コタツ評論

あなたが観ない映画 あなたが読まない本 あなたが聴かない音楽 あなたの知らないダイアローグ

サイテーッ賃金

2021-04-21 01:28:00 | 経済
新聞雑誌では日経がゴリアテだが、web記事なら東洋経済がダビデよろしくスクープを連発して健闘しています。

スクープ!東京女子医大で医師100人超が退職 
https://news.yahoo.co.jp/articles/237e5b661c48815722a52ded7a59612c71c6e0be?page=1

人件費削減は経営者として最低最悪の経営手法のはずですが、40年遅れで「新自由主義的経済」をめざす日本では「辣腕」と評価されます。

解体・身売りを含むリストラで業績回復させたのにクビになった東芝の車谷前社長のように、事業そのものは低調のまま見通しが立たないのでは、見かけだけの数字上の再建に過ぎず本末転倒のはずですが。

従業員の賃上げで「社会主義者」と罵られたCEO、6年後会社の収益は3倍になっていた
https://news.yahoo.co.jp/articles/4b288a2f2c2731e2537c2fbc825581db49e05484

この会社も新型コロナの蔓延により経営危機に陥りましたが、「従業員の98%が、5~100%の一時的な給与カットを申し出た」ことで、解雇せずに業績回復に追いつくことができたそうです。

7万ドル(756万円)は平均ではなく最低賃金です。従業員の誰もが756万円以上の収入を得ることで、めざましい「費用対効果」もあったようです。人件費コストとマイナスイメージで語られがちなその内実か、どれほど人や暮らし、社会を豊かにする可能性に満ちているか、誰しも気づくはずです。

・赤ちゃんが生まれたスタッフは10倍に
・70%の従業員が借金を返済
・家を買った従業員は10倍に
・確定拠出年金への支払いが155%増加
・離職率は半分に


日本の最低賃金は「メキシコ並み、OECD25位の衝撃」(これも東洋経済。日経でこの見出しは無理です)、全国平均で時給902円です。年収にして180万円程度では、出産や育児以前に、結婚にも二の足を踏むでしょう。家を買うなんて夢のまた夢、借金が増えることはあっても減ることはないでしょう。

東京女子医大医師の基本給は、30歳平均25.9万円だそうですから、年収にして310万円ほど。これに週1日、月4日「バイト」代を合わせて、ようやく倍額以上になるようです。もちろん専門分野や経験などによって、もっと多い人もいるでしょうが、それでも年収1,000万円前後とみられます(すると手取りなら600~700万円くらいか)。

バイトができなくなり、東京女子医大の本給だけが収入となれば、退職者が続出するのも無理はありません。年収300~400万円では、家を買うのは難しく、ましてや学費総額4,700万円の東京女子医大に娘を進学させるなんてとうてい無理です。

最先端医療の研究や臨床に立ち会えるという「やりがい搾取」で成り立つブラック職場といえば、居酒屋チェーンなどの前例にみられるように、そもそも低賃金を前提としたビジネスモデルといえます。

大学病院医師の拘束時間から計算すると、いったいどれほどの時給になるのでしょうか。

かつて、高給で知られた新聞記者は、「パパ、また来てね」といわれるほど、30代なら夜討ち朝駆け泊りが続き、家庭に帰る数時間のほうが拘束時間といえるものでした。「だって、働いた時間より、家に居た時間のほうがかんたんに計算できるもの。それで働いた時間を計算してみたら、なんとコンビニ店員の時給と大差なかった」

真空管RECアメリカ1960年代のヴィンテージサウンド風 素晴らしいJAZZの演奏をお聞きください。モニタースピーカーJBLハーツフィールド改。アンプ


(止め)
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ティファニーで定食を

2021-04-15 14:51:00 | ノンジャンル
東京の山谷と並ぶ大阪の西成かある、新今宮界隈を歩いた「女子」のエッセイです。

いわゆる「炎上」しているそうで、たくさん寄せられた批判コメントを併せて読んでみました。批判内容は以下の2点に集約できると思います。

ティファニーで朝食を。松のやで定食を。
https://note.com/cchan1110/n/n5527a515fba2

A.まず、ジェントリフィケーションの地ならしとして新今宮の魅力を伝えるためのPR記事を大阪市と電通から依頼されて書いた、という筆者の立場への批判です。

再開発によって、「タワマン」など高級マンションができることで、一時的には、街がきれいになり裕福な住民が増えて税収も増大するが、周辺家賃が高騰して地元住民が立ち退きを迫られ、ホームレスが増加し、治安も悪化する。

