沖縄返還当時に、佐藤栄作元首相が声高々に言った「核抜き・本土並み」と云う沖縄返還の条件は、どうだったのだろうか?
佐藤は自らの代で沖縄返還を実績としたくて、3億円の補償費の肩代わりというみみっちい嘘ではなく、沖縄を返してもらう代わりに、本土も沖縄のように自由に基地として使って宜しいということを密約したのではないだろうか。だから、あの時異常に慌てたのではないか。
今度のコロナ・オミクロン株がアメリカ軍基地から普通に放出されたのが、それが沖縄と岩国の基地だった。つまり「本土の沖縄並みの基地化」の条件を呑んだ『沖縄の返還』だったのではないか。ふとそんな妄想が頭を掠めた。
「週刊金曜日」5・13号には、西山太吉特集を組み、そこで西山氏は「実際の沖縄返還は一言で言えば、本土を含む日本の沖縄化であった。」と言った。
たぶんにそういう考え方も有りなのだ。だから自民党政権は、この國は、米国基地に対して何も言えないのだ。オミクロン株は基地の日常として市中に放出された時の、岸田政権のダンマリぶりが如何にも過去の自民党の膿が溜まってどうしようもないという怖気づきが如実に現れていたような気がする。
だから、自民党を政権から降ろして、外交文書を公開しなければ真実は出てこない。
逆に米国は自民党の右傾以外の政権を取らせないように暗躍しているともいえる。「米国の虎の尾を踏む」という古い諺だが、今でも生きているのではないだろうか。
古くは、1950年に就任したダレス国務長官は冷戦体制に備えて、「日本に、我々(アメリカ)が望むだけの軍隊を、望む場所に、望む期間だけ駐留させる権利」を得たいという考えで対日講和条約を進めたという。これが今でも、生きているとしたら、…。
謀略論かもしれませんが、同じように米軍基地を抱えるドイツに比べて、この國の弱腰は沖縄返還時の佐藤栄作の密約を疑わざるを得ません。1987年には佐藤氏の自宅で「核抜き」に関わる密約文書が見つかりました。
次は「本土並み」が逆に「沖縄並み」であった、と考える西山氏の言葉を聞き流すことはできません。それが解るのは、いつなのだろうか…。