萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

第57話 鳴動act.2―side story「陽はまた昇る」

2012-10-12 22:07:18 | 陽はまた昇るside story
分岐、その霹靂の予告



第57話 鳴動act.2―side story「陽はまた昇る」

空が青い、そして緑陰は闇のよう深い。

緑濃い道を踏み、急斜な石段を下っていく。その足元は予想通り滑りやすい。
夜来の雨が昼近い今も残っている、けれど一般ハイカーが下山する頃には乾くだろう。
そんな予想を片隅に187段を下りきると、杉木立から青く木洩陽が降りそそいだ。

「閑かだな、」

ふっと独りごと微笑んで、黒い森をいつものピッチで歩いていく。
深い木下闇が織りなす道に梢の光が明滅する、その光が頬ふれて夏の熱に撫でる。
もう夏、そんな実感が光線の温度に輝度に知らされて、今日これから見つめる「結論」に想い馳せてしまう。
思惑の通りになる、その可能性は五分五分だろう。

―これは本当に「賭け」だ、

そう自覚するほど、自分でも酷い我儘を言っていると解かっている。
これは「賭け」だから誰も怨めない、そう心に言い聞かせながら歩く道は車道に変わり、昭和橋を渡る。
いま渡っていく下に多摩川は碧くきらめく、その水面に恋しい記憶が映りこんだ。

―…この水が、新宿にも来るんだな……約束する、だからもうひとりにしないで…英二

錦秋11月、この先の日原川を見つめて周太は微笑んだ。
美しい碧の流れに黒目がちの瞳は笑って、英二のいる奥多摩と周太のいる新宿を水の流れに結んで見つめていた。
その流れを上って野陣尾根を辿り、ブナの下で名前を呼んで、雲取山荘の夜にずっと一緒もいる約束をしてくれた。
あの約束を果たす、そのための「結論」が今この後すぐに告げられる。

―2ヶ月が布石のチャンスだ

ひとつ呼吸する、その肩に胸に登山ザックのベルトがふれる。
こうして山を辿る道が自由への鍵を掴ませる、そう信じて今日まで努力してきた。
山ヤの警察官である夢も誇りも全て、周太の解放に繋げてみせる。この全てを懸けて今から「結論」を受けとめたら良い。

「よし、」

ちいさな呟きに微笑んで登山グローブを外し、英二は橋を渡りきった。
すぐそこに馴染みのミニパトカーと奥多摩交番が青空の下に見える、もう光一は先に来ている。
後は自分が行けば扉は開く。そんな想いに登山靴の跫を聴き、キャップを脱ぎながら英二は交番の入口を潜った。

「失礼します、」
「巡回おつかれさん、待ってたよ。俺の愛しのパートナー、」

からりテノールが笑って、制服姿の長身が抱きついてきた。
いつも通りのスキンシップに笑ってしまう、こういう懐っこさが光一は憎めない。
この明るさに緊張をほぐされるまま、英二は無二のアンザイレンパートナーに笑いかけた。

「お待たせ、国村。でも時間通りだろ?」
「そりゃキッカリだよね、ほら、副隊長はもう奥で待ってるよ?行こう、宮田、」

笑って英二の腕を掴むと、光一は奥へと引っ張りこんだ。
そのまま畠中と木下に挨拶しながら部屋を横切り、奥の部屋へと入った。

「おう、おつかれさま。忙しいところ来てもらって、すまんなあ、」

深い眼差しが大らかに笑って迎えてくれる。
いつもながらの気さくで明るい上司に、英二は室内敬礼をした。

「いいえ、こちらこそ我儘を申し訳ありません、」
「そうだなあ、我儘だな?あの宮田がって蒔田も驚いてたよ、でも納得もしてたがね、」

困ったようでも可笑しそうに笑って、湯呑を勧めてくれる。
ありがたく受け取ると掌に冷たい、口をつけ呷った喉に冷たく麦茶が奔りおりた。
夏の初めらしい陽気を歩いた身に染み透る、その快さに英二は微笑んだ。

「旨いです、ごちそうさまでした、」
「だろう?今日は暑くなってきたからなあ、」

笑って湯呑にまた注いでくれる、その笑顔に微かな緊張を英二は見てとった。
全ての思惑通りにはいかない、そんな予告を見つめる隣で光一も湯呑を呷り、席に座ると飄々と笑った。

