コタツ評論

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シズル感

2001-08-28 23:09:00 | ダイアローグ
シズル感

こんにちは
待たせましたか 
すぐにわかりましたか
すみませんね暑いところを
ひと雨来るといいんですがね
私は温かいコーヒーを
じゃアイスと温かいの
いやアイスが1つとホットが1つ
2人しかいないのにねえ
タバコ吸ってもいいですか?
いえ大丈夫です
欲しいというより 
習慣みたいなものですから
こういう喫茶店も少なくなったでしょ
コーヒーショップばかりで
もう神田くらいですね
残っているのは

昔この近所に青鹿というちょっと怪しい喫茶店があってね
お客は女性ばかり薄暗くてひそひそ話していてね
僕なんか冷たい視線で迎えられて
でも本読んだり考え事するにはちょうどよかった
ケーキでも頼みませんか
アップルパイがなかなかいけます

あれれっそこにいらしたんですか
いいですいいです
私が伝票持って移りますから
すみませーんコーヒーこっちへ
へえビール飲んでんですかあ
暑いっすからねえああどうぞ遠慮なく
タバコはと強いの吸うんですねえ
僕は最近メンソールばかりで
助かったなあよかったなあ吸えないとつらくて
私もビールもらおうかな
さすがに生はないですよね
昔この近くに銀杯っておばちゃんばっかりの
居酒屋があってねあ知ってます?
安酒飲んでケンカするやつがいたりして
「おばちゃんに怪我をさせないでください」
って張り紙があ知ってるおもしろいでしょ
張り紙がさユニークですよねハハハ

でもおかしいな
青鹿も銀杯も神田じゃなくて目白の店なんだがな
ねえマスターここ神田小川町だよね?
えっ嘘アカバネ?ここ赤羽なの!
どうして赤羽くんだりにいるんだろ俺
カラオケ? やらないやらない今夜は静かに飲みたいの
じゃ4b63えっ4b68?
それじゃなくておおたか静流バージョン!
覚えておいてよ俺の十八番なんだからあ
最初せいりゅうって読んで笑われちゃった
君なんて名だっけか
ケイコちゃんそうだった

昔ここらへんにアカリってスナックがあってさ
まだいいんだって2小節目から入るの好きなんだよあそこが
でもさケイコちゃんってのもとりつく島のない名だねえ
恵む子って書くんだろえっソウなの!もしかして本名?
違うの?なんだかなあ
いいよほっとけ歌いたいやつが歌えばいいの
でここらへんにアカリってスナックがあってさ
そこに恵子というつまんない名前の女の子が
あれえっこの店がアカリなの?
するともしかして念のために聴くけど
君は恵子ちゃん?
じゃないよなんなはずはない

そうそう何話してたんだっけ
あばずれの恵子とはじめて会ったのは
神田のいや目白あれ青鹿という喫茶店で
銀杯だったかな
うーんどうしたんだろ俺
酔っぱらってるのかな
あそうかしずるだよしずる!
夢のく~ちづけ夢のな~みだ
シズル感っていってね
肉の旨味ぞんぶんにシズル感がたまりません
ってメニューに書くの
俺昔はファミレスの店長だったからさ
シズル感ってのはさステーキの外側はカリカリ
中は熱い肉汁が溢れて
ザクッて噛みきれる心地よさ
そんな意味さ
ファミレスはアメリカが本家だから
クリーンネスとかシズル感とか
そのままの用語なの

恵子の肉もシズル感があったな
たまんなかったメニューに出したいくらい
嘘だよ冗談
おっとマスターもう看板かあ
誰もいねえや
おおたかせいりゅう歌い損ねたね
恋は短~い夢のようなものだけど~
喉がバックリ切れているから
ヒューヒュー音がするだけだな
まいいけど
誰も聞いちゃいないから

さてと俺もそろそろ帰るか
どこへ? どこへだ?
おっ恵子いいところへ来た
迎えに来てくれるなんて泣かせるじゃないか
さて私はどこへ帰るのでしょうって
悩んでいたところ
一緒に帰ろうタクシーは拾えるだろ
でもなんで俺がここにいるってわかった?
しかしなんだなお前どうしてそんなに顔が青黒いの
むくんじゃって飲み過ぎて寝不足か
それにどうし、身体の前が血だらけじゃないか
二の腕の肉がザックリないけど
犬にでも噛まれたか
かわいそうに
そうネクタイを引っ張るなって
いま逝くから

(08/28/2001)

卵月

2001-08-26 23:11:00 | ダイアローグ
卵月

ギュイーンとさ
三宿(みしゅく)の交差点を右折してさ
ニイヨンロクをシブヤまで15分
スッゲー早かったろ
しっかしクソ暑くねえ?
そらトーキューよりハンズだよ
でもさソッコーかますにはさ
ちょっと歩きゃラブホなわけ
道玄坂はさケヒヒ

どっかの立ちんぼのババアが
殺されたってんだろ知ってるよ
似たようなイケてねえ女が真似して
ウロウロしてんだってな最近
オレもウリしたことあるよ
オタクさそうやってネチネチ聴くのムカツク
オレとコーマンかましに来たんだろ?
練馬くんだりから電車乗ってさ

オタク腹減ってねえ?
牛丼食ってかない
バイト代入ったんだおごるからよ
卵つけような2つにしてやろうか
いいからいいからいいから
しっかしはじめてだな
卵2つ食ってんの見んの
アーア牛丼屋で生姜焼きとかハンバーグ食う
バカが増えてイヤだねえ
おにーさんオレたちこれからコーマンするわけ
そこのミルクってラブホでさ聴いてねえか
ショウガはさ貧乏たらしく隅に置かないでさ
こういう風にザザッと真ん中にかけんだよ

