【安倍・菅政権】:官邸主導とは何だったのか 内閣人事局「生みの親」が語る
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【安倍・菅政権】:官邸主導とは何だったのか 内閣人事局「生みの親」が語る
安倍晋三政権、菅義偉政権は省庁人事を差配する内閣人事局を使った「官邸主導」の政治手法で霞が関を支配した。官僚出身で民主党の参院議員として行政改革に携わり、内閣人事局の「生みの親」の一人でもある松井孝治元官房副長官(現・慶大教授)に両政権であらわになった課題を聞いた。【聞き手・松倉佑輔】
インタビューに答える元官房副長官の松井孝治氏=2021年9月15日午後3時25分、松倉佑輔撮影
◆菅流「恐怖政治」が残したもの
――両政権の官邸主導をどう見ますか。
◆菅さんは内閣人事局を恐怖政治的に使いました。役人時代の同僚は、菅さんから「(打ち合わせの後に)部屋に残ってくれ」と言われると「背筋が凍った」と話していました。霞が関は反発した役人の左遷と気に入られた幹部の昇進を見ているわけです。抜てきと一罰百戒の見せしめによる恐怖政治です。
内閣人事局が発足、看板を設置する安倍晋三首相。右は菅義偉官房長官(当時)=東京都千代田区の中央合同庁舎8号館で2014(平成26)年5月30日(代表撮影)
首相や官房長官が人事権を使うのは当然だし、想定していたことですが、長官任期の長期化もあって人事権の主導権は完全に菅長官に握られ、少々バランスが崩れました。その結果、局長レベルにとどまらず、課長や課長補佐まで「政権の意向」を模索するようになってしまった。組織コントロールとしては有効なやり方ですが、行き過ぎました。現場が押し黙ってしまうと、組織として政策の分析や比較衡量が困難になり、役所の組織としての基礎体力を奪っていきます。
――内閣人事局の制度を作った時にどのような議論があったのですか。
◆2008年5月から6月に行われた国家公務員制度改革基本法案の与野党修正協議で、内閣人事局の制度設計を担った自分にも反省があります。与野党協議で、内閣人事局が審査する幹部職の対象について「あまり限定しない方がいいのでは」と言ったのは、実は私です。当時、自民党側の担当だった宮沢洋一参院議員は「審査対象は70人か80人じゃないか」と主張しましたが、私は「実質はそうだが、たとえば財務省の主計局次長は重要なポジション。局長以上と限定せず、網は広めにかけた方が良い」と主張し、合意しました。ちょっと網を広くかけすぎた弊害が出ています。
――内閣人事局の審査対象は約600人になりました。
◆実際の人事は、内閣人事局がすべてコントロールしているわけではないと思います。麻生太郎財務相が長く大臣職にある財務省では菅さんも強い人事介入はしていない。これが制度設計をした当初に我々が想定していたものでした。本来は大臣が人事権者で、首相や官房長官が人事評価まで牛耳るというイメージではなかったのです。長期化した安倍政権では、多くの大臣が毎年のように交代する一方で首相と官房長官は代わらない。各省の次官や主要局長は首相や官房長官と懇ろになり、自分の省の大臣よりも首相や官房長官の政策判断を優先するようになる。
内閣人事局による幹部人事の流れ
――想定が難しかったと。
◆制度設計した時は、毎年のように首相が交代する状況だったので、もっと首相にガバナンスの武器を持たせなければという問題意識がありました。長期間にわたり同じ人たち(安倍・菅政権)が武器を持ち続けるならば、矛に対する盾も持っておかなければ、じゅうりんされてしまう。長年続くものに対して、バランスを取る仕組みがなかったことは、制度的な欠陥だったと思います。
官邸は、首相や官房長官が一を言ったら十反応する役人を重宝します。四の五の理屈をつけて動かない官僚は面倒な存在と映りがちです。異論を挟むものは排除したくなる。それが権力者です。過去の宰相では、自らと異質な部分が多々ある後藤田正晴官房長官を女房役に配した中曽根康弘首相は立派でした。しかし、そうした属人的資質に頼らず、制度的なバランスを取るような仕組みを用意すべきでしたし、今からでも用意すべきだと思います。
◆国民との関係、あるべき姿は?
――国民と官邸主導の関係は。
◆内閣主導、官邸主導と呼ばれるものの権限は首相にありますが、権力の淵源(えんげん)は国民の支持にあります。安倍政権における菅官房長官の霞が関に対する影響力は、安倍内閣への国民の支持あってのことです。政権の支持率が低くなれば、官僚も「この首相はいつまでやるか」とみるようになる。そういう意味では、内閣主導を支えているのは民意です。
――あるべき官邸主導にする方策はありますか。
◆中長期的に、霞が関だけで人材を回さずもっと民間の政策人材を発掘し、育て、登用する必要があります。政治主導は、本来は民主主義のガバナンスのもと国民主導でなければならないのに、政治主導を支える人材は各省の公務員以外に見当たらない。
民間人材の登用は、掛け声だけでは進まず、国会に独立推計機関や評価分析機関などを積極的に設置、強化することや、各党に配分している政党助成金の使途の一定部分を政策的経費に充てることを義務付け、政党シンクタンクの組成をはかることなどによって政策人材の集積を作ることに振り向ける制度的な工夫が必要だと思います。
――国民のための政治主導にするためにはどうすればいいでしょうか。
◆政治主導や内閣主導、官邸主導をチェックするとしたら民意しかありません。国民への訴えについてはこれまでの政権以上に意を払ってきた安倍政権ですが、選挙については小刻みに解散して、政策を明確にするよりも野党への攻撃に終始しました。野党も対立軸を示せずに批判ばかりしてきました。政治が熱くて切実な言葉を失っているのではと思います。政治家が国民に真剣に語ることなしに、国民のための政治主導は達成されません。
元稿:毎日新聞社 主要ニュース 政治 【政策・連載・「安倍・菅政権」】 2021年10月01日 00:03:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。