実は本日から東南アジアへ出張予定でした。しかしタイの政変で中止ということで、妙に時間が空いたり、逆にスケジュール調整に追われたりして、ザワザワした1日となりました。
そして、こういう時こそ安心感のある演奏が欲しいということで――
■Bright And Breezy / Red Garland (Jazzland)
マンネリだの事勿れだのと言われても、ジャズ者にとってのハードパップは、やっぱり気持ちが良いと思います。
それは安心感というよりも、有名な映画監督のアルフレッド・ヒッチコックが言うところの「全て分かっている楽しみ」です。
そしてそれを一貫して追求したピアニストが、レッド・ガーランドです。
ご存知のように、この人は1950年代中頃のマイルス・デイビス(tp) を支えたリズム隊の1人として絶大な人気があり、録音セッションも数多く残しています。もちろんリーダー作も名盤・人気盤が目白押しなんですが、そのどれもが、常に金太郎飴状態……。
そこにツッコミを入れられると、熱心なファンは弁解に躍起となるだけ無駄! という按配ですが、しかしジャズ者でレッド・ガーランドが嫌いという人は、ほとんどいないんじゃないでしょうか……?
このアルバムは、どういう理由か、本場ニューヨークから郷里のテキサスに引っ込む直前の1961年7月19日に録音されたもので、メンバーはレッド・ガーランド(p)、サム・ジョーンズ(b)、チャーリー・パーシップ(ds) という、素敵なトリオになっています――
A-1 On Green Dolphin Street
マイルス・デイビスの決定的な演奏が残されて以降、モダンジャズの定番になった曲ですが、残念ながらレッド・ガーランドはその直前にバンドを出て行った所為で、その時のピアニストはビル・エバンスという因縁がありますから、もしも……、という興味深々のトラックです。
で、ここでのレッド・ガーランド・トリオは、マイルス・デイビスとは似て非なるアレンジをあえて使い、チャーリー・パーシップの強靭なドラムスを前面に出してハードパップ丸出しの演奏に終始します。
得意技のブロックコード弾きも和みよりも力強さがあり、サム・ジョーンズの歪みのウッドベースも素晴らしいのですが、正直、力み過ぎだと思います。つまり何時もの大人の対応を忘れてしまった感があるようです……。
A-2 I Ain't Got Nobody
これはレッド・ガーランドの十八番という楽しい演奏です。アップテンポでコロコロと転がる単音弾きと要所で炸裂させるブロックコード弾きのコンビネーションは常套手段ですが、しかしここでも何故か、力みが目立つのは、ギスギスした録音の所為ばかりでは無いような……。
A-3 You'll Never Know
ドリス・ディやフランク・シナトラが好んで歌っていたポビュラー曲で、モダンジャズではあまり演奏されていませんが、こういう隠れ名曲を引っ張り出してくるところに、レッド・ガーランドの良さがあります♪
実際、前2曲とは全く違う、いつものレッド・ガーランドらしい和みの世界が展開されています。それはスローなテンポですが、決してダレることの無い緊張感がほど良く、もちろん原曲を活かしきった歌心が見事と言う他はありません。
A-4 Blues In The Closet
ビバップ色が極めて強いブルース曲で、ちょっとドラムスが喧しい雰囲気ではありますが、レッド・ガーランドがファンには耳に馴染んだフレーズを連発して盛り上げてくれますから、これこそ「全て分かっている楽しみ」です。
その快適度、その快楽性は永遠に不滅というジャズの醍醐味に他なりません。
サム・ジョーンズのウォーキングも基本に忠実ですし、終盤のピアノ対ドラムスのパートもお約束に満ちていながら、緊張感があって心地良い限りです♪
B-1 What's New
こういうお馴染みのスロー曲をド頭にもってくるという仕掛けは、AB面が分離されていたアナログ盤ならではの楽しみで、私はこれが聴きたくて、この面ばかりに針を落としていた前科があります。
全くこの「間」の芸術というか、ダレそうでダレ無い、タメとモタレの妙は、こういう小編成の演奏では必須でありながら、誰もが成し遂げられるものでは無いのですから、このトリオは秀逸です。イントロのベースがビル・エバンス・トリオ調なのも、憎めません。
そして、ゆったりと横揺れしながら展開される美メロの洪水に、身も心も虜になるのでした。
B-2 Lil' Darlin'
カンウト・ベイシー楽団の人気演目として、あまりにも有名なジャズオリジナルです。それは超スローテンポで演じられる黒くて洒落たグルーヴがキモでしたが、ここでのレッド・ガーランドはミディアム・テンポのアレンジで、和みを追求しています。
まずイントロがオシャレの極み♪ 続けてブロックコード弾きによる快適なテーマ演奏♪ 実はこのテーマ部分は、カンウト・ベイシー楽団の超スロー演奏が耳に馴染んでいるので最初は違和感があるのですが、作者のニール・ヘフティが最初に指示したのは、このくらいのテンポだったと言われていますから、微妙な好き嫌いが残ります。
ところがここでは、アドリブパートの前半でサム・ジョーンズの素晴らしいベースが堪能出来るという上手い仕掛けがあって、続くレッド・ガーランドのピアノが例のマンネリ・スイングを演じても、それがかえって素敵なものに転化しています。
B-3 What Is There To Say ?
個人的にとても好きな曲ですから、ここでのレッド・ガーランドの演奏には大いに期待して、ズバリ琴線にふれる最高の出来に満足しています。
スローテンポでの単音弾きとブロックコード弾きのバランスも絶妙ですし、そこはかとない歌心のちりばめ方は、もう大人の味のビタースウィートです。
そしてサム・ジョーンズのベースソロを挟んで、後半はビートを強め、トリオが一丸となって短く盛り上げ、スウッとスローなテンポに戻していくところなどは、もう名人芸の世界♪ ラストテーマの最後の最後まで、これぞレッド・ガーランドという「節」が出て、完全降伏です。
B-4 So Sorry Please
モダンジャズの天才ピアニスト=バド・パウエルが書いた曲ですが、エキセントリックなところは無く、ちょっと中華メロディが交じったような、憎めない素敵な曲です。
作者以外ではトミー・フラナガンのカバーバージョンが名演とされていますが、このレッド・ガーランド・トリオの演奏も素晴らしくノッています。もちろんそこには、これも「全て分かっている楽しみ」が満載で、こういう何気ない演奏こそがハードパップの真髄かもしれないと、シミジミ思うのでした。
ということで、これは歴史的名盤でも無いし、レッド・ガーランド本人の録音としても「並」の出来というのが、本当のところです。とてもマイルス・デイビスと共演していた頃の緊張感は望むべくも無し、です。
ところが、こちらも何気なく聴いていると、何時しか、すっかり虜になるアルバムなんですねぇ~♪
私は特にB面を愛聴してきましたが、CD時代になって全曲ブッ通して聴けるようになると、より流れが上手く作られていることに気がつき、陶然となりました。そして個人的快楽盤のひとつに登録しています。
タイトルどおりのアルバムジャケットも素敵ですね♪