「さ、喉も潤ったし宮田も座ってよね。後藤副隊長、お願いします、」

明朗なテノールに、ふっと気楽な空気が生まれて後藤が破顔した。
いつもの大らかで明るい笑い声をあげて、後藤も資料を前に座ってくれた。

「ははっ、国村にかかると人事も気楽になるなあ?宮田、座ってくれ、」
「はい、」

穏やかに笑いかけザックを下すと、パートナーの隣に英二も座った。
これから告げられる「結論」への予想と緊張が肚に座りこむ、その前で深い目は穏やかに凪いでいる。
温かな眼差しに二人の部下を見つめて、後藤副隊長は口を開いてくれた。

「結論から言うよ、おまえたち2人とも七機の山岳レンジャーに異動だ。ただし異動の時期が1ヶ月違う、引継ぎがあるからな、」

思惑の1/3が叶えられた、けれど「時期」が重要になる。
穏やかな微笑のまま呼吸ひとつ吐いて待つ、その向かいから分岐が告げられた。

「国村は8月一日異動、9月1日付で第二小隊長に就任だ、1ヶ月間で引継いでもらうよ。宮田は9月一日異動、第二小隊所属だ」

1ヶ月、自分は出遅れる?

今告げられた内示に、心が停止する。
この1ヶ月間のロスは運命を、どっちの方向に惹きこむのだろう?

8月一日付、周太は第七機動隊銃器対策レンジャーに異動する、そのとき自分も同時に配属されたかった。
それなのに1ヶ月遅くなる、そして2ヶ月間のチャンスは半分に減らされてしまう。
有利の確率が50%に減少する?その可能性に口が開かれた。

「8月一日に二人同時の異動が難しいことは解かります、同じ駐在所の所属ですから。でも、俺の方が1ヶ月遅れる理由は何ですか?」

なぜ、自分が先に異動できない?
この疑問と反発に見つめた先、上司は真向から向き合い答えてくれた。

「うむ、引継ぎとな、おまえさん達を育てるためだよ、」

穏やかな声が答えて、深い眼差しが英二の目を真直ぐ見つめてくれる。
その眼差しにすら自分の目は反発を含んでしまう、だって自分こそが8月一日を希望したのに?
こんな反発は組織に所属するなら愚かだ、そう解っていても今は隠せない、それでも穏かなままに後藤は教えてくれた。

「今回の異動は国村と宮田、おまえさん達から志願があったことだ。でも手の内を明かせば、国村の異動は前から話が有ったんだよ、」

カードを開いて見せるよう、後藤は組んだ掌をこちらに開いた。
そして部下二人を前にして、経緯と意図に口を開いた。

「国村は高卒任官で6年目になる、御岳駐在で丸5年だ。そろそろ七機で一度、他の山域での経験も積ませようって話していたんだよ。
それに国村は警部補だ、本来なら駐在所長か小隊長に就く階級だよ。確かに国村は24歳で若い、だがキャリアの奴らも23、4で警部補だ。
国村も23で警部補になった、高卒でノンキャリアでも実力の特進で追いついたよ。このまま国村にはキャリアと対等な実績と立場を積ませたい。
そういう理由で小隊長就任が決まったんだよ。でも機動隊初でいきなりはキツいからな、そのための猶予1ヶ月で国村が8月一日異動なんだ」

山ヤの警察官の権利と自由を守り、山岳救助と山ヤの世界を育成すること。
それが後藤の信念であり警視庁山岳会を発足せた理念と理由、それを守る後継者として後藤は光一を任官させた。
その為にもキャリアを凌ぐ発言権を光一に育てたい、それは山ヤかつ警察官としての両面で実績を備える必要がある。

―だから副隊長の言うことは正しい、

心つぶやく言葉は、否めない。
この後藤の意志と夢は英二にとっても叶えたい、それを否定は出来ない。
思い通りには行かない、それでも納得を自身に言い聞かせる前で後藤は言葉を続けた。

「正直、24歳で小隊長は簡単じゃない。国村より年齢が上で、大卒で、マル機が長いヤツも多い。面従腹背、そんな奴もいるだろうよ。
だから宮田を同時に異動させることは、俺も蒔田も賛成なんだ。国村の人材育成の力は、宮田を見れば誰にでも納得しやすいからな。
それに宮田が同じ隊にいれば、隊員の国村に対する評価を好意的に仕向けるだろう?そういうの宮田は巧いからな、期待してるんだ」

