『百年法』が面白いのは、「やさしい」SFだからでもある。
「やさしい」、つまり容易に想像しやすいという意味で。
最近(というか現代もの一般)のSF作品は、難しい。
話題の作品は一応手にとってみたりするが、たぶん読めないだろうなと思って台に返す。
自分とってSFとは、『火星人襲来』とか『タイムマシン』とか星新一とか、中学生までに読んだものだ。
難解なSFとは、(実際には読んでないから判定できないのだが)、パラダイムを逸脱しているものじゃないかなと思う。
その昔、蒸気機関が発明されたとき、西洋人が「未来の乗り物」として夢見たものは、「蒸気で動く馬車」だった。鉄製の馬をつくり、それを蒸気機関で動かすという。
当然のことながら、それがつくられる前に別種の乗り物が生まれ、瞬く間に次の世代の乗り物が生まれていく。
「未来にはテレビ電話ができる」と思っていた何十年か前、当時の人々が想像したのは、ダイヤルをまわすと目の前の画面に(しかもブラウン管の)、相手の顔が現れるといったものだった。
つまり、テレビは想像できても、今の携帯電話はイメージできなかったのだ。
それほど、人は自分が今もっている枠組みそのものをチャラにして思考するのが難しい。
それをできる限られた人が、イノベーターなのだろう。
今のわたしたち一般人が、まったく予想もつかないレベルの世界やものや思考を提示されると、脳が調子いいとくらいついていけるかもしれないが、楽しく本を読みたい人間には難解になってしまう。
『百年法』が描く近未来は、何十年先まで達しているが、描かれるいろいろなガジェットが、実にほどよく未来ぽくて、パラダイムを超えてない。
決して悪口ではなく、「そうそう、そんな感じになりそうな気がする」と安心して読んでいられる。
環境の描き方について理解の負担がいらないから、百年生きる力を与えられた人間、元気なのに百年で死なねばならない人間の苦悩、葛藤が、つまりメインの話題に神経を集中できる。
そのあたりも、この作品の上手なとこだろう。
はじめて読む作家さんかなと思ってたけど、『嫌われ松子』の方だった。達者なわけだ。