萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

soliloquy 七夕月act.1 Encens d'eau chaude ―another,side story「陽はまた昇る」

2012-10-28 23:27:13 | soliloquy 陽はまた昇る
※念のためR18(露骨な表現はありません)

湯の香、勘違いに微笑んで



soliloquy 七夕月act.1 Encens d'eau chaude ―another,side story「陽はまた昇る」

湯に充ちる温もりが服を浸して、肌から濡らされる。
濡れて纏わりつく一枚を透かして素肌がふれる、その白皙の懐で瞳ひとつ瞬いて周太は声をあげた。

「ばかっ、えいじのばかばかなにしてるのっ…だ、だめでしょっふくきたままはいっちゃ!ふくいたんじゃうでしょばかっ、」

一息に叱った湯気の向こう、きれいな貌は幸せな笑顔にほころんでくれる。
大好きなひとの笑顔が嬉しくてつい、怒って困っているはずなのに微笑んでしまう。
それでも拗ねたまま見あげた周太に、綺麗な低い声は楽しそうに笑いかけた。

「大丈夫だよ、周太?そのカットソーもパンツも綿だから湯で洗えるよ、」
「でもだめっえいじのばか、おゆだってよごれちゃうでしょばかばかっ、」

それくらい考えてやったのにな?そんなふう切長い目は笑ってくれる、でもそういう問題じゃないのに?
こんなの本当に困ってしまう、それなのに英二は何ともない顔で嬉しそうに笑った。

「周太だったら平気だよ?周太は全部綺麗だから、」
「なにいってるのばかっ、そういうもんだいじゃないでしょ?」

ほんとうにこまってしまう、問題の論点がずらされて。
わざと解からないフリしているの?からかっているの?そんな拗ねる気持ちになる周太に、幸せな眼差しが笑いかけた。

「そういう問題だろ?周太の汗だって何だって、俺は全部舐めてるし、」

ほんとにもうなんてこというの?

「…っ、ばかっ!」

ほんとうに馬鹿、なんてこと言うのだろう?
こんなの本当に困ってしまう、服を着たまま湯に濡らして口説いているの?
もう恥ずかしくて堪らない、額まで熱を感じながら周太は婚約者を叱りつけた。

「えいじのばかばかなんでそんなこというのっ、へんたいちかんっ」

叱りながら浴槽から立ち上がる、その肌に濡れた服は絡みつく。
からんだ布に歩き難くて足を取られそう、それでもタイル張りの縁を掴んだのに、後ろから抱きしめられた。

「周太、言うこと聴いて?」

綺麗な低い声がお願いする、その声に鼓動がつまる。
綺麗な笑顔に瞳は覗きこまれて唇を重ねられる、キスが言葉を奪ってしまう。
抗おうとする掌が白皙の肩を押す、けれど動かされない懐に深く抱きしめられる。
抱きしめられるまま湯に浸されて、ウェストのボタンが外された。

…あ、

心に息を呑んで、脱がされていく服に湯が素肌を包みだす。
すこし離れた唇の解放に息吐いて、その隙にカットソーも脱がされた体をなめらかな肌に抱きしめられた。
湯に濡れた肌ふれあう狭間、深い森の香と石鹸が燻らされ吐息に忍びこむ。その香に呼ばれる記憶に首筋がもう熱い。

「周太、一緒に風呂入ろ?」

綺麗な低い声に笑いかけられて、白皙の腕のなか困らされる。
こんなにしてまで風呂の時を一緒に過ごしたいの?そう気づかされて面映ゆい。
こんなに求めてくれて嬉しい、けれど悪戯に困らされた依怙地に唇は拗ねた口調で、そっぽを向いた。

「もうはいっちゃってるでしょばか…」

本当は嬉しい、けれど言えない。
こんな依怙地な自分に今度は困ってしまう、だって今夜は決めていたのに?
ただ幸せな笑顔をひとつでも多く見たいと願っていた、それなのに拗ねたりして?
こんな子供っぽい片意地に自分で困らされる、引っ込みつかない、もどかしい、どうしよう?
ひたすらに困惑のまま焦らされる、けれど綺麗な笑顔は幸せいっぱいに言ってくれた。