温かな眼差しで微笑んで、後藤は英二の目を見た。
ここから英二自身の話になる、そう目で知らせながら穏やかな声は述べ始めた。

「だが、おまえさん達は同じ御岳駐在の所属だ。しかも夏休みの山シーズンに2人同時に抜けたら、岩崎の負担が大きくなりすぎる。
だから宮田に1ヶ月間で後任者の育成と引継ぎをやってもらう、これは宮田自身の成長と七機に行ってからの基盤を作る事が目的だ、」

言葉を切って後藤は湯呑に手を伸ばした。
ゆっくり啜りこみ机に戻す、ほっと一息ついて副隊長は微笑んだ。

「後任者は七機の山岳レンジャーから来る、高卒任官で宮田の1歳上の巡査部長だ。卒配は八王子署で3年目に七機へ異動した。
山の経験は高校の山岳部からで、高校総体でも上位入賞している。だが、滝沢第三スラブみたいな積雪期の高難度アタックは未踏破だ。
でも5年先輩で階級も1つ上、マル機経験者で、山も警察官の経歴も宮田より長い。きっと、宮田には一番やり難い相手になるだろうよ、」

後藤が言う通り、やり難い相手だ。
そんな納得に微笑んで英二は訊いてみた。

「その方は、俺のことをご存知なんですか?」
「警視庁山岳会で、宮田の事を知らない奴はおらんよ。国村のパートナーに選ばれた男だからなあ、」

可笑しそうに笑って後藤は冷蔵庫から水差しを出してくれる。
それを受けとって英二は3つの湯呑に麦茶を充たし、水差しを冷蔵庫に戻した。
そしてまた席に戻ると、光一が隣から恬淡としたトーンに微笑んだ。

「宮田より山の経験年数はずっと長い、でも積雪期の剱や富士、三スラの実績がある宮田には実力実績で負けている。
山岳レスキューの年数も宮田より長い、だけど宮田は最高の警察医でERの権威な吉村先生から信頼される能力と立場がある。
警察官としても3倍以上年数あって階級も上だけどね、宮田は卒配前の正式任官なんて特例作っちゃう位に、上の覚えがめでたい。
自分のが年数も階級も上なのに宮田が認められて、でも年齢が1ッコしか違わない年下大卒ってさ?齢の近さが余計に嫉妬し易いよね、」

飄々と並べられていく比較に、相手の心理が鮮明になっていく。
言われる自分の現状は今まで必死になってきた努力の結果、それも動機はごく個人的なこと。
それでも相手からしたら英二の動機なんて関係ない、ただ結果と外的要因への感情しか持ち得ないだろう。
そんな考え廻らす英二へと、底抜けに明るい目は楽しげに笑い飛ばした。

「こういう事に向き合うのってね、俺のセカンドになる為には大事な経験なんじゃない?七機に行ったらモットめんどくさいしさ。
今ここで俺たち、お互いに独りで、自分だけで向き合うの大事じゃない?その先なんてさ、キャリアの奴らも相手にしなきゃないだろ?」

確かにその通りだ、ほっと英二は息を吐いた。
この先の自分と光一の進路、警視庁山岳会の意志を考えれば、今この選択は正しい。
けれど自分が考え背負う事はこれだけじゃない、その想いに英二は正直なまま微笑んだ。

「その通りだと俺も思います、だからご配慮に感謝します。でも我儘を言えば、8月の一日に七機に居たいのが本音です、」

こんなことを言うのは、命令への叛意だ。そう解っている。
それでも焦燥感が痛くて口を吐いてしまった、言っても無意味だと知っていても。
こんな発言は軽蔑されても仕方ない、そう微笑んだ英二に後藤副隊長は低めた声で言ってくれた。

「周太くんが8月一日付で七機に異動する、その為なんだろう?おまえさんが異動したいって言いだしたのは、」

言葉に見つめた先、後藤はすこし困ったよう笑ってくれる。
ちらり表と仕切る扉を見、また低めた声のままで話してくれた。

「湯原も初総の1ヶ月後に七機の第1中隊レンジャー、今の銃器対策へ異動してな、その2ヶ月後に警備部に移ったんだ。
その頃に蒔田が山岳レンジャーに異動した。ちょうど入れ替わりのタイミングにはなるが、それでも1ヶ月位は同時に在籍しているんだ。
そのときの湯原に蒔田は違和感を持ったらしい、警察学校の頃と雰囲気が変わってしまったように想ってな、でも何も訊けなかったんだ」