あんだよオタクって呼ぶの変かよ?
おがついてんだよお宅様っていうじゃねーか
じゃ高田さんてかそう大きな声で呼んでもいーのか
それでオレのことは聡子ってか
聡子さん? ゲーッ
オヤジイほんとオヤジな
これからオヤジにするよ
オレちょっとションベンしてくる

いいよお牛丼くらい
でも卵2つズルズルすすってる
オヤジの横でオレちょっと恥ずかしかった
だんだん陽が暮れるの早くねえ?
部屋空いてるかな
もう秋だもんな
なんか違くねえ?
ラブホの前でオヤジがグズグズして
フツー逆じゃねえ?
それともオレんちでしたいわけ?
タダだからなこのドケチが!
それとも5千円もねーの?

オレ2万円あるから心配すんなよ
いっとくけどさ
オレの部屋はオレの城だからさ
ひとりで守ってんだからさ
友だち以外は入れねーよ
なめてんのかよ
このまま歩きたい?
頭痛くなってきた
一人で歩いてけよ
情けなくて涙出てきた
サイテー

ウッセーな見せ物じゃねえつってんだろ
触んじゃねえよお前らに関係ねえだろが
ぶち殺すぞてめえ!
本当にコーマンしなくていいのかよ
おっ立ってるんじゃねえのか?
オヤジが好きそうな紐パンはいてきてんだけどよ
ケツに食い込んで痛えんだこれが
ねえオレのコーマンってよくねえ?
本当に一緒に歩くだけかよ
卵2つも食ったのに
もったいねえったらありゃしねえ
ほらさっきの生卵みたいな月が出てるよ
びっくりさすんじゃねえよ
いきなり手握ったりして
ねえ本当にコーマンしなくていいのかよ?

(8/26/2001)


残暑

2001-08-25 19:37:00 | ダイアローグ
残暑

郵便や宅配や電気やガスや水道や新聞は
押しつけがましく聞こえよがしにノックする
仕事だから無理もないが
月に一度訪ねてくる彼女のノック音は
聴き逃してしまうくらい小さい
でも玄関へ急ぐことはない
留守かとあきらめてくれてもいい

ノックしておきながらドアを開けると
間近なので驚かれることがあるものだが
彼女は声をかけるには一息必要なほど
ドアから離れて立っている
そうした規則があるのかもしれない
彼女はいつも少しおずおずとして
ていねいにお辞儀をする

TVで洗剤のCMに出る人みたいに
白い歯と陽に灼けた肌が眩しい
質素だがこざっぱりした格好をして
涼しい木陰から出て来たばかりのよう
小さな声でいつもの短い説明をしてから
小冊子を手渡し去っていく
小冊子は古新聞を入れた紙袋に直行する
半年ほど前の聖書だけはトイレに備えてある

いちど自転車に乗った彼女を見かけたことがある
ノースリーブのワンピースにサンダルを履いて
何か楽しそうに歌いながら力強くペダルを踏んでいた
スカートを翻す太股の豊かさにまず眼を奪われ
つぎに彼女と気がついた

はじめて彼女が訪ねてきたとき
傍らには10歳くらいの男の子が立っていた
気になって彼女の上手ではない説明を止められず
しかたなくパンフレットを受け取って以来だ
私があの男の子なら
見知らぬ家を訪ねる美しい母親の不安を察し
その仕事の成功を助ける男の努めに
やはり緊張しただろう

その後男の子に会うことはなかった
夕方の児童公園に集まる彼女の仲間を見かけるが
その子だけでなくほかに子どもの姿もなかった
組織の方針が変わったのはよかったと思った
彼女の子だったかどうかも知らないのだが
彼女に少年の思いつめた瞳や固く結ばれた唇を
重ねる瞬間がある

そのときわずかな背徳感を覚える
少し憎んでいることに気づく
彼女か少年か私自身をか
その答えを探す前に
ドアは閉じられ
彼女は立ち去り
私も忘れ去っている

(8/25/2001)

モスクワには立派な地下鉄が

2001-08-24 00:54:00 | ダイアローグ
モスクワには立派な地下鉄が

モスクワには立派な地下鉄がある
パリのはずっと見劣りがする
東京とは比べようがない

世界には美しい女がいる
可愛い女もいる
セクシーな女も

だが我が家には美しくて可愛くてセクシーな猫がいる
もちろん手がかかる性悪だ
今頃はさぞや怒っていることだろう

君は賢くて立派な仕事を持ち自分のことは何でもできる
そのうえ今夜の青いドレスはよく似合っている
細い肩ひもが素敵だよ

たぶんモスクワの地下鉄は世界一だ
核戦争が起きたときにはシェルターだからね
君とは比べようがないだろう?

たぶん我が家の猫は俺だけがそう思っているだけで
実はありふれた赤トラに過ぎない
君とは比べようがないだろう?
おまけにゴキブリを食うんだぜ

だから終電に間に合うように帰ろう
ほら

(8/24/2001)

待っている僕たち

2001-08-21 17:51:00 | ダイアローグ
待っている僕たち

雨に湿った風が
カーテンを吹き抜ける
弱々しい蛍光灯に
羽虫が2匹
天井隅の蜘蛛の巣が揺れ
笑うように光り走るゴキブリ
いやに元気なヤブ蚊の羽音
風呂の蓋や冷蔵庫の上で
猫は薄眼を開けて
ヒゲを立てている
後悔しているのか
隣家の犬も静かだ
空はもっと昏くなるだろう
僕たちは台風を待っている

(8/21/2001)