小田急沿線に越してきて、西友のありがたさが身に染みた。西武沿線にばかり住んできたので、スーパーといえば西友に決まっていて、西友の安さに慣れていた。小田急OXや地元の中堅スーパーらしいサンワの肉や魚の値段の高さには目を剥いている。
1パック500円以上、1000円前後なのだ。それもちょびっとで。西友なら、2割は安いか、半値だと思う。あるいは同じ値段なら、0.5~2倍増量だろう。
駅の反対側まで歩けば、イトーヨーカドーはある。西友より10%くらい高いと感じる。ただし、鮮魚の品数が貧弱だ。塩サケやタラコが生鮮売り場で大きな顔をしている有様で、養殖ブリの切り身ばかり、小アジやサバやイワシがわずか、サワラ、銀ダラ、高価でも金目鯛の丸物などはない。これでは乙姫様ももてなしようがない。
ステーキ肉にはアンガス牛が流行しているようだが、西友なら600円台で売っているものが800円以上している気がする。それに値段の上下の幅が西友はもっと細かく広い。さすが、米ウォルマートが西友を提携先に選んだ理由の一つが、「生鮮のデリバリーに定評がある」だっただけのことはある。
駅を降りると、最高立地のエキナカに小田急OXがある。今晩の夕食に、誰が1000円もするまぐろ4切れ、800円もする150gしかないステーキ肉を買うのだ。小アジが1パック300円以上、3パックも買って南蛮漬けにしたら、1000円以上になる。そんな高い小アジの南蛮漬けがあるものか。
もう亡くなったが、公私ともに世話になったMさんは、某生協の顧問的な立場にいたとき、あの堤清二と何回か面談していた。あるとき堤清二は、「君たちはいいなあ、羨ましいですよ」としみじみ云ったという。
部下だった人にその話をしたら、堤清二という人はそういう率直な物言いを絶対にしない人だそうで、とても驚いていた。そして、堤清二はこう続けた。「君たちはお客様と友だちになれる。僕たちには絶対にできないことです」と。
減農薬の農産物を消費者に届けるため、農地の改良から携わり、その間、収穫できない生産者を支援する仕組みづくりの一方、消費者を集めて説明会を兼ねた試食会を展開しているという生協活動を説明した後の感想だったそうだ。Mさんがまだ30代後半、堤清二が西部流通グループを率いていた頃だから、もう30年以上も前の話だが。
その後、西武部流通グループはセゾングループと名前を変え、糸井重里のキャッチコピー「おいしい生活」に代表されるような、渋谷を中心とする文化戦略で名を成していく。同時に、東大の左翼学生運動から実業の世界に転じながら純文学作家でもあった堤清二には、ハイソでリベラルな文化人経営者のイメージが重なっていった。
東大での講義録をまとめた流通企業論『変革の透視図』なども読んだが、たしかに功成り名を遂げた経営者が片手間に書いたビジネス書とは一線を画す、思索的かつ空想的な本だった。
しかし、当時(たぶん今も)、どれほど多角的なグループ経営になろうと、その本体は「スーパー西友」であり、ダイエーの中内功やイトーヨーカドーの伊藤雅俊と、大根一本、豚小間100g、塩サバ一切れを売るのに凌ぎを削っていたのである。「より安く、品質の良いものを」という堤清二のDNAは今も西友に受け継がれているように思える。
たしか、司馬遼太郎が幕末雄藩を語るなかで、関ヶ原以前から続く大名家ばかりが台頭し、徳川幕府になってから出世した大名家は、幕末期には振るわなかったのはなぜかと問うていた。関ヶ原の勲功や恨みなどに事寄せて、「我が藩かくあるべし」「○○武士の名折れ」など、立ち帰っていく「伝統」や「武士道」の有無が幕末諸藩の命運を分けたと語っていた。
世渡り上手で出世して幕閣となった「サラリーマン社長」にはない、「創業社長」や「中興の祖」の理念や信条が、数百年を経た幕末期に猛然と息を吹き返して、藩士たちの行動指針になっていったわけだ。
つまりはそういうことなのだろう。西友がどの大手スーパーより安い、もしくは安くあろうとするのは、堤清二が真面目に流通業を考え、変革しようとしたからなのだ。そのDNAは、「堤清二って、誰それ?」という時代になっても脈々と続いている。
「友だちにはなれない」と断念しながら、「お客様にはできるかぎりのことをしてご満足していただく」という堤清二と同じく、中内功や伊藤雅俊もまた、米ウォールマート以前から、それぞれのEDLP(everyday low price)を追求していた。
「左翼崩れ」から、西武グループの百貨店部門を世襲した小説家兼業経営者といったバイオグラフィから、「転身」あるいは「挫折」といったプロフィールを描きがちだが、百貨店やスーパーマーケットから離陸した近代的な流通産業の「創業社長」の一人として、堤清二の「お客様」「消費者」「生活者」といった、人々への視線と姿勢にブレはなかったように思う。
最近流行の企業言葉でいうと,インテグリティ(integrity)の人だったんだな堤さんは、とか考えつつ、30分も車を走らせて近隣で唯一の町田西友まで買い物にゆくのであった。
