Casa Galarina

映画についてのあれこれを書き殴り。映画を見れば見るほど、見ていない映画が多いことに愕然とする。

明日の記憶

2008-01-20 | 日本映画(あ行)
★★★☆ 2005年/日本 監督/堤幸彦

「登場人物の心象風景を見せて欲しい」



決して悪い作品ではないと思う。ただ、深く心に残る物語だったかというと正直微妙だ。そもそも「働き盛りの男がアルツハイマーになってしまう」という軸を聞いただけで、これから展開される内容にある程度の想像はつく。主人公の挫折と苦悩、家族の献身、周辺人物のとまどい。その予想される展開を踏まえながらも、心に訴えかけるものを作らねばならない。難病ものって、作り手にとって実にハードルが高いテーマだと思う。

「泣かそう」というあざとさは本作にはない。渡辺謙も樋口可南子も熱演している。それでもぐっと来ないのはなぜか。奇しくも先にレビューした「いつか読書する日」と言う作品では、監督は執拗なほど人物たちの日常を追いかけていた。坂を登る、自転車を漕ぐ、バスに乗る、布団を敷く…etc。これらの繰り返される日常のシークエンスはいわば登場人物たちの心象風景とすら言える。しかし、本作には「心を表現する」シーンが乏しいのではないか。

セリフのあるシーンは役者の力量で何とかなる。しかし、セリフのないシーンで心に訴えるシーンがあるかと言うとほとんど思い出せない。皮肉なことに、自分が分裂して見えるというような今っぽい演出のシーンが印象に残っていたりする。堤幸彦監督はこの作品に正面から取り組み、オーソドックスな手法で物語を綴ろうとしたのだと思うが、「間」や心を映し出すシークエンスが少なくて物語が心に染みこむような瞬間にあまり出会えなかった。

妻の献身ぶりがきれい事に見える、と言う意見も多い。私も同じように感じた。キッチンで怪我をして叫ぶシーンをさっ引いても違和感は残る。彼女には彼女なりの心の移り変わりがあったはずで、その心模様が見えてこない。これまた皮肉なことに樋口可南子のシーンで一番心に残っているのは、店長になった彼女が運送業者にぴしゃりとクレームを入れているところだったりする。「専業主婦が仕事なんてムリ」と親友に馬鹿にされていた彼女が仕事を通じて成長したことがかいま見えるのだ。

及川光博演じる医師、そして上司に病気の話を告げた部下の田辺誠一。彼らのような周辺人物と主人公の関係性が中途半端なのもひっかかる。もっと後半の展開にも絡んできて欲しかった。香川照之以外はみんな彼の前を通り過ぎていくだけのように感じたもの。だから、いっそのこと夫婦ふたりの心模様に全面的にスポットを当てても良かったんじゃないかと思うのだ。

陶芸教室の木梨憲武が料金をごまかすシーンが出てくるんだけど、逆にこういうところでほっとしちゃった。だって、何もかもきれい事で済まないと思うから。現実ってもっと残酷で不条理なもの。以前レビューした「海を見る夢」という映画では、病気の主人公の前に毎日自分の愚痴ばっかり話して帰る自己中女が登場するのだけど、これがすごく作品の味になっているのね。

山あり、谷ありの物語での谷の部分において観客を驚かせたり、困惑させたり、怒らせたりする意外性というのは物語に深みを与えると思う。「明日の記憶」においては、そういう意外性は出現しない。それが全体的な深みのなさ、という実感に結びついているように思う。