「周太、こんどは俺が周太を洗ってあげるね?」

ただ幸せに笑って恋人は、素肌ふれあうまま抱きあげてくれる。
湯気のなか慎重にタイルを歩いて、風呂椅子に座らせながら周太の首筋に唇ふれた。

「周太と洗いっこしたいんだ、だから俺にお赦しを出してよ?…ね、周太、」

幸せに囁いた唇に、ふれられた肌が発熱しだす。
そんなふうに言われたら断れない、だって自分の本音は「少しでも多く傍にいたい」のに?
この本音が正直に微笑んで、つぶやくよう唇から小さく声がこぼれた。

「ん…どうぞ?」

答えた端から頬が熱い、だってタオル一枚すら今無くて肌を隠せない。
こんなの恥ずかしい、このまま逃げてしまいたいと怯えそう、けれど一緒にいたい本音に脚は正直でいる。
逃げない膝を揃え、そっと両掌を重ねるよう脚の付根を隠しながら羞恥に竦む背中へと、やわらかな泡とタオルの感触がふれた。

「お許しありがとう、周太?もっと綺麗にしてあげるな、」

鏡越し、嬉しそうに笑ってくれる笑顔が愛しい。
こんなことで英二はこんなに喜んでくれる、ただ周太の体を洗うだけなのに?
こんなふう無防備に肌を任せるのは恥ずかしくて堪らない、それでも自分は逃げたくなくて座っている。

…だって英二、笑ってくれる…この笑顔が好き、

この笑顔が大好き、その想いは初めての夜から変わらない。
あのときのまま今も肌を委ねてふれられる、洗うタオルの狭間ふれる指先に心震えてしまう。
こんなふう洗ってもらう事はもう何度めだろう?そんな想いにまた恥らう心と体の前に、白皙の体が片膝をついた。

「周太、今度は前を洗うよ?ほら、」

綺麗に笑って長い指に掌とられて、脚の付根が視線に晒される。
これが恥ずかしくて本当は逃げたいのに?

「…あの…たおるほしいんだけど」

恥ずかしくて隠したくて、なんとか周太は声を押し出した。
いつも一緒に風呂へ入る時はタオルで隠している、その通りに今もタオルがほしい。
同じ男同士の体であること、それが逆に体を見られることが「恥ずかしい」原因になっている。

…だってえいじのとくらべるとはずかしすぎるんだもの

心つぶやく独り言に額まで熱くなる、きっともう真赤になっている。
骨格から華奢で小柄な自分の体は、全てが子供っぽい。それが尚更に、大人の男性美に充ちる英二への憧憬と羨望になってしまう。
なめらかな白皙の肌に艶めく筋肉の隆線、のびやかな手脚に頼もしい骨格、ひろやかに厚い胸と頼もしく美しい背中。
自分が憧れる体を持つ人に、この未熟な体を晒すことが同じ男なだけに辛い、そんな本音も自分には哀しいけれどある。
だから今も隠させてほしいな?そう想って言った言葉に、切長い目は嬉しそうに笑って周太の腰に腕を回した。

「おねだり嬉しいよ、周太?タオルで洗ってあげるな、」
「え、」

言葉に途惑い見上げた唇に、端正な唇が重ねられる。
ふれるキスの温もりが深くなる、そのときタオルと泡の感触が真芯を包みこんだ。
ふれる泡に長い指が動いて洗い出す、泡と指に愛でられていると感覚が腰から生まれた。

「…っ、あ、」

感触に声がこぼされて、けれど長い指のタオルは止まらない。
言葉の意味を採り間違えられた?そう気がついたのに言葉もキスに奪われて、体格と力の差に抵抗なんて出来ない。
こんなことになるなんて?途惑うまま洗われていく感触に涙こぼれる、こんなつもりは無かった分だけ途惑わされる。

「可愛い周太、感じてくれてるんだね…こんなこと周太から言ってくれるなんて、嬉しいよ、」

キスから囁く声に、恥ずかしくて涙こぼされる。
こんなこと言ったつもりじゃない、恥ずかしくて悔しくて拗ねるまま周太は口を開いた。

「ちがう、の…たおるでかくしたかったの…いつもかくしてるでしょ?でもきゅうにえいじがひっぱりこんだから…たおる無いから…」

こんな想い、英二にはきっと解らない。

これを解かってもらえないのは仕方ない、そう解っている。
けれど同じ男として悔しくて恥ずかしくて涙こぼれてしまう、こんなふうに泣くのも恥ずかしいのに?
もう涙なのか湯なのかも自分で解からない、涙と湯気に透かせ見つめる向う、端正な顔が困ったよう驚いた。

