「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

天皇皇后両陛下のパラオ慰霊の旅と戦跡

2014-09-18 06:46:25 | Weblog
天皇皇后両陛下が敗戦70年の節目の年の来年、西太平洋の激戦地の一つだったパラオ諸島のぺリリュー島へ慰霊の旅に行かれる。パラオの名前は知っていても、ほとんどの日本人は、この名前を知らないのではないか。ぺリリユー島は、パラオ共和国の首都のある島から離れた珊瑚礁の13平方キロの小島だが、戦争中この島に日本軍の飛行場があり、この奪取に上陸してきた米国海兵隊と、守備隊(中川州男大佐)との間に死闘が繰り広げられ、日本側は六分の一の勢力、衆寡敵せず、1万人余りの犠牲者を出している。

ご遺族関係者の「パラオ戦跡を巡る」という立派なHPを拝見すると、アンがウルの丘には遺族関係者が建てた慰霊碑群があり、きちんと整備され、清掃も行き届いている。しかし、一方では戦争当時の日米両軍の戦車や、戦闘機の残骸がジャングルの中に散乱しており、海中には墜落された零戦とみられる残骸が散らばったままになっている。パラオは、今、マリンスポーツのメッカになっており、日本から直行便もでている。その観光ガイドによると、島には、かっての戦争で激戦地だ”といわれる”地だけに戦跡も残っていると書かれてある。

パラオだけではない。先の戦争の”傷跡”は各地に残っている。シンガポールから指呼の距離にあるインドネシア領レムパン島には依然、日本軍が使った上陸用舟艇「小発」が海中に沈んだままになっている。最大の激戦地であったパプアには、戦病死された方々のご遺体が数多くも収集されず、遺品の鉄カブトなどが土産品として売られている所もあるそうだ。対外的なものがあり、難しいとは思うが、慰霊と同時に戦後70年、戦跡についても考える必要があるのではないだろうか。