Bike&SlowLife

バイクとカメラを愛し、自然を愛し・美しい風景を愛して、ゆっくり生きてる奈良県に住む気分は若者の雑記帳です。

お伊勢参りの道標

2021-06-16 | 奈良県北部
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江戸時代から明治時代にかけて 「 お伊勢参り 」 は庶民の憧れだった。一生に一度はお参りしたい、と多くの人々が伊勢神宮へ向かったらしい。


関西方面からは、東海道も多くの人々が歩いたが、奈良県桜井市から ~ 榛原 ~ 室生 ~ 三重県の名張 ~ 伊賀 を経て伊勢神宮へと向かうルートも多く利用されたらしい。 この道が 「初瀬街道 」 で、現在の国道165号線とほぼ重なるのです。




桜井市吉隠、民家の庭と思われる場所に道標がある


道標の正面には 「 右 いせ 」 の文字
 左上にも何か書かれてるようだが判読不能



側面には 「 奉納大峯山上五十六度供羪塔 平国土安全 當村若連中 ・・・・ 」
 もっといろいろ書いてますが、私の読解能力不足でよく解かりません
 この道標は、ここの家の誰かが大峰山参拝の記念に奉納したのでしょうか?


とにかく、お伊勢参りの人々の為に造られた道標でしょう




写真手前の黒っぽいのがこの道標です
この建物には、住む人も無く屋根は折れかけて庭は草ボーボー




道標は奥の家の前にあります
この道は、昔の初瀬街道だったのでしょうか?
写真の建物の右側=北側が現在の国道165号線です





こちらは宇陀市榛原角柄
国道165号線沿い、上の道標から500mほど東の位置にあります







祠の屋根は比較的新しいようだが、大きな石標と真ん中の小さな石仏様はかなり古いようです。
石標の文字は全く読めません、
長年の歴史を感じさせるものです、これもお伊勢参りに初瀬街道を歩く人々の安全を願って造られたものでしょうか?







お伊勢参りとは何の関係もありませんが、わが家の玄関の間? に菊一枝を生けてみました

   菊一枝 外はシトシト 梅雨の雨





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天誅組義士の足跡を巡ってきました

2021-06-14 | 奈良県南部
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   血路を求め
   足の郷道より銃口の待つ  鷲家口めがけて切り込み
   散っていった義士たち
   万斛の想いを胸に 燃ゆる紅葉を血に染めながら
   彼等の脳裏によぎったのは
   新しい世の中への確信か そぼ降る時雨の心細さか
        
        ・・・・ 吉村寅太郎墓前の案内板より



奈良県吉野郡東吉野村へ行ってきました。

若い命を燃やして散った、すぐそこまで来ていた明治の夜明けを見ることなく、この山中で天誅組の義士たちは命尽きたのでした。




道の駅すぐ隣の 竜泉寺 にて





辞世の歌、 歌碑は鮮やかな緑のモミジに飾られている



寺の境内を見せてもらってたら、お茶菓子つきのお茶をごちそうしていただきました、ありがとうございます。
それに、戦死した幕府側の武士と天誅組の位牌を見せてくれました
左は、幕府側の的場喜三郎、 右は天誅組の6名
浄土へ行けば敵も味方も無くなるのだろう




竜泉寺の庭園






天誅組史跡公園、国道沿いにあります
 個人で自分の土地に史跡公園を整備したらしい



当時の人は、常に辞世の歌を用意していたのでしょうか?




