デューク・アドリブ帖

超絶変態ジャズマニア『デューク・M』の独断と偏見と毒舌のアドリブ帖です。縦横無尽、天衣無縫、支離滅裂な展開です。

オーネット・コールマンとフリージャズの時代

2015-06-21 09:36:34 | Weblog
 今月11日に亡くなったオーネット・コールマンを初めて聴いたのは高校生のときだ。「ジャズ来るべきもの」だったか「ゴールデン・サークル」が先か、覚えていないが田舎のジャズ喫茶もどきにあったオーネットはこの2枚だった。ドン・チェリーと音程が微妙にずれるのが快感の「ロンリー・ウーマン」と、ひょうきんなテーマの「ヨーロピアン・エコーズ」はソロを口ずさめるほど聴き込んだ。

 そのスタイルが異端とされていたのを知っていたが、違和感はなく極自然に耳に入ってきた。それまでに聴いたハードバップや、リアルタイムで聴いているマイルスのモードとの違いはわかるが、それが批判されるのは理解できない。ジャズ書によるとパーカーとビ・バップが出てきたときも当初は受け入れられなかったというので、新しいものへの拒否反応が働いたのだろうか。それに自身がジャズを聴き込んでいないがために批評しようにもそれができないことと、オーネットが現れたときのジャズシーンをよく理解していない無知がすんなりそのスタイルに馴染んだともいえる。

 ただ「Free Jazz A Collective Improvisation」を、本格的鑑賞店と呼ばれるジャズ喫茶で聴いたときはさすがに度肝を抜かれた。左右のスピーカーから別々のカルテットの演奏が聴こえるのだ。メンバーにしてもエリック・ドルフィーやドン・チェリー、チャーリー・ヘイデン、エド・ブラックウェルは音楽的にもオーネット寄りであることはわかるが、フレディ・ハバード、それにスコット・ラファロ、「ジャズ来るべきもの」で共演しているとはいえ「サイドワインダー」のイメージが強いビリー・ヒギンズの3人はフリージャズとは結びつかない。ところがこのメンバーであることがオーネットの目指すフリージャズを形にしている。

 音楽におけるオーネットの信条は、「形式に従って曲を作るのではなく、作られた曲が形式になる」である。ジャズを根本から覆すものだ。ジャズの歴史を振り返るときデイキシー、スウィング、バップ、フリージャズとスタイルの変遷が語られる。そしてバディ・ボールデン、ルイ・アームストロング、チャーリー・パーカーに次いでジャズの革命家としてオーネット・コールマンの名前が永遠に刻まれる。享年85歳。合掌。
コメント (7)
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