そのため、地元役所が新たに貧窮者向けの住宅を建設するなど、結局は再開発で潤った以上の多大な社会的コストの負担がのしかかる。これがアメリカで起きたジェントリフィケーションによる負の連鎖でした。

B.次に、新今宮で「デート」したホームレスの「お兄ちゃん」をはじめ、出会った町の人々を消費し搾取した「感動ポルノ」だという文芸への批難です。

新今宮の魅力として、優しく、あたたかな、人情ある住民をアピールすることで、町外の読者に貧困を消費するという視点を喚起したということです。

搾取とは貧困の消費を煽った文章で原稿料を得ているうえ、その「文化的地上げ」によって、自らの特権性や優越感を確認し、併せて読者から「感動した」「ほっこりした」などの好評を得たというのが内訳です。

大阪らしい当意即妙の会話のやりとりにくわえて、女性らしい柔らかなほのぼのしたタッチで書きながら、そのじつ新今宮の土地柄や貧困に「無知無自覚」ではないかという推測に立ち、いっそう差別性や犯罪性が露わな一篇になったという見方が多いようです。

私はそうは思いません。

A.については、電通へPRを委託した大阪市の反論があるはずですから、B.についてのみその理由を述べてみます。

若い頃は、PR屋として、こういうパブリシティ記事の企画を立てたり、編集や執筆をした経験もあります。こんなPRとして難易度が高く、良質な原稿が上がってきたことはなかったのですが、私が編集なら一行だけ書き直しをライターに要求します。

「近く寄ったら、会いに来るね」と言うと、
「来なくていいよ。じゃあ、またね」と、高架下に帰っていった。


「来なくていいよ。じゃあ、またね」という拒否と受容が同居した会話に、上記の批判を織り込んで用意周到に、PR記事以上の原稿を書こうとしたライターの心算をみることができます。

「来なくていいよ」はないでしょう。新今宮に親しみをもってもらう目的なんですから。書き換えるか、いっそ削りましょう。私が編集ならライターにそう告げます。

ライターが「無知無自覚」などではないのは、次のこの一行でもわかります。

服はぼろぼろだけど清潔感があって、お酒のにおいはしない。独特の甘いにおいもしない

ホームレスの「お兄ちゃん」に対する観察ですが、ふつうなら、汗と小便の匂いがこもった「饐(す)えたにおい」とするところです。

「独特の甘いにおい」が覚せい剤など違法薬物を連想させることから、「差別的な視線」という批判コメントもありますが、そういう意図だとしたらなおさら、あるいは文献などで調べていて知ったかぶりをしたとしても、「無知無自覚」ではないわけです。

いや、ここは「無知無自覚」なので、知ったかぶって空回りしたり、逡巡したりちょっと怯えている私、という文芸的な企みと受けとるべきなのかもしれません。

少し軽薄で、孤独で、自己肯定感を求めていて、ちょうど「ホームレスのお兄さん」を分身とする、しかし同性同士の「デート」を描いた文芸創作として読める気もします。

マイ・バック・ページ」で高見順の小説「いやな感じ」から私娼窟を歩く描写を引用しました。川本三郎も同様な社会の最底辺を訪ね歩き、貧しい人々と接する「覆面ルポ」を週刊朝日に連載していたそうです。そのルポを読んでいませんが、川本三郎の「良心的でナイーブ」な筆致はおよそ想像がつきます。

この島田彩というライターのエッセイを批判した人たちは、たぶん、川本ルポにはここまで酷く批難しないでしょう。「女子」だからではないかと思います。そういう「ライターである女子」もまた、島田彩さんの「創作」のひとつなのですが。

PR屋からフリーライターになって食い詰めたとき、原発PR誌の記事を書かないかと知人から誘われたことがあります。目の玉が飛び出るような原稿料で、取材期間や取材費もたっぷりありました。私は礼を述べつつ、即座に辞退しました。

原発には「無知無自覚」でしたから、「反原発」が頭をよぎったからではありません。当時はメディアのほとんどが「反原発」の「空気」でしたから、原発PR誌に書いたことが知られたら、飯の食い上げになると知っていたからです。それだけのことに過ぎません。

反ーアンチが間違っているとは限らないように、正しいとも限りません。ただ、そんな正否を問われることより、迎合するかしないかを迫られる場面のほうがずっと多いはずです。

たとえ、広告文であろうとPR文であろうと、良きものを書こうとする人はいます。「島田さん、あそこ直した? 削った?」と私が尋ねたとしたら、彼女は微笑むか、唇を噛むかして、何と答えたでしょうか。そんなことを想像しました。