木津トンネル東口より高見山を望む
天誅義士の怨念か? 青空に佇む高見山を見せてくれません





天誅組総裁 松木奎堂戦死の地 へ向かう


木津トンネル東口から林道へ入り ~ トンネルの上を山の中へ向かう



鮮やかな柿の新緑の向こうに山の中の集落が見える




急坂の狭い林道なので車を停めて歩く


振り返れば、左に廃屋 右に高見山 が見える



ブルーシートまで朽ちてしまった廃屋
家屋保護のためにブルーシートを掛けたのだろうが、それも朽ちてしまったのだろう




松本先生の墓まで まだ600mもある、
平坦地なら行けるだろうが、かなりの坂道だ、私の体力では行き倒れになるかも? 今日は諦めよう、と引き返す





山を下って 吉村寅太郎の墓へ向かう


りっぱな石碑が建っています



天誅組総裁 吉村寅太郎辞世の歌なのでしょう

   吉野山 風にみだるるもみじ葉は
           我が打つ太刀の血煙と見よ



吉村寅太郎の墓、大きな岩の前に自然石の墓石がある



すぐ傍には墓石と同じくらいの石碑、私の脳ミソでは読めません









天誅組終焉の山里には、こあじさいと黄色い花、
  若くして散った天誅組の義士たちの無念の涙花なのだろうか?





丹生川上神社へお参りして帰路につきました。



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アジサイもピークを過ぎて

2021-06-13 | 奈良県北部
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小雨降る梅雨空だったが、午後から雨はあがりボンヤリとした空になって時折り陽が射してきた。

隣町、奈良県葛城市染野のアジサイを見に行ってきました。









大きな花をつけてるが、全体的にはピークを過ぎている
 




   “ 花の色は うつりにけりな いた​づらに
          わが身世にふる ながめせしまに ”


どんなに美しい花も、今を盛りと咲く花も、これから美しく咲く花も、ピークを過ぎて枯れてゆく花も、時節の移ろいには逆らえないのです・・・


























花びらの上に小さな虫さんがゆっくりユックリ動いてました、
カメラを近づけても知らん顔をしてユックリ動いてる、体は小さいけれど大物でしょうか?



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田植え

2021-06-12 | その他
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今年も無事田植えが終わった。





自分の田んぼは持ってないが、親族の農業の手伝いをやっている。
農繁期に手伝いをして米を貰ってる、たぶん労力分以上の米を貰ってるだろう。

普段は農作業をしないので、年に数回の手伝いをしただけで体のアチコチが筋肉痛で悲鳴をあげる。



《 米 》という字を分解すれば、「 八十八 」となる
米が食べられるようになるまでには、88回もの手間がかかるという意味なのです。
昔はほとんど手作業でやっていたが、今は便利な機会が出来て大変楽になった。 しかし、どうしても手作業でしなけばできない部分が残る。

その少しの手作業だけで足腰が痛くなって悲鳴をあげるのです




   田 植
   昭和17年に発表された文部省唱歌です

    そろた 出そろた さなえが そろた
    植えよう 植えましょ み国のために
    米はたからだ たからの草を 植えりゃ こがねの花が咲く

    そろた 出そろた 植え手も そろた
    植えよう 植えましょ み国のために
    ことしゃほう年 穂に穂が咲いて みちの小草も 米がなる



昭和17年といえば 今から79年前、この頃に比べて便利な機械が出来ています。

トラクター、田植え機、コンバイン、籾すり機、トラック等々ですが、これらをそろえたら収納する倉庫も必要となります。 一式そろえたら相当な金額になるでしょう! 日本の農業の規模で採算はとれているのでしょうかね~?



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大阪平野の眺め ~ 神津嶽ふれあい広場より

2021-06-10 | 信貴生駒山系 奈良県/大阪府
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大阪府の府民の森の一つ、大阪府東大阪市の生駒山系にある “ なるかわ園地 ” の北部にある 神津嶽ふれあい広場 へ行ってきました。
信貴生駒山系に、展望のよい場所はアチコチあるがここからの展望もなかなか良いのである。


現在、新型コロナウイルスのおかげて園地の駐車場は閉鎖されているようで 園地内を歩く人も少ない、コロナ菌よりも暑さのセイで少ないのかも?




