コタツ評論

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ベンチがアホでも野球はできる

2017-05-06 11:54:00 | レンタルDVD映画

カンヌ映画祭にて。右から古舘寛治、深田晃司監督、筒井真理子、浅野忠信。

新作ビデオレンタルで、「淵に立つ」を観た。

家族の深淵を見下ろす映画なので、家族で観る映画ではない。監督も夫婦やカップルで観てほしいと思っているのではないか。

傑作と評価は高いが、秀作であることは間違いないだろう。夫婦を演じた筒井真理子と古舘寛治の瞠目すべき演技、浅野忠信の得体のしれない怖さ、それだけでも世界水準に達しているように思う。

なんだか、歯切れが悪くないか? とお思いかもしれない。それは認めます。

よい映画を観終わった満足感に浸り、その余韻のままに、検索して公式サイトを読み出し、カンヌ映画祭をはじめとする内外の絶賛コメントやレビューに目を通して、うんうんと頷いていたのだ。深田晃司監督のインタビュウを読むまでは。

日本の俳優はもちろん、監督インタビューもたいていありきたりの無芸小食が多いので期待していなかったが、これには右眉が上がった。

Q:また、ヨーロッパでは家族よりも夫婦やカップルを題材にした映画が多いのに比べて、日本は家族の映画が多いのはなぜですか?

A:残念ながら日本には伝統的父権的な家族制度が色濃く残っていて、与党もそれを推進している現実があります。多くのカップルは子どもが生まれた時から、外で働く父、家庭を守る母の役割を演ずるようになる。日本に生きる人間を描こうとすると、家族との関係性がより強く浮き出てくるのはそのような社会背景が理由だと思う。

あくまでもこのとおりの発言をしたという前提での話だが、まず、「残念ながら」に引っかかった。「残念ながら」によって、あきらかに、「父権的な家族制度」を遅れて劣った家族制度と位置付けているが、そんな常識や定説があるとは知らなかった。家族制度に先進や後進があるのか?

そして、「色濃く残っていて」だ。どこに? 日本のどこに?「外で働く父、家庭を守る母」が根拠らしい。日本の専業主婦の割合が欧米に比べて、あるいは中国や韓国よりも高いのが、日本の「父権的な家族制度」を裏づけているのか? 

女性の就業率の低さを「父権的な家族制度」以外の要因で説明することはいくらもできるが、いくつか反問するだけで事足りよう。

そこのお父さん、旦那さん、おじいさん、あなた、父権なんてものをかざしたことがこれまでの人生で一度でもありますか? そこの娘さん、奥さん、お母さん、おばさん、おばあさん、あなたの就職を父や夫や兄弟や親せきから、「女の癖に」と反対されたことがありますか?

「与党もそれを推進している現実があります」で語るに落ちたと思った。ひとつには、自分はリベラルであるというただのポジショントークであること。ふたつには、安倍政権が「反動的」な家族制度を改憲の論議や教育現場に持ち込もうとしているのは、まさしく「父権的な家族制度」が不在のためだという現実に目を閉ざしていること。

こういう認識なら、小津安二郎の「東京物語」は「父権的な家族制度」を描いた作品ということになるのか? あるいは、「父権的な家族制度」が新しい時代の到来によって瓦解していく哀惜と希望の物語とでも読むのか?

片言隻句をとらえてそうムキにならずともと思われるかもしれないが、映画の出来がよかっただけに、そのテーマであったはずの「日本の家族」に対する監督の浅薄な理解への落胆も大きいのである。

小林秀雄か誰かが、「芸談は聞くに値しない」という風なことをいっていたが、尊敬すべき芸の持ち主であるからといって、その芸を語る資格があるとはかぎらないわけだ。

そういう落胆から遡れば、ようするに、西欧式の「罪と罰」を導入してカンヌ映画祭受賞を狙った「逆オリエンタリズム」作品なのかと悪態をつきたいところだが、映画は監督だけのものではない。

現場に携わった俳優をはじめ、多くのスタッフの集合知からなる協働体によって生み出された作品であることは言うまでもない。気の利いたことが言えずくだらないことを言うくらいなら黙っとけよ、というのはプロデューサーの役目だが、「残念ながら」日本にはプロデューサーがいないおかげで、監督がお山の大将になりがちなのだ。

