こう、扉が開いた。
「英二、」
名前を呼んで微笑んでくれる、恥ずかしげな笑顔が可愛くて嬉しい。
でも、嬉しさが予想の半分になるのは、ちょっと許してほしいと思う。
―なんで周太、服着てるんだ?
腕の素肌はランプに艶めいて、素足も伸びやかに可愛い。
けれどカットソーは着たまま、コットンパンツも履いたままでいる。
きちんと袖を捲り裾も折り上げてある、でも服を着ている事は変わらない。
―背中を流してくれるって、一緒に風呂に入るって意味じゃないんだ?
ほんとに背中を流すだけなんですね?
ほんとに一緒には入ってくれないの?
そんなこと考えながらシャワーの前、風呂椅子に座る。
その背後に小柄な恋人はしゃがみこんで、タオルに丁寧な泡を立ててくれた。
「あの、洗うね?…痛いとかあったら言ってね?」
「うん、ありがとう周太、」
鏡越しに笑いかけると、羞んだ笑顔が応えてくれる。
背中ふれる泡とタオルの感触が心地良い、力加減もちょうどよく擦っていく。
周太は家事全般が上手だけれど、こういうことも巧いんだ?
そんな感心に英二は微笑んだ。
「初めて洗ってもらうけど、巧いな、周太。気持いいよ、」
「ほんと?…よかった、」
嬉しそうに目を上げて、鏡越しに視線が合さる。
その眼差しまた羞んで背中へと視線を落とす、そうして磨き上げるとシャワーで流してくれた。
この時間をもう少し続けたくて、肩越し振向くと英二は綺麗に笑いかけた。
「周太、髪も洗ってくれる?」
「あ…ん、いいよ?」
優しい笑顔で頷いてくれる、その頬が紅潮に赤い。
湯気にあたり火照り始めた、そんな肌の艶に惹きこまれそう。
でも今そんなことしたら逃げられてしまうな?そう考えているうち髪は濡らされていく。
「目、つむっていてね、」
「うん、」
言われた通り素直に目を閉じて委ねる。
シャワーの湯音が頭から頬伝い、髪に泡が絡まりだす。
優しい指が洗ってくれる、そんな感覚に心が微笑む、こういうの良いなと素直に想う。
―俺も洗ってあげたいな?
というよりも、洗わせて頂きたい。
もう何度か英二が周太を洗ったことはある。
髪からつま先まで英二が洗い上げてベッドに連れて行く、そんな夜は嬉しい。
いつも「おふろはけっこんしてからです」と逃げてしまうことも多くて、それでも時折は言うことを聴いてくれる。
だから今夜も一緒に入ってくれる、そう期待していたのに?
―やっぱり一緒に入って「あれ」したかったな?
つい本音が残念がってしまう、本当はしたいことがあるから。
どうしたら実現できるかな?なんとか今もしたいんだけど出来ないかな?
そう考え廻らす頭上、シャワーの音が止んで穏やかな声が訊いてくれた。
「はい、おしまい…洗い足りないとかある?」
ある、君を洗い足りません。
「周太、」
笑いかけて振り向きざま抱きしめる、その腕にカットソーが濡れる。
そのまま抱え上げて浴槽に脚をおろすと、湯の中に英二は腰を下した。
「え…」
黒目がちの瞳が、湯と英二の腕のなか1つ瞬いた。
青と白の美しいタイル張りの浴槽、その中でカットソーとコットンパンツの体は湯に浸される。
しっとり濡れたカットソーに肌が透ける、それが逆に艶っぽくて惹かれてしまう。
「きれいだ、周太。水も滴る美少年だな、」
思ったままを言って、キスをする。
ふれた唇に湯が瑞々しくて、なんだか幸せで嬉しい。
嬉しくて黒目がちの瞳を覗きこむ、その瞳が困ったよう見つめて拗ねた。
「ばかっ、えいじのばかばかなにしてるのっ」
あ、やっぱり怒っちゃうんだ?
でも怒った顔も可愛くて見つめてしまう。
こんな貌も好き、そう笑いかける英二に婚約者は叱りだした。
「だ、だめでしょっふくきたままはいっちゃ!ふくいたんじゃうでしょばかっ、」
「大丈夫だよ、周太?そのカットソーもパンツも綿だから湯で洗えるよ、」
それくらい考えてやったのにな?
そう笑いかけたけれど、困り顔で拗ねたまま婚約者は叱ってくれた。
「でもだめっえいじのばか、おゆだってよごれちゃうでしょばかばかっ、」
「周太だったら平気だよ?周太は全部綺麗だから、」
「なにいってるのばかっ、そういうもんだいじゃないでしょ?」
「そういう問題だろ?周太の汗だって何だって、俺は全部舐めてるし、」
「…っ、ばかっ!えいじのばかばかなんでそんなこというのっ、へんたいちかんっ」
叱りながら浴槽から出ようとする、その肢体に濡れた服は絡みつく。
からんだ布に透ける紅潮の肌が、あわいオレンジの光に映えて艶めかしい。
湯気に濡れた髪も艶やかで、濡れた衿元しなやかな首筋に薄紅のぼらす。
こんな姿を見たら逃がせなくて、英二は後ろから抱きしめた。
「周太、言うこと聴いて?」
笑いかけ唇重ねて、湯の中でコットンパンツのボタンを外す。
抱き寄せキスのままウェストを下し、伸びやかな素肌を晒していく。
濡れた服を浴槽の縁へ置きカットソーも脱がせて、小柄な裸身を抱きしめた。
「周太、一緒に風呂入ろ?」
笑いかけた腕のなか、困ったよう見上げてくれる。
その頬から額も紅潮そまらせ、けれど唇は拗ねた口調でそっぽを向いた。
「もうはいっちゃってるでしょばか…」
ツンデレの「ツン」ですか、女王さま?
ツンデレ可愛い、こういう貌も大好き。
このあとは甘えてくれるかな?幸せな予想と英二は笑いかけた。
「周太、こんどは俺が周太を洗ってあげるね?」
どうか素直に頷いて?
これをしたいって思っていたんだから。
こんなこと普通のいわゆる「いちゃつく」ってやつだ?
こんなの馬鹿みたいかもしれない?だけど、そういうの全部を君とやってみたい。
ごく普通の日常的な幸福を、君と一緒に確かめながらいつか、自分たちの幸せに毎日を過ごせるように。
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