相変わらず スーパーカブで奈良県側から ~ あの有名な 酷道308号線の暗峠 へ向かう ~ 峠を越えて適当な場所へバイクを停める、車じゃないから適当な場所に邪魔にならない程度に適当に停める




峠手前の奈良県側の棚田




「 案内板の現在地 」から緩い下り坂の 「 らくらく登山道 」 を少し歩く








神津嶽ふれあい広場 にはりっぱな休憩所




以降、神津嶽ふれあい広場より



後方に見える大きなビルは 八尾市のJR久宝寺駅前のメガシティタワーズ



後方左に あべのハルカス、その右に赤い港大橋がチョーぼんやり



右端の赤い部分が東大阪市の花園ラグビー場、後方に大阪市中心部のビル街




赤丸の中に大阪城、周りのビルに比べたらあまりにも小さいのでほとんど分かりません



右後方に大阪府咲州庁舎、その前に赤い港大橋が何とか分かる程度






斜めに走るのは近鉄奈良線だろう、近鉄線左の大きな建物は何でしょうか?





らくらく登山道には こんな案内板もある
ここに記されている距離は、なるかわ園地の管理棟や駐車場のある位置からの距離のようです




園地の木々はこの暑さを喜んでいるような盛緑!





帰りは暗峠を越えて奈良県側へ ~ 生駒山系の中腹を生駒市の宝山寺へ



宝山寺前より生駒市街・近鉄生駒駅付近を望む



手前は生駒市街、その向こうに伸びる緑は矢田丘陵でしょうか?





帰り道、生駒郡平群町より
左後方の山は生駒山、人間の目で見たら山頂のアンテナが分かるのですが、この写真ではわかりませんネ



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緑の世界

2021-06-09 | 奈良県南部
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奈良県五條市大塔町の猿谷ダム湖

昨日 篠原集落へ行く途中に撮影、ダム湖の水面も山の緑と同化して美しい光景を造っていました。




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五條市の山奥、限界集落へ・篠原集落

2021-06-08 | 奈良県北部
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6月1日に、五條市大塔町中井傍示、大塔町惣谷へ行ってきたが、今日は大塔町篠原という集落へ行ってきました。


前回は、国道168号線沿いの 大塔温泉夢乃湯から県道へ入ったが、本日は大塔町辻堂の五條市役所大塔支所前から林道へ入って篠原集落へ向かう。




大塔支所前から 坂道の林道を7Kmほど上れば、ヘリポートと展望台がある


展望台は 「 高野辻 ビューポイント 」



山また山の景色、 世界遺産 大峯・高野の大バノラマが広がる


ここから下りの林道となる




宮の滝を過ぎてちょっと走れば、先日 夢乃湯前から入ってきた県道と合流する




合流地点から さらに5Kmほど山奥へ進めば、篠原集落の家々が見えてきた




道路から下を見ても斜面に建つ家々




とりあえず集落の最奥まで行ってみる


苔むした斜面に建つ石碑、平坦地が無いので墓も人間の住まいも山の斜面のようだ




集落の中をうろうろ歩く




赤いトタン屋根の家は誰も住んでないようだ



集落には 30軒ほどの建物があるのかな?、 ここに住んでる人は少ないようだ、住まいは別にあって時々帰ってくる人も居てるようである。




上の方、山際の家は住んでない歴長そう、別棟は傾いてる



集落内の通路はこんな状態に! 侘しさが漂う



左端に民宿の看板があるが、玄関も雨戸も閉まったまま




集落内の高所から入ってきた方角を見れば、こんな山の斜面に家が寄り添って建っている
手前左の白っぽい屋根はモト篠原小学校のようです



集落の一番奥、山寄の家は草木に覆われて朽ちてゆく



雨戸も壁も朽ちている、
覗いてみたら、居間だろうか? 炭か炭団を入れる堀こたつのようである、なぜか?上には稲わらが置いてある。
堀こたつって言っても、今の若い人は知らないでしょうね?