林栄一 Eiichi Hayashi - I'm A Fool To Want You</span>


林栄一 Eiichi Hayashi (as)
加藤崇之Takayuki Katoh (g)
是安則克 Norikatsu Koreyasu (b)
外山明 Akira Sotoyama (ds)
guest :山下洋輔 Yosuke Yamashita (p)
Album:" Eiichi Hayashi / Mona Lisa "
Recorded :Tokyo,1996


4/22捕捉:筆者ツイッターに謝罪文が出ました。


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今夜は、Gaby Moreno

2021-04-12 21:38:00 | 音楽
つい先ほど、グアテマラからいらしゃいました。

La Malagueña - Gaby Moreno | Live from Here with Chris Thile


GABY MORENO - Quizás, Quizás, Quizás


Cucurrucucú Paloma - Gaby Moreno | Live from Here with Chris Thile


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心機一転

2021-04-09 13:42:00 | 政治
福島第一原発の事故対応と同じ轍を踏む新型コロナ対応という論考です。

この国のマスメディアは、いま何が実際に起きているのか、どこに問題があるか、何をすればよいのか、あるいはしてはならないのか、という報道が必要とされるときには、ほとんど報道しません。

たとえば、デジタル法の問題点は法案が可決通過した後に「報道」されます。発表記事と速報性を優先するからですが、新型コロナ対応でも、毎日の新規感染者数の発表報道ばかり。

感染者数や検査数の推移と一連のコロナ対策がどう関係しているのか、医療体制のひっ迫とはどんな状況で、どのように対処しているのか、何もかもがほとんどわかりません。

福島第一原発の事故のような大きな事故では、すべてが過ぎ去った数年も経ってから、確定した事実や研究成果を踏まえて、ようやく検証報道や解説記事が出されて、当時起きた事実や伏せられた報告、改竄されたデータなどをはじめて知ります。

ツイッターをはじめとするSNSの普及により、「いま現在」の「検証」や「解説」をする情報はかくだんに増えました。しかし、その土台となっているメディア報道の取捨選択をはじめ、断片的な情報を繋ぐ理路の妥当性を判断するのは容易ではありません。

たいていの人には、そんなリテラシーを身につける暇も余力もないはずで、よくわからないままか、かえって混乱してしまうでしょう。

下のエッセイは、確定した事実と報告に基づく福島第一原発の事故対応を「前例」として、「いま現在」の新型コロナ対応と相似を見い出し、その「病根」を指摘するものです。

いわば、合わせ鏡」に映して姿を見るわけです。

10年前の「反復」がもたらした日本のコロナ危機
「中止だ中止」と言えない主権者と無責任の体系

https://toyokeizai.net/articles/-/420664

2011年(平成23年)3月11日(金) 14時46分、東北地方を中心にM9の巨大地震が起きました。1時間後、高さ15mの大津波に襲われた福島第一原子力発電所は全電源を失います。

停電によって水を各所に供給するポンプが動かず、原子炉を冷却するための水が蒸発してしまえば、炉心溶融(メルトダウン)が起きます。

多くの危険きわまる事象のうち最も危険であったのは、4号機の核燃料プールの件だった。そこには1331体の使用済み核燃料が納められ、うち548体はつい4カ月前に原子炉内から引き抜かれたばかりの、高温の崩壊熱を放つものだった。そのプールに注水できなくなった。注水できなければ当然、プールのなかの水は核燃料の崩壊熱によって蒸発し、燃料がむき出しになる。

3月13日昼過ぎの時点で原子炉に注入する淡水がなくなり、吉田昌郎福島第一原発所長は、海水を注入するほかないと報告した。その直後の東電本社と現場とのテレビ会議の模様が後に報道されるが、そこで東電幹部から発せられた言葉は耳を疑わせるものだった。

「いきなり海水っていうのはそのまま材料が腐っちゃったりしてもったいないので、なるべくねばって真水を待つという選択肢もあるというふうに理解していいでしょうか」

この幹部が懸念したのは、海水を注入された原子炉が使用不能になることだった。吉田所長は「理解してはいけなくて、(中略)今から真水というのはないんです。時間が遅れます、また」と即座に返しているが、この会話は狂人と正常人のやり取りに聞こえる。メルトダウンはもう間近に迫っていた。

当時の菅直人政権は、最悪のシナリオとして、首都圏を含む東日本全体の壊滅を想定したというが、それは何ら大袈裟なものではなかった。この事態は、東日本壊滅というよりも、日本壊滅と考えたほうが適切であろう。また、日本にとどまらず、世界全体の自然環境に対する影響の観点からすれば、文明の終焉すらもたらしかねない事態だった。

