Bike&SlowLife

バイクとカメラを愛し、自然を愛し・美しい風景を愛して、ゆっくり生きてる奈良県に住む気分は若者の雑記帳です。

五條市の山奥、限界集落へ Ⅱ

2021-06-02 | 奈良県北部
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《 昨日の続きです 》



以降4枚は、県道235号へ入るまでのものです



道の駅から南へ下ったら 新大塔橋が完成してた、手前が現在の大塔橋
新橋の左は山で突き当り、これからトンネルの工事に掛かるようだ




緑の中に白い中原橋
渡って左へ行けば野迫川村方面



赤い橋の左に五條市役所大塔支所
夢乃湯前から山の中の県道へ入って ~ この支所前に出てくる、深い山の中を26Km余り走るのだ

天ノ川右岸に走るのは国道168号線、高速道路のような道である




左の白いアーチ状のものは国道168号線に架かる橋、県道235号は この橋の袂を左の山の中へ入って行く







五條市大塔町中井傍示 を後にして ~ 山の中の県道235号線を 大塔町惣谷、大塔町篠原 方面へ向かう


県道は深い山の中を走る、左手は山の斜面を削ったガケ、右手は深い谷
ヒドイ悪路ではないがクネクネ曲がって、小石小岩が所々に落ちている、見通しが悪いのでユックリ走る




途中で視界が開けて、深緑の深い谷と山々が見えた



惣谷地区に入ったら視界が開けて、山々の中に家が点在する

県道は山の中腹にへばり付くように走る、集落内の道は山肌を九十九折れのように曲がる



斜面の緑の中に点在する民家、対面の山との間には深い谷








集落内の高所から眺めたら、ほとんどの家が山の斜面にへばりつくように建っている




かなり古そうなお寺




本堂も庫裏も雨戸はしまったまま、住んでる様子は無い




ちょっとした広場が、廃校のグランドだった


廃校の石碑

大塔村立 惣谷小学校跡地
明治34年5月創立
大正2年9月 校舎狭隘のため移転落成
昭和62年3月 休校
平成16年8月 廃校

昭和22年4月から 昭和45年3月まで 大塔第2中学校併設、と記されている




石碑の後ろは高い石垣

石段を登ったらモト学校の校舎が建っていた


かなり大きな校舎だ
 中学校と併設だったので、規模が大きかったのだろう



グランドを見下ろしたら、端っこに可愛らしいプールがある、

グランドの下には民家の屋根




惣谷集落の端
写真に写ってるのは県道235号、惣谷集落を後にして篠原集落へ向かう




やっと篠原集落の近くへ着いた、夢乃湯から山の中を13Km


篠原集落へも行きたいが、今日はパスして宮の滝へ向かう



宮の滝
この滝は、落差約40m、3段の滝で 那智の滝とは夫婦であると伝えられている。


滝前にはモミジ、紅葉の時期には素晴らしい景色になる





3段の全景は見えないが、それでも容姿端麗な滝である。



篠原集落へ行けば遅くなるのでまたの機会にしよう、

深緑の山々、そして限界集落、素晴らしい宮の滝等々、紀伊半島ど真ん中のひと時でした。



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五條市の山奥、限界集落へ

2021-06-01 | 奈良県南部
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五條市大塔町・国道168号線沿いに 大塔温泉夢乃湯がある、 このそばから舟ノ川沿いに県道235号線が山の中へ向かう。

この県道沿いの山深い中に、十津川村沼田原、五條市大塔町中井傍示、大塔町惣谷、大塔町篠原という集落が点在する。 今日はこの4ヶ所の集落を巡ってきました。




国道168号線の 道の駅吉野路大塔
 この駅から 20Km南へ向かえば 谷瀬の吊り橋がある



道の駅から下って行けば新大塔橋の架橋工事中、
    その近くの眺めです、山も水面も一面緑緑緑



猿谷ダムも緑がイッパイ



国道168号から県道へ入り篠原方面へ向かう






大峯奥馳道もここから行くのだ!





十津川村沼田原にて
  この辺りは、五條市と十津川村の境界付近なのです



県道沿いに誰も住まない建物、これは朽ちかけている



ちょっと山沿いに上がったら、コレも見捨てられた建物のようだ



もう少し山沿いを上がったら、
  木々に覆われて、外板も朽ちて・・・





県道をさらに山奥へ進むと、中井傍示 の集落



ここに写ってる建物は全部雨戸も閉まってる、倉庫も住まいも使われていないようだ



集落内の道を上って行くと、道沿いの狭い宅地に建物が並ぶ



木々にのみ込まれた建物



集落内の最奥近く、
写真ではよく解からないが、この道はかなりの勾配である



集落から 舟ノ川を挟んだ対岸の山です、
 対岸の山中にも住んでる家がある、ポツンと一軒屋のようだ




この集落内に廃校
もと 「 大塔村立永盛小学校 」  
 わりと大きな校舎である、創設時にはかなりの児童がいたのだろう



沿革を刻んだ碑
明治8年5月創設、 昭和50年2月休校、平成16年8月廃校



中へは入れなかったが、ガラス窓から廊下の写真が撮れた


廃校の近くに




平坦地はほとんどないので、集落内は石段が多い



玄関も雨戸も壊れてたので内部の写真が撮れた



別棟の風呂場、土壁が落ちて五右衛門風呂が見えている


この集落には、20数軒ほど? の建物があり、現在ここに住んでるのは2軒だけらしい、ほかは時々帰ってきて手入れをしてる家もあるが、見捨てられた家もアチコチにある




次は 大塔町惣谷集落へ、つづく



コメント (2)
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