「そっちだったんだ、ごめん周太、」

綺麗な低い声は驚きながら謝って、切長い目が瞳を覗きこんでくれる。
睫あざやかな瞳は困ったよう、けれど幸せに笑った唇が目許にキスしてくれた。

「ごめんな、周太?勘違いしてごめん。でも、恥ずかしがる泣き顔、すごく可愛いよ、周太?」

そう言ってくれた笑顔はひどく幸せそうで、涙ぬぐうキスが優しい。
優しさも笑顔も嬉しくて、けれど拗ねてしまった心から言葉は、素っ気なく出た。

「ばか…えいじのばか、こんな勘違いするなんてばかえっちへんたい…どれいのくせになまいき」
「うん、俺って周太限定の変態で、生意気な奴隷だよ?だからもっと叱って、俺の女王さま?」

素っ気ない言葉にも幸せな笑顔ほころばせて、切長い目で「大好き」と体を見つめて洗ってくれる。
丁寧に肌を磨き上げながら、時おり端正な唇のキスが唇に肌にふれて想い伝わらす。
ふれる唇の熱を映されるまま、発熱の廻りだす肌は火照りだしていく。

「きれいだ、周太。肌が花みたいに赤くなってきれいだよ?朝焼けの雲もこんな感じだな、」

きれいな低い声が幸せに微笑んでくれる、その言葉にまた熱が華やぐ。
ただ恥ずかしくて、けれど婚約者の笑顔の瞬間が嬉しくて、恋愛はまた濃やかになっていく。
それでも自分の体が恥ずかしくて、今見られる視線に崩れかける心へと綺麗な笑顔は言ってくれた。

「本当に周太の体は綺麗だな、大好きだよ?心も体も綺麗な周太が好きだよ、ずっと独り占めしたい、」

…そんなふうに言ってくれるの?

こんな自分の子供じみた体を綺麗だなんて、本気で言ってくれている?
本気でこの体と心が好きで、こんな自分を独り占めしたいと思うの?
そんな想い見あげた周太の唇に、恋慕のキスが微笑んだ。

「周太の全部が大好きだよ、だから俺のこともっと好きになって?もっとワガママ言って俺に甘えて、お願いだ、周太?」

こんなに綺麗な英二、それなのに、こんなこと自分に願って求めてくれるの?
こんなふうに自分を見つめてくれる、このひと唯ひとりに想いは募りだす。

…大好き、

白皙の肌香らす湯気に、幸せは微笑んだ。




(to be continued)

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第57話 共鳴act.3―another,side story「陽はまた昇る」

2012-10-28 04:10:05 | 陽はまた昇るanother,side story
約束、日常の瞬間を



第57話 共鳴act.3―another,side story「陽はまた昇る」

開いた扉から空気が甘い。

ふくらかな白い蕾はサイドテーブルに佇んで、ランプの光に艶も優しい。
湯上りの肌をバスタオルに包む、その背中で扉開いて周太は俯いた。

「周太、ほんとにシャツで良かったの?」

綺麗な低い声が笑いかけて、籠に着替え一揃いを置いてくれる。
白いシャツとコットンパンツに添えられた、自分の下着が気恥ずかしい。
それでも肩越しに見上げて、困りながらも周太は恋人に微笑んだ。

「ん、食事の支度とかあるから…洗濯も今夜のうちにしたいし、動きやすい方が良いから、」
「そっか、色々ありがとう、周太。ほんとに奥さんみたいだね?」

嬉しそうに切長い目で見つめて、寝間の浴衣姿で英二が笑ってくれる。
ほら、約束の名前で呼んで喜んでくれた。嬉しくて面映ゆく微笑んだ周太に、白皙の手がそっと伸ばされた。

