前回は、強制収容所の生き残りであるユダヤ人少女ルチア(シャーロット・ランプリング)が、親衛隊の将校クラブで歌い踊る回想シーンのところまで。
Il Portiere di notte - The Night Porter (1974 ) wenn ich mir was wünschen dürfte (HD)
ルチアの元歌は、
マレーネ・デートリッヒ(Marlene Dietrich)が十八番とする「望みは何かと訊かれたら」( Wenn Ich Mir Was Wunschen Durfte)です。
Marlene Dietrich - Wenn Ich Mir Was Wunschen Durfte
「聴いていると自殺したくなる歌」として有名なダミアの「
暗い日曜日」に勝るとも劣らない暗い旋律と歌いかた、そして絶望的な歌詞です。
望みは何かと訊かれたら
私たちにまだ顔がなかったとき、
誰もそう尋ねてはいませんでした
私たちはむしろ
生きているのかどうか
自身に尋ねていました
いま、私は大都市の郊外を彷徨い歩いています
彼女が私を愛していたかどうか、私は知りません
私は家々のドアや窓からリビングルームに
彼女の姿を探しています
そして私は待っています
何かを待っています
望みは何かと訊かれたら
やっかいに感じて
わからないと答えるだけ
良いときもあれば
悪いときもあるから
望みは何かと訊かれたら
小さな幸せとでも言っておくわ
だってもし幸せ過ぎたら
悲しい昔が恋しくなってしまうから
(くりかえし)
デートリッヒの歌声は、凄絶というよりぞっとします。有名な「
リリー・マルレーン」をはじめとして、ピート・シーガーの「
花はどこにいった」やボブ・ディランの「
風に吹かれて」などの「反戦歌」を歌ったことで知られるデートリッヒですが、この歌の方がはるかに厭戦気分を誘います。ところで、芸人根性をみせたつもりか、皮肉のつもりか、その両方か、意外な深々90度お辞儀。食えないばあさんでです(※Google翻訳のドイツ語訳と英語訳を合わせて「超訳」していますので、間違いがあると思います、為念)。
「愛の嵐」や「望みは何かと訊かれたら」をGoogle検索してみると、いろいろ出てきました。やはり、1970年代に女性たちにかなりの衝撃と影響を与えた映画であり、歌だったようです。
まずは、岩谷時子作詞、菅原洋一歌唱の「愛の嵐」。
どうぞ捨てて下さいと お前は瞳に涙うかべて
おとな二人泣きながら 酒をあびる嵐の夜よ
二度と甘い夢なんて 僕達は見ないはずなのに
こんな哀しい恋をして お前を泣かせた
忘れてほしいと 云ったお前が
胸にすがりついて 紅い爪あと
許しておくれこの罪を 別れの朝は訪れても
明日からはもう来ない やさしい目ざめよ
やせた背中紫の じゃのめの傘をひとりさして
今朝ははかない足どりで お前はどこへ行くのだろう
なにもきかない約束を させた心のいじらしさに
みんな捨てて呼びとめて お前を抱きたい
忘れはしないさ きっと死ぬまで
ぼくが愛したのは お前がひとり
許しておくれこの罪を 別れの影におびえながら
いつかすぎた年月よ やさしい目ざめよ
いつかすぎた年月よ やさしい目ざめよ
「愛の嵐」というタイトルはもちろん、「紅い爪あと」「傘」「今朝ははかない足どりで」「許しておくれこの罪を」などなど、この映画から借りたはずのモチーフが散見できます。ただし、映画「愛の嵐」の日本公開は1975年、菅原洋一「愛の嵐」シングルの発売は1974年と一年前で勘定が合いません。岩谷時子は翻訳詞でも有名なので、いち早く海外で観ていたのかもしれない。そうでなければ、偶然の一致にもほどがあります。
この映画からインスパイアされたと思われる小説『
望みは何と訊かれたら』(小池 真理子)もあった。未読だが、革命運動の果ての粛清リンチから逃走した二十歳の沙織を匿ってくれた男との再会から恋へいう
あらすじを読むと映画をなぞったみたい。
もしかしたら、映画「愛の嵐」より、小池真理子の小説から引用したのかもしれないが、中島みゆきにも、こんな歌詞があります。ふつう、「訊(き)かれたら」とは使わないでしょう。
望みは何かと訊(き)かれたら 君がこの星に居てくれることだ(
荒野より)
ついでに、現代女性にも
定着している例を。
お客様センターに連絡すると、お客様のお望みは何かと聞かれ、自分でも訳が分からなくなってしまい、悔しくて半泣きになり、思うように伝えられなくなってしまいました。
さて、強制収容所のユダヤ人少女ルチアは生き残って、いまでは高名なオペラ指揮者の妻に納まっているのだが、この指揮者が指揮するモーツァルトの「魔笛」の演奏シーンが繰り返し登場します。「
魔笛」にもこんなセリフがあります。
沈黙の業に落第したパパゲーノが神殿に近寄れずうろついていると、神官がやってきて、お前の望みは何かと尋ねる。パパゲーノは恋人か女房がいればいいのに、というと先程の老女がやってきて、私と一緒になると誓わないと地獄に落ちると脅かす。パパゲーノがとりあえず一緒になると約束すると、老女は若い娘に変身する。「パパゲーノ!」と呼びかけ、パパゲーノは彼女に抱擁をしようとするが、神官がパパゲーノにはまだ早いと彼女を連れ去る。
この項まだまだ続きます。終わらないか、途中で投げ出しそうです。
(敬称略)