朽ちた建物の近くにはキレイな花が咲く


若くて瑞々しい緑の葉に黄色い花、方や住む人も無く朽ちてゆく建物、自然の摂理とは言え何だかジーンときます、 諸行無常 色即是空 空即是色 ・・・





ちょっと場所を移動すれば




急峻な斜面に高い石垣を積んだ宅地、そして通路は人間が歩くだけの幅しかない

捕まる手摺か何か無かったら、転落しそうでビビッてしまう





大塔村立 篠原小学校跡地 です
 近くから全景は撮れないので 「 舟の川 」 対岸から撮影


かなり立派な校舎です

地元の90歳だという男性に話を聞いてたら、「 ワシが20歳の頃には 70人程の児童が居てた 」 そうです




グランドの片隅には学校の沿革を刻んだ石碑がある

明治6年5月 創立
大正15年2月 移転改築
昭和60年3月 休校
平成16年8月 廃校

明治6年は 西暦1873年、創立後112年で休校 ~ そまのの廃校となったのである




舟ノ川下流よりモト篠原小学校を眺める、周りは山また山


この地区へは、以前来ていた移動販売車も来なくなった。
車を買って道路沿いに駐車場を確保しても、高齢になり足腰が弱ったら、石段を登って我が家へたどり着けないだろう、100年以上の歴史ある篠原集落も、限界集落まっしぐらだろうか?



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琵琶湖大橋へ

2021-06-07 | 滋賀県
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スーパーカブで滋賀県の琵琶湖大橋へ行ってきました。



奈良県五條市の山奥・限界集落へ行こうと思ったが午後からの降水確率は20%、滋賀県を見たら10%だ
10%程度ならどちらでも同じようなものか? でも、気分的にはちょっと違うのである。


カブだから、当然 高速道路は使えない
奈良県香芝市から ~ 国道24号へ出て ~ 奈良市 ~木津川に架かる泉大橋を渡って ~ 京都府木津川市 ~ 地方道へ入り ~ ~ 井手町 ~ 京都府城陽市で国道307号線へ入る ~ 京都府宇治田原町で府道62号へ入り ~ 宇治川左岸の府道3号を走り琵琶湖へ向かう






井出町で玉川を渡る

日本には、歌枕として有名な玉川が六つあり、これを六玉川というらしい、 井出の玉川もその一つなのである。




京都府宇治田原町で国道307号から府道62号へ



向こうに見える橋は、滋賀県大津市石山の南大津大橋
左へ行けば、京滋バイパス南郷ICへの入口です





滋賀県大津市石山の石山寺



山門を覗いて写真を撮っただけで、賽銭もあげずにおさらばしました、バチあたりでしょうか?




石山寺前の瀬田川の風景




さらに北へ向かう ~ 瀬田の唐橋を渡って瀬田川左岸 ( 瀬田川・琵琶湖の東側 ) へ入り北上する





数年前までは、この近くに大きな綺麗な蓮がいっぱい咲いていたが、今は昔の話になってしまった



さらに北へ



やっと琵琶湖大橋が見えてきた





大きな観光船が北へ向かって琵琶湖大橋を潜ろうとしてる



豪勢にヨットを楽しむ人も



琵琶湖大橋東詰をさらに北へ、


第一なぎさ公園へ行ったが今は何もなかった




琵琶湖大橋を北東から眺める
 キレイな砂浜の向こうに琵琶湖大橋








北の空にはうっすらとした白い雲
 右端のビルは 第一なぎさ公園隣のビルです




キレイな砂浜にお魚さんが横たわってる、まさか溺れ死んだワケじゃないだろう、
カラスが突いてたので写真を撮ろうと近寄ったら飛んで行ってしまった








琵琶湖大橋東詰にて
 小さな公園のようになっている





大きな石のモニュメント
 真ん中の奥の石には 琵琶湖のさざ波を現しているらしい彫刻



巨大な石燈篭



少し休憩して 引き返す




府道62号から国道307号へ出る手前、
宇治田原町にて、新名神高速道路の巨大な橋脚が聳え立っている




帰宅したら、本日の走行距離は 190.3Km になっていた



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朱色の鳥居が続く丸高稲荷神社

2021-06-05 | 和歌山県
和歌山県橋本市、京奈和自動車道・橋本東IC近くの 丸高稲荷神社へ


以前から気になっていた、
京奈和自動車道橋本東IC付近の北側、小高い山の上に紅い鳥居がズラ~ と並んでるのが目に入るのだ、一度行ってみたいと思ってたので、本日行ってきました。