もう30年近く昔の状況を、蒔田は鮮やかに記憶して後藤に話している。
それだけ印象と後悔が蒔田にも強い、そのことが後藤の話に気付かされ、英二自身の想いと重なっていく。
この共感を見つめる向かいから、後藤は低い声で教えてくれた。

「あのときと同じパターンで周太くんも異動になるかもしれない、そう蒔田も考えてな、今回の人事異動はチェックしていたんだ。
それで俺にも内緒で教えてくれたよ。そうやって蒔田なりに周太くんのことを心配している、だから宮田が異動を言いだした時もそうだ、
宮田と国村から同時に異動の志願をされた、そう話した時に蒔田は最初驚いたよ。でもすぐ納得したように頷いて、賛成だと言ったんだ」

深い目が扉を静かに見遣り、逞しい手が書類を捲りだす。
紙の音を立てながら視線は光一と英二に向けて、低めた声で続けてくれた。

「蒔田は俺に周太くんの異動のことを話して、おまえさん達の異動を認めろと言ってきた。ここで3人は同時に在籍するべきだとな。
もう14年前の後悔はしたくない、それは俺も同じ気持ちの筈だ。そのために2人の異動を認めてほしい、そう言われて押し切られたよ。
あいつなりに周太くんと宮田と国村の関係を見ている、そして信じている、それは俺にも解かるから今回の異動も賛成したんだよ、」

今、告げられた「もう14年前の後悔はしたくない」という蒔田の言葉。
この言葉に春4月の終わりに聴いた蒔田の本音が、御岳の河原で見た涙と一緒に蘇える。

―…当時、私は湯原の立場に気付いていました。それを知っていて何も出来なかった、それが悔しいから代わりに言ってやりたい…
  人間の尊厳を認められない警察官が、任務に尊厳を見出せますか?人間の痛みを忘れた警察官に『人間』を護れるのでしょうか?
  そんなこと出来る訳が無い、人間はそんなに強くは無い。だから今、警察官の死亡原因は自殺が大きなウェイトを占めている。
  警察官は任務が大切です、けれど警察官から『人間の尊厳』を消すのなら、警察組織自体が犯罪と不幸の温床になる事の肯定です

警視庁地域部長、蒔田徹警視長。
ノンキャリアとしては最高の地位と階級に昇った男、その本音が自分には解る。
14年前から蒔田が見つめている覚悟は今、自分が抱いている想いとよく似ていて、より男として崇高かもしれない。
そんな蒔田が周太の事情も踏まえた上で、英二と光一の異動についても決定を下してくれた。

―この判断に従ってみよう、

素直に納得が心に落ちて、焦燥感が幾らかは和らげられる。
きっと30年前の1ヶ月は蒔田が同期を援けるチャンスだった、それに気付けなかった蒔田の自責が哀しい。
その自責から蒔田は、英二と光一の異動も認めて働きかけてくれている。このバックアップは恐らく信頼していい。
それでも燻る焦りは消えない、けれど光一がいるから打つ手は幾らでもあるはずだろう。

―それに、きっと蒔田さんにも考えがある、それを聴きたい

この異動について蒔田からも話したいと、たぶん声が掛かるだろう。
そう廻らせていく思考と感謝に微笑んだ英二に、温かな眼差しを向けて後藤は言ってくれた。

「本音を言えば俺はな、次の雪山シーズンまでは2人とも手元に置きたかったんだ。海外の遠征訓練も、ここなら俺の便宜1つだしなあ。
だが七機に異動すれば俺の一存では済まないよ。なにより宮田の経験と実績をここで固めて不動にしてから、七機に出してやりたかった、」

困ったよう深い目が笑って湯呑に口を付けた。
ひとくち冷たい茶を飲みこみ、すこし寂しげな温かな眼差しが微笑んだ。

「宮田、さっき国村が言ってくれた通りだよ、おまえさんへの嫉妬は確かにある。そんな煩わしさも青梅署なら無いよ、でも七機は違う。
ここなら誰もが宮田の努力を知っている、だから誰も嫉妬しないし素直に認めてくれる。だが七機に行けば色んな声も聴くことになるよ。
木下も七機から来た男だが、あいつは岩崎の元部下だろう?それで宮田の事は岩崎によく聴かされていたから、素直に認められるんだ。
まあ一緒に合同訓練をしたことがあるヤツなら、宮田の事も認めやすいとは思うけどな?でもなあ、おまえさんの場合、他にもなあ?」