それはともかく、とても優れたよい映画です。お勧めします。

(敬称略)




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カルロ・リッツィについて

2017-05-04 03:36:00 | レンタルDVD映画
CATVでまた「ゴッドファーザー」を観てしまいました。アル・ネリについては以前に書いていますが、今回はコニーの暴力亭主でチンピラのカルロが印象に残りました。

アル・ネリはチョイ役といってもおかしくないほど出番がわずかなのに、この出来そこないの義弟カルロの出演場面は同様なフレドーより多いくらいです。

ソニーの人を見る目のなさとキレ具合、コニーの浅はかさと愚かさを際立たせるために重要な役割というだけでなく、カルロにはマフィアであるコルレオーネ家の歪みが投影されています。

完璧な家長であるビトーやその後継者である冷徹なマイケルの「強さ」を裏返した、後ろ向きの「弱さ」をカルロは体現していて、一家の罪と罰を引き受ける存在といえます。

市民良識の立場から一家を批判するのがマイケルの妻ケイだとすれば、マイケルに殺されるまでカルロは出来そこない続けることで異議申し立てしているかのようです。欲得からビトーを売ったポーリーとは違って、カルロの裏切りは「弱者」の生き残りをかけたものです。

ベルトでコニーをぶちのめしながら、「お前の一家は人殺しだ!」とカルロは叫びます。出来そこないの上に卑劣だから裏切ったというだけではなく、ケイがマイケルに食ってかかるように、カルロは裏切ることでマイケルに抵抗し、自分を守りたかったようにも思えます。

カルロに裏切りの自白を迫るマイケルはまるで異端審問官のようです。出来そこないとはいえ、妹の亭主であり名付け子の父親という家族の一員を手に掛けてしまう。ここでマイケルはコルレオーネ家の「原罪」を負うのです。

それはともかく、とるに足りない男になりきって、観客の印象から除外されるほど優れた助演力をみせたカルロ役(ジャンニ・ルッソ)は見事です。「ゴッドファーザー」の第一作が何度見ても飽きないのは、カルロのように脇役たちが充実しているからでしょう。

コルレオーネ一家ではテシオやクレメンザ、敵対者ではラスベガスの大物モー・グリーン、ハリウッドの大プロデューサーのウォルツ、五大ファミリーを束ねるバルジーニなどはもちろんのこと、葬儀屋やパン屋、ビトーが入院した病院の中年看護婦など端役に至るまで、俳優たちはよい仕事をしています。

それは下敷きとなった事実に基づく原作小説からもたされた入念な造形も背景にあってのことでしょうが、監督の強力な個性によるものと思えます。

fco.jpg

「ゴッドファーザー」メンバーの現在の姿です。トム・ヘイゲン(ロバート・デュバル)はまるで笠智衆みたいになっていますが、並みいるスターや名優に囲まれて真ん中で主役然としているのが、フランシス・コッポラ監督です。

もっとも撮影当時、スター俳優は落ち目だったマーロン・ブランドただ一人で、デニ―ロは売り出し中、アル・パチーノはまったくの新人に過ぎず、観客を呼べるほどではありませんでした。

今日では推しも推されもせぬ名作とされ、豪華大作と思われていますが、当初は低予算のB級実録やくざ映画として企画されたものでした。

にもかかわらず、大セットを組み上げ、大勢のエキストラを動かし、上映予定時間と当初予算をはるかにオーバーする無理を通し、結果的に端役に至るまで好演する機会を与えるほど、映画を底上げしたのはコッポラ監督のカリスマ性によるものでした。まさしく彼こそ、「ゴッドファーザー」でしょう。

ところで、気づきましたか。ちょっと心霊写真っぽいのです。コッポラ監督の右肩、コニー(タリア・シャイア)の左の肩にのせられた手を変に思いませんか。ソニー(ジェームス・カーン)が後ろから伸ばした手のようですが、遠近法が狂っているように位置がおかしく見えます。

(敬称略)