東電幹部の言葉からは、そのような認識と切迫感が一切感じられない。「原子炉が使えなくなると我が社に何百億円も損が出る」という懸念があるだけだ。要するに、この人物は、「日本が終了してしまうこと」と「東京電力という会社が何百億円か損失を出すこと」とを天秤に掛けてどちらが重大であるのかを判断できなかった。
都合により順序を入れ替えています

と、たいていはここで「批判」の筆を止めます。

となると、「間違っていたかもしれないが、会社を守りたいという気持ちは理解できる」という「情状酌量」の余地も生まれます。あるいは、「会議の場でいろいろな可能性を検討するために、尋ねるくらいは当然じゃないか」という擁護論も出てきます。「日本壊滅の瀬戸際だったなんて、後にわかったことでそのときは「想定外」だったのだから、多少とんちんかんな質問や指示などがあっても、結果論で責めるのはどうか」といった開き直りまであり得ます。

物事を自分に引きつけて「相対化」して、それを「客観中立的」な立場と思いがちな、読み手の心機を包含するもので、メディアの「追及」はたいていここまでです。しかし、この筆者はさらに続けます。

否、東電の損失すら考えていなかったもしれない。大失態を起こしてしまった原子力部門に属する自分の出世の困難を思っていたのかもしれない。かかる人物を形容するにあたり、「狂人」以外に適切な言葉を私は知らない。

吉田所長と東電幹部のTV会議のやりとりは、このブログでも触れたことがあります。

おい、吉田
https://moon.ap.teacup.com/chijin/1066.html

この筆者のように、こうした発言をした東電幹部を「狂人」とまで私は思いません。自己保身に汲々とすることは、自分に引きつけるなら誰しも思うことであり、その逆に手柄を立てて少しでも上の位階に上がりたいという「向上心」や「野心」と裏表の心機とも考えられます。

もし狂っているとすれば、そうした自己保身に汲々とする自己ですら、じつは稀薄ではないかと思えるところです。自己保身というなら、自らを含む原子力部門から会社までの無事安寧を願い、そのため「だけ」には懸命になるものと考えられます。

が、その心機もまた、建前に過ぎず、直接的には、そしていちばん心を砕いているのは、その場にいる上位者、その背後に控えるさらなる上位者の機嫌を損ねたくないというテーマではないでしょうか。本音ではなく命題です。

たとえば、自己保身だけと批難したとしても、理屈としてはわかっても得心できないといった風に、彼は首を捻るでしょう。彼自身にとってこのテーマは意識せずに遂行できるまで内部化しているからです。

眼前の上位者に眉を顰めさせず渋い顔をさせず、機嫌のよいニコニコ顔でいてもらう、そのために俺がどれほど苦労をしてきたか、その苦労の甲斐あってこそ、ここまで出世できたという認識に、彼は持ち金のすべてを賭けるでしょう。

失敗したり窮地に追い込まれて、自己保身に汲々とするなら、成功したり追い風に乗ったなら、社内では肩で風を切って仕事に邁進し、業績を上げる企画や改革を進めるのですが、そうした個人として当然の動機すら、上位者の機嫌のなかに埋没しているのです。

自己保身に汲々とするのは自己利益のためですが、上位者のご機嫌取りに汲々とするのは、ある意味自己犠牲をともなう辛い「仕事」です。会社の存亡など、理屈としてはわかっていても、じつは眼中にはありません。

このエッセイでは、無責任体系、反知性主義、新自由主義など、いろいろな主義や構造が批判的にとりあげられていますが、それらはじつは原因や要因ではなく、こうした「ご機嫌第一主義」の結果に過ぎないのではないでしょうか。

「狂人」の淵源を先の敗戦に筆者は求めていますが、私なら敗戦後の占領期を思い浮かべます。会議室で占領者であるアメリカ人に相対して、日本の官僚や政治家たちは、いったい何に腐心したことでしょう。とにかく、相手の機嫌を損ねないこと、ニコニコ顔で世辞の一つももらえたら、有頂天になったことでしょう。


板橋文夫 Fumio Itabashi Trio - Cry Me A River



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追悼 田中邦衛

2021-04-03 13:50:00 | レンタルDVD映画
亡くなった田中邦衛さんは、加山雄三さんの映画若大将シリーズで青大将を演じられ、ライバル役でいらっしゃいました」とアナウンサーが言いやがった。

アナウンサー氏が原稿を書いたか、構成台本にそう書かれていたのか不明だが、「ライバル役でいらっしゃいました」はないだろう。

「バカ丁寧」には他者への悪意は込められないものだが、この場合は、他者をバカにしてかかる丁寧といえる。

田中邦衛をいくぶん軽んじているようで、じつはニュースを、放送を軽んじている表れで、ようするに心底では視聴者をバカにしているからこそ、こんな低劣な原稿が本番にまかり通るわけだ。

