かつて「戦争知らない子供たち」として第二次世界大戦後を生きてきたが、苦労していないことを以って、何処かで戦前や戦中の先人や先輩たちに引け目があった。
確かに、何も気付かない度し難いほど間抜けで鈍い戦後の子供たちだった。
大学の時になんでうちの大学の教授には、杖をついた人が居るのか全く気付かず、ベトナム戦争反対に気を取られていた。後から考えれば、彼らは若くして戦争に行った人たちだったわけだ。そういえば職場でも足の悪い人はけっこう居たものだ…。
総論として、振り返れば、戦後世代はけっこう楽ちんな生涯だった。
しかし、10年ぐらい前から事情は変わってきた。
関東大震災を知らなかった我々戦後人は、阪神淡路、東日本の二つの大震災を見た。広島・長崎を知らない我々世代は3・11の福島原発事故で放射能の恐ろしさを知った。そして、2年前に全世界が新型コロナという感染病に襲われた。また、つい最近、ヒットラーやスターリンと時間を共有しない、まさに戦争を知らない爺さんと婆さんたちが、プーチンと云う思想・主義に拠らない、単にヒトとして異様で異能な独裁者の実在を知った。
たった一人の人間によって、下手をすると第三次世界大戦に入るかもしれず、果ては原爆のボタンを押されるかもしれない。
振り返れば、この国に落とした原爆は何の為だったのだろうか?
トルーマン政権は原爆を落とさなければ、この國の戦争を止めれなかったと説明するが、そうではあるまい。この國は長崎への原爆投下に関わりなく、ポツダム宣言の受諾を決めている。(『木戸幸一日記(下)』8月9日の条)
アメリカは立派な理由があって原爆を使ったのではないだろう。
どうであれ、ともかくも、20世紀以降の人間は、遅かれ早かれ、大なり小なり、同じような人類の過ちと暗愚の選択の報いや苦しみに遭遇しながら、その人生を終わらせていくことになるのかな。
1945年8月15日の新聞