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韓国映画の話題作続々

2017-02-15 21:58:00 | レンタルDVD映画
金正男暗殺のニュースを聞いて、半島も日本の植民地だった抑圧の記憶が暴力指向につながっているのではないかと思った。以前に、アメリカの植民地といえる中南米の国々に顕著なマチズモを研究した本を読んだことがある。独裁的軍事政権、クーデター、反政府ゲリラ、ギャングなどの暴行、暗殺、拉致、拷問、あらゆる暴力が渦巻いてきた。

もちろん、こうした中南米諸国と韓国はまるで異なる。日本と比べられるくらい韓国は治安のよい国だ。にもかかわらず、韓国映画の暴力性は際立っている。韓国映画といえば甘い甘い恋愛映画か、殺伐とした犯罪映画の両極端に特徴づけられるが、瞠目すべき作品は後者に圧倒的に多い。凄惨きわまる暴力場面や極悪非道な人間悪を容赦なく描く点では、たぶん世界の映画界でも突出しているはず。

韓国の代表的な映画賞である青龍賞の男優助演賞とファンが選ぶ人気スター賞を國村隼が獲得した「哭声コクソン」を皮切りに、「アシュラ」、「お嬢さん」など、韓国の猟奇・犯罪・暴力映画の話題作が今春続々公開される。

すれっからしの映画ファンでも未見ならびっくりするはず。こうした映画がヒットして次々に製作できることにはただ驚かされる。文化人類学のアプローチが必要だとすら思えるほど、ガラパゴス的な到達ではないかと思う。どの国の映画にも似ていない作品群を韓国映画界は再生産し続けている。



もし時間があるなら、「世界のクロサワ」と称されているらしい黒沢清監督の近作「クリーピー 偽りの隣人」と観比べてほしい。暴力と恐怖を扱って韓国映画が独壇場であることがわかるはず。

(敬称略)



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too soon

2016-10-08 18:25:00 | レンタルDVD映画
あの日のように抱きしめて」(原題は Phoenix )というドイツ映画(2014)の佳作です。



敗戦直後1945年のベルリン。瓦礫の街でドイツ国民は食うや食わず、英米軍の兵士や将校たちで酒場だけが賑わっています。

かつてはピアニストだったジョニーも酒場の給仕や下働きでその日暮らし。そこへ一人の女が、「働きたい」と訪ねてきました。

強制収容所で死んだ妻に背格好や顔だちが似ていたことから、女を亡き妻の身代わりに立てることを思いつくジョニー。親族すべてが死んで宙に浮いた莫大な財産を相続させれば、こんな惨めな暮らしから抜け出せます。

ジョニーは妻に似せる特訓を女にはじめます。筆跡の模写からはじまって、特徴のある歩き方や口調、ファッションの好みや好きな女優、そして親戚や友人、近所の人々に関する知識、「違う、違う!」と怒鳴り苛立つジョニーです。

妻お気に入りの赤いドレスを着た女とジョニーは、かつて住んでいた町の駅のホームに降り立ちます。友人や知人たちからあたたかく迎え入れられ、レストランでささやかな食事会が開かれます。そこでジョニーの伴奏で歌われるのが、古いジャズナンバーの”Speak Low (優しくささやいて)”です↓

Speak Low performed by Nina Hoss @ Phoeni
https://www.youtube.com/watch?v=rkAHi2wNSsc

この”Speak Low ”という歌から、この哀切な恋愛映画が企画された。そう思えるほど、愛する女と愛される男のすれ違い、背中合わせのシルエットに、「トゥスーン、トゥスーン(too soon, too soon)」が耳に残ります。中学英語で習った、as soon as possible (できるだけ早く)の soonですね。


Speak low when you speak, love
Our summer day withers away too soon, too soon
Speak low when you speak, love
Our moment is swift, like ships adrift, we're swept apart, too soon
Speak low, darling, speak low
Love is a spark, lost in the dark too soon, too soon
I feel wherever I go that tomorrow is near, tomorrow is here and always too soon


愛を語るときは 優しくささやいて
私たちの夏の日はとても儚い
愛を語るときは 優しくささやいて
私たちの時間は難破船のよう
すぐに過ぎ去ってしまう
ダーリン 優しく 優しく
私たちの愛は花火のよう
すぐに暗闇に消え去ってしまう

Time is so old and love so brief
Love is pure gold and time a thief
We're late, darling, we're late
The curtain descends, everything ends too soon, too soon
I wait, darling, I wait
Will you speak low to me, speak love to me and soon


時はすぐに老い 愛もすぐに消える
愛は純金だけれど時は泥棒のよう
遅れないでダーリン 遅れないで
幕は下りて すべてはすぐに終わってしまう
私は待っている ダーリン それでも待っている
愛を語るときは 優しくささやいて

Nigel Price.Speak Low


ジョニーに色気があります。目端が利くようでいてひどく愚かしい、ちょっと見がよいだけのくだらない男です。しかし、その必死な瞳に映る瞬間こそが永遠であるかのように、女は見つめ続けます。

(敬称略)

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韓国映画から学べよ日本映画界

2016-10-02 01:55:00 | レンタルDVD映画


韓国映画は男優の宝庫です。当ブログでは、「オールドボーイ」や「ルーシー」「悪魔を見た」のチェ・ミンシュクを一押しにしてきましたが、「ベテラン」を観て、ファン・ジョンミンを二押しにすることに決めました。

新しき世界」で頭を掻くところを股間を痒くような下品な愛嬌にあふれるマフィアボスを好演したファン・ジョンミンです。

「ベテラン」の監督は、韓国北朝鮮の最前線のスパイ戦を疾走するようなカメラアイで追った「ベルリンファイル」のリュ・スンワン。この映画も「御代は観てのお帰りに」とお勧めできる作品でしたが、「ベテラン」は一転して痛快にしてコミカルな警察映画でした。

さて、日本の大学進学率52%(2016)に対し、韓国の大学進学率はなんと81%(2014)。韓国の受験戦争の過熱ぶりは日本でも話題になるほどで、たとえば、大学受験日には受験生の会場入りを妨げないよう、官公庁や大企業は午前10時出勤になっていたり、それでも遅れそうな受験生を白バイが先導するパトカーで会場に送ったりしています。

日本でも、「一流大学に入って一流企業に就職を」は大学進学の一般的なモチベーションですが、韓国の場合、「ソウル大学に入って、サムスンや現代グループなど財閥系企業に就職」しなければエリート失格なのですから、日本とは比較にならない狭き門といえます。

待遇も格段に違います。財閥系企業のサラリーマンの平均給与はそれ以外の企業のサラリーマンの7倍といわれ、現代自動車の社員の平均年収は日本円で1000万円近くにもなり、世界一の自動車会社トヨタの社員をはるかに上回っています。

それもそのはず、一時は韓国の10大財閥の売り上げ高が韓国のGDPの76.5%(2011)を占めたのですから、財閥系企業の圧倒的な存在感と絶大な影響力は、ちょっと日本では想像することが難しいかもしれません。

「ベテラン」のドチョル刑事(ファン・ジョンミン)の正面敵はこの財閥です。財閥3世の乱暴狼藉とその隠蔽に暗躍する財閥の横暴を描いた、「財閥映画」ともいえます。それも「実録・財閥企業」ではないかと思えるほど、「事実は小説より奇なり」のエピソードが満載です。

たとえば、財閥当主が出席する幹部会。韓国と世界から集まった数百人の幹部たちに、会場入り口で紙おむつが配られます。当主の出席中にトイレ中座する失礼がないよう、あらかじめ身につけるためです。

「大韓航空ナッツリターン事件 」で知られたように、財閥社員がエリートなら、幹部は超エリート、財閥当主とその血脈は雲上人にもなります。

信じられないことですが、「ベテラン」の財閥3世の乱暴狼藉にも実話が背景にあります。財閥SKグループの幹部が、賃上げ要求したトラック運転手を金属バットでボコボコにした事件です。

経済先進国韓国のタブー、暗部、恥部をこれでもかと暴露して、深刻な社会派ドラマではなく痛快娯楽活劇映画にしてしまう韓国映画界の底力に唸りました。

(敬称略)
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