1988年1月、「岩波新書創刊五十年 新版の発足に際して」と題して、挨拶が変えられた。
件の戦争認識は、「日本軍部は日中戦争の全面化を強行」「戦争は惨憺たる内外の犠牲を伴って終わり」とあり、依然として、戦争の首謀者(=責任?)は「軍部」、そして、敗戦とは言わず、終戦とも言わず、「内外の犠牲」という処に落ち着かせた。
苦心の跡は感じるが、最初に出会った時の奇妙な時代の静止感がある。つまり1988年になっても、戦後40年以上経っても、「軍部」という曖昧な主体で戦争責任からは実際は逃避している。それから、かつて1970年には『敗戦』言ったのに、何故だか敗戦と言わない。
ある種の閉塞やゆがみを感じてしまうのだ。
翌1989年1月には昭和天皇が崩御された!さあ、どうなるのかと言うと、岩波新書はここから沈黙してしまうのだ。
その後は世界は大きく激動したのである。ベルリンの壁(89年)・バブル崩壊(90年)・ソ連崩壊(91年)・阪神大震災(95年)・国旗・国歌法(99年)・同時多発テロ(2001年)・イラク戦争(2003年)と、…。
この国は新自由主義に向かってグローバリズムの中に巻き込まれていった。
また、続きは次回に。
湘南地方のススキはちょっと元気がない。