「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

デング熱の流行と蚊と共生していた時代

2014-09-08 06:09:11 | Weblog
デング熱が何か突然のように流行し、全国で80人もの感染患者が出ている。いずれも感染元は東京都心の公園で、ヤブ蚊の一種「ヒトスジシマカ」のウィルスを媒介しているようだ。人から人への伝染はなく、致死になるケースは少ないが数日間高熱と頭痛を伴うとのこと。東京都では中心部の七区で、遅まきながら蚊の一斉調査に乗り出し、新宿御苑まで閉鎖された。

日本ではここ数十年、蚊の存在は日常生活から遠くなってきていた。東京の区部のわが家でも昭和44年、札幌へ転勤するまで夏になると蚊帳をつっていた。蚊帳のあの色と匂いは懐かしく、夏の風物詩であった。戦前昭和の頃、東京では空襲に備え、どこの家でも防火用水が義務づけられ、その用水のなかに蚊の幼虫のボウフラが湧いていたのを想い出す。子供たちは蝉取りに行き、ヤブ蚊に刺されても平気であった。

インターネットで調べてみたら、デング熱は熱帯や亜熱帯を中心に1960年ころから流行し出した比較的新しい病気だ。1960年から2010年までになんと30倍も患者数が増えている。原因としては都市化と人口増、それに地球温暖化ではないかという。たしかにそうだ。最初に感染源とされた代々木公園みたいな緑地は、昔は東京の至るところにあったが、デング熱にかかったという話は聞いたことがない。

蚊を媒介とする病気といえば昔はマラリアであった。戦後すぐの時代、南方の戦地から5百万人もの日本人が引揚げてきてマラリアが大流行した。電車の駅前には防疫班の職員がいて、頭からDDTの薬品の粉を頭からかぶせられた。その後下水道が整備され、農村でも農薬が急速に普及された結果、蚊は絶滅したのではないかとさえ思っていた。ところが”敵もさるもの”だ。デング熱の流行で改めて蚊の怖さを知った。