「おいで、周太。体、拭いてあげる、」
「え、…あ、」

綺麗な低い声の提案に途惑って、けれどバスタオルに長い指が掛けられる。
そのまま体を拭ってくれながら、綺麗な笑顔が近寄せられて唇にキスふれた。

「可愛い、周太。ほっぺたが火照って赤くなってる、体も赤くなってきれいだな」

幸せな笑顔で言いながら、肌まつわる雫を拭って髪もふいてくれる。
その言葉もふれるタオルの感触も幸せで、けれど気恥ずかしくて困りながら周太は俯いた。

「…そういうのはずかしくなっちゃうから…あの、じぶんでするよ?」
「俺がしたいんだ、周太。だからさせて?」

楽しげに笑って英二は手を動かして、結局着替えまで全部をしてくれた。
こんなふうに着替えまでしてくれる、恥ずかしいのに構ってもらえるのは素直に嬉しい。
それでもやっぱり申し訳なくて、困ったまま周太は婚約者を見上げた。

「ありがとう英二…でも、ふつうはこんなことしないでしょ?なんか悪いし…ごめんね?」
「謝らないでよ、周太?本当に、俺がしたいだけだから、」

綺麗な笑顔ほころばせて脱衣籠を運ぶと、中身を洗濯機に入れてくれる。
濡れた周太の服も使ったタオルも一緒にセットして、馴れた手つきでボタンを押す。
そして機械音が始まると、長い腕を伸ばして周太を抱きあげてくれた。

「周太、俺は周太の恋の奴隷だよ?いっぱいワガママ言って、遣ってほしいんだ、」

そんなこと、本気で言っちゃうの?

そう見上げた顔に優しい笑顔が幸せにほころんでくれる。
額にキスしながら扉開いて、抱えたまま歩きながら英二は言ってくれた。

「俺はね、周太に必要って想ってほしいんだ。出来ることは何でもしてあげたい、だから風呂も一緒に入りたかったんだ、」

言われたことに、ほんの数分前の記憶が首筋を熱くする。
幸せで恥ずかしい時間にまた困らせられて、つい拗ねた口調で周太は口を開いた。

「そう思ってもらえるの嬉しいけど、でもふくきたままおふろいれたらだめでしょ?ほんとにはずかしいんだからこまるんだから、」
「恥ずかしい顔も困った顔も、周太は可愛いよ?大好きだよ、周太、」

叱ったつもりなのに婚約者は幸せいっぱいに笑ってくれる。
その頬にうかぶ薄紅の、細やかで鋭利な傷痕に心が留められてしまう。
この傷が生まれた日への想いは今だって不安で怖い、それでも周太は微笑んだ。

「叱ってるのに喜んでたらだめでしょ?…ね、英二、竜の爪痕ちゃんと今もあるね?」
「あ、これ?」

そっと台所に周太を立たせてくれると、長い指が白皙の頬にふれた。
この頬を切り裂いたのは冬富士の雪崩に飛んだ氷の破片、それは最高峰の竜の爪。
その傷痕ふれる白皙の指先に、周太は掌を重ねて切長い目を見つめると綺麗に笑いかけた。

「富士山の神さまがくれた、おまもりだね?この傷痕は…ね、きっと最高峰を登って行ってね?それで俺の時計を見てくれる?」

きっと冬富士の雪崩に最高峰の竜は現われて、その爪先に英二の頬ふれた。
冷厳を支配を生みだす竜の爪、その刻印によって最高峰の神は真摯に美しい山ヤを祝福した。
その瞬間も自分が贈ったクライマーウォッチは婚約者の腕で時を刻んだ、その想いへと綺麗な笑顔は咲いてくれた。

「うん、見るよ。いつも周太の時計を俺は見てる、周太の御守もいつも持ってるよ、」

きれいな幸せな笑顔で応えて、頬添えた周太の掌を長い指に包んでくれる。
その掌にキスをして微笑んで、白い浴衣の腕は周太を抱きしめてくれた。

「愛してるよ、周太?俺は最高峰でも、周太を愛してるって言うよ?最高峰からずっと君を愛していくよ、約束通りに、」

ほら、今もまた婚約の花束の言葉を告げてくれる。
新年の日に贈ってくれた生涯の約束と想いは今も鮮やかに生きて、こうして告げて、微笑んでいる。
あの婚約の花を受けとって一ヶ月も経たない日に、英二は冬富士で遭難救助のさなか雪崩の猛威に晒された。
あれから半年になるのに消えない傷痕は山ヤの護符、それと対になるよう光一は周太の掌に「竜の涙」をくれた。
あのとき富士の風花に籠めてくれた光一の祈りも英二にあげたい、そして無事を祈らせてほしい。

