私がはじめて、「ダニーボーイ」を聴いたのは、ハリー・ベラフォンテのハート・ウォーミングな歌唱だった。先日、この女性の「ダニーボーイ」を聴いて、へえっと思ったのでした。
Danny Boy - Sinead O Connor
最近では、セルティック・ウーマンの視聴回数が最多です。アンデイ・ウイリアムズ、ロイ・オービソン、ジョニー・キャッシュあたりも視聴回数の上位に並んでいますが、今夜は、アイリッシュ中心でお贈りします。
Danny Boy - Irish folk song (popular Irish songs)
Kelly Family - Danny Boy
太田裕美の「木綿のハンカチーフ」のような歌ではないかと、昔は思っていました。故郷を出て都会にいる幼なじみの彼(ダニーボーイ)に、恋人の娘が話しかけるように歌っている。
訳詞を読んでみると、家を出た息子を想う母の歌に思えます。「お前が帰ってきたとき、私はたぶん死んでいるだろうから、墓参りして祈っておくれ」という歌詞があるからです。ダニー坊やと田舎のママ。これは納得できます。
しかし、ならばなぜ、冒頭のシニーはあんな風に素っ気なく空しく歌ったのでしょう? Youtube がすべてではないが、まるでダニーボーイが死んだ弔い歌のように、痛ましい歌にしているのは彼女だけです。
検索してみると、どうも母親ではなく、この歌の語り手は父親説が有力でした。なるほど、それなら、いろいろな疑問やつじつまにも合点がいきます。
歌の背景を知ってみると、「ダニーボーイ」はどこまでもアメリカの歌であることがわかります。初期の移民を構成したアイルランド人の民謡が原曲だそうですが、アメリカでもっとも多く歌われ口ずさまれてきた歌のひとつとして、世界的なポピュラーソングになりました。
ハリー・ベラフォンテが世界各国でコンサートを開き絶大な人気を博していたとき、イスラエルのエルサレムでは、「ハバナギラ」を歌い、東京では「サクラ サクラ」を歌ったように、アメリカを代表する歌として、ベラフォンテは「ダニーボーイ」を歌いました。
イギリスの植民地から独立戦争に勝利して建国したアメリカには、「建国の父」はいても母はいません。「ダニーボーイ」の歌い手の多くが男性歌手によって占められているのも、父と息子の歌だからでしょう。それはすなわち、男たちのアメリカの歌ともいえます。
それを端的に示すのが、第一行目の「ザ・パイプスパイプス・アー・コーリング」でしょう。このパイプスの意味がずっとわからなかったのですが、パイプとは、バグパイプの音色のことでした。スコットランドだけでなくアイルランドでも、軍隊の徴兵や召集の際には、バグパイプを鳴らして戦意を高揚させ、志気を高めたそうです。
谷々から山々へ谺するバグパイプの音に耳をそばだてる、牧場や農場や荒地に汗して働く屈強な男たち。その傍らで彼らの仕事を手伝う少年たち。羊飼いや牛追いで牧草地や森や川を歩く犬を連れた青年たち。そんなアメリカンカントリーの情景を思い浮かべて下さい。
雨音や雷鳴、風の声や川の水音、鳥の声か家畜の鳴き声、たまに森の獣の声くらいしか聞こえない。そんな故郷の山間や谷深くから、遠く近く高く低く、巡り来るバグパイプの音を彼らは聞くのです。雄大な故郷の自然と開拓を賛美した、この一行にアメリカへの誇りを込めているのです。
極端にいえば、この第一行目は軍歌であり、それ以降は「銃後の父」を歌っているといえます。それをうがち過ぎといえないのは、何よりもこの歌が、惨鼻を極めたといわれる南北戦争の内戦を経て、第二次大戦から朝鮮戦争、最近のイラク戦争まで、20世紀をほとんど休むことなく戦争を続けてきたアメリカで歌い継がれてきたという歴史的事実に拠るからです。
西部開拓以来、アメリカは「女のいない男」たちの国であり、ミソジニー(女性嫌悪)の色濃い父系社会という社会心理分析は有名です。「ダニーボーイ」が父と息子の歌ならば、そこに母親はおろか女性の影形もなく、まったく男だけの世界であることも不思議ではありません。
さて、なぜ、丸坊主の彼女があんな風に歌ったのかは、自ずと明らかではないでしょうか。反戦の思いを込めて、「父と息子のアメリカ」への反歌なのです。「死んじまえ! くそったれの男ども!」というフェミニズムの憤りを胸に、しかし、そんな男たちの恋人や妻、母、姉、妹である悲苦を訴えているのです。
では、以上を勘案して、コタツ超訳「ダニーボーイ」(じつのところ、いくつかの訳詞のパクリです。ご容赦)を。
Oh Danny boy, the pipes, the pipes are calling
From glen to glen, and down the mountain side
The summer's gone, and all the roses falling
'Tis you, 'tis you must go and I must bide.
