デューク・アドリブ帖

超絶変態ジャズマニア『デューク・M』の独断と偏見と毒舌のアドリブ帖です。縦横無尽、天衣無縫、支離滅裂な展開です。

きっとアストラッド・ジルベルトはイパネマの風になったのだろう

2023-06-18 08:38:28 | Weblog
 今月5日に亡くなったアストラッド・ジルベルトの「イパネマの娘」を聴いたのは、ラジオ番組「ミッドナイト・ジャズレポート」だ。55年以上も前になる。番組の提供はポリドール・レコードで、当時発売権を持っていたヴァーヴ・レーベルの新譜が毎週かかった。DJは成瀬麗子さんで、その艶っぽい声に悩殺された。後にアラン・ドロンの吹き替えで有名な野沢那智さんの奥様になる人だ。

 ジョアン・ジルベルトの静かなギターと呟くようなポルトガル語のヴォーカルに続いて、アストラッドが英語詞で歌いだす。クールでアンニュイ、そして甘ったるい声と自然な歌唱に引き込まれた。それまでに聴いてきたコニー・フランシスやブレンダ・リー、ペギー・マーチとは違う。「大人の歌」とはこういうものかと漠然と思ったものだ。そしてスタン・ゲッツの煌めくソロ。ジャズを聴きはじめの耳には刺激が強い。思わず口ずさみたくなるメロディーと魅力的な歌声、起伏に富んだアドリブ、ボサノヴァを代表するナンバーに小生同様、虜になった少年少女は数知れずだろう。

 ビルボード誌1964年のアルバム・チャートで2位に達する大ヒットの「Getz/Gilberto」だが、録音中のトラブルは有名だ。飛び入りで参加したアストラッドにギャラを出すなとゲッツが言う。一方、ジョアンはゲッツがボサ・ノヴァを正しく理解していないとポルトガル語で怒る。言葉が分からないゲッツが捲し立てる。修羅場のスタジオだが、結果的にはアメリカにボサ・ノヴァを広め、アストラッドを有名にした。性格の悪さが取り沙汰されるゲッツだが、62年にチャーリー・バードと組んで大ヒットした「Jazz Samba」の二匹目のどじょうを釣った商才は大したものだ。

 匂いは懐かしい記憶を蘇らせるという。所謂プルースト効果だが、声も同じような利き目があるのではなかろうか。成瀬さんのハスキーな声は残念ながら聞けないが、アストラッドは55年前と同じ声で今でも聴けるのが嬉しい。「イパネマの娘」をかけて少年の頃を想いだすと少しばかり若返ったような気がする。ボサ・ノヴァの女王、アストラッド・ジルベルト。享年83歳。合掌。
コメント (5)
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