インテグリティ(integrity):上位審級がなくとも備えている倫理原則
(敬称略)
1パック500円以上、1000円前後なのだ。それもちょびっとで。西友なら、2割は安いか、半値だと思う。あるいは同じ値段なら、0.5~2倍増量だろう。
駅の反対側まで歩けば、イトーヨーカドーはある。西友より10%くらい高いと感じる。ただし、鮮魚の品数が貧弱だ。塩サケやタラコが生鮮売り場で大きな顔をしている有様で、養殖ブリの切り身ばかり、小アジやサバやイワシがわずか、サワラ、銀ダラ、高価でも金目鯛の丸物などはない。これでは乙姫様ももてなしようがない。
ステーキ肉にはアンガス牛が流行しているようだが、西友なら600円台で売っているものが800円以上している気がする。それに値段の上下の幅が西友はもっと細かく広い。さすが、米ウォルマートが西友を提携先に選んだ理由の一つが、「生鮮のデリバリーに定評がある」だっただけのことはある。
駅を降りると、最高立地のエキナカに小田急OXがある。今晩の夕食に、誰が1000円もするまぐろ4切れ、800円もする150gしかないステーキ肉を買うのだ。小アジが1パック300円以上、3パックも買って南蛮漬けにしたら、1000円以上になる。そんな高い小アジの南蛮漬けがあるものか。
もう亡くなったが、公私ともに世話になったMさんは、某生協の顧問的な立場にいたとき、あの堤清二と何回か面談していた。あるとき堤清二は、「君たちはいいなあ、羨ましいですよ」としみじみ云ったという。
部下だった人にその話をしたら、堤清二という人はそういう率直な物言いを絶対にしない人だそうで、とても驚いていた。そして、堤清二はこう続けた。「君たちはお客様と友だちになれる。僕たちには絶対にできないことです」と。
減農薬の農産物を消費者に届けるため、農地の改良から携わり、その間、収穫できない生産者を支援する仕組みづくりの一方、消費者を集めて説明会を兼ねた試食会を展開しているという生協活動を説明した後の感想だったそうだ。Mさんがまだ30代後半、堤清二が西部流通グループを率いていた頃だから、もう30年以上も前の話だが。
その後、西武部流通グループはセゾングループと名前を変え、糸井重里のキャッチコピー「おいしい生活」に代表されるような、渋谷を中心とする文化戦略で名を成していく。同時に、東大の左翼学生運動から実業の世界に転じながら純文学作家でもあった堤清二には、ハイソでリベラルな文化人経営者のイメージが重なっていった。
東大での講義録をまとめた流通企業論『変革の透視図』なども読んだが、たしかに功成り名を遂げた経営者が片手間に書いたビジネス書とは一線を画す、思索的かつ空想的な本だった。
しかし、当時(たぶん今も)、どれほど多角的なグループ経営になろうと、その本体は「スーパー西友」であり、ダイエーの中内功やイトーヨーカドーの伊藤雅俊と、大根一本、豚小間100g、塩サバ一切れを売るのに凌ぎを削っていたのである。「より安く、品質の良いものを」という堤清二のDNAは今も西友に受け継がれているように思える。
たしか、司馬遼太郎が幕末雄藩を語るなかで、関ヶ原以前から続く大名家ばかりが台頭し、徳川幕府になってから出世した大名家は、幕末期には振るわなかったのはなぜかと問うていた。関ヶ原の勲功や恨みなどに事寄せて、「我が藩かくあるべし」「○○武士の名折れ」など、立ち帰っていく「伝統」や「武士道」の有無が幕末諸藩の命運を分けたと語っていた。
世渡り上手で出世して幕閣となった「サラリーマン社長」にはない、「創業社長」や「中興の祖」の理念や信条が、数百年を経た幕末期に猛然と息を吹き返して、藩士たちの行動指針になっていったわけだ。
つまりはそういうことなのだろう。西友がどの大手スーパーより安い、もしくは安くあろうとするのは、堤清二が真面目に流通業を考え、変革しようとしたからなのだ。そのDNAは、「堤清二って、誰それ?」という時代になっても脈々と続いている。
「友だちにはなれない」と断念しながら、「お客様にはできるかぎりのことをしてご満足していただく」という堤清二と同じく、中内功や伊藤雅俊もまた、米ウォールマート以前から、それぞれのEDLP(everyday low price)を追求していた。
「左翼崩れ」から、西武グループの百貨店部門を世襲した小説家兼業経営者といったバイオグラフィから、「転身」あるいは「挫折」といったプロフィールを描きがちだが、百貨店やスーパーマーケットから離陸した近代的な流通産業の「創業社長」の一人として、堤清二の「お客様」「消費者」「生活者」といった、人々への視線と姿勢にブレはなかったように思う。
最近流行の企業言葉でいうと,インテグリティ(integrity)の人だったんだな堤さんは、とか考えつつ、30分も車を走らせて近隣で唯一の町田西友まで買い物にゆくのであった。
インテグリティ(integrity):上位審級がなくとも備えている倫理原則
(敬称略)