今日では、あまりにも多くの戦争が「終わることのない紛争」になってしまった。その理由は、外部からの介入によって、「決定的な勝利」と「戦争による疲弊」という二つの終戦要因が阻止されるからだ。
押しつけられた休戦は、(その後の和平交渉がなされなければ)人為的に紛争を凍結することになり、平和につながる敗戦の否認を劣勢側に許し、戦争状態を永続化させてしまうのだ。
国連の難民救済活動においては、紛争勃発直後に発生した難民に対し、本国への送還、現地での定住、もしくは他国への移住を迅速に実現させ、半永久的な難民キャンプの設立を禁止するような、新たなルールづくりが必要だ。
NGO活動の多くは、結果的に、活動的な戦闘員を供給しているのである。彼らは、そもそも武器をもたないので、自らが支援する食糧配給所、病院、保護施設から、現地の武装した戦闘員を排除できない。
難民は、基本的に戦闘で敗れた側の人々によって構成されているので、そのなかの戦闘員は、基本的に、「撤退戦」を行っているに等しい。ところが、ここでNGOが彼らの支援のために介入することによって、敵側が決定的な勝利を収めて戦争を終わらせる、というプロセスを構造的に妨害してしまうのである。
JR中央線豊田駅前の啓文堂という新刊書店に立ち寄ってみたら、分野別棚づくりに新旧話題の本を揃えていて感心した。写真は、「資本主義」のコーナーに並んだ書籍の一部である。
グローバリズム下の格差社会を喝破して話題になったピケティの大冊から、ノーベル経済学賞を受けたスティグリッツ、クリントン政権の労働長官だったロバート・ライシュなど、入門書から専門書まで幅広く「資本主義本」を並べている。昔、お世話になったマーケティングの大家コトラーの「資本主義に希望はある」に微笑んでしまった。
その「軍事」コーナーで、エドワード・ルトワックの『戦争にチャンスを与えよ』(文春新書)という書名に惹かれて買ってみた。北朝鮮や中国の脅威に対し、「開戦前夜」を煽るような便乗本を少なからず見かけたが、奇をてらったような書名ながら、大真面目な本だった。上記は、同書からの引用である。
著者はアメリカの軍事・戦略の専門家として、コソボ内戦を中心に、南スーダンやソマリアなど多くの紛争地域の戦場を直接見聞してきた。「戦争の目的は平和である」というパラドックスから説き起こし、「決定的勝敗と疲弊なくして終戦はない」という終戦の構造に踏み込み、何が誰が終戦から平和への道を阻害しているか、名指して手厳しく批判している。
外交専門誌として名高い「フォーリン・アフェアーズ FOREIGN AFFAIRS 」に掲載されて話題となった論文を中心に、著者の軍事や戦略エッセイが盛りだくさんで、日本の安全保障環境に関するトピックも多く取り上げられ、嬉しいことに信玄・家康・信長などの軍略への言及まである。
ただし、フォーリン・アフェアーズ論文には、「日本」は一言も出てこない。だが、決定的に敗北して、主要都市が焦土化し、アジア最貧国に近く経済が疲弊し、終戦を迎えるや復興と再建にいち早く取り組み、70年の平和の下、経済大国になった日本に、論文の実証を負わせていることは一読瞭然だろう。
おっと、大事なことを忘れていた。60年安保紛争で退陣した岸信介首相が敷き、その孫である安倍首相に引き継がれているという、日本の「選択的独立」という耳慣れない言葉が出てくる。
(敬称略)
押しつけられた休戦は、(その後の和平交渉がなされなければ)人為的に紛争を凍結することになり、平和につながる敗戦の否認を劣勢側に許し、戦争状態を永続化させてしまうのだ。
国連の難民救済活動においては、紛争勃発直後に発生した難民に対し、本国への送還、現地での定住、もしくは他国への移住を迅速に実現させ、半永久的な難民キャンプの設立を禁止するような、新たなルールづくりが必要だ。
NGO活動の多くは、結果的に、活動的な戦闘員を供給しているのである。彼らは、そもそも武器をもたないので、自らが支援する食糧配給所、病院、保護施設から、現地の武装した戦闘員を排除できない。
難民は、基本的に戦闘で敗れた側の人々によって構成されているので、そのなかの戦闘員は、基本的に、「撤退戦」を行っているに等しい。ところが、ここでNGOが彼らの支援のために介入することによって、敵側が決定的な勝利を収めて戦争を終わらせる、というプロセスを構造的に妨害してしまうのである。
JR中央線豊田駅前の啓文堂という新刊書店に立ち寄ってみたら、分野別棚づくりに新旧話題の本を揃えていて感心した。写真は、「資本主義」のコーナーに並んだ書籍の一部である。
グローバリズム下の格差社会を喝破して話題になったピケティの大冊から、ノーベル経済学賞を受けたスティグリッツ、クリントン政権の労働長官だったロバート・ライシュなど、入門書から専門書まで幅広く「資本主義本」を並べている。昔、お世話になったマーケティングの大家コトラーの「資本主義に希望はある」に微笑んでしまった。
その「軍事」コーナーで、エドワード・ルトワックの『戦争にチャンスを与えよ』(文春新書)という書名に惹かれて買ってみた。北朝鮮や中国の脅威に対し、「開戦前夜」を煽るような便乗本を少なからず見かけたが、奇をてらったような書名ながら、大真面目な本だった。上記は、同書からの引用である。
著者はアメリカの軍事・戦略の専門家として、コソボ内戦を中心に、南スーダンやソマリアなど多くの紛争地域の戦場を直接見聞してきた。「戦争の目的は平和である」というパラドックスから説き起こし、「決定的勝敗と疲弊なくして終戦はない」という終戦の構造に踏み込み、何が誰が終戦から平和への道を阻害しているか、名指して手厳しく批判している。
外交専門誌として名高い「フォーリン・アフェアーズ FOREIGN AFFAIRS 」に掲載されて話題となった論文を中心に、著者の軍事や戦略エッセイが盛りだくさんで、日本の安全保障環境に関するトピックも多く取り上げられ、嬉しいことに信玄・家康・信長などの軍略への言及まである。
ただし、フォーリン・アフェアーズ論文には、「日本」は一言も出てこない。だが、決定的に敗北して、主要都市が焦土化し、アジア最貧国に近く経済が疲弊し、終戦を迎えるや復興と再建にいち早く取り組み、70年の平和の下、経済大国になった日本に、論文の実証を負わせていることは一読瞭然だろう。
おっと、大事なことを忘れていた。60年安保紛争で退陣した岸信介首相が敷き、その孫である安倍首相に引き継がれているという、日本の「選択的独立」という耳慣れない言葉が出てくる。
(敬称略)