誰が手を入れても、「亡くなった田中邦衛さんは加山雄三さんの映画若大将シリーズで、ライバル役の青大将を演じました」となるはず。

それはさておき、映画若大将シリーズが田中邦衛の代表作の一つであることは間違いない。

加山雄三という太陽に照らされて目立ってしまったニキビのように、自らの小心臆病卑怯にもがきながら挑み続け、つねに一敗地に塗れる「青大将」のイメージが田中邦衛のその後の役どころを予約した。

⑱帰ってきた若大将 / 手紙奪回作戦・東京編(1961)


最初に絡むおばさんは、悠木千帆という芸名だった頃の樹木希林である。田中邦衛ははじめから田中邦衛だったが、樹木希林も悠木千帆から変っていない。

むさくるしい容姿にして、弱者そのものの見苦しさの田中邦衛を、なんと大企業の社長御曹司に扮させるという二重のミスキャスティングには、あらためて考えさせるところがありそうだ。

けっして階層上位の強者ではありえず、弱者ながらも懸命に生きる田中邦衛のTVドラマの代表作が、「若者たち」(フジ 1966)の「太郎兄(たろうにい)」だろう。映画もつくられたが、TVドラマのほうが圧倒的によかった。

若者たち ザ・ブロード・サイド・フォー


映画 若者たち ③~金より強いんだ!人間は!!



田中邦衛をなんどか東横線で見かけたことがある。いつも座席には座らず、ドア近くに立っていた。まぶかに野球帽をかぶり、サングラスをつけた顔がいつもうつむき加減で、なるべく目立たないようにしている様子が見てとれた。

ただし、私はすぐに目をやってしまった。ジャンパーの肩にショルダーバックを下げた、ごくありふれた格好なのだが、白のスリムジーンズの裾が異様に短かかった。中年男がツンツルテンのスリムジーンズを穿いて、靴下さえを丸出しにしているのは、ちょっと驚くほど目立つものだ。

こんな珍妙なジーンズを穿いているのはどんな奴だろうと目を上に上げていって、あの特徴ある分厚い唇と長く伸ばしたモミアゲから、田中邦衛とわかった。やはり電車でよくみかけた川谷拓三もツンツルテンのスリムジーンズを愛用して、短足を強調していた。芸能界は変なものが流行する。

さて、弱者・弱虫の見苦しさを体現した田中邦衛に、狡猾冷酷をくわえた映画「仁義なき戦い」の暴力団幹部・槇原政吉役は、強烈な記憶を残した。

【田中邦衛名場面集】仁義なき戦い 1973


オドオドウロウロしながら、口を尖らせて責任逃れの言い訳を重ね、相手の様子を上目遣いにうかがい、そこに同情の色やうんざり眉を寄せたとみるや、一気に胸元にすがらんばかりに近づき、必死の表情で唾を飛ばさんばかりにかき口説く。一転、ふいと離れて立ち尽くし、伏し目がちに口篭(ごも)るように内心を吐露する。

弱者であり弱虫であること、その小心臆病をむしろ武器に相手を油断させ、隙あらば冷酷非情に裏切り陥れる。嘘と知りながら、生き残ろうとする懸命さに胸を打たれる。病気の犬のように眼は潤み、斜めにかしいだ卑怯者の立ち姿に哀愁さえ漂うのだ。

映画ゴッドファーザーに比すなら、フレド(ジョン・カザール)に匹敵する役柄と名演ではないか。

「若大将シリーズ」の「青大将」、「若者たち」の「太郎兄」をさらに陰影深くさせた「槇原政吉」役こそ、田中邦衛の集大成にして代表作だと思える。

おいおい、まさかこれで終わりではないだろうな。田中邦衛の代表作として、あれを忘れてやしませんか、という声も多いだろう。大変申し訳ないが、却下させていただく。

もちろん、田中邦衛はいつでもどこでも田中邦衛を熱演して、私たちを納得させてくれるのだが、あのドラマの脚本がどうにも我慢ならない。人によっては大御所、日本を代表するドラマ作家なのだろうが、私にはひどい過大評価にしか思えない。

あのドラマのむさくるしい五郎の見苦しい振舞いを見ていて、たとえば、あの名脚本家には「卑屈」というのが「下手に出る」くらいの理解しかないのがわかるのだ。あのドラマのファンにはとうてい納得できないだろうが、「変なの」と見過ごしていただきたい。

(敬称略)
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