最後の言葉を言って、深い目が可笑しそうに笑いだした。
急にどうしたのかな?そう見た隣からテノールの声も愉快に笑いだした。

「あー、こいつの場合、ソッチの方が嫉妬原因としてマズイね?とりあえず車は何とか間に合うみたいですけどね、」
「そうかい、そりゃ良かったよ。でも変えようもない方は仕方ないなあ?」

後藤も頷いている様子に、英二は自分の愛車を思った。
あの車は自分が選んだわけではなく、母方の祖父母がスポンサーになって父が仕事関係から選んだ。
あれは二十歳の祝に贈られた車、それが姉と関根にも影響を及ぼしたし、この今も「嫉妬原因」だと言われてしまう。
こんな困った事になるとは二十歳の当時、思いもよらなかった。この現実に英二は苦笑いした。

「あの車は一週間後には四駆と交替します、でも変えようない方って何ですか?」

この直情的で強情な性格のことだろうか?
そう思いながら尋ねた隣から、アンザイレンパートナーの指が英二の頬を小突いた。

「この顔と体だよ?おまえのエロい美貌が嫉妬の、ゲ・ン・イ・ン、」

また「顔と体」なんだ?

ずっと容貌の事は言われてきたから、慣れてはいる。
けれど思ってしまう、そんなに自分の顔や体は良いものなのだろうか?

「そんなに良いもんでもないよ?国村の方がよっぽど美人です、」

率直な答えをパートナーと上司に英二は告げた。
けれど光一は笑って首を傾げ、後藤副隊長にも可笑しそうに笑いだした。

「確かに光一は美人だがな、性格がこんなだろう?ジイさんみたいに達観した顔か、悪戯小僧の貌じゃあなあ?雰囲気が美人じゃないよ。
だけど宮田の場合はな、表情から雰囲気までイケメンって滲み出ているんだよ。おまえさんみたいのが白馬の王子さまだって俺でも思うぞ?」

―雰囲気の差なんだ?

言われて少し驚いてしまう。けれど確かに光一は美貌が目立たない、だから気付いた時は自分も驚いた。
どこか人間離れしたような美形の癖に、性格はエロオヤジで悪戯っ子とアンバランス過ぎるほど人間臭い。
でも、そこが光一の愛嬌で良い所だろう?なんだか楽しくなって笑いながら英二は後藤に尋ねた。

「俺が嫉妬されやすいから副隊長は心配して、異動には時間を置いて下さるつもりだったんですか?」
「うん、それも俺の理由だよ。過保護すぎるって俺も思うがな、」

深い眼差しが温かに笑んで英二を見てくれる。
そして後藤は、照れ臭げに笑って教えてくれた。

「蒔田にも言われたんだよ、俺が宮田を可愛がる気持ちはよく解かる、でも男なら自分で立向って解決しなければ成長も出来ないってな。
だから敢えて今回、宮田を後任者の教育係に決めたんだ。男同士の嫉妬や削り合いも経験させたほうが、良い指導者にもなれるだろう?
七機の第二小隊では光一は小隊長だ、ザイルパートナーの宮田は実質的に補佐の立場になる。その事前訓練を1ヶ月間でしてほしい、」

小隊長の補佐、それを2年目の自分が務める。
これはベテランの隊員からしたら認め難くて当然だろう、その事を後藤と蒔田は配慮してくれた。
この期待と配慮へと自分は応えないといけない、そう納得を言い聞かせていくなか後藤は、今度は光一に笑いかけた。

「これは国村にも言えることだよ。この奥多摩は生まれ育ったホームグラウンドだ、ここでは光一が指導者なのは既存の事実だろう?
でも七機に行けば試されるよ、俺の縁故だと知っているだけに視線も厳しい。そこで宮田のフォローが無くても1ヶ月、周りと協調できるか?」

問いかけに、底抜けに明るい目がすこし笑った。
その微笑へと語り掛けるよう、深い声は率直に言葉を紡いだ。

「光一は最高のクライマーで、最高の山ヤの魂を持っている。それだけ自分に厳しい、その分だけ相手にも厳しすぎる時があるだろう?
こと山に関して光一は容赦がない、そういう光一を俺も宮田も、青梅署の山岳救助隊員たち皆が好きだ。奥多摩の人間誰もがそうだ。
でも七機ではそうじゃない、警視庁という組織でも違う。それでも国村は組織をまとめていく立場にある、そのために任官したんだろう?
俺の跡を繋いで警察組織の中から山の世界を護っていく、その為に光一は警視庁山岳会の全員から認めれられ、信頼される必要があるよ、」

率直な言葉は優しく厳しい。
この温かな厳しさを真直ぐ見つめる山っ子に、後藤は明確に弱点を指摘した。

「いいかい、光一?人間の上に立つのはな、人間の気持ちが良く解かっているヤツがすることだ。それにはまず相手を受容れるんだ。
この相手に対する理解が光一は難しいな?光一は山ヤの誇り高い自由に生きる山っ子だ、それが人間的な目線を否定する所にもなるよ?
だから心底から信頼し合う事も難しくて、アンザイレンパートナーも決まらなかったな?これは指導者として上に立つなら、欠点なんだ、」

純粋無垢な山っ子、それは人間的感情に対する理解の希薄に繋がる。
この希薄が苛烈に容赦ない姿勢に発露する、その象徴が奥多摩秩父山塊の強盗犯への対応だった。
あのとき後藤は何も言わなかった、けれど光一が何をやったのか解っていた。それに今も向き合って後藤は言葉を続けた。

「相手の目線になって初めて見える世界は、たくさんある。それが俗っぽい汚い世界であってもな、上に立つ者には全部が大切なんだよ。
どんなに正しいことを言ってもな、相手が受容れないと意味が無いだろう?だからな、こっちから受容れて相手が受容れやすくするんだ。
この受容れが宮田は巧いんだよ。だから光一が怒鳴りつけた遭難者も、宮田がフォローするようになってからは、御礼状くれるだろう?
そういうふうにな、相手に恨みを残さないで大切なことを残してやることが必要なんだよ。それが組織をまとめるリーダーには必要だよ」

相手を受容れること。
これを光一は相手を選んでしまう所がある、それを後藤はよく理解して率直に指摘した。
光一にとって後藤は両親の親友で仲間で、光一のザイルパートナーだった時期もある。
そんな後藤は光一の能力を誰より認めて道を示した、最高のクライマーへの夢昇る案内人で指導者でもある。
この岳父を真直ぐ透明な目は見つめている、その眼差しを真摯に受けとめながら後藤は愛すべき山っ子に訓戒を贈った。

「いいかい、光一?どんな相手も懐に抱え込めるようになれ、大きな心ですべて受けとめて、それから正せる男になっていくんだよ。
おまえが尊敬する山は、どんなものも受容れていくだろう?命を生かす水も、命を絶つ冷たさも、全てを以て山は世界を育んでいくな?
受容れて育む力を光一も備えるんだよ、そうやって大きな男になれ。これがな、光一が山ヤの警察官として生きる意味で、誇りなんだよ、」

贈られる言葉が、温かい。
贈られた山っ子の透明な目も温かに笑んで、底抜けに明るい声が笑った。

「解かったよ、後藤のおじさん。俺、まずは1ヶ月ちょっと頑張ってみるね。こいつのブレーキ無しでもイケるか、不安だけどね、」
「ああ、頑張ってくれよ?俺も本当は、不安で堪らんがなあ、」

可笑しそうに深い目が笑いだす。
その眼差しが英二を見つめ、温かく微笑んだ。

「宮田、いま言ったことはな、おまえさんにも言えることだ。おまえさんは賢くて、能力と性格と両方とも要領が良いな?
だから光一のように怒りを剥きだしにする事は滅多に無いよ、いつも笑顔で接してな、相手を気持ちよく自分の方に手繰り寄せられる。
でも本当は光一よりも激しいだろう?それは宮田が生真面目で一途だからだ。そういうおまえさんがな、俺は大好きで心配しているよ、」

―解っていたんだ、

心つぶやく本音が今、温かい。
こんなふうに自分の本性を知ってくれていた、それでも大好きで心配だと言ってくれる。
この想いが嬉しくて有り難い、嬉しいまま素直に英二は綺麗に笑った。

「ありがとうございます、」

ただシンプルに感謝を伝えたい、この立派な山ヤの警察官に。
それと同じくらい本当は心深くで謝っている、これから自分がしていく事は後藤の希望でもあり、その反対でもあるから。
そしてもう既に「その反対」を自分は犯し、昨夜に結果を出してしまった。

―申し訳ありません、だから一生ずっと言いません、あなたには背負わせたくないんです

そっと心に想いと告げて、肚の深くへと英二は呑みこんだ。







(to be continued)

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soliloquy 愛逢月act.6 Etoile de la terre―another,side story「陽はまた昇る」

2012-10-12 02:37:57 | soliloquy 陽はまた昇る
星、この隣に



soliloquy 愛逢月act.6 Étoile de la terre―another,side story「陽はまた昇る」

ひとつの灯が温かい、そう思うのは体温だろうか?

桟橋の人工島、コンクリートの大地を歩いて板張りの丘を登る。
眼下には黒く藍に光る波、波頭きらめく彼方には摩天楼と観覧車が輝く。
振り向くと街路の燈火、向こうに住宅街の灯、それを抱く丘はさっきまで居た場所。
いま眺める灯火のひとつずつに、誰かが今そこに立っている。

…灯の1つずつで、誰かが今、想ってる

この今の瞬間、自分は大切なひとの隣で記憶を刻む。
それと同じように今あの灯たちも、誰かの記憶を刻んでいる。
そんなふうに想うと「自分だけではない」この瞬間が大らかに温かい。

「ね、英二?…あの明りのなかで今、どんなひとが、どんなことを考えているんだろうね?」

想うことが素直に言葉に変わる。
その言葉へと今、掌を繋いでくれる人が笑いかけてくれた。

「そうだな、出来れば笑っていてほしいな?だから周太、」
「ん…?」

名前を呼ばれて見上げる、その掌をそっと引寄せられて抱きとめられる。
見上げる先に白皙の笑顔が綺麗にほころんで、幸せにキスをした。
頬ふれて唇ふれる、苦く甘く深い森のような香が温かい。
ふれあって、そっと離れて婚約者は幸せなまま微笑んだ。

「周太もずっと笑っていてほしいよ?そして俺の胸で泣いてほしい、哀しい涙も、幸せな涙も、俺には見せてよ?」

想い告げてくれながら、そっと耳元に長い指がふれる。
ちいさな固いものがセットされて、ゆるやかな曲が流れ始めた。


Then make you want to cry The tears of joy for all the pleasure and the certainty
That we're surrounded by the comfort and protection of The highest powers In lonely hours The tears devour you

Oh, can you see it baby? You don't have to close your eyes 
'Cause it's standing right here before you All that you need will surely come

I'll love you more with every breath Truly, madly, deeply, do
I want to stand with you on a mountain…I want to lay like this forever

君を泣かせたいんだ 確かな幸福の全てに満たされた喜びの涙で
僕らの孤独は壊されて、最高の力ある護りに抱えこまれているよ 
孤独な時にある時も 涙が君を呑みこむ時も 護られているんだ

愛しい君には見えている? どうか君の瞳を瞑らないでいて 
ここに、君の目の前に立っているから 君に必要なもの全てになった僕は、必ず君の元へたどりつく

息をするたびごとにずっと、君への愛は深まっていく ほんとうに心から、激しく深く愛している
君と一緒に、山の上に立ちたい…こんなふうにずっと、寄り添い横たわっていたい


綺麗なアルトヴォイスの歌が、今この瞬間の想いに優しい。
この曲を初めて聴いた青梅署寮の一室、山ヤの英二が住んでいる部屋、あの場所が懐かしい。
あの部屋のベッドで、このiPodで歌を聴きながら、森のような残り香のシーツに頬よせて泣いた。
あの懐かしい秋の日が今、この瞬間に甦って心を優しい涙に充たしだす。

心、ゆっくり涙は温めて勇気に変わる。
泣けない涙は、ほら、微笑になって愛する人を笑顔にさせて?
そうして幸福な瞬間を見つめて生き抜いていく、その勇気をどうか自分に備えたい。
この願いを祈るのは、今この隣に佇んでくれる、大切なひとへの唯ひとつの想い。

“All that you need will surely come”

そう伝えてくれる君こそが、耀きあふれる星となって温かい。





【歌詞引用:savage garden「Truly, madly, deeply」】

(to be continued)

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