85基の紅い鳥居が並び、ソメイヨシノなどの桜が約150本、春には美しい光景が広がり、 山頂からは紀の川や高野山系の山々が一望らしい。





京奈和道から度々見てるので、近くへ行ったら判るだろう、と思って行ってみたが、近くへ行くと並んでる鳥居が見えない! ウロウロ ~ ~ ウロウロして、1時間ほどかかってやっと神社へ到着






途中、奈良県御所市伏見にて







やっと神社前へ着いた
京奈和道から見てたとおりの光景である



北東には橋本東IC、写真の左は橋本市あやの台方面



緩い階段の鳥居を潜って上る、途中から振り返ればこんな眺め









山頂の神社が見えてきた




神社の建物はそんなに大きくない、手前のつつじは満開だ



正一位 の石柱




下を見れば、緑の木々と紅い鳥居がみごとな景色を造ってる




以降3枚、参道から少し離れて撮影











紅い鳥居をバックにアジサイが咲く




以降 頂上からの眺め


手前に京奈和自動車道、
後方の家々の手前に紀ノ川が流れているが、この写真では判らないですね



手前に京奈和自動車道の高架、後方には高野山系の山並み



北側の近くには芝生の公園、遠くにはニュータウンの建物だろう




13時半頃から雨がポツリポツリと降ってきた、カッパを着るほどでもなかったが、急いで帰ろう ~ 奈良県御所市あたりまで戻ってきたら雨は降ってなかった ~ 無事帰宅。


緑と朱色の共演、そして高野山系の眺め、いい景色を見せてもらいました! 来年の桜の頃にもぜひ訪れたいもんだ




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十三峠へ

2021-06-03 | 信貴生駒山系 奈良県/大阪府
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4月にカメラの調子が悪くなってしまった、
近くのものを撮ったらマトモな写真になるが、遠くの風景を撮ったらスゴく暗い写真になる。

メーカーへ点検に出そうか? と思っていたが、最近のカメラは電子機器でパソコンと同じような感じ、・・・ だから、リセットしてみたら治るかも?? と思った。 やってみたら やっぱり治ったようである。



と、いうワケで 治ったカメラを持って十三峠 ( 大阪府八尾市神立と奈良県生駒郡平群町富貴畑の境界 ) へ行ってきました。



不調時の暗い写真



好調時のマトモな写真







十三峠の道標



在原業平もこの峠を越えて、好きな女性に逢いに行ったのですね~
当時は車も無いから、当然歩いて通ったのか? それとも駕籠にでも乗って通ったのでしょうか?
恋をするにもかなりの体力か大金が要ったんでしょう



1765年生まれ、当年256歳の地蔵石仏さん





すぐそばには美しい花





本日の大阪平野の眺めはかなり霞んでる


赤い港大橋の左に 大阪府咲州庁舎、右にはあべのハルカス



後方のビル街の真ん中に大阪城が写ってるがほとんどわかりません



真ん中あたりに高速道路の東大阪JCT、右端に東大阪市役所


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以降は パナソニックのコンデジで撮影
  デジタルズームで1440mmまで使えるが、やはり価格相応の写りですネ





真ん中手前に大阪城が写ってる



大阪市港区あたり、後方に大阪湾が写ってるんですが・・・



あべのハルカスと港大橋



一眼レフカメラは、リセットで治ったようである、
何かの拍子に、気づかないうちに、何かを触ったり、ボタンを動かしたりしたのだろう、ワケのわからないうちに変になったが、リセットで治ってしまった。

何がどうなってたか? わからないけど、とにかく治ってよかった。

今日の写真はかなり悪いけど、気象条件の悪さが原因で、カメラも人間も、特に壊れているワケではありません。



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