「お願い英二、約束してね?どこにいても必ず無事に、この家に帰ってきてね?ずっと待ってるから…今夜みたいに待ってるから、ね?」

どうかお願いを聴いてね?
そう笑いかけて周太は背伸びすると、そっと傷痕にキスをした。
唇ふれた頬は温かで、深い森の香と石鹸が清々しい。この温もりも香も愛しくて周太は綺麗に笑った。

「英二、約束だよ?俺は異動したらね、この家になかなか帰って来られない…それでも英二が居心地いいようにしておくから。
だから、ちゃんと家に帰ってきて?…同じタイミングで一緒には帰ってこれなくても、いつも心はここで待ってるから帰ってきてね?」

どこに自分は居ても心だけは、いつもここで待っている。

何があっても自分の心は変らずここにいる、この愛する家で愛する人を自分は待っている。
だからどうか無事に生きて帰ってきて?自分に何があっても愛する人には笑っていてほしい、だから無事を祈りたい。
もう別れの時は迫っている、それを知る今この瞬間の願いに微笑んで見つめる真中で、英二は大らかに綺麗に笑ってくれた。

「うん、必ず帰ってくる。周太の隣が俺の居場所だろ?だから必ず待っていてくれな、」

告げてくれる綺麗な低い言葉は、強く明るい。
この明るさに安堵して、腕をほどきながら周太は綺麗に笑った。

「ん、待ってる…ね、ごはんにしよう?英二が好きな生姜焼きするね、あと夏野菜を鶏と蒸したのと…ビールも冷やしてあるの、」
「旨そうだね、周太。ビールに合いそうだな、ありがとう、」

嬉しそうに言ってくれる幸せな笑顔を見つめて、そっと離れると周太はストライプ柄のエプロンをかけた。
そしてキッチンに向きあった頬に、ひとしずく涙つたって幸せに微笑んだ。

…だいじょうぶ、約束してくれたから英二は、何があっても家に帰ってきてくれる

静かな心に想う、婚約者のこれからの無事と幸福。
これから自分は、現実にはいつもこの家で迎えてあげることは出来なくなる。
それでも休みの日ごとに日帰りでも帰宅して、いつ英二が帰っても寛げる支度は出来るだろう。
確かに出迎えてはあげられない、それでも英二に家庭の安らぎを贈ってあげる方法は、きっと見つけられる。

たとえ自分が一緒に過ごせなくても、幸せで英二を包んであげたい。
そうしたらきっと英二は無事に家に帰ろうとする、その意思が英二を生還させる。
あの3月の雪崩にも負けずに英二は帰ってきた、あのときと同じ不屈の意思を持ち続けてほしい。
そう願うから尚更に今夜と明日朝は、共に過ごす時間のなか幸せな笑顔を見つめ合いたい。

…たくさん笑ってね、英二?

そっと微笑んで周太は、夕食の膳を大切に整えた。



ほろ苦い酒の酔いが、まだ頬に火照る。
めずらしく相伴したビールはやっぱり自分には苦かった、そんな自分の子供っぽさが気恥ずかしい。
それでも一緒に楽しめた夕食は幸せで、今、その片づけをする隣では白い寝間の浴衣が手伝ってくれる。
その長い指の手は随分と手馴れてくれた、それが嬉しくて周太は蛇口を閉じながら微笑んだ。

「英二、ずいぶん手早くなったね?…お料理も幾つか憶えられた?」
「料理はどうかな、もっと周太に練習してもらわないとダメだと思うけど?」

綺麗な低い声が笑って、戸棚に皿をしまってくれる。
長身ひろやかな背中のすっきりした佇まいが美しい、つい見惚れた周太に英二は微笑んだ。

「周太、浴衣に着替えておいで?洗濯ものは俺が畳んでおくから、」
「ありがとう…でもすぐ畳めるから大丈夫だよ、してから着替えるね、」

気遣い嬉しいな?
嬉しくて笑いかけながら周太はエプロンを外すと、ステンドグラスの扉を開いた。
その後ろから英二も付いて一緒に洗面室へ入ってくれる、そして乾燥機前で抱きすくめられた。

「俺がやっとくよ、だから周太は着替えて?周太の浴衣姿、好きだから早く見せて、」

背中から抱きしめてシャツのボタンに長い指がかかる。
手際よく全部を外されて、慌てて周太は前をかき寄せた。

「だっ、だめでしょこんなことしちゃえいじのえっち!」

拗ねた声が出て婚約者を周太は振向いた。
その唇に端正な唇かさねられて、そのまま抱きあげられた。

「だめじゃないよ、周太?だって俺、最初から言っただろ、」

綺麗な低い声が微笑んで、抱えたまま廊下に出て階段を上がってくれる。
熱くなっていく頬とうなじに困りながら周太は、婚約者に尋ねた。

「…なんていったの?」
「忘れた、なんて言わせないよ、周太?」

切長い目が悪戯っ子に笑って、部屋の扉を開いてくれる。
そっとベッドに抱きおろされた、その頬に甘い花の香がふれていく。
梔子のあまいベッドサイド、白い衣の肩よせて端正な貌が瞳のぞきこんでくる。
楽しげな恋人の眼差しを、シャツの胸元かき合わせたまま見上げた周太に、綺麗な低い声は微笑んだ。

「男が恋人に服を贈るのは下心あるから気にするな、俺そう言ったよね、周太?だから脱がせても、ダメじゃないだろ?」

そんなこと言われるとほんとにこまるのに?

今、着ている白いシャツも英二が贈ってくれた。
だから英二の論法だと脱がされても仕方ない、そうなってしまう。
けれど所構わずそんなことされたら困ってしまう、途惑うまま俯いた肩に、ふわり衣が掛けられた。

「周太、早く着替えて?ほんとに俺、白い着物姿の周太が好きだから、」

きれいな低い声が微笑んで、切長い目が見つめてくれる。
幸せそうな笑顔、けれど眼差しが切なげで周太はそっと訊いてみた。

「あの…どうして好き?」

尋ねた唇に、端正な唇ふれて閉じこめられる。
やわらかに包まれるキスが熱い、あまい熱に鼓動の余響のこして離れると白皙の頬が微かに赤らんだ。

「花嫁さんって感じで、幸せになれるから、」

綺麗な低い声は告げて、切ない眼差しの笑顔に薄紅いろ羞んだ。
桜ほころんだような紅潮が綺麗で、告げられた言葉まぶしくて見つめてしまう。
そんな周太の瞳を覗きこんで、もういちどキスふれると浴衣姿は立ちあがった。

「洗濯もの、畳んだら上に持ってくるから。着替えていて、周太?」

羞んだよう笑って踵返すと、すっきりとした背中を見せて英二は部屋を出てくれた。
静かな足音がゆっくり遠ざかる、その音が階段を下り始めたとき涙が頬を墜ちた。

「…ごめんね英二…ありがとう、」

想い、表す単語2つと名前を呼んで、涙が温かい。

こんなふうに約束をこめて白い夜衣を羽織らせてくれた。
その想いと切ない眼差しに心が響いて泣いてしまう、こんなこと幸せに過ぎて。
この幸せに心から微笑んで立ち上がると、白い衣の下、シャツから全てを肌から落とした。

…こんな男の体の俺に英二、花嫁って言って求めてくれる

白い夜の衣を羽織る体は、どこか華奢で子供じみても男性の体。
本来なら男性の英二は女性を伴侶に求め、普通の幸せを求めることも出来る。
それでも英二は自分を選んでくれた、他の誰でもなく性別に関係なく愛していると求めてくれる。
同性愛である沢山のリスクも全て笑って受けとめて、周太を幸せにする為に英二は危険すら厭わない。
だからこそ英二は血縁も事実も隠している、周太の代わりに全て背負う決意に微笑んで、嘘と秘密すら抱え込む。

その想いの全てが自分には、痛くて哀しくて、辛い。
けれどそれ以上に嬉しくて、温かくて優しくて、幸せで堪らないと心が泣きだす。

「…すき、」

そっと呟いて、白い衣を体に纏わせ帯を結う。
やわらかな薄紫の帯を腰高く前結びに結って、帯解を求める望み示す。
けれど衿元は潔癖につめて整わせ、裾もくるぶし見せずに肌を隠してしまう。

…ほんとうは女の人の着付だけど、ね…

貞淑を示す衿元と裾、それでも体を開く意思を帯の位置に薫らせる花嫁や妻の着付。
これは我が身を唯ひとりに捧げる意思の着付、だからこんな着方は男はしない。
それでも自分は唯ひとりの為にこの着方を選び、恋する夜に身を開く。

…こんなの変かもしれなくても構わない、精一杯に気持ちを伝えられるならそれでいい

帯の結いに微笑んで、周太は窓辺にと歩み寄った。
夏の涼やかなカーテンを両手で開き、ふるいガラス窓透かす夜を仰ぐ。
その視界ひろがらす天穹にと星がふる、深い紫の夜空に銀の光あわく照らしだす。

「きれい、」

微笑んだ背中に、微かな足音が聞えて扉が開かれる。
振向いた先に長身の白い衣姿が佇んで、切長い目は見つめてくれる。
見つめて、そして羞んだよう微笑むと英二は、畳んだ服と水差しの盆を置いてくれた。

「ありがとう、英二…きれいに畳んでくれたね?」

笑いかけて洗濯物を受けとり、箪笥に仕舞う。
終えて身を起こすと、そっと長い腕が抱き寄せて微笑んだ。

「周太、すごく綺麗だ…どうしたの?」

切長い目は見惚れるまま笑んで、眼差しが熱い。
見つめられる幸せが嬉しくて、周太は綺麗に微笑んだ。

「ん…すきってかんがえてただけ」

応える声が、恥ずかしさに途惑ってしまう。
それでも伝わった想いに恋人は綺麗に笑って、綺麗な低い声が微笑んだ。

「俺のこと恋してよ、周太?もっと綺麗になって、ずっと俺の傍にいて…周太」

約束を求める唇、ふわり唇に重なりキスになる。
優しい熱いキスの狭間、静かに甘い梔子が香らせて言葉、奪われていく。



暁の光に梢が優しい。

緑の翳ふらす木洩陽に朝露きらめく、ふたり歩く足元から涼しさが明るい。
百日紅の白い花がふわり風こぼれる、名残の夏椿も青空に清々しくて、苔の緑に花びら映える。
さわやかな青い朝顔のからむ東屋、その傍らに咲き匂う白と黄色の花は緑の葉も美しい。
夏の花々を眺めて歩く隣、深い森の香に石鹸が交わす朝湯の気配に羞んでしまう。

…このかおり夜と同じで昨夜をおもいだしちゃう、な

今日はふたりとも、それぞれ大切な用事がある。
だから昨夜は眠る時間を英二は気遣ってくれた、それでも夜は恋人の時間だった。
夜を互いに求め合った瞬間たちは鮮やかで、今この記憶と共に肌へ刻印の花は残っている。
花びら想わす唇の痕、その薄紅を朝湯に英二は数えて、幸せに笑ってくれた。

―…周太、ここにも残ってる…どれも見えないとこだから安心して?

ふと蘇える言葉に首筋が熱くなる。
こんな気恥ずかしくて今日の登山は大丈夫?
そんな心配を自分にした周太に、綺麗な切長い目は笑いかけてくれた。

「今朝も綺麗だね、俺の花嫁さんは。山小屋でも変なことされないよう気を付けてくれな?」

こんなこと朝から言うなんて?

いつもながら発言に困らされて、けれど求めてくれる想いが幸せで微笑んでしまう。
嬉しいまま素直に周太は婚約者を見つめて、綺麗に笑いかけた。

「ん、気を付けます…見て、英二…朝顔が咲いたよ?すいかずらも咲いてる、」

すいかずら、忍冬とも金銀花とも書く常緑の花。
ふたつ寄添い咲く白い花は黄色にと色を変え、時の刻みを示す。
そんな姿はふたり寄添い合わす夫婦のよう、だから花言葉も想いを示している。

すいかずらの花言葉は、愛の絆。
この絆に結ばれる約束と想いの数々は、ふたり共鳴して響き交わす。
その想いは永遠に変らぬ想いだと、その願いと祈りをこめてこの花をあなたに贈りたい。

どうか、ずっと心だけは想い繋がれていて?





(to be continued)

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