('Tis you,は、Its you 、'ye,は、you のことです)
おお 我が息子ダニーよ
谷から谷へ 山から山へ
召集のバグパイプの音が お前を呼んでいる
夏は過ぎ バラの花も枯れ落ちた
お前は戦場へ行き 俺はここにとどまらねばならない
But come ye back when summer's in the meadow
Or when the valley's hushed and white with snow
'Tis I'll be here in sunshine or in shadow
O Danny boy, O Danny boy, I love you so.
生きて帰ってこい 夏の牧草が輝くときでもいい
谷が雪で静かに白く染まるときでもいい
陽射しの日にも 曇りの日にも 俺はここにいる
愛する息子ダニー お前を心から愛している
But if ye come and all the flowers are dying
If I am dead, as dead I well may be,
You'll come and find the place where I am lying
And kneel and say an Ave there for me.
お前が帰ってきたとき
花がすべて枯れ落ちていて、
俺がすでに死んでいたとしても
お前は俺が眠る場所を見つけて
ひざまづき 祈りの言葉をかけることだろう
And I shall hear, though soft, your tread above me
And all my grave shall warmer, sweeter be
For you will bend and tell me that you love me
And I will sleep in peace until you come to me.
お前が柔らかく 俺の上の土を踏む音を
俺はきっと聞いている
そのとき墓の中で冷たくなった俺は
子どもだった頃のお前の甘い匂いを思い出し
すこし暖められるだろう
きっとお前は ずっと父さんを愛してるといってくれる
お前が帰って来るそのときまで
俺は安らかに眠り続けるだろう
ビル・エバンスはアイリッシュではありませんが、心に沁み入ります。
BILL EVANS "Danny Boy" (Londonderry Air) Piano solo.
(敬称略)
Danny Boy - Sinead O Connor
最近では、セルティック・ウーマンの視聴回数が最多です。アンデイ・ウイリアムズ、ロイ・オービソン、ジョニー・キャッシュあたりも視聴回数の上位に並んでいますが、今夜は、アイリッシュ中心でお贈りします。
Danny Boy - Irish folk song (popular Irish songs)
Kelly Family - Danny Boy
太田裕美の「木綿のハンカチーフ」のような歌ではないかと、昔は思っていました。故郷を出て都会にいる幼なじみの彼(ダニーボーイ)に、恋人の娘が話しかけるように歌っている。
訳詞を読んでみると、家を出た息子を想う母の歌に思えます。「お前が帰ってきたとき、私はたぶん死んでいるだろうから、墓参りして祈っておくれ」という歌詞があるからです。ダニー坊やと田舎のママ。これは納得できます。
しかし、ならばなぜ、冒頭のシニーはあんな風に素っ気なく空しく歌ったのでしょう? Youtube がすべてではないが、まるでダニーボーイが死んだ弔い歌のように、痛ましい歌にしているのは彼女だけです。
検索してみると、どうも母親ではなく、この歌の語り手は父親説が有力でした。なるほど、それなら、いろいろな疑問やつじつまにも合点がいきます。
歌の背景を知ってみると、「ダニーボーイ」はどこまでもアメリカの歌であることがわかります。初期の移民を構成したアイルランド人の民謡が原曲だそうですが、アメリカでもっとも多く歌われ口ずさまれてきた歌のひとつとして、世界的なポピュラーソングになりました。
ハリー・ベラフォンテが世界各国でコンサートを開き絶大な人気を博していたとき、イスラエルのエルサレムでは、「ハバナギラ」を歌い、東京では「サクラ サクラ」を歌ったように、アメリカを代表する歌として、ベラフォンテは「ダニーボーイ」を歌いました。
イギリスの植民地から独立戦争に勝利して建国したアメリカには、「建国の父」はいても母はいません。「ダニーボーイ」の歌い手の多くが男性歌手によって占められているのも、父と息子の歌だからでしょう。それはすなわち、男たちのアメリカの歌ともいえます。
それを端的に示すのが、第一行目の「ザ・パイプスパイプス・アー・コーリング」でしょう。このパイプスの意味がずっとわからなかったのですが、パイプとは、バグパイプの音色のことでした。スコットランドだけでなくアイルランドでも、軍隊の徴兵や召集の際には、バグパイプを鳴らして戦意を高揚させ、志気を高めたそうです。
谷々から山々へ谺するバグパイプの音に耳をそばだてる、牧場や農場や荒地に汗して働く屈強な男たち。その傍らで彼らの仕事を手伝う少年たち。羊飼いや牛追いで牧草地や森や川を歩く犬を連れた青年たち。そんなアメリカンカントリーの情景を思い浮かべて下さい。
雨音や雷鳴、風の声や川の水音、鳥の声か家畜の鳴き声、たまに森の獣の声くらいしか聞こえない。そんな故郷の山間や谷深くから、遠く近く高く低く、巡り来るバグパイプの音を彼らは聞くのです。雄大な故郷の自然と開拓を賛美した、この一行にアメリカへの誇りを込めているのです。
極端にいえば、この第一行目は軍歌であり、それ以降は「銃後の父」を歌っているといえます。それをうがち過ぎといえないのは、何よりもこの歌が、惨鼻を極めたといわれる南北戦争の内戦を経て、第二次大戦から朝鮮戦争、最近のイラク戦争まで、20世紀をほとんど休むことなく戦争を続けてきたアメリカで歌い継がれてきたという歴史的事実に拠るからです。
西部開拓以来、アメリカは「女のいない男」たちの国であり、ミソジニー(女性嫌悪)の色濃い父系社会という社会心理分析は有名です。「ダニーボーイ」が父と息子の歌ならば、そこに母親はおろか女性の影形もなく、まったく男だけの世界であることも不思議ではありません。
さて、なぜ、丸坊主の彼女があんな風に歌ったのかは、自ずと明らかではないでしょうか。反戦の思いを込めて、「父と息子のアメリカ」への反歌なのです。「死んじまえ! くそったれの男ども!」というフェミニズムの憤りを胸に、しかし、そんな男たちの恋人や妻、母、姉、妹である悲苦を訴えているのです。
では、以上を勘案して、コタツ超訳「ダニーボーイ」(じつのところ、いくつかの訳詞のパクリです。ご容赦)を。
Oh Danny boy, the pipes, the pipes are calling
From glen to glen, and down the mountain side
The summer's gone, and all the roses falling
'Tis you, 'tis you must go and I must bide.
('Tis you,は、Its you 、'ye,は、you のことです)
おお 我が息子ダニーよ
谷から谷へ 山から山へ
召集のバグパイプの音が お前を呼んでいる
夏は過ぎ バラの花も枯れ落ちた
お前は戦場へ行き 俺はここにとどまらねばならない
But come ye back when summer's in the meadow
Or when the valley's hushed and white with snow
'Tis I'll be here in sunshine or in shadow
O Danny boy, O Danny boy, I love you so.
生きて帰ってこい 夏の牧草が輝くときでもいい
谷が雪で静かに白く染まるときでもいい
陽射しの日にも 曇りの日にも 俺はここにいる
愛する息子ダニー お前を心から愛している
But if ye come and all the flowers are dying
If I am dead, as dead I well may be,
You'll come and find the place where I am lying
And kneel and say an Ave there for me.
お前が帰ってきたとき
花がすべて枯れ落ちていて、
俺がすでに死んでいたとしても
お前は俺が眠る場所を見つけて
ひざまづき 祈りの言葉をかけることだろう
And I shall hear, though soft, your tread above me
And all my grave shall warmer, sweeter be
For you will bend and tell me that you love me
And I will sleep in peace until you come to me.
お前が柔らかく 俺の上の土を踏む音を
俺はきっと聞いている
そのとき墓の中で冷たくなった俺は
子どもだった頃のお前の甘い匂いを思い出し
すこし暖められるだろう
きっとお前は ずっと父さんを愛してるといってくれる
お前が帰って来るそのときまで
俺は安らかに眠り続けるだろう
ビル・エバンスはアイリッシュではありませんが、心に沁み入ります。
BILL EVANS "Danny Boy" (Londonderry Air